歌舞伎町で風俗店を開業するには?


歌舞伎町の不動産仲介会社

歌舞伎町に性風俗店が芽生えやすい土壌のひとつに、代金さえ払えば借りられる物件の存在が挙げられる。

契約者の素性がどうかとか、保証人がああだとか、業種がなんだのと、細かい審査なしで個人でも賃貸契約できる物件だ。

歌舞伎町は1丁目と2丁目しかない狭い地域なのに、それらの物件が多数ある。

どういうわけで多数あるのかは知らないが、賃料は相場よりも高いのは確かだった。

こじんまりとした店構えの不動産屋の株式会社サンライズは、歌舞伎町に所在していて、それらの物件のいくつかの管理も仲介もしている。

村井から引き継いだサンライズ社の担当の中山さんは、2日おきに自分に電話を寄こしてきていた。

彼はオーナーの存在は知っているが、こちら側の窓口を自分としたからだった。

もし万が一、後になって警察に聴取されたときには、オーナーなど知りませんと、顧客に難が降りかからないようにするためなのはわかった。

顧客の秘匿を守る姿勢を見せる機敏さも、歌舞伎町の不動産屋は特に持ち合わせていた。

そのサンライズ社の担当の中山さんは、たびたび寄こしてくる電話では他の業者の動向を憶測も交えて伝えてくれていた。

もちろん親切で伝えているのではない。
また新しい店をはじめるだろうと見込んで、様子をうかがっているのもある。

他の業者に伝える新たな情報も探っている。
まとまりがない風俗業者を先導しているのは、地場の不動産屋ともいえた。

風俗店のハードとソフト

10月になる。
再オープンに向けて準備を始めますとサンライズの中山さんに話すと、心得たように電話の向こうでうなずいている。

「やっぱり、なんでもそうですけど、ハードとソフトがあって、それではじめて動くものじゃないですか。ええ、風俗も同じだとおもうんです。ウチはハードの業者だとおもってください。はい。ですけど、ソフトの部分は、やっぱり田中さんでないとできませんので。なのでハードに関しては、できるだけのことはウチでしますよ。ええ、なんでも言ってください。ええ、お互いにそうおもってやりましょうよ」

不動産会社側は、浄化作戦をひとつの商機と捉えているようだ。
いや、商機ではない。
声の様子からすると、ここでも特需が発生しているのだ。

割を食っているのは風俗店だけのようで面白くないが、そんなこと構っていられない。
営業者となったサンライズ中山の電話は、それからは毎日かかってきた。

レンタルルームとは?

サンライズ中山の言を借りてハードについていえば、問題なく脱法営業をやるには、まずはレンタルルームを一から開設しなければだった。

自分はレンタルルームを良く知らなかった。
歌舞伎町でレンタルルームを目にするのも海老通りにある1件ほどで、深夜の立ちんぼのオカマが酔っ払い客を連れ込む小部屋、というイメージしかなかった。

サンライズ中山の説明によれば、レンタルルームとは休憩専門の簡易ラブホテルといった位置付け。
簡易な分、料金は1000円からと安くする。

ラブホテルと同じく風俗営業法の規制があって、警察への届出が必要。
さらに、東京都の条例では場所も規制されているので、むやみには開設はできない。

サンライズ中山は、条例文のプリントを示して説明する。

条例では、医療と教育に関連する施設の半径200メートル以内での営業を禁止している。

歌舞伎町で医療に関係する施設とは、大久保病院となる。[編者註67-1]
教育に関係する施設とは、新宿区役所内にある図書館が該当する。

サンライズ中山は、持参してきた歌舞伎町の住宅地図を広げた。
それぞれの施設から、半径200メートルの尺度の円がすでに引かれていた。
すると、歌舞伎町内でレンタルルームを開設できる場所は、2ヵ所に分かれる。

ひとつは、一番街と西武新宿駅の間の一帯。
もうひとつは、風林会館の裏手となる一帯。

風俗コンサルタント

地図を指差すサンライズ中山は、風俗コンサルタントを兼ねているといってもいい。

すでにレンタルルームの引き合いもあるのか、当事者の風俗業者よりも状況を掴んで動いている。
歌舞伎町の風俗のハードの業者を自負するだけあった。

歌舞伎町の不動産屋
歌舞伎町の不動産屋が風俗コンサルタントも兼ねていた

レンタルルームに適した物件のプリントも、いくつか提示された。
一番街の一帯よりも、風林会館の一帯のほうが多くある。

今回、サンライズ中山は、客付けをする。
客付けとは、借り手側について賃貸契約をまとめて仲介手数料を得ること。

仲介手数料は、賃貸契約時に家賃の1ヵ月分を支払う。
安い仲介料といえた。

特殊な風俗コンサルタントも兼ねているし、なによりもこれらの物件はサンライズ社のような地場の不動産会社が仮押さえしていて、店頭の飛び込み客には案内されずに、既存の風俗業者を優先して案内されていたからだった。

優先されたのは、村井の紹介と、オーナーの存在があってのことだった。

違法営業だったとしても、それまで歌舞伎町で営業していた実績があって、摘発はあったにしても大きなトラブルなく運営できていたことが、風俗業者としてのちょっとした信用となっていたのだった。

