風俗未経験の面接で


日給の保証をつけても出勤態度によっては打ち切りもある

その日の晩のうちに、もう1人の面接予定の電話を島田はかけてきた。

風俗未経験で19歳。
元大学生で土日の早番OK。
風俗雑誌の広告の掲載もOK。

雑誌広告は、オープンしてからしばらくは掲載はしないので、さほど重要ではないのを島田はわかっていながら、OKならばなんでもアピールしてくる。

アピールのあとだった。
控えめに付け加えてきた。

「それで田中さん」
「んん」
「その19歳にも、また元ホストの男がいて」
「また、元ホストの男か」
「で、その男が、また保証を2万っていってんですけど」
「また保証か」

昨日のミエコといい、今回の19歳といい、元ホスト兼ヒモといった類の男からの紹介を島田は掘り起こしているらしい。

自分は区役所通りの居酒屋だった。
オーナーも交えた5人で、打ち合わせと称して酒を飲んでいるところだった。

電話の内容をオウム返しにしたところ、相手が島田と察した竹山が、壁に寄りかかって寝てる村井を揺さぶった。

アルコールが入ると顔が真っ赤になってすぐに眠くなる体質の村井は、口を空けたままムニャムニャしてるだけだった。

「2万だったら普通に稼げるんで、保証するまでもないけど、そのあたり、その男的にどうなんだろ?」
「そうなんスよね。そう言ってもみたんですけど。最初は3万っていってきたのを2万まで下げさせたんです」
「ああ、もう言ったんだ」
「はい。そしたら、オープンする前なので安心料だなんていってんですよね」
「うまいこというな。保証は出す方向だけど、面接してから決まるんでって伝えといてもらえるかな?」
「わかりました」
「それと、今日のコと同じ条件でいいので、出したとしても、遅刻や当欠したり、アンケートによっては打ち切ることもあるし、シフトは自由じゃないですよって、補足もしておいて」
「はい。そこはもう言ってあります。じゃ、面接にいける時間を調整して、また電話します」 

心得ているといった島田の返事だった。
この様子だったら、容姿は確めなくても大丈夫だろう。

島田のスカウトだったら面接はやりやすいだろうな、と感じた。

雑費とはバックを高く見せるためのごまかし

翌日に面接に連れてきた女の子は、オフホワイトのタイトコートで、肘にバックをかけて、足元のヒールを静かに運びながら店内に入ってきた。

緊張していたのか、最初はつんけんしているように感じたが、受け応えするときの表情が豊かで明色。
派手な顔立ちともいうのか。

面接にきた女の子
あと5年もすればいい女になるという雰囲気

栗色の髪は緩く巻かれていて、形よく整えられた細い眉と高めの鼻筋に、目が肉食の光を発していて、尖ったあごの大きめの口の笑みがそう感じさせるのかもしれない。

強引にいえば、19歳の割には少しばかりフケて見える。
大人びていすぎるというのか。

それも、あと5歳ばかり大人になれば相応になって、いい女と呼ばれる部類に入るのは間違いない。
いや、その頃には男でくたびれているかも。

村井が3番の個室に彼女と島田を案内して、そつなく談笑をしてフロントに戻ってきた迫ってきた。

「つけましょう」
「つけるって?」

まっすぐに顔を寄せてくる。
近い、近いよ。

「保証です。2万ですよね?」
「うん」
「それで入店するのだったら、つけましょう」
「わかった」

いつも冷静さがある村井が先走っている。
まだ保証の条件が曖昧なのに。
ああいうのがタイプなんだな、と知れた。

すぐに面接をはじめて、バック説明と保証の条件を確めた。
差し出したバック表には、女の子の取り分が記載されている。

40分コースが6500円、55分コースが9000円、本指名は2000円、それにオプション各種。
それらの合計から雑費を引く。

一見なんでもないバックの説明だが「少しのごまかしがあります」と村井は正直に明かす。

店頭の料金表では、45分コースと60分コースなのに、バック表では40分と55分と、それぞれの時間が5分短くなっている箇所だ。

自分も今になって気がついた。
5分短く記載されているのは、経験者が面接のときにバックが他店よりも安くないか計算するのを少しでも防ぐため。

どこの店もバックは似たか寄ったかだが、5分刻み、500円刻みの差はある。

45分と40分でバックが同じ6500円だったら、40分のウチのほうがバック高いでしょと店も言える。

バックが安い店、という印象は避けたいところでもある。
ありえる話だ。

スカウトの時点から、そっちの店よりもこっちの店が500円バックが高いだの、こっちの店よりもあっちの店が500円バックが安いだのと言いたてるベテラン風俗嬢って確かにいた。

入店した後になって「お客さんには45分と案内してるけど、サービスは40分だから」とか「40分でサービスは終わらせて、45分でお客さんを帰してね」などと伝えて辻褄を合わせるが、うやむやな5分ともいえる。

