加藤麻衣子、26歳の風俗嬢、本番がOKになったとAVに


成人雑誌のカラミは擬似本番

電車に乗ってると、携帯がバイブレーションした。
登録されてない番号が、ディスプレイに表示されている。
誰だろう。

「もしもし」
「アッ、田中さん」
「そうです」
「加藤ですけど、おぼえてます?」
「おぼえてるよ」
「ホントですかぁ」
「うん、麻衣子でしょ?」
「あぁあ、おぼえてたんですかぁ?」
「おぼえてるよ。それで、今、電車の中だから折り返しかけなおすよ。3分ぐらい待って」
「そーですか、じゃ、かけ直して下さい」
「うん、とりあえず」
「ハーイ」

電車は混んでいなかったが、次の駅でホームに降りた。
かけなおす。

自分はこんな仕事やってる割には、マナーは守るほうだと思ってる。

「田中だけど、ひさしぶりじゃん」
「ひさしぶり」
「番号変わったの?」
「ウン、今度、この番号だから」
「あれから、オレ、麻衣子のこと気になっていてさ、どうしてるのかなって考えたりしてたんだよ」
「アハハッ、うそっぽい」
「いや、ほんとだよ」
「電話もしなかったくせに、よくいうよ」

去年の夏に、新宿駅の東口でスカウトした彼女だった。

あっけらかんとした明るさがあったので、このタイプ風俗嬢かな、と思ったら案の定、池袋のヘルス嬢だった。

アルタ前広場
午前中のアルタ前広場で

バレは特に気にしてなかったが、本番は『おヨメにいけなくなるっ』とNGだった。

しかし愛嬌がありスリムな体つきなので、成人雑誌に強いAVプロダクションに連れていった。

面接をして、宣材を撮り、誓約書にサインしてとスムーズに所属までいった。

彼女は、成人雑誌を中心に仕事をした。
雑誌のカラミは、ほとんど擬似本番で撮る。
明るいノリで、カラミから野外露出やレズまでこなした。

しかし、所属して3ヵ月ぐらいで『お店が忙しいので』と辞めてしまった。

たびたび店を休むので、店の連中に何か吹き込まれたのだろうと察した。

それっきりになっていた。

「わたしね、本番の仕事できるようになったの」
「おヨメさんはあきらめたの?」
「そうじゃなくて。・・・このまえ、本番したの」
「どこか事務所はいったの?」
「そうじゃないけど、1回だけやってみた」
「それだったら明日、もう1回、オレの話し聞いてくれる?」
「明日…、ウンいいよ。何時?」
「2時に東口交番は?」
「ウン、2時ね」
「時間あけといてよ」
「ウン」

