風俗店のトラブル


性風俗店の主義

44人が死亡した『 歌舞伎町ビル火災 』 の雑居ビルの前には、未だに花束が手向けられている。
犯人は逮捕されず。

未解決になりそうな気配が漂うにつれて、歌舞伎町の防犯やら環境やらが挙げつられて、治安回復が掲げられて、街頭防犯カメラが設置されて、そうこうしてるうちに違法営業をしてる店舗が 『 けしからん! 』 ということになるのに3年があった。

そうして歌舞伎町浄化作戦がはじまったのだったが、真っ先に性風俗店が叩かれた理由のひとつに、これらに携わる者は地域社会に全く解け込まないという点があると思う。

人目を引く商売をしながら、近隣に気を遣うこともなく、性風俗に携わる者は秘密という主義の盾を構えている。

他集団とは距離をとり、関わりを持つことに意義を見出すのを放棄して、孤立してもいいという選択もとる。
これでは風俗店が叩かれても、誰も文句はいわないのも仕方なかった。

風俗店は同業に対してもそうだった。
チケセンの出入りを通じて見知った顔もあるのだが、街路を歩いているときに出会ったとしても挨拶したり話しかけたりしない。
お互いに。

ちょっと気の良さそうで面白いヤツだなという者には、せいぜいがうっすらとした目礼まで。
良好な関係を築くのは、お互いに拒否している。

すぐ近所であっても、周りから叩かれている最中でも、同業者同士で少しも連帯することがないのが風俗店だった。

暴力団事務所への挨拶は必要か?

そんな特徴がある風俗店だったが、歌舞伎町に看板を新たに出す以上、新参者の礼儀というのか、地域の慣わしというのか、こちらから挨拶だけはしなければならないところがあった。
近隣のヤクザ屋さんの事務所だ。

間仕切りの造作を業者がしていたとき、工具の音を聞きつけたのか「ここ、何屋さんになるの?」と訊いてきた者がいる。
角刈りのジャージ上下姿で目つきはわるい。

手伝っていた小泉が工事業者のふりをして「よくわからない」と答えると、「隣の5階の石橋っていう者だから」とだけ言って去っていったとのこと。

ヤクザ屋さんが、ちょっかいだしていいものか様子を見にきたのだ。
隣の雑居ビルの5階は、見たところそれの事務所とはわからないが、さすがは歌舞伎町だけある。
しっかりとご近所として存在しているのだ。

このまま放っておくのもどうかと、新宿三光会の代行に電話した。
代行いわく、こういうときに挨拶するのは向こう3件両隣まで。

で、該当する事務所は2件。
2つ隣のビルにも事務所はあるが、ここには挨拶は必要ない。

そんなにも事務所があるのか・・・と仰け反ってしまったが、代行は呑気に笑っている。

「挨拶さえすれば、あとはそれ以上はなにもないからさ、まあ、だいじょうぶだよ」
「なんていって、挨拶するんですか?」
「そうだな、一升でもさげて、引越しの挨拶にうかがいましたっていって、あとは普通によろしくおねがいしますっていえばいいよ」
「わかりました」
「たぶん、ケツモチどこだってきかれるから、そしたら俺の名前だせばいいからさ、新宿三光会の植村にお世話になってますって」
「わかりました。じゃ、今から一升買っていってきます」
「なんかあったら電話くれよ」
「はい、そのときはおねがいします」

妙に簡単そうにいう口ぶりが、代行も面倒なのだろうなと、いつものジャージ姿が目に浮かんだ。

こちらとしても面倒だった。
顔見知りになって、余計な関わりを持ちたくもない。
挨拶はそちら同士でやってください、というのが本音だった。

ヤクザ屋さんの事務所に丁寧に挨拶などしたところでメリットなどないし、どうせ下手に出れば粗暴で下品な上下関係を押し付けてくるのは目に見えている。

それに違法営業だったらともかく届出した店なのだから、そんな挨拶などしなくて毅然とした態度で営業をしたい。

そう思いながらも、なにをするのかわからないのがヤクザ屋さんなのだから、挨拶には行くだけいこうと、代行との電話を終えてから花道通りの信濃屋に一升を買いにいった。[編者註71-1]

