顔がバレたくないという断り文句などすっとばす
平日の暗くなった頃に、歌舞伎町のマンガ喫茶にいると携帯から着信音が。
ディスプレイを見ると、近藤さんからだ。
「はい、田中です」
「あ、田中さん、今、どこ?」
「歌舞伎町です」
「今、イタトマで、女のコと一緒なんですよ」
「そうですか。5分もあればいけますよ」
「おねがいします」
近藤さんの年齢は40歳くらい。
1ヶ月程前にAVプロダクションの社長から紹介されて、スカウトのフォローを頼まれた。
昼間は会社勤めをしてるという。
渡された名刺には、なんとかという機械メーカーのカタカナ部署で、なんとかのチーフとかいう、なかなかの職に就いていた。
そんなちゃんとした会社の管理職が、果たして路上スカウトなどしていていいのだろうか?
素朴な疑問もあったのだけど、なにを考えてるのか、会社が終わるとスカウト通りにやってきて熱心に動いている。
歌舞伎町交差点を渡る。
イタトマに入ると、奥の席に3人で座っていた近藤さんが軽く手を挙げた。
「どうも」
「アッ、田中さん、どうも。2人ともキレイでしょ」
「そうですね」
「でも時間が、あと5分くらいしかないんだよね」
「ええ」
「それと、顔がバレないようにして欲しいんですよ」
「そうですか」
「あと、ギャラが20万以下ではやらないんだって」
「なるほど」
「どうですかね、ありますかね?」
彼女らは25歳ぐらい。
見た目は揃ってキレイなお姉さま系だ。
しかしこの場合は、時間とお茶のムダであった。
とりあえず2人に言う。
「今は、店やってるの?」
「そう」
「エッチ系の店?」
「おさわりパブ」
「2人とも?」
「そう」
「今日はこれから店に行くんでしょ?」
「店行く途中なんだけど、どうしてもっていうから」
「そうだね、時間ないからね。聞いて欲しいけど。近藤さん、どうですか?連絡取り合って、後日にしたらどうですか?」
「やっぱ5分じゃ、厳しい?」
「彼女たちも店あるっていうし、、遅刻したら罰金なんでしょ?」
「もうそろそろ行かないと、ホント遅刻しちゃう」
「近藤さんから明日電話するから、今度はプリンでも食べながら聞いてよ」
「ハイ」
携帯の番号を交換する近藤さん。
彼女らは店に向かい、自分と近藤さんはお茶の続きをした。
「近藤さん、せっかくなのに、すみません」
「いや、こちらこそすみません。だけど、彼女たち、仕事ないの?」
「仕事はありますよ、たくさん」
「単体いけますかね?」
単体とは、名前を売り、単独で制作できる女のコのことだ。
古くは小林ひとみとか、最近では金沢文子とか。
それに対して企画というのがある。
例えばタイトルが「フェラチオ天国」とか「オシッコ大図鑑」等の企画撮りに主演するコである。
その中間の企画単体という女のコもいる。
単体の総ギャラは、少なくとも100万、条件によっては200万円と高額になる。
企画の総ギャラは、内容により一概に言えないが、脱ぎだけだったら5万から、本番とフェラがあれば20万、マニアモノだと30万から80万になる。
企画単体はその中間で幅が広い。
20万から80万というところだろうか。
当然、スカウトバックは、総ギャラが高いとそれに応じて高くなる。
断り文句なんて限られている
単体、企画単体、企画の説明は近藤さんにしてあった。
そしたら「単体をねらう」と意気込んでいた。
「あのね、近藤さん。ただ単に見た目でいえば、単体のコというのはせいぜい22歳まで。コンビニでAV情報誌見ればわかるけど、黒髪、前髪、色白で清純っぽいコでしょ?」
「そういえばそうだね」
「やっぱりファンが清純でロリっぽいコを求めているから。だから大手メーカーが制作して宣伝して全国的に販売するから、予算もかけるし売上もあがる。当然、総ギャラも多くなります」
「そういうことか」
「あとカラダです。ムネが大きくカタチが良くないと。こんなかわいいコがなぜっていうのがヌけるんだから」
「ハハハ」
「でも今は整形があるから、目を二重にしたり、鼻筋をよくしたり、ムネいれたり、いくらでもいじれますから」
「じゃあ、あの2人は単体はムリだね。でも企画はいけるでしょ?」
「企画で女のコのギャラ20はでないです。総ギャラがだいたいマックス20なんで」
「企画単体だったら?」
「企画単体だったらパッケージができないと。それをコンビニ誌に載せたり、専門誌に載せたり、サンプルパッケージにして問屋に配ったり、そういうパブ、パブリッシャ-ですか、そのパブNGだとムリですね」
「じゃあ、企画ですね」
「企画もね、どんなキレイでも、顔出しNGだとキレイな意味がないでしょ。たとえブサイクでも、顔出しOKのほうが仕事はいるからね」
