風俗で働く女性は弱者であって被害者なのか?


留置場の入浴は週に2日

今日は入浴日。
代わりに運動時間はない。
留置場での入浴は水曜日と土曜日の週に2日。
完璧な空調で、真夏だというのに汗をかくことがないので、週2回の入浴でも臭うということはない。
しかし毎朝の掃除をすると、壁と床だけの房内には、脱毛とフケのみが驚くほど集まる。
それらをしっかりと掃除しても、また翌朝には脱毛やフケが驚くほど目に見えて集まる。
潔癖症の人には、留置場はキツイのかもしれない。
入浴は20分間。
脱衣から着衣までを含めての20分。
のんびりとはできないが、一番の楽しみとなっていた。
浴室は広め。
一度に4人が入浴できるので、同房の者が2回に分けて出される。

新宿警察署の留置場の風呂
なぜかしらんけど、20分の入浴がすごく心地いい

外廊下のステンレス棒に干してある着替えを手に取り、洗面所の隣にある浴室へ向かう。
脱衣所には洗濯機が2台。
シャツ、パンツ、靴下と洗濯機の中に入れてから浴室に入る。
入浴中に洗濯機が回される。
入浴が終了したときには、洗濯も終わっているという手順だ。
首吊り防止のためか、浴室のシャワーは壁面に埋め込まれていてタオルが引っ掛けられないようになっている。
ドアには覗き窓があり、そこから留置係が「入浴はじめ!」と号令をかけて、事故がおきないように目視している。
私語厳禁となっているが、そんな間もなく、まずは頭と体を黙々と洗う。
シャンプーとボディーソープは私物で購入しなくても、洗い場に備えてある官物のほうがいいかも。
2度洗い3度洗いと多量に使って、がしがしと洗えるからだ。
「10分まえ!」と覗き窓から声がかかる前には浴槽につかりたい。
浴槽でボーとしてると「5分まえ!」と声がかかる。
着衣を終えるまでの5分前だ。
急いで浴室から出て、ささっと体を拭いて、20分の入浴は終わる。
こんな入浴だが、すごく心地いい。
洗濯機は完了して止まっている。
洗濯物を持ち、外廊下に設置してあるステンレス棒に干してから房に戻る。
房内で余韻に浸るほど、入浴が心地いい。
別料金システムでもあれば、1万円払ってでも、もう1日追加してほしいくらいに心地いい。

供述調書は女性の管理について

房に戻ってからは入浴の余韻で大の字になっていると、すぐに留置係から「334番、調べ」と声がかかった。
入浴が優先されるので、いつもよりも取調べは遅い。
鉄格子の扉がガチャガチャと解錠されて、房の外へ出て検身して手錠に腰縄。
「手錠よし!準備完了!」となると、もう1人が鉄扉の覗き窓を開けて「332番、出場します!」となる。
2人揃って「解錠準備異常なし!解錠!」となって、ガチャンと鉄扉が開く。
係長と井沢くんがいた。

「おっ、さっぱりしてるな」
「ええ、生き返りました」
「フロはいいだろ?」
「はい。でもな、こんなフロで満足してる自分が嫌です」
「文句いうな。快適だったら留置場の意味ないだろ」
「あ、いわれてみればそうですね。逮捕されてんですから」

そんなことを話していると取調室だった。
6日目の調べは、女性の管理についてだった。
分厚いファイルから、押収した在籍名簿の用紙のコピーを取り出した。
これも、巡査部長の小山田光輝が作成したのだろう。
見てみると、トモミを面接にしたときのものだった。

「今な」
「ええ」
「風俗店の違法営業もそうだけど、女性の管理も問題になっているんだ」
「女性の管理ですか?」
「ああ。まあ、でも、田中君の店は、その点は問題がないようだな」
「そうですか」

そう話してから係長は、バインダーのメモをとりながら面接の方法の聞き取りをする。
面接については、特にややこしい部分もなく聞き取りは進む。
次にファイルから取り出したのは、誓約書だった。
誓約書は面接をした女の子が入店する際に署名させていたもの。
高校卒業以上の18歳以上であること、本番行為をしないこと、違法薬物を使用しないこと、の3点を約する内容となっている。

