新宿警察署から警告書がきて出頭する


月間店落ちが1000万を超えそうだ

今日は通し。
曇り。
天気予報では夜まで曇り。

窪地となっている歌舞伎町には、風が吹き抜けることがない。
朝から湿気が満ちている。

びっしりと路地に設置されているエアコンの室外機の温風が、生ゴミの匂いを街路まで運んでくる。

さわやかじゃない朝の街路の空気を吸い、9時には店のドアを開けて、まずは照明と有線放送をオン。
リクエストチャンネルにした。

遅番が隠した店落ちの封筒をバッグに入れて、早番の出勤確認でもある電話の着信を確めて、連絡メモに目を通す。

<ナナ、また本指きました。大事にしましょう。 >

<サクラ、日曜日の通しOKと確認とりました。終電アップです。>

<マユミ、生理になったと電話ありました。明日の遅番のシフトをおねがいします。フミエが出るかもです。確認してください。>

<ユウ、出勤の問い合わせありました。週末のシフトの確認おねがいします。 >

<シホ、本指きました。ほめましたがつっけんどんでした。田中さんからもおねがいします。>

<ローションおねしゃす。>

悩みどころのシフトもしっかりと組めてきていた。
それに合わせて、入客も順調な6月だった。

竹山が姿をみせて、2人で開店の準備をしていると、ミサキ、ミエコ、カエデ、ソラと出勤してきた。

プロフィールにダミーを交ぜる。
レナ、キョウコ、サトミ、ヨウコの4名だ。
写真指名を振り切るために、だいぶ悪態をついているダミーの4名だった。

プロフィールをカードのようにシャッフルして、まとまりがあるか、1人だけ目立っていないか、タイプが偏ってないか、という全体の絵ズラを確めた。

チケセン全店にオープンの電話を入れると、すぐといっていいほど客がきた。

受付の合間には集計をする。

6月の月間予想入客は1200名を超えている。
そうすると月間予想店落ちは、1000万を超えている。

今が月の前半だから、20日過ぎの落ち込みが少なければ、その先には給料日後の週末が控えてもいるし、今月は初めて店落ち1000万を超えるかも。

在籍が増えてシフトが固まると、途端に客の回転もよくなって店落ちも上がってくのだった。

正午の時点で、入客数は14名。

平日にしてはペースがいい。
こぼしはゼロなのは、写真が絵ズラがまとまっているのか。

プリンターからは、割引チケットがプリントアウトされ続けていて、竹山がせっせとカットしている。

客が店に持参してきた割引チケットは、見た目がどうもなければ使い回す。
が、握り締めるようにして持参してくる客も多い。

今の季節、手汗でしわくちゃにもなり、捨てる割引チケットも増える。

ストックを切らさないように、大量にプリントして作らなければだった。

フロントには、作りかけの割引チケットが、いつも広げられていた。

スーツの2人組は刑事か

付いている客は1名だけで、あと15分すれば帰る。
それまでに新たな入客がほしいところだ。

すると、あずま通りのチケセン『スポット』から電話がかかってきた。

不思議なことに、いつもと変わらないプルル音が緊急の鳴り方に聞こえた。

受話器をとるなり、やはり先方は早口でまくしたててきた。

「いま、スーツの2人組がラブリーさんのチケット持っていきましたよ!」
「え、そうですか!」
「ちょっと、あやしいんで!注意してみてください!」
「わかりました、ありがとうございます!」

わざわざ電話してくるとは、よほど怪しいのだろう。
厚意に受け取って早口の電話を切る。

すぐさま入口にある立て看板を店内に入れて、ドアを閉めてロックをする。
竹山が有線のボリュームを小さくした。

2人して防犯カメラのモニターを見てすぐに、エレベーターからスッと降りてきたスーツの2人組が映って人感チャイムが鳴った。

確かに、早番の風俗客では見かけない雰囲気の2人組だ。
威圧感を放っている。

しかし『女とやる!』と心に決めている男は威圧感を放つものなので、一概には怪しいとは言い切れない。

ただ、風俗客が漂わせる切羽詰った感がないようにも見える。
角刈りのほうがドアノブに手をかけた。

当然にドアは開くことはないのだが、ガチャガチャとしつこく音を立てているのが、やはり怪しくて不気味だ。

角刈りはドアノブを力任せに引き、ゴッと、かんぬきが鈍い音を立てた。
竹山と『ぜったいに開けないでおこう』と目を見合わせた。

午前中からリクエストチャンネルとなっている有線からは、ヘビーローテーションでボンジョビがかかっていた。

『イッツ・マイライフ』が流れていて、角刈りはドアをゴンゴンとノックする。[編者註28-1]