歌舞伎町の暴力団の実態

信濃屋の日本酒の棚を見ると『久保田』がある。
お隣の5階の石橋さんがどんな人か知らないが、『久保田 万寿』だったら文句はないだろう。

レジの店員さんにお願いしてみた。

「すみません、これ持って挨拶にいくので、それ用の熨斗ってつけてもらえますか?」
「どのような挨拶ですか?」
「新しい店の挨拶です」
「ああ、その挨拶ですね」

店員は心得た返事をして、レジの机から熨斗と筆ペンを取り出した。
歌舞伎町では、こういった挨拶は普通に行なわれていることかもしれない。

うん、そうだ。
やはり、挨拶ぐらいはしたほうがいい。

一升瓶は、持ち手となる紐で括られてから『ご挨拶』との熨斗がつけられた。

熨斗がついた日本酒
暴力団への挨拶などしたくないが仕方ない

すると代行が電話をしてきて「やっぱ俺がいく」とせわしい。
「これがきっかけで先方との付き合いがはじまってもいけないし」というので、即、同意した。

トレーナー上下からノータイのスーツに着替えたらしい代行は店に来て、2件分の一升を受け取り「じゃ、いってくるよ」と揚々として先方に向かった。

「こういうときは、やっぱ専門業者が頼りになりますね」と、竹山がひと安心している。

10分ほどして、代行は首をかしげながら戻ってきた。
以外に早い。

もう、2件の事務所を回ってきたのだ。
それにしても、なぜ、首をかしげているのだろう。

「ありがとうございました」
「うん。たぶん、だいじょうぶだとおもうけどなぁ」
「たぶん・・・、ですか?」
「まあ、なにかあったら、すぐ電話してよ」
「わかりました」
「あとは、こっちでやるからさ」

歯切れの悪い言い方だった。
こちらの不安を察したのか。

「だいじょうぶ、心配ない」
「はい」
「堅気さんの商売のジャマをするようなことはないよ」
「そうですか」
「うん。堅気さんが食えなくなったら、うちらも食えなくなっちゃうからさ」
「はい」
「ま、がんばれよ」
「ありがとうございます」

あとは人懐こく笑いながら去っていった。

新宿三光会が『歌舞伎町最弱』との異名を持っているのは、やはり資金力がないためと次第にわかっていく。

組織などといえる大層な団体でもない。
新宿三光会の収入は、歌舞伎町に残る未開発地域の細切れの地権者としての地代と、無尽を主催しての配当と、正業を持つ組員からの月5万だかの会費と、店からの毎月3日に3万だかのミカジメが主となる。[編者註71-2]

これらを合わせても、そうそう大きな資金源とはならないのは素人でもわかる。

組員の正業とは、ほとんどが零細の飲食店。
戦後の新宿の闇市の愚連隊と小規模自営業者が、自衛と相互扶助のために結成したのが新宿三光会の発祥だという。

60年もの前からの伝統を固持しているのも、今の時代になって『歌舞伎町最弱』の地位を得ている気もする。

弱い者はさらに踏みつける、無力な者は獲って喰う、といった暴力団商法しか見聞きしたことがなかった自分にとっては、こんなときに多少でも好意的に手助けをしてくれるのが、すごく不思議な暴力団に見えた。

とはいっても、これからはミカジメで3万払うのだから、このくらいは働いてもらわないと困るのだけど。

無店舗型風俗店に感じられる不安

暴力団が絡んだトラブルについては、こちらが正当さを以って営業していれば、まずはないものと考えてもよかった。

暴力団よりも起こりえるトラブルとしては、マナーの悪い客の本番強要のほうだった。

マナーが悪いくらいだったらいいが、女の子に鬱屈している客が調子に乗ったときが一番に厄介だ。
サクラが「本強が増えそう」と不安そうに電話で言ったりもした。

女の子からしてみれば、レンタルルームの個室で客に乱暴されたときのことを考えると、すぐ近くに男子従業員がいる店舗型と比べて不安は大きく違うのはわかる。

シフトを決めるときこそは無理を押し付けるが、不安に対しては少しでも解消できるように、しっかりと対応するつもりでいた。

レンタルルームで万が一があったときには、フロントにいくようには言ってはある。

難しいのが、提携は否定しなければならないことだった。
レンタルルームは別業者だと、女の子に周知させなけれはならない。

店とレンタルルームが提携していると女の子から思われたら、いずれは周囲に遠慮なく伝わってしまう。
悪いほうへ考えているときりがなかった。

ミサキが「ラブホテルへ行くのは怖い」とも言う。
ラブホテルについては完全に別業者。
対応するといっても出来ることは限られている。

防犯のためなのか、歌舞伎町のラブホテルは単独で帰ろうとする客がいるときはフロントで足止めして、部屋内に内線をかけて相手の確認をとるのがほとんどだが、それだって事が起きてしまうのは防げない。

アマゾンで防犯ブザーを5個購入もした。
ラブホテルへいくときは持たせるのだ。

手の平に隠れるほどの小ささでストラップがついていて、いざというときに引っ張ると、大音量で電子音が鳴り続ける。

果たして使えるのかどうか。
ないよりはマシというか、気休めにしかならない。

店の問題としては、本強をおこした客を捕まえたとして、どのような対応をすればいいのかだった。

結局は金をとるしかないのだが、警察に届出をしているのだから、無茶なことはしないほうがいいのは容易に想像がつく。

全員が全員とも、いいなりに差し出すわけではない。
店内に張り出してある、罰金100万円の本番禁止の注意書きもそのままでいいものなのか。

オーナーは弁護士を毛嫌いしているが、事前に相談くらいはしたほうがいいのかも。

歌舞伎町交番

弁護士はあとのこととして、差し当たっては歌舞伎町交番に相談にいった。[編者註71-3]