「これな、これはエライな」
「そうですか?」
「ああ。本番禁止はともかく、薬物禁止までとはな。真面目にやっていたんだなっておもった」
「どうも」

女性の管理の悪質性を問われることはなかった。
そこはよかったのだが、さっきから質問の意図がよく飲み込めてなかった。

「係長」
「ん」
「女性の管理っていう意味がよくわからないんですけど」
「どういうところが?」
「んん・・・。女性を管理するのが問題になってるっていいますけど・・・」
「おう」
「女の子に電話したり、シフト決めたりするのもよろしくないってことですか?」
「ああ、それな。問題になってるっていうのは、管理しすぎてるっていうのか、いきすぎているっていうのか・・・」
「管理しすぎてる?」
「たとえばな」
「はい」
「借金させて働かすとか」
「あぁ、はいはい」
「軟禁して働かすとかな」

ピンと気がついた。
女性が被害者の立場であるほうが事件としては望ましい、ということか。
弱者である女性を、行政が保護したスタンスなのだ。
だから店は摘発されても、女の子はお咎めなしになる。

事情聴取の調書に書かれていたこと

風俗で働く女性とは、弱者であって被害者なのか。
また細かな部分が引っかかりもする。

「田中君の店は、女性を管理しすぎてるってことはないな」
「そうおもいます」
「女の子もな、トモミとシホか」
「はい」
「店から本番を強要されたりはなかったと事情聴取でもいっている」
「トモミはなんていってます?」
「トモミか・・・」
「なんとか」
「ほんとは、捜査の内容は洩らしてはいけないんだけどな」
「誰にもいいません」

係長は話しながら、分厚いファイルのページをめくり目を通した。
その分厚いファイルには、彼女らの事情聴取の調書があるのだ。

「すこしだぞ」
「はい」
「トモミは、もう、風俗はやりませんってなってるな」
「そうですか。あのコ、摘発のとき泣いていたので、悪いことしました」
「ん」
「シホはなんていってます?」
「うん、店長は親切だっていってるぞ、店長って田中君のことな」
「へぇ・・・」
「あと、他の店と比べても真面目な店ですっていっている」
「へぇ・・・、真面目ですか・・・。あのコ、いつも怒ってばかりだったんですけね」
「そうか、わるくはいってないぞ」
「そうですか・・・。以外です」
「ん・・・。トモミも、わるくはいってないな」
「ボロクソいわれてるとおもってました」

サービス中にいきなり摘発されて、新宿署まで連れてかれて事情聴取となったのだ。
怒りの矛先は、店長の自分に向けられてもおかしくないのに。
ほっとする気持ちがあった。

打ち返しの調書

トモミとシホの事情聴取の調書をこっちから打ち返さなければ、と係長はつぶやいて供述調書を取り出した。
『打ち返しの調書』と呼ぶらしい。
証言者の調書を、被疑者の供述調書で打ち返すことによって、証言の信用性を高めていくのだった。
証言がわるくないのだったら、被害者とならないのだったら、被疑者にとっては有利になる供述調書だ。
性風俗店の違法営業が比較的に軽い処罰で済むのは、この辺りに理由があるのかもしれない。

「じゃ、聞いてくれるか?」
「はい」
「本日、平成16年8月13日、本職が新宿警察署において内心の意思に反して供述する必要がない旨を告げて取調べをしたところ、次のように任意で供述した」
「はい」
「私は、黙秘権があることを、刑事さんから説明を受けて十分に理解しました」
「はい」

女性の管理についての調書は、トモミの面接から書かれた。
話し言葉の独白調、一文は短かめ、句読点は多め。
主語を省くことがなく『それ』とか『あれ』などの語句は極力使わない。
漢字は多用するが小学校レベルまで。
日常で使わないような難しい熟語や言い回しもない。
警察用語や法律用語もない。
おおよその文面は以下である。

<今日は、女の子の管理についてお話したいと思います。まず、最初に、トモミこと、

 ・佐野景子

が入店したときのことをお話します。佐野さんは、いわゆるスカウトマンからの紹介を受けました。女性が18歳以上であることを条件に依頼していました。店舗に来た佐野さんを、私が面接したのです。6月の中旬だと記憶をしてます。