嫌いな曲ではないのだが、このときは耳障りに聞えて、腕を組みながら舌打ちが出た。

モニターを見続けていると、2人組はドア前でボソボソと話してから引き返してエレベーターに乗り降りていく。

刑事か。
ため息が出たが、こんな閉じこもりをしていても仕方がない。

あと、10分もすれば帰す客だっている。
怪しいと思えば、誰だって怪しく見える。
怪しくない刑事だっているだろう。

有線のボリュームを上げて『イッツ・マイライフ』を流して、ドアのロックを解いて全開にした。
立て看板も出した。

オーナーがそろそろ店に来る時間でもあったので電話して状況を伝えて、3日分の店落ちの現金の封筒は、竹山があずま通りのルノアールまで持っていくことにした。

自分の声がさえなかったのか。
電話の向こうではオーナーが気を遣って「大丈夫ですか?」と訊いてきたのだけど、大丈夫であろうがなかろうが、ここまできたらやるしかないと腹は決まっている。

いつ警告がくるのかは誰にもわからないのだから、今はこれ以上は考えない。

なるようにしかならん。
「ええ、大丈夫です」と答えた。

結局、スーツの2人組が戻ってくることはなかった。

考えすぎだったのかと「いらっしゃいませ!」と新たな来店客に声をかけた。

警告書と出頭要請書

そして、6月の20日を過ぎた。

月間予想入客は一旦は落ち込んで1200名を切っているが、給料日あとの週末で挽回できる範囲だ。

週末のシフトは練りこんで固めてあるし、月間予想店落ちは確実に1000万を超えるという手ごたえがある。

今日は村井と早番。

9時10分には店の鍵を開けると、寝起きの顔の竹山がいた。
昨晩の遅番が終わってから、そのまま帰らずに店の個室で寝ていたのがわかった。

挨拶をするかしないかのうちに、竹山は「実は・・・」と二つ折りの紙をリストのバインダーの下から取り出した。

いちど握りつぶしてから伸ばしたのか、シワだらけになった書類だった。

『警告書』とある。
ついに警察から警告がきたのだ。
以外に早めでもある。

刑事がきたのは、遅番を閉めようとした24時前。
新宿署の刑事を名乗った2人組。

で、最初に顔を合わせた小泉が「手伝いにきてるだけなので」とごまかすと、それには咎めることなく、簡単な聞き取りをして、書類を交付していったのだという。

村井も姿を見せて、警告書を手にとって、無言で眺めている。
交付された書類は2枚。

警告書は小さめ。
名称の割には、交通違反のときに交付されるような味気ない書式。

根拠となる条例を示して《 この店舗は違法営業です 》という文言だけ大きくて、責任者に自主的な閉店を促す文面がある。

もう1枚は『出頭要請書』とある。
B5用紙の藁半紙で、コピーからコピーを重ねたようで文字が潰れている。

《 下記の店舗責任者は次の通り出頭してください。正当な理由がなく出頭しないときは、逮捕状を執行をする場合もあります 》といった割合と丁寧な文面。

下記には小泉から聞き取りをした、店舗の住所、店名、電話番号がそのまま記入されている。

出頭先は、新宿警察署の生活安全課。
店舗責任者は、警告書と出頭要請書と身分証を持参とある。

竹山が替わりに店番をして、自分は新宿署へ向かった。

新宿警察署生活安全課

新宿警察署
歌舞伎町から新宿警察署は歩いて10分ほど

歌舞伎町から新宿警察署は、歩いて10分ほど。

1階で受付をして、胸に安全ピンの入館証をつけて、4階の生活安全課へ。
エレベーターを降りた右手には、長椅子が並んだ廊下。

手前のドアには《 各種申請窓口 - ご用の方は、こちらからお願いします 》と張り紙がしてある。
手書きの字で、やる気のなさそうな感じもある。

ドアをノックしても応答がないので開けてみると、受付カウンター代わりに煤けた長机があって、その前に簡素な椅子がある。

向こうのスチール机には、書類の束が積んであって、ファイルを広げた署員がうなだれるように座っている。

声をかけて来意を告げると、椅子に座って待つようにぶっきら棒に促された。

見たところ50代のメガネの署員で、顔立ちと風体から、彼のあだ名は『 亀井静香 』となった。[編者註28-2]
亀井静香は自民党の実力者なので、全くの悪口でもない。