「風俗店ですけど」と名乗っても、若い警官は以外に親切に対応してくれた。

現場の警察官からすれば、風俗店だろうと、それが脱法営業だとしても関係ないようで「女性が暴行を受けたのなら対処します」と心強い。

感心するほど真っ直ぐすぎる。
さすがは法の番人。

腰のホルスターなど黒光りさせて『俺の歌舞伎町』とでも言いたげな気合すら感じられる。
バカっぽいが、こんな人は嫌いではない。

話も早い。
しかし詳しく訊いてみると『ちょっとやらせて』と迫られたくらいでは対処は難しいかも、とそこは曖昧になる。

店を介していたとしても、お互いに合意でホテルなりレンタルルームなりに行ったという点もあるので・・・と歯切れが悪い。

程度の問題なのだ。

「で、店としては、本番行為があったら罰金100万円をとろうとおもうんですけど」
「ああぁ、店が請求したらいけません」
「え、ダメですか?」
「女性からはいいですけど、店からはいけません」
「なんでダメなんですか?」
「恐喝で逮捕の事例があります」
「もちろん手を出すことはないですし、閉じ込めたりもないですし、そこは丁寧に話して、相手が納得すればいいですよね?」
「丁寧でも、相手が少しでも怖いとおもった時点で恐喝になります」
「少しでもって、どのくらいですか?」
「うん、たとえば、アンドレ・ザ・ジャイアントみたいな人が、いくら丁寧に腰を低くして笑顔で揉み手してでも『お金ください』と寄ってきたら、やっぱり少し怖いですよね?」[編者註71-4]
「ええ、怖いです」
「態度は丁寧だとしても、言葉遣いも丁寧でも、その場合は恐喝になります」
「ええ!じゃ、同じこと言っても、こっちの顔だと恐喝ではなくて、この顔だから恐喝になるってこともあるんですか?」
「そうです」
「ええ!じゃ、ほんとうはすごい優しい人でも、顔によっては恐喝になるんですか?」
「そうです」
「え、なんか、えらい理不尽ですね、顔で決まるなんて。じゃ、松潤なんて恐喝やりたい放題じゃないですか」[編者註71-5]
「そういうものですので仕方ありません」
「なんとか、怖くならないようにやるしかないですね」
「いや、やらないほうがいいです。相手が訴えたらアウトなんで」
「そうですか・・・」
「あと、そのときに暴力団との関わりを明かせば、別の法令を適用して逮捕します」

さすがは舞伎町交番だ。
判断が早く、事例を交えて、ざっくばらんに答えてくれてる。

「じゃ、女の子からの請求だったら問題ないですね」
「はい、両者で示談ということでしたら問題ないです」
「ちなみに、その示談の金額って100万でもいいんですか?」
「うーん」

女の子からの請求については、きっぱりとした返答。
しかし金額となると、また曖昧に首をかしげている。

「相場っていうとへんですが、だいたいいくら位ですかね?」
「うーん、その日は休むとして、その日の分の5万が妥当かなぁ・・・。風俗だったら5万は稼ぐでしょ?」
「そうですけど、産婦人科にいったりもするし、慰謝料として10万プラスだったらどうですか?」
「慰謝料10万はありえます」
「じゃ、慰謝料で100万はどうですか?」
「そこはお互いの話し合いです」
「もし女の子が、精神的苦痛で慰謝料500万なんて言ったとしたら、ちょっとやりすぎですか?」
「やりすぎかどうかよりも、まず相手が拒否するとおもいます」
「まあ、そうですけど、女の子からだったら500万の請求もアリですね」
「そこはお互いに裁判してください。警察はなんともいえません」

暴行や恐喝には毅然とした対応を示していたのが、示談の金額の話になると急に民事不介入の姿勢をとった。

結局は相手がある話なので、今の時点で第三者同士で話していても、一概にはなんともいえないのだった。

ともかく、店からの請求についてはグレーゾーンか。
なんてたって、顔面で合法か違法かどうか決まってしまうのだ。

自分の顔面だと合法はきびしいかもしれないが、グレーゾーンに位置するとは思ってはいるが、それだって相手が違法な顔面だと思えば違法になってしまうのだ。

弁護士へ事前に相談したところで『まず内容証明を相手に郵送して・・・』あたりからはじまるだけで、この警官以上の答えはないのではないか。
自力でやるしかないようだ。

警官にお礼をいい、店に戻りかけていると、携帯がバイブした。
遠藤からだった。

「店長!今から面接できますか!」と弾んだ声で言っている。
遠藤のスカウトの面接第1号だ。

店長と言ってくるあたり、脇に女の子がいるのだろう。
話しづらかったり話を合わせてほしい状況のときは、そうしようと遠藤とは決めていた。

10分後に、店の前で合流することにした。
こういうことなどは準備のしようがない、と花道通りを走った。

ことわざの『泥縄』ではないけど、まずは相手を捕まえてから縄を編むしかしかないな、と本強の対応策はそのままになってしまった。

– 2023.2.4 up –