スカウトがブスに声をかけたらどうなるのか?


挨拶をしていると咄嗟に声が出やすい

谷口も発声練習をしたというが、3時間はやり込んではないようだ。
次々と声をかけていく遠藤を、ただ見てるだけとなっている。

「発声練習して、ちょっとできる気がしてきました」
「そうか。3日間、みっちりとやってみ。1度、体が覚えたら、あとはすんなりとできるようになるからさ」
「はい」
「オレも、昨日、2年ぶりに声かけたけど、やっぱ体が覚えていることは、ブランクがあってもできるものだなっておもった」
「はい」
「勇気があるとかないとか、関係ないっていうのはわかった?」
「まだ、そこまでは・・・。なんか路上だと、ちょっと恥ずかしいっていうか・・・」

谷口が言っていることはわかる。
AVや風俗のスカウトを公道でするなど非常識なものだから。

他人の冷ややかな目が気になる。
しかしそれも、体で覚えたら解消する。

通行人に見られてる側から、通行人を見てる側へ視線が変わる。
それを実感できれば恥ずかしさも消えるが、谷口はそこまで辿りつけるのか。

「アレもやってみ」
「アレですか?」
「コンビニいくでしょ?」
「はい」
「そのときのレジで、最後に “ ありがとう! ” って声かけてみるの。大きな声で」
「はい」
「コンビニだけじゃなくって、牛丼食べたら最後に “ ごちそうさま! “ って。ラーメン食べたら会計のときに “ おいしかったです! ” っとか。食堂のおばちゃんに “ おねえさん !注文いいですか!” っとか」
「恥ずかしいです・・・」
「挨拶みたいなもんだな。そんなのいくらでもあるでしょ?まあ、1日中、なんでも知らない人に挨拶だとおもって声かけてみ。大きな声ではっきりと」
「ちょっと、恥ずかしいかもしれないです・・・」
「そりゃ、周りの人はジロジロ見るよ。でもね、声をかけた相手を見てみ。嫌な顔はしてないから。で、なにかしら明るい反応もあるし。そうすれば、ぜんぜん恥ずかしくなんかない」
「あ、はい」
「いいことだったらできるでしょ。電車のなかで “ どうぞ! “ って席ゆずるのもいいね。ドアを “ どうぞ! “ って押さえてあげたり。なんせ、いいことなんだから」
「やってみます・・・」

決して善行を勧めているのではない。
発声を保つための、相手の反応を確かめるだけの、似非善行の勧め。

人の目がとか、恥ずかしいだとか、あれこれ考えるからいけない。
やる前にあれこれ考えてしまうと、できないまま、その瞬間は終わってしまう。

なにも考えずにやる、という瞬間を繰り返しやってみる。
それには挨拶や善行は最適だ。

ブスは独特で予測がつかない

ブスといっても種類が多岐に及ぶ。スカウトだったら一括りでブスと断じてはいけないが、詳細は1ページを要するのでここでは省く。

谷口の質問は続く。
知的で良識がある谷口だが、スカウトするにはそれらは邪魔になるのかもしれない。

「それで、おもったんですけど・・・」
「んん」
「美人やかわいい女って、みんな声かけられているじゃないですか?」
「うん」
「それなので、あまり声かけられてないブスを狙ってみようかなっておもったんですけど」
「おぉ」
「それに、田中さんが昨日、女の見た目は後からでも変わるって言ってましたし。どうですか?」
「あぁ」

この質問だが、まったく同じことを、自分もスカウト初心者の頃に思いついたこともある。
なにしろ、声をかけてもかけても、あっけなく無視され続けるのだ。

ひょっとして、ブスな女の子だったら反応があるのでは?
普段から男に声をかけられてないから食いつくのでは?

AVだったら、脱がせてみて体さえ良ければ顔はメイクでなんとかなるし、そうすれば当人も気持ちが乗ってきて雰囲気もガラッと良いほうに変わる。

風俗にしても、人気が出て稼ぐ女の子というのは、必ずしも顔が整っているわけでもスタイル抜群というわけでもない。

それらの実例を、目の当たりにした頃でもあった。

「ブスにAVや風俗の話なんかしたら、たいへんだよ」
「え、なんでですか?」
「やっぱ、余裕がないのかな。慣れてもないから、わめくわ叫ぶわで、大騒ぎだよ」
「そうですか?」
「やっぱ、そこそこの女に声かけないと、こっちがキツイ。オレも試したことある」
「・・・」

3日間はブスだけに声をかけ続けようと『ブス作戦』を試してみたのだった。

結果は散々だった。
反応が過剰すぎる。

もちろん、そういう自分の顔面の具合も大きくマイナスに影響していただろうから、これがイケメンだったら彼女らの反応もまた違ったかもしれないことは付け加えておく。

とにかくもだ。
スカウト通りで目線を変えてみて、すぐに気がついたことがある。
新宿の街を歩く女の子の中では、男の目がとまらないブスのほうが少数派だった。

この事実だけでも、すでにやりづらい。
なんで、こんなことに気がつかなかったのだろう。

こっちが思っているより、多くの女の子はメイクやオシャレを追求している。
並みの下のブス程度だったら、きっちりと見栄えがするように仕上げて街を歩いている。
そう改めて思い知らされて、立ち尽くしてしまった。