この亀井氏にえらい剣幕で『なにやってんだ!』と、机をどんっと叩きながら『すみませんですんだら警察はいらないだ!』などと、さぞかしどやされるのかとも気を入れたのだが、後の手続きはあっさりとしたものだった。

ため息をつきながら、やはりヤル気を見せずに対面に腰を下ろした亀井氏は、差し出した警告書を手にした。

「ええぇ、この店舗は違法営業になります」
「はい」
「ええぇ、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に付随した東京都の条例では、台東区千束1丁目、いわゆる吉原ですが、ええぇ、その地域以外での風俗関連特殊営業を禁止しています」
「はい」
「ええぇ、ですので、歌舞伎町での風俗関連特殊営業、いわゆる性風俗店の営業は指定地域外での営業に該当し違法となります」
「はい」
「ええぇ、営業するのであれば、許可の取得および届出をしてください」
「あ、はい」

亀井氏は怒気もなく、目を合わせることもなく、淡々と条例の説明をしていく。

風俗店などやるなという訳ではなく、法令に沿った方法でやりなさいとの意味も伝わってくる。

以外だった。
頭ごなしに『違法だ!ダメだ!やめろ!』と言われるだけかと思っていた。

「あ、あの・・・」
「はい、なんでしょう」
「許可って、今からとれるんですか?」
「ええぇ、無店舗型性風俗特殊営業の届出となります」
「いや、無店舗でなくて、店舗です」
「ええぇ、1985年の、東京都条例の風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律の改正の以前から営業している店舗に限っては、ええぇ、許可を取得できてます」
「今からじゃ、店舗では無理ってことですね?」
「ええぇ、そういうことです」
「じゃ、その吉原だったら、店舗でもいいってことですか?」
「ええぇ、特殊浴場の許可をとってください」
「え、許可を取れるんですか?」
「ええぇ、新規では取れません」
「え、じゃ、どうやって取るんですか?」
「ええぇ、それは警察の関知することではありません」
「あ、はい」

なんだ。
やっぱり、今からでは店舗の許可はとれないってことじゃないか。

店舗で営業するには、現実としては既存店を買収するしかないのだ。

自分の早とちりもあるが、まぎらわしい説明だった。

始末書に誓約書

政治家の答弁のような亀井氏の説明が終わる。
「ええぇ、それではこちらを提出してください」と一枚の書類を差し出された。

『始末書』とある。
《 違法営業になるとの説明を確かに聞きました 》《 違法営業したのは間違いありません 》との旨がある。

その下には、年月日、店の名称に住所と電話番号、出頭した責任者の氏名と住所と電話番号を記入する欄。

すべてを記入して署名して、亀井氏は免許証で住所の確認をしてコピーをとった。

亀井氏は、次には『誓約書』を差し出した。
《 店舗を閉めます 》との旨が記載されているが、いつまでという期限はない。

始末書と同様に、年月日、店の名称に住所と電話番号、出頭した責任者の氏名と住所と電話番号を記入した。

亀井氏は淡々と告げた。

「ええぇ、このまま営業を続けますと行政処分となります」
「あの、行政処分って?」
「ええぇ、いわゆる摘発です。ですので早めに廃業届を提出してください」
「早めっていつまでですか?」
「ええぇ、それは警察の関知するところではありません。このまま営業を続けますと行政処分となります」
「じゃ、3ヶ月先でもいいですかね?」
「ええぇ、このまま営業を続けますと行政処分となります」
「そうですか。で、廃業届って、どうすればいいんですか?」
「ええぇ、あなたのほうで廃業する日時を決めてから、また、この窓口まできてください」
「はい」
「ええぇ、そのときに廃業届は渡します。その場で記入していただいてもけっこうです」
「わかりました」

以外なことに、違法営業といえども、警察からはいつまでに閉店しろとは言えないようだ。

なぜだろう?