『AVをやる』と言いたいのがわかった。
それはいいけど、どういう心境の変化なんだろう。

ことさら恋愛を掲げる女の子はAVをやりやすい

以前に、彼女が所属した事務所のスカウトバックは“ 預け ”になる。

“ 預け ”とは所属した女のコのギャラ売上のパーセンテージが月ごと支払われること。

だから、所属させた女のコのモチベーションを上げるため、多少はフォローが必要になる。

そういう意味もあって、以前は、マメに電話をした。
一緒に新宿をブラブラしたり、メシを食べたり。

彼女の年齢は26歳。
だが見た目は、ハタチぐらいに見える。

話し方も、キャピキャピという感じ。
今までに、カレシと呼べる男性と付き合って、2ヶ月以上続いた事がないらしい。

なぜか、どちらともなく自然消滅してしまう、といっていた。
26歳にしては少しお粗末だ。
もっとも、自分も人のことは言えないが。

「田中さん、彼女いるの?」
「いないよ」
「なんで?」
「性格ひねくれているからじゃない」
「そうは見えないんだけどな」

なんて話もした。

多少の好意は持っていてくれているのかな・・・と鈍感な自分でも感じた。

だけど踏み込んだ話しもしなかった。
自分は決してイイ男ではないので、女のコが好意をもってくれるのは、本来だったらありがたいことだと思う。

お礼を言ってもいいくらいありがたい。
しかし、この手のタイプは苦手だった。

自分の持論で “ 恋愛で腹いっぱいにならない ” というのがある。

智子に話すと「でも、あなた私と付き合って恋愛してるからゴハン食べて腹いっぱいになるじゃない」と言われた事がある。

それは屁理屈だ。
恋愛と生活は別だから。
智子との付き合いは生活だ。

恋愛は遊びでもある。
遊びにはゼニがかかる。

それに対し生活は稼がなくてはならない。
すべったのころんだの、恋愛は時間のムダになる。

「あなたは、女のコを扱う仕事してる割には女の気持ちというのを全然わかってないのね」と智子に言われた。

それはわかってる。

「だったら、顔見るたびに、好きだの愛してるだのいえばいいのか?」
「そうはいってないでしょ?」
「オレは智子を信頼してるから付き合っているんだぞ。男だから女だからは関係ない」
「女の人はそういう考えはできないの」

一体なんなんだ。
“ 女は子宮で物を考える ”というのは本当か。

恋愛などしなくても、現実に生活できているのだからそれでいい。

それと、スカウトしていて感じるのだが、そのコのうだうだとした恋愛論を聞いていると、AVやるんじゃないか・・・と、つかめる場合が多い。

AVや風俗を仕事にするコは、ことさら恋愛やら異性を意識するタイプが多い。

そして、恋愛の為には、人の信頼を裏切ったり、泣かせたりする。

“ 恋愛至上主義者 ”とでもいうのか。
人間関係が希薄な気がする。

でも、こういうコは、動かしやすい。

AV事務所での誓約書はダブルブッキングを防ぐため

翌日。
午後2時。

ちょうどに東口交番前について、辺りを見渡すと、入口の自販機の脇に彼女は立っていた。

自分が手を挙げると同時に、彼女と目が合った。
とたん、彼女はオーバーなリアクションをする。

両足を細かく上げ下げしながら、握った両手を胸の前につけブルブルとする「寒いっっ」というゼスチャーだ。

「どうしたの?」
「あやしい~」
「エッ、どこが?」
「うんとね・・・、うさんくさいオーラが出てる」
「エッ・・・」
「うわー、うさんくさい~。新宿の人って感じ」
「・・・」