やるだけはやってみようと、かき分けるようにして、これはというブスに声をかけ続けた。

最初に立ち止まった彼女は「田舎者ではありません!」と、なにかの宣言をするようにして去っていった。

初めて聞く断り文句だったし、そんなつもりは全くないのになと首を傾げた。
ブスは独特で予測がつかないのだ。

ブスをスカウトするほうが難しい理由

ブスというよりも、男に対してわだかまりがあって、反応が過剰でやりずらい。

敵意と憎悪を剥き出しにした目。
ごごごごっと心の底の扉が開くような地獄のしかめっ面。
すべてのブスが、それらを向けてくる。

それでもブスのみに声をかけ続けた。

しかしだ。
澄ました顔で無視したり、気高く鼻先で笑うのみだったり、笑顔であしらいながら振り切ったり、清々しくきっぱりとお断りしたりという、さらりとそよ風みたいな反応のブスはひとりとしていない。

そよ風どころではなく、竜巻が発生した様相だ。
さらに醜く顔を歪めて舌打ちするブスも。
不気味な白目でにらみつけてくるブスもいる。

「どーも」と声をかけただけなのに、今にも犯されるとばかりに「やめてぇ!」とか「こないでぇ!」などと大声で叫んで走って逃げていくブスも何人もいる。

立ち止まり話ができたブスには、「そんなことで声をかけるなんて失礼です!」と咎められて立ち去られる。

失礼は失礼だし間違ってはない、と首をかしげながら続けた。
次に話ができたブスには「男は低脳です!」と高邁な説を突きつけられる。

もっともである。
また次に話ができたブスには「ほかにやることないんですか!」とキンキン声で叱声を浴びせられる。

打たれ強いことには自負がある自分だった。
意地になって続けた。

が、その日は成果ゼロ。
成果ゼロはいいが、いつもとは心労がちがう。

『ブス作戦』の1日目を終えたときの所感が、日記に書いてある。
女性専用車両にはブスが多い説が頭に浮かんできた、とある。

痴漢防止のための女性専用車両だが、実は痴漢のほうからお断りされるようなブスばかりが乗っているという説だ。

見栄えする女性は、男のスケベな視線も取り込みながら、下卑た行為は寄せ付けずに堂々と跳ね除けながら、一般車両に乗るという高度な技の遣い手かもしれない。

そんなだから、電車を降りて新宿の通りを歩いてからも、男からなにかしら声をかけられてもつんとあしらって、AVスカウトのごときは右から左に聞き流している余裕はあるのだろう。

2日目も『ブス作戦』は続けた。
地獄のしかめっ面の連続に、こちらの気持ちもやさぐれていく。

ガリ勉タイプのブスなどは、あれはフェミニスト団体の活動家だったのか。
「AVが諸悪の根源!」とのスローガンを断り文句にして走り去っていく。

ブスも度がすぎると、思想教育からはじめないとスカウトができないようだ。

もうヤケクソで、年頃になったジャイ子といったブスに声をかけると「気安く声かけんな!」と悪態をつかれる。

まだいけると、おじさんみたいなブスに声をかけると「死にさらせ!」という断りというのか呪いの言葉を吐かれた。

『ブス作戦』は、2日目で中止となった。

教訓として。
美人よりも可愛い女の子よりも、ブスをスカウトするほうが難しい。

声をかけるときギャグはいったほうがいいのか?

無視の素通りの後ろ姿を見送るときには、間を保つためにヒップラインを見てしまうものだった。

谷口と話していると、脇で目配りしていた遠藤が手振りをして歩を進めた。
歩くいてくる女の子は、無視して遠藤をかわして、あっさりと通り過ぎていく。

遠藤は足を止めて、後ろ姿を見送っている。
堂々とした無視されっぷりとなっている。

昨日まで繰り返していた、しつこく女の子と横並びとなって歩いていく方法はやめたようだ。

遠藤が女の子に無視されると、谷口からは新たな質問が出てきた。

「あの、声かけるときですけど」
「んん」
「ギャグとかいって、笑いはとらないのですか?」
「笑いかぁ・・・。とったほうがいいのかもしれないな。オレはやらないけど」
「なんでですか?」
「センスがないからね、笑いの。やってみたいとはおもうけど、関西人じゃないし」

楽しければ笑うと、自然にまかせているだけだった。
唯一、バカのひとつ覚えで使っているのが『あやしい者ですけど』となる。

このフレーズと、自分の顔面の相性がいいのだろう。
女の子が、くすっとすることは多い。

「笑いがとれれば、引っかかりもよくなるとおもいますか?」
「なるとおもう」
「そうですか?」
「うん。できるのだったら、やってみたほうがいい。オレはダメだな、北関東のつまんないヤツだから」
「北関東って、田中さん、どこが地元なんですか?」
「千葉の田舎だよ。ヘラヘラすんなってノリだからな、北関東の田舎は」

バカのひとつ覚えのフレーズ以外に、あともうひとつだけ、笑いに関しては意識していることがあった。

驚きのリアクションをオーバーにすることだ。
相手が発したどんな小さな言葉でも、仕草でもなんでも、とにかく大袈裟に驚いてみせる。

『ええっ』と口に出したり。
『おおっ』と目を丸くしてみせたり。
『うおっ』とびくっとしてみたり。

驚きの多くは笑いにつながる、というのは本当だ。
笑いに関しては、この2点しかない。

– 2022.2.21 up –