後になって雑費を引くのも、バックを高く思わせるためのごまかしでもあった。

雑費は、タオルやローションやボディーソープなどの備品代の名目だけど、実際はひとり1500円も2500円もかかるわけではない。

バックを安くするための帳尻合わせも含まれます、と村井は続けた。

確かにそうだ。
自分もスカウトした女の子に同席して面接したときは、6500円と9000円という金額にしか目がいかなかった。

店によっては『ちょっと雑費が高いかな』とは気にはなっても、備品は使うし、どの風俗店でも引かれるからと納得はできる。

仮に40分が3本と55分が2本つけば37500円で、そこから雑費の2500円を引いても日給35000円となるから、まあまあの稼ぎだなと計算はしても、実質は40分が6000円で55分が8500円じゃないかと、バックが安いじゃないか、との計算にはなりづらい。

わずかな差ではある。

「45分6000円で雑費はありません」と親切にわかりやすく説明するよりも、「40分6500円で雑費があります」と説明したほうがバックは高く感じるのだった。

源氏名のつけ方

従業員名簿の記入と年齢確認のコピーをして、誓約書の署名を済ませた。

すべての記入は、ペン習字みたいな真正な字。
勉強ができる印象を感じさせた。
前情報だけでは、もっとおバカだと思っていたのに。

元ホストで現在は無職の彼氏と一緒に住んでいる彼女は、将来はバーをやりたいという彼氏の夢に応じて、言われるままに大学を中退して風俗をはじめると島田から聞いていたからだった。

その夢は無事に叶うのか。
彼女は無事に風俗をあがれるのか。
5年後にはいい女になるのか。

わずかな心配もするが、そんな心配など余計だし、大いに迷いもしたが、彼女の店の名前はマユミにしようと決めた。
用紙に記入された綺麗な字を見て決めた。

「お店の名前だけどさ」
「ハイ」
「マユミはどう?」
「マユミ・・・、ハイ、マユミですね」
「じゃ、マユミで」
「ハイ」

もし彼女が、気に入らない様子をみせたら却下したが、名前をつぶやいてニッコリと笑みをしたのでマユミに決まった。

ミエコに次いで、また思い入れがある名前をつけてしまった。
6年まえに付き合っていた元彼女の名前が真由美。[編者註08-1]

顔立ちは違うが、ビトンのバッグが同じだった。
元彼女の名前など付けたくないともどこかであったが、大事にされるように、不幸にならないように、ちゃんと風俗を上がれるようにとのお祈りも含まれている。

店長としては余計な心配は挟まずに、もっとドライに勤めさせなければいけないのだろうが、まだ店長には慣れてないし、1人か2人くらいはこんな名前の付け方でいいだろうと自分に言い訳した。

この子はマユミなんだ。
大事にしなければだ。
そう胸のうちでつぶやいた。

風俗未経験には講習をというけれど

マユミと名前が決まったところで、ポラロイドを3枚撮り、デジカメでも2分ほどカシャカシャと撮りまっくった。

プロフィールの用紙に記入している間にデジカメの写真をチェックする。

よく撮れている。
大きめの口の笑みが、19歳にしてはめずらしい色気がある。

プロフィールを記入が済むと面接が終わりだった。
詳しいことは話さないまま、初出勤は明日の9時30分からとだけ決めただけだった。

さっそく村井がデジカメとパソコンと繋いで、写真を見てつぶやいた。

「未経験だったら講習が必要ですね」
「そうだね」
「田中さんだったら、講習もだいじょうぶですよね?」
「ひととおりは、だいじょうぶだとおもう」
「じゃ、おまかせしても、だいじょうぶですか?」
「うん。だいじょうぶ」

細かな部分まではわからないし、なにをもって大丈夫なのかは知らない。

しかしそう言われたら、あとには引けない。
返事をして大きく頷いた。

実は自分は、風俗で遊ぶのは数えるほどしかない。
付き合っている彼女を風俗嬢にすると、客というものにはなりたくなくなって、風俗遊びをしなくなるのだった。

割引チケットをアドビのイラストレーターで自作

帰りがけの島田にこっそりと「彼女と甘いものでも」とお茶代として3000円を手渡した。

あとは島田がフォローしてくれるだろう。
島田と彼女が帰るのを、ビルの1階のエントランスまで見送った。

さくら通りは、夕方に差しかかっている陽光だった。
明日の今頃には店をオープンするのだが、さほど実感がない。

準備はあらかた完了している。
あとは割引チケットのストックを作るのみだった。

割引チケットは、歌舞伎町内のチケットセンター、略してチケセンに置く。

8件と契約してるので、当面の分として1件で200枚ずつ、全部で1600枚は作る必要があった。

アドビのイラストレーターで村井がデザインした自家製の割引チケットは、黄色、赤色、オレンジを多用したカラフルさがあって、A4の光沢紙を横にして3等分した大きさ。

デザインしたといっても他の店舗の割引チケットを参考にして、・・・パクるともいうが、とかく風俗店というのはパクるというのが通常で、とにかくも文言と料金だけは変更した割引チケットだった。