まあいい。
来意を告げてから10分ほどで終了した。

始末書も誓約書も、コピーからコピーをとったもので文字がつぶれていた。

よくある手続きなのが、ありありと伝わってきた。
廃業届も似たようなものだろうと想像がつく。

すぐには摘発はないなと、ひょっとしてこれっきりで摘発はないのかもしれない、と思わせもした。

風俗店の摘発の対策について

その日のうちに、オーナーと村井と、摘発の対策の打ち合わせをした。

といっても、対策もなにもないのだ。
あと2ヶ月もすれば半年が経つ。

半年が経てば、オーナーも資金を回収できる。
そしたら警察に出向いて廃業届けを提出。
いったんは閉店する。

そして1週間後には、店名を変えてシレッと再オープンすると最初から決めていた。

健心流の個室で、いつも通りの打ち合わせと称した飲みだった。[編者註28-3]
いつも通りに、村井はビール1口で真っ赤になる。

半年というのは資金回収のためだけでなく、村井の都合もあった。
本当は村井は、前の店を閉めたときに辞めるはずだったのだ。

店が軌道に乗るまで、最低でも半年やるというオーナーとの約束があったのだ。

自分に対して熱心に細かいところまで教えるのは、そこにあった。

そして残念なことに、村井もB型だった。
B型とB型とB型の話は飛ぶのである。
酒がはいればなおさらだった。

もう2杯目になると、摘発の対策の打ち合わせではなくなって、サービスチェックで入ったカエデがどうだったなどという話になった。

逮捕されたくない理由

4杯目くらいに、もし摘発されたらという話に戻る。

もし店が摘発となって、もしオーナーも逮捕された場合、娘に対して災難が降りかかるのを心配しているのだと思っていた。

ところがそうではなさそうだ。
「女房の実家がマズイ」とオーナーは明かした。

はっきりとは言わないが、義理の父親は大学のそこそこの教育者らしくて体面が大事らしい。

義理の父親には、30年前に結婚するときに、学歴が工業高校卒だからと反対されてもいる。

そこを押し切って結婚したのに奥さんには苦労させて、さらに工場経営が苦しいときは奥さんの実家から何度もお金を借りている、というそこそこのダメっぷりを晒しているのだ。

義理の父親に対して意地があるようである。
反対されていた結婚を敢行したのは、オーナーにとっては快挙だったのか。

「そのとき、2人で駆け落ちしたんだよ!田中君!」
「駆け落ちですか?」
「そう、私は駆け落ちをしたんだよ!」
「駆け落ちですか・・・」
「できるか!田中君!駆け落ちが!」
「駆け落ちって・・・、いやぁ、ちょっとできないかもです」