ちなみにこの時の服装は、東口のタカQで買ったカラーシャツとパンツだった。

髪型も真似たわけではないが、佐野史郎風で、いたって普通の格好である。

そういえば、少し前にこんな事があった。

用事で光ヶ丘駅を降りた。
周辺案内図を見るが目的地が載ってない。

通りがかりのオバさんに聞こうと『すみませーん』と声をかけると『急いでますので』と素通りされる。

不親切だなっとは思ったが、またオバさんが通りかかったので声をかける。

「ちょっと、いいですか?」と言うと、オバさんは手を“ダメ、ダメ”と振りながら、足早に通り過ぎた。

そこで気がついたが、キャッチセールスの類に間違われているのである。
少し悲しかった。

事実3人目は「すみま・・・」「けっこうです!」「いや、道をお尋ねしたいんですけど・・・」となった。

このコは顔見知りなので、見た目の印象を正直に言っただけだろう。

うすうす感じていたが、他人が見ればうさんくさいオヤジに見えるのが、今、はっきりと分かった。

思えば短い青春期だった。

「今日は店休み?」
「ううん、遅番ではいる」
「そこで、冷たいもの飲もう」
「ウン」

イタトマでお茶しながら近況を聞く。

あれからカレシができたが、すべったの、ころんだのという、話が続く。

「うん」「そう」なんて言いながら一通り聞くが、なんだか恋愛の話って疲れる。

そして「今、社長に頼まれていて、事務所に所属してほしい」と切り出すとあっさり「うん、いいよ」との返事。

なんだ、最初からAVするつもりだったのかな、と思う。
しかも、今からでも面接にいってもいいとのこと。

どうしようかなと少し考えて、以前の事務所とは違うAV中心の事務所がいいから、新宿御苑にある『ファースト』にしようと決めた。

そこの社長に電話して、これから向かいますと伝えた。

以前に所属したAV事務所では、やめたあとは、1年間ほかの事務所に所属しないという誓約書に彼女はサインしてはいる。

とはいっても、これはAVメーカーに対してダブルブッキングを防ぐための誓約書。

成人誌のみの営業で、やめてから半年以上経っていれば許容範囲となるから問題ない。

パブリッシャー全開OKはポイント高い

『ファースト』のスカウトバックは“ 買取り ”になる。
スカウトバックの支払いは、最初の撮影終了後になる。

1回こっきりだが、以前の事務所みたくフォローがいらないので、手間かからなくていい。

靖国通りの歌舞伎町交差点からは、タクシーでワンメータで、ファーストの事務所についた。

社長は別室で撮影用のバックシートを広げて、ストロボのチェックをしていて、面接をやる気まんまんだった。

よかった。
そこそこ見栄えがする女の子で。

彼女は年齢確認の免許証もバッグから取り出してして、すんなりと登録用紙に記入。

本番OKはわかっていたが、パブも全開OKとなっている。
パブ全開というのは、パッケージや広告などのパブリッシャーNGなしのこと。

自分は面接の様子を眺めていて、彼女は気にすることなく誓約書にサインをして、宣材(プロフィール写真)撮りとなった。

彼女の裸が気になって、脱いだころに「どう?」などと声が裏返るほどすっとぼけて、別室に顔をひょいっと出してみた。

風俗をしてるからといっても、自分に裸を目視されるのは嫌らしい。
すぐに追い払われた。

彼女の裸は少し見ただけだったが、やっぱり若くはないな・・・と感じた。

どこがどうという説明はうまくできないが、十分にいい裸だけど、やはり20代半ばになると肉つきが違ってくるなと、ぴぴぴぴっというフラッシュ音を聞いていた。

宣材撮りが終わる。
社長がこっそりと「12でどう?」と告げてきた。

予想してたよりスカウトバックがよかったのは、パブ全開に合わせて、彼女の裸が問題ないのと、愛嬌のある明るい性格が加味されたからだった。

書くことで悩みは半減する

所属のあれこれが終わり、2人で駅まで歩いた。

彼女は、そこそこのAV女優になるのではないか。
買取りで失敗したかも・・・と、12万で了承したのをうな垂れる思いだった。

「田中さんはAVのスカウトだけ?」
「メインはAVだけど。あちこち頼まれるよ。店とかもね」
「ふーん、お店もしてるんだ」
「いい店調べるよ。何屋さん?」
「ソープしようかと思って」
「エッ、なんで?」
「うーん、考えてるだけだけど」
「ソープね・・・。前は本番したらおヨメにいけなくなるっていっていたでしょ。どういう心境の変化なんだろ」
「あのね、気を使ってエッチするよりは、仕事でした方がいいと思って・・・」
「気を使うか・・。じゃ、オレのおヨメさんになちゃう?」
「いきなり!」
「じゃ、セフレ?」
「さいてー」
「アレッ、オレなにをいってんだろ」
「・・・あと1年で、この仕事はやめようと決めている」
「やめてどうするの?」
「まだ決めてない」
「接客は?キャバクラとかクラブとか」
「まえしてた」
「長かったんだ」
「うん。5年くらい」
「もう、しないの?」
「結構、話するのって疲れるんだよ」
「じゃ、どっか就職かな?」
「普通の仕事がしたい」
「そう」

いろいろ考えてることがあるのだろう。
しかしもう大人なんだから。

何をしたらいいのか、どうすべきなのか自分で考えるべきだろ、といいたい。

なにをいったらいいのか。

「日記書いてみない?」
「ハッ、日記?」
「うん、オレ書いているけど」
「書いてどうするの?」
「どうもしない。ただね、書くことで悩みは半減する、という言葉はホントだなって気がする」
「ふーん」
「今、麻衣子はいろいろ考えたり、悩んだりしてるでしょう。それが日記を書くことで気持ちが変わったり、考えがまとまったり、ひょっとして解決するかもしれない」
「うーん。・・・お金にならないことはしない」
「そう・・・」

適当に話を合わせる程度にしとけばよかった。
いままで、女のコに日記を書いていると話したことはない。

それに今は、風俗で稼ぐ話をしてるのでない。
このコは、もっと自分自信のことに貪欲でもいいのではないかと感じると、会話がなんだかめんどくさくなってきた。

駅の改札口についた。

「ソープで上がるのもいいと思うよ。がんばって」
「うん」
「また、電話する」
「うん」

おそらく彼女は、1年でスッパリと風俗をあがることはないだろう。
でも彼女は、気になったままになっている。

– 2002.9.1 up –