それ村井がプリントして、小泉がローラーカッターで切断して、自分は竹山と2人して裏面にそれぞれのチケセンからの地図をホチキス止めしていく。

制作費は、1600枚作って2万ほど。
A4光沢紙とプリンターインクの材料費のみ。

こういう作業には、それぞれの性格が現れる。
村井は、0.5ミリ単位でデザインの手直しをして完璧を目指して、プリントしてからは丁寧に乾かしていく。

せっかちな小泉は、勢いよく切断していき、こまめに端を整えている。

のんびりした竹山は、かなり雑にホチキス止め。
前のめりの自分は、こだわりを持ってホチキス止めしていく。

うまい具合に、4人の性向はバランスがとれているようでもあった。

広告契約しているチケットセンターにパネルを張り出すと

割引チケットを作っていると、新宿通り沿いにある印刷屋から電話がきた。

チケセンのパネルと、看板に貼り付ける塩ビシートが出来上がったのだ。
これを待っていた。

受け取りに行った小泉が、紙筒を抱えて走って戻ってきた。
出来上がったばかりのシートを広げてみると、プロが作成したような洗練されたデザインではないが、素人系風俗店っぽい仕上がりだ。

看板は3基ある。
ビルのエントランスの壁面の行灯型と、路面の立て看板に店の入り口の立て看板。

歌舞伎町浄化作戦の影響がどうなるのかわからないので、看板の目立ち具合は控え目にしてある。

この看板の塩ビシートも村井がアドビのイラストレーターでパクッて、いや、デザインした。

看板のアクリル板に塩ビシートを貼り付けると、ぐっと店っぽくなった。

オープンの準備が完了したかのようだった。

紙筒を持ち、自分と村井がチケセンを回る。
広告契約をしているチケセンは8店舗。

区役所通りに1件。
あずま通りに1件。
さくら通りに2件。
セントラル通りに1件。
コマ劇前に1件。
一番街に1件。
海老通りに1件。

チケセンのスタッフに挨拶をして、パネル台にシートを張り出す。

丸まっているシートを広げて、透明プラスチック板に挟んで、上下左右をネジ止め。

パネル台には蛍光灯が内蔵されていて、シートを後ろから行灯状態で照らす。

張り出している途中からだった。
店内にウロウロしていた数人の遊興客が、無言のまま吸いつくようにして寄ってくる。

ひとりの中年男性が、パネルにプリントされている女の子にジロジロと目を巡らせている。

つられるようにして、もうひとりの中年男性もジーと見つめている。

すでに割引チケットを2枚ほど手にしている中年男性も、張り出したばかりのパネルを見て、チケセンのスタッフにボソボソと尋ねた。

「あのう・・・」
「はい、どうぞ!」
「この店のチケットは・・・」
「すみません。こちらのお店さんは、あしたのオープンです」
「そうですか・・・」

あきらめるように客はうなだれた。

8店舗のチケセンには、どこも遊興客がウヨウヨしていて、無言のままま溜め込んだ呼吸をして、張り出したばかりのパネルに見入っていた。

明日のオープンからは。
間違いなく客は来る。
それもかなり来る。

そう確信できた。

歌舞伎町の風俗店はざっと80店舗から120店舗あった

歌舞伎町浄化作戦がはじまる前は、街路には立て看板が乱立していて、雑居ビルのエントランスには写真も張り出されていて、雑居ビルの袖看板は競い合って派手に設置されていた。

風俗情報誌には『日本一の歓楽街 歌舞伎町』とか『東洋有数の歓楽街』といった見出しがあった。

歌舞伎町には風俗店が200店舗があると喧伝されているのを見かけもしたが、それは大袈裟だった。

表通りから裏通りまで、立て看板や雑居ビルの袖看板を数えてみると、ざっと80店舗ほどの風俗店はあった。

もっと多かったかもしれないが、それでも100店舗か。
120店舗は超えない。

歩いて10分の隣接する大久保まで含めると150店舗は超えて、この歌舞伎町と大久保をひとつのエリアをすると、もしかしたら最盛期には200店舗あったのかもしれない。[編者註08-2]

いずれにしても、正確な店舗数はわからなかった。
それらの風俗店が、強化される摘発への対抗策として、店名も電話番号もコロコロと変わっていた。

どの店がどの店に変わったのか、営業してるのか、実際に歌舞伎町に足を運んでみないことにはわからない。

ネットで最新情報を検索すればいいじゃないかといっても、歌舞伎町の風俗店で公式ホームページを開設しているのは、大手グループの1部の店舗だけだった。

風俗情報誌にしても、1ヶ月経つと新旧が交ざってしまい不正確でアテにならない。

そんな状況で、いちばんに重要されたのがチケセンだった。

歌舞伎町浄化作戦がはじまってるのは風俗客には関係ない話で、彼らはあちこちの店を選びたいし、あっちの女の子こっちの女の子と選びたいもので、チケセンに群がるように入場していた。

チケセンからすれば、浄化作戦特需ともいえた。

– 2020.2.14 up –