30年前以上の駆け落ちを明かしたときのオーナーは、ずいっと身を乗り出して『やってやった』と言いたげな感慨深い顔をした。

短い間の駆け落ちかだったが、その実力行使で結婚に至ったという。

このことから、相手がどんな女性であっても自分だけは気持ちを貫くという態度は、オーナーの琴線に触れるらしい。

彼女が元風俗嬢と言えて「結婚します」と言い切る村井の態度を「かっこいい!」と手放しで褒めてもいた。

彼女は元風俗嬢

村井は隠すことなく、彼女は元風俗嬢だと明かしていた。
以前に勤めていた店の、在籍の女の子に手を付けたのだ。

普段の村井からは、想像がつかないことだった。
あれほど厳しさをもって、在籍の女の子に接しているのに。

ともかく、店の在籍だった彼女に手を付けたのが発覚して、村井はその店のオーナーから制裁も受けた。

ガムテープで手首を巻かれて、水を張った洗面器に顔を漬けられて責められたという。

とはいっても、ほかの男子従業員に示しをつけるためのポーズの制裁であって、大事にはいたらないことは村井もわかっていて責めに応じていたのだが、彼女のほうが怒った。

村井を助けたのは、怒った彼女だった。

罰金として200万も彼女が払って2人で店を辞めたという、ちょっとした変なドラマがあったというのは「ぜったいに内緒にしてください」という竹山から聞いて知っていた。

そういうところでいうと、村井も立派なダメ男の部類に入るのだった。

いつも店番が終わると、1分とも早くなく遅くもなく帰るのは、風俗店で働くことを反対している彼女がうるさいからというのも知っていた。

講習をしないのも、彼女との約束かもしれない。

オーナーが「かっこいい!」という女性に対しての態度については、自分は正反対だという自覚はあったので智子のことは話せないでいた。

女性に誠実に接しているようでも、心の底はいつまでもじめじめとしている自分だった。

女性に強気でいるようでも、実のところはこっそりと顔色を伺い、心の内ではびくびくもしていて、反動でやることなすことあげつらっての強がりだった。

さらに隙があれば女性を陥としめようと企ててしまう自分は、オーナーと村井の感覚からしてみればゲスの極みだと思われる。

女性に関しての本当のところは話しずらかった。

とにかくも摘発の対策の打ち合わせは、いつもと同じく飲んで、オーナーの駆け落ちの話を聞いて終わった。

警察の服務規定では公務は2人以上

警告らしきことがあったのは、それから1ヵ月後の7月の半ばの早番の日だった。

今日の早番は、ミサキ、ミエコ、サラ、カエデの4名で客付けも順調。
いっときの摘発ラッシュも、そこまではない状況。

フロントで集計をしていると、人感チャイムが鳴って「いらっしゃいませ!」と店頭へ出た村井が焦った様子で引き返してきた。

「田中さん!」
「どうしたの?」
「なんか、呼んでます」
「オレ?」

村井の様子から、営業の類でないのはすぐにわかった。

風俗店の早番には、風俗情報雑誌やら風俗サイトやら高収入求人誌やらの営業が、ちょいちょい飛び込みで来るのだった。

「ええ、田中賢一さん、いますかって?」
「フルネームで?」
「ええ」
「え、誰?」

名指しで店に来る者の心当たりがない。
防犯カメラのモニターでは死角になっていて、誰なのかは見えない。

「刑事かな・・・」
「でも、ひとりなんですよね」
「じゃ、ちがうか」
「それっぽいですけど・・・」

警察の服務規定では、公務は2人以上となっていると聞く。
単独行動なんてあるのか。

「でも、ヤクザとか、そういうのでもないんですよ」
「誰だろ?まあいいや、いくよ」

入口には、スーツのオールバックで40代前半くらいが立っていた。
体格がよくて、四角い顔の輪郭の中に大きな目。

上野の西郷さんと呼ばれてもいいレベルの風体だし、本人も意識しているのかもしれなかい。
それが「田中君?」と目力のある顔を向けてきた。

警察でなければ、女の子のトラブルかと勝手に決めつけて「なにか?」と尖った口調で応じたのかもしれない。

女の子のトラブルといっても、心当たりを強いて挙げるとすればハードは講習をした程度くらいしかないが、そんなのはお互い様だろとばかりに大きな目を覗き込んだ。

無言のままスーツの内ポケットに手を入れた西郷は、黒いパスケースにある桜の代紋というやつを慣れた様子でチラと見せた。

なんだ警察なのか。
まぎらわしい。

そうはいっても、一般市民の自分は動揺もした。

「まだ、やってるんだね」
「ええ、すみません」
「これ、閉める気はあるの?」
「ありますよ」
「いつ?」
「え、いま、すぐですか?」
「すぐとはいわない」
「近々には閉めます」
「これ、早めに閉めないと逮捕だよ。わかってるの?」
「ええ」
「警告で出頭したとき、係から説明は受けなかった?」
「受けました」
「じゃ、違法だってわかってんだな」
「ええ」

自分の態度は悪くはない。
むしろ神妙に受け応えをしてるつもりだが、えらく突っこんでくる。

もうしばらくのやりとりがあって、お互いにすぐにはどうするともならずに、その場は終わりになって西郷は帰っていった。

オーナーとの約束は、あと1ヵ月だった。
あと1ヶ月の8月15日になったら半年が経つ。

そしたら警察に出向いて廃業届けを提出して、いったんは閉店して、1週間後には店名を変えて再オープンしようと、オーナーと話して段取りもしていた。

お互いの約束でもあるし、オーナーとしては半年ほど営業して収益らしいものが出るし、村井の件もあるし、自分としては収入を得るという目的でもあるが、それだけではない。

いったん回り出した現場の勢いは、まがりなりでも努力であるから、最初に決めた半年間は止めたくはなかった。

– 2019.08.03 up –