この時、本職は、当署生活安全課司法警察員、巡査部長小山田光輝が作成した[押収品目G-1]のコピーを示した。

今、コピーを見ました。これは、従業員名簿の用紙です。面接のときに、佐野さんに記入してもらったもので間違いありません。佐野景子と本名が記入されているので、すぐにわかりました。従業員名簿の用紙を見ると、

・6月14日に面接

をしたのがわかります。面接をした日付を記入する欄があるからです。
 面接では、まずは、年齢を確認します。年齢の確認は、応募者全員にしておりました。18歳以下は雇わない方針だったからです。ですので、もし、年齢を確認する証明書がない場合には、最初から面接には応じませんでした。佐野さんの場合は、免許証で年齢を確認した記憶があります。確認すると同時にコピーをとるのです。

この時、本職は、当署生活安全課司法警察員、巡査部長小山田光輝が作成した[押収品目G-2]のコピーを示した。

今、免許証のコピーを見ました。これは、面接のときにコピーをとったもので間違いありません。佐野景子と本名があるので、すぐにわかりました。免許証のコピーは、従業員名簿の用紙と一緒にファイルに入れて、店で保管してました。
 次には、給与の説明をしました。給与は完全出来高制となっております。お客さん1人につき、

・40分コースで6500円
・55分コースで9000円

が給与となります。合計した金額からは、

・雑費として1500円から2500円

を引くのです。雑費は、衛生用品の購入に充てるのです。給与は日払いとしておりました。実際に女性への給与は、すべてを間違いなく日払いで支払っておりました。
 給与の説明の次には、サービス内容の説明をしました。ファッションヘルスの性的サービスです。すると、佐野さんは、入店することを了承したのです。

この時、本職は、当署生活安全課司法警察員、巡査部長小山田光輝が作成した[押収品目G-3]のコピーを示した。

今、用紙のコピーを見ました。これは佐野さんの面接に使ったもので間違いありません。6月14日の日付が記入されているのと、佐野景子と本人の署名があるので、すぐにわかりました。この用紙は、

・誓約書

と言っていました。18歳以上であること、本番行為をしないこと、違法薬物を使用しないことを誓約するために使用しました。佐野さんは、店の趣旨を理解して署名をしたのです。以上のようにして、私は、佐野さんの面接を行なったのです。>

その日も、取調室の自分が自発的に語り始める。
すかさず係長が押収品を証拠を示す。
巡査部長の小山田光輝が、頑張って証拠を作成してあるのだ。
示された証拠のすべてを、自分は神妙に「間違いありません」と認めていく。
箇条書きになっている部分は、日時や金額という数字がほとんどで、ここが証言者の調書を打ち返している部分のような気がする。

「お金で割り切る」と一度も口にしたことがない

入店した女の子をどのようにして勤めさせたか、という段落でペン先が止まった。
分厚いファイルを開き、ページを何枚もめくっている。
いつもよりも長めに、目を通して考えている。

「これな」
「はい」
「面接をしましたと」
「はい」
「女性が了承したと」
「はい」
「あとは、なんだ・・・、お金で割り切るようにいって出勤してもらいました、ということか?」
「・・・」
「・・・」
「いや、ちがいます」
「ちがうか?」
「はい」

「お金で割り切る」などという、意味が分かったようで分からない言葉はムズムズする。
明らかにごまかされた言葉が耳に入ってきたときの、頭蓋骨の内側がムズムズするのに似ている。
もし係長が「お金で割り切る」と調書に書いたものなら、もう、これ以上は話すことが何もなくなってしまう気もしたから「ちがいます」と答えた。

「どういうところが?」
「今まで、お金で割り切るなんて、言ったことがないです」
「そうか」
「はい。一度も言ったことがないです」
「一度もか?」
「はい。ありません」

付き合っている彼女を風俗で働かしたときだって「お金で割り切る」などと、一度も口にしたことがない。
スカウトのときでも、一度も口にしたことがない。
自身が飲み込めてない言葉を口にしてしまったものなら、相手に嘘に感じられてしまう気がする。

– 2021.1.8 up –