「むずかしいな」
「企画の場合はやっぱりカラダですよ。体のラインがスーとしていて、特にバレを気にしていなければ、顔がどうこうは関係ない」
「エッ、そう」
「ええ、メイクすればガラっと変わります。それに女のコは表情で雰囲気変わるからググーとキレイなる場合が多いですよ。自分もスカウトしたときはヤボッたいコだなぁと思ったのが、撮影したらググーとキレイになって、ビックリしたことが何回もありますよ。不思議だけど」
「じゃあ、ダイヤの原石というのはあるんだね」
「ハハ・・・。ま、そういうことになりますか。だから顔はあまり気にしなくても大丈夫。ホントのブサイクって、どこかで心がひねくれちゃってるっていうのが顔ににじみでてますからね。わかりますよね、スカウトしていて」
「わかる、わかる」
「それと写真うつりですね。若くてキレイだなというコで、脱いでもラインが良くて、よしいけるという場合でも、写真うつりがどうしても良くならないコもいますから。それで営業が思ったよりうまくいかないなってこともありますから」
「そう」
「ええ、宣材で結構左右されるんですよ。逆にまったくの地味なコが写真でパアーと映えるコもいて、エッ、このコが信じられないってことも多いですよ。ホントにわからない」
「むずかしいな」
「うん、ホントにむずかしい」
「でも、単体でないとスカウトバックは稼げないでしょ?」
「そんなことはないです。仮にいいコがスカウトできましたと、黒髪、色白、二重、口廻り(歯並び)もよくて、ムネのカタチもよくてデカイと。その他に本人の気持ちもこの業界で仕事したいですと固まっていて、媒体も取材もOK、映像(テレビ)、イベントもOK、スケジュールは全部事務所にくれると。もう2拍子3拍子どころでなくて、10拍子ぐらいそろっているから単体売りこみしようってことに当然なるでしょう」
「ええ」
「だけど先方のメーカーの都合がありますからね」
「どんな都合?」
「やっぱり予算的なもので、月間に撮る本数決まっているから、撮りたくても今は撮れないとか、1ヶ月前だったらよかったんだけど、みたいなタイミング的なものがありますし」
「そうなんだ」
「あと当然他の事務所も売りこみをしているから、キャスティング担当がOKだとしても社長が契約を反対したとか、あとは他のレーベルとの兼ね合いもあるし。社内的な兼ね合いもイロイロです」
「単体はむずかしいね」
「大手メーカーは、ギャラ200万で決まって本数契約したら、他のメーカーは出れないし、月に1本ぐらいのペースで、2日がかりで撮るのが通常です。だから単体売り込みで撮りが決まっても、企画であちこちのメーカーと月に10本撮ってもギャラ売上はどちらでも変わらないですよ」
「じゃあ企画ねらいだな」
「それはよく女のコを観たほうがいいですよ。なにかやってみたいというコは、単体を押してみたり、稼ぎたいと言う女のコにまどろこしい話をしたらダメだし、エッチが嫌いではないといういコにはノリがいい程度の話でいいし、この仕事で目覚めたといういコもいますから。ぜったいにAVなんてしないっていうコも、しばらく経つとやってみようかなといいだしたり。ホント女のコはわからないことだらけですよ」
「田中さん、だったらさっきの2人にどんな話する?」
「んー、どうだろう。2人連れはあまり声かけないですね」
「どうして?」
「冷やかしが多くて、結局は話が進まないですから。それと申し訳ないけど、さっきの2人は電話でないかもしれないです」
「どうして?」
「こっちの焦りが見えすぎていて、もうスカウトがなめられてます。もっとおっきく構えないと。それと近藤さんまだ慣れてないからしょうがないけど、女のコと一緒になって物言ってるから話がムリになっています」
「どういうこと?」
「女のコは自分に都合のいい事を考えるから、ギャラが20でないとイヤだとか、顔だしNGとかいうでしょう」
「そうだね」
「聞いた時点で、ちょっときびしいな、とは思うでしょう」
「ええ」
「その時に女のコと一緒の視点で一緒にウロウロすると、そういう仕事ありませんか、ちょっとありませんと言う事でスカウトが終っちゃいます」
「んんんん、なんて話していいか、わからないんだよね」
「さっきのコでいえば、ギャラ20じゃないとやらないって言っていますよね?」
「ええ」
「それが断りでいってるのか、稼ぎたくていってるのか、借金の支払いがあるのか、友達の手前いってるのか、それとも以前そのギャラでやった事があるのか、全然つかめてないでしょ?」
「そうだね」
「顔がバレないようにというのも、パッケージのことを言ってるのか、友達でバレたコがいるのか、カレシにバレたくないのか。あの2人の場合、ある程度は具体的に言ってきてるんで、バレなければやってもいいってことかもしれないです」
「そうですか」
「まずその辺をつかんで、それから言葉ぶつけて、女のコがどうしようかな、というところまでいけば、あとはもう一押しですよ」
「やっぱ、むずかしいな」
「きっちりした返事でなくて曖昧でいいんですよ。それに断り文句なんて10も20も有る訳じゃないし。若い女のコの言うことって限られているでしょう。カレシがどうだの、あれ買いたい、おしゃれしたい、1人暮ししたい、学校いきたい、そんなところでしょ?」
「そういえば、そうだね」
「でしょう。まさか日本経済とか国際情勢について話す訳じゃないから、むずかしくはないですよ」
「んん、まあ、がんばりますよ。わざわざ、ありがとうございました」
「いえいえ、また、いつでも電話してください」
「ええ、またお願いします」
この仕事は、まず人を動かさないと稼ぎにならない。
女のコの状況をつかんで、常に先手、先手と言葉を打ち、流れをつくる、という動きが観えてないといけない。
そして、稼ぎは後からついて来る。
決して口先勝負の仕事ではない。
テンポやタイミングもある。
これは感覚的なもので、口ではうまく説明できない。
話す内容などは、慣れればどの様にも話せてくる。
美容の専門学校生だった
近藤さんからまた電話が来たのは、それから3日程過ぎた土曜日の夜。
自分は、スカウト通りで声をかけているところだった。
「田中さん、今、どこですか?」
「スカウト通りです」
「いまイタトマで女のコと一緒なんですけど、AVの説明してもらえないですか?」
「そうですか。2分でいきますよ」
多少面倒だと思ったが、イタトマに向かう。
2階に上がると、近藤さんが手を挙げた。
女のコは色が白く、目がクリッとしたコだった。
顔立ちはかわいいのだが、ベリーショートが少し似合ってない。
「どーも、うさんくさくてすみません。田中です」なんて言うとウケてる。
彼女の名前は竹中さとみ。
美容の専門学校生。
「彼女、前にビスチェ(風俗求人誌)を見て事務所に電話したりしたこともあるけど、何か引けちゃって面接いけなかったそうなんですよ」と近藤さんが焦っている。
相手に焦りを見せるのはよくない。
すぐに話すのを交代した。
「そう、なんで電話してみたの?」
「1人暮ししたくて」
「風俗も含めてこういう仕事はしたことある?」
「ないです」
「今日は学校の休み?」
「帰りです。この近くなので」
「西武線沿いだ」
「はい」
この場合、すぐに事務所に連れて行くのが良い。
気持ちも固まってる。
目標も出てる。
詳しい説明はいらない。
すぐに稼ぎたいというわけでないのでAV向きではある。
未経験だから明るい雰囲気の事務所がいい。
『マーメイド』に持っていくか。
近藤さんも焦っているし。
「原宿にあるプロダクションだけど、マーメイドって知ってる?」
「知らないです」
「社長にカワイイ女のコ頼まれていて、自分だったらもうバッチリ」
「そうですか」
「うん、所属してるコが80人いてね、大きな事務所だから1度会社の雰囲気見てみれば安心するでしょ」
「はい」
「社長紹介するから、この仕事の聞きたいことや、質問とかあるでしょ?」
「はい」
「それで話聞いてみて、良かったら所属してもらえば良いし。ちょっとなというい部分があれば考えます、という返事でいいし。それは自分で考えてみて」
「はい」
「何曜日が都合がいい?」
「ウーン」
「後日でも良いんだけど、社長忙しい人だから、今、電話して時間空いていたら、一緒に会社いってみよう」
「今からですか?」
「もし、社長が時間空いていたらね。そしたら1時間ぐらい時間ちょうだい。行って話するだけだから」
「はい」
「ちょと、電話してみるね」
マーメイドはAVプロダクションでは大手だ。
知り合いのスカウトマンから、社長を紹介してもらい、ここ半年で8人連れていった。
長い目でみれば買取のスカウトバックは損をする
マーメイドのスカウトバックは買取になる。
このコだと通常の10万円、いや、色気がないベリーショートだから8万になるかも。
ほとんどのAVプロダクションは、預けにしても買取にしても、最初の撮影が終わってからの支払いなのに、マーメイドは面接した時点での支払いになる。
先払いに等しい。
金払いがいいのだ。
面接には、いつでも必ず応じるのもいい。
小さいAVプロダクションだと、社長が自ら営業や入れ込みに出るので、面接するのに時間の調整が必要なときもある。
いつでも面接できて当日の支払いで、後は宣材撮りも任せればいいので手間がかからなくて良い。
大手だけあって、所属した女の子のスケジュールは埋まり、本人のやる気は保たれるが、そこは買取のスカウトバックのメリットとはならない。
しいて難点をいえば、ちょっとばかり面接の対応が事務的ではある。
どうしようかウダウダのままの女の子を面接に連れていこうものなら、「じゃ、また心を決めてからきてくださいね」とやんわりと打ち切られてしまう。
それに、女のコが最初の撮影をすることなく “ 飛んだ(バックレ)” 場合、“ 差し替え ” で別のコを連れていかなくてはならない。
勢いがあるスカウトマンは月に15人は連れていくので、スカウトバックは100万を超える。
だけど、その女のコが全員稼ぐコになるわけじゃない。
すぐについていく女のコは、飛ぶのもすぐ。
少なくとも半分以上は飛ぶ。
だから、差し替えで気が抜けない。
差し替えができなくて、スカウトバックも返すことなくトビとなるスカウトも当然いるので、マーメイドにも連れていっていると言えるのは、口約束がすべてのスカウトの間では信用も生まれるというメリットはある。
自分は、しっかり女のコの気持ちを固めて、宣材まで段取りして面接に連れていくので、人数は少なくても飛びで差し替えはまずない。
女のコも真面目に取り組むので、それなりに稼ぐだろうと見当がつく女の子を面接に連れていく。
そうすると難点がもうひとつある。
見た目のクラス(容姿)だけで買取り金額が決まることだ。
例えばAクラスならば、飛びそうであまりやる気がない女のコでもスカウトバックが高額になる。
一方Cクラスでも「このコしっかりしてるし、メイクしてたらキレイになるな」とか「わたし、NGなしです。バンバンやります」というという女のコもいる。
そのような女のコは、前者のやる気がないAクラスよりも稼ぐコになる。
でもスカウトバックは、買取りのCクラスの低めしか出ない。
長い目でみれば、マーメイドだと損をしてしまう。
そのように、やり方が多少かみ合わなくて、あまり持っていってないというのがあった。
大手AVプロダクションの難点
マーメイドの社長に電話する。
「いいですよ、来てください」だった。
すぐさまイタトマを出て、新宿通りでタクシーを止めて、3人で原宿に向かう。
竹下通りをしばらく進んで、左に曲がる。
角にある小ぎれいな雑居ビルの2階にマーメイドがある。
こっそりと「彼女8はいくかも」と近藤さんには伝えて、社長と面識がないので表で待っていてもらう。
彼女の面接は、すんなりと進んだ。
「ビデオ撮りのギャラは、1本で15万からです。もちろん、それ以上もあります」
「ハイ」
「それに時間が短いとかの条件で、それ以下の場合もあります」
「ハイ」
「ギャラは、当日の集合したときに現金でお渡しします」
「ハイ」
「いずれにしても、事前の打ち合わせのときには、ギャラと内容を確認してください」
「ハイ」
説明にうなずく彼女からは、とくに質問もない。
担当のマネージャーが紹介されて、さっそく明日に宣材を撮る予定となる。
彼女が所属の用紙に記入している間に、社長が提示したスカウトバックは8万円。
予想していた金額と同じだったので、承諾して受け取る。
8万か。
マーメイドで失敗したかも。
大手すぎて、所属する女の子は自動といっていいほどに企画になってしまうし、ほとんどが短命のAV嬢で終わってしまうし、買取だとこれっきりになってしまう。
もうちょっと、入れ込む先を考えてもよかった。
失敗したかもというのは、近藤さんには黙ってよう。
1時間もかからずに面接は終わる。
外に出て、近藤さんと合流。
竹下通りで、3人でクレープを食べた。
彼女がトイレに行ったときに、スカウトバックの8万を近藤さんに渡した。
スカウトバックの取り決めはしてない。
「近藤さん、8でした」
「ほんとですか!」
「ええ。はじめての稼ぎですね。彼女、飛ぶことはないと思うんで、サイフに入れても大丈夫ですよ」
「田中さんの取りは?」
「近藤さん、決めてください」
「そう、じゃあ、半分取ってよ」
「そうですか」
以外だった。
これで「また、今度」なんて適当にごまかしたり、気持ち程度だったらあまり付き合ってもいられない。
今後、電話がきても「とり込んでいて」と断るし、紹介も情報交換もしない。
半分を割ってくれるのなら、もしも彼女が飛んだ場合、自分も差し替えで動くくらいはする。
機会があれば社長を紹介して、直接やり取りしてもらってもいい。
近藤さんがどこまで考えて折半にしたかわからないが、今後も付き合えそうだ。
仲間になりそうだ。
翌日に彼女の宣材撮りは終った。
近藤さんは、ヒマみてスカウトをしている。
どうやら、ただ単に女のコが好きでスカウトしてるらしい。
– 2002.9.20 up –