自分1人で新しい店の準備をはじめたのだったら、ここの段階までも進まなかったのは確かだった。

レンタルルームの開設費用の内訳

レンタルルームとする風林会館の裏手の物件は、雑居ビルの5階にあった。
『スケルトン渡し』といって、コンクリートの躯体が剥き出しとなっている状態での契約となる。

サンライズ中山は先回りして、975万円の金額を出してきた。
スケルトン渡しの物件契約から、レンタルルームとしての内装完了までの合計金額である。

物件契約の費用が407万円。
内装工事で570万。
合計で975万円。

物件契約の費用の内訳が、保証金が家賃の6ヵ月、礼金が同1ヵ月、仲介料が同1ヵ月、前家賃が1ヵ月、合わせて9ヶ月分。

家賃が45万なので、9ヶ月分だと405万。
火災保険が2年契約で2万。

月の途中で契約した場合は、日割りの家賃が別途プラスとなる。
あとは2年で契約更新で、そのときは更新料として家賃1ヵ月と火災保険の再契約。

内装工事の内訳は、まず、造作一式で320万。
7つの個室とフロントとトイレの間仕切りをして、個室にはマットベッドを備え付けにして、配電と照明器具込みで一式320万。

個室のシャワーユニット設置が、1基15万かける7基で計105万。
給湯設備が、機器と配管込みで70万。

エアコン設置が1基5万かける8基で40万。
ビジネスホン一式が、個室とフロントに設置して25万。
合計すると内装工事費用は570万円。

これが高いのか安いのかわからないが、サンライズが仲介してるということは若干は高めなのだろう。

もちろん、物件契約のみで内装はこちらでやります、という選択もある。

見積書を見たオーナーは言う。

「物件はともかく、内装ですか・・・」
「ええ、どうです?」
「ほかの業者へ相見積もりをすれば、1割は安くなりそうですけど・・・」
「サンライズのリベートが乗せられてるんでしょうね」

2人で笑ったが、こっちも急ぎなので、手間も時間もかけれない。

そうしてるところに、先方も今からかかれば11月の手前には完成するそうです、と風俗コンサルタントと化したサンライズ中山は手際よく電話をよこしてくる。

風俗店関係の内装に慣れている業者なのでと、出来具合もしっかり保証した。

なるほど、設計図の個室は広くもなく狭くもなく間取りもよく収まっていて、有線放送のスピーカーも付いている。

設置されるシャワーユニットもちょうどいい。
備え付けとなるマットベッドは、ローションを使っても清掃がやりやすいし、下部にはバスタオルの収納もできる仕様となっている。

慣れている業者というのも納得いく。
その日のうちに、オーナーが用意した手付金の100万円をサンライズ中山に支払った。

デリヘル事務所となる物件の契約費用の内訳

もうひとつ物件を探さないいけない。
本体である事務所となる物件だ。
サンライズ中山は手際よく内見まで段取りした。

物件は5つから選べる状況。
歌舞伎町浄化作戦で、違法営業の風俗店以外の裏DVD店もゲーム喫茶も一時的に閉店していたからだった。

コマ劇場の隣の雑居ビルの2階の物件がいいのではないか。
内見をした5つの物件の中では、いちばん高い家賃だったが、看板が設置できるスペースがあるし、階段でも入店しやすい。

元は裏DVD屋で、内装は白の壁紙と塩ビの床で汚れは全くなくて、このまま手を加えることなく使える。

なによりも、裏口があるのがいい。
裏口のドアをあけると、鉄製の非常階段が裏路地に下りている。

裏路地はエアコンの室外機だらけで、雑居ビルの壁に挟まれて秘密の通路みたいで、進むと賑やかな花道通りに出た。

広さは12坪。
家賃は税込みで30万。
坪単価は25000円。

レンタルルームの物件は家賃45万で25坪。
坪単価は18000円。

都内のテナント賃料の平均坪単価は15000円弱、という新聞記事を目にしたのは少しあとになるが、これを基準とすると、歌舞伎町の物件はどれも古びているのに割高感はある。

路面店になると、坪単価は50000円近くになるという。
割高とはいっても、契約者が誰であっても代金さえ払えば借りることができて、どのような商売でもできるので、納得できる金額でもあった。

この物件は歌舞伎町では安いほうだった。
事務所物件の契約費用は、合計392万1000円。

保証金が300万。
礼金、仲介料、前家賃、これらがそれぞれ家賃1ヵ月分づつ。

それに火災保険が2年契約で2万。
1000円という端数は町内会費。

謎の支払いだが、1000円なのでよしとする。
月の途中で契約した場合は、日割りの家賃が別途プラス。

2年で契約更新で、そのときは更新料として家賃1ヵ月と新たな火災保険の契約。
保証金は戻らないも同然だった。

償却費という謎の名目で、年間30%づつ引かれる。
4年もたてば、ほとんどなくなる保証金だった。

賃貸契約の際の念書

客付け業者となるサンライズ中山と事務所物件の契約に向かったのは、新宿3丁目にある大きめの店舗。
ピカピカのガラス張りとなっている不動産会社。

元付けの不動産会社となる。
元付けとは、貸し手側の大家の代理。
任された物件の管理で収益を得る。

オーナーの存在を隠すために、サンライズ中山と2人だけで先方に向かった。
会議室のテーブルに契約書を広げて、署名をして印鑑を押す。

印鑑証明と住民票も提出。
免許証のコピーも。
『保証金を担保にしません』という旨の念書もある。

意味を訊くと、保証金を担保にする金融業者もいて、借りる人もいるためとの説明。
歌舞伎町らしい念書だった。

契約書が済むと、392万1000円に日割り家賃が合わせた400万余りを手渡した。

同席していた経理担当者は、手にした1万円札の束を上下に振って空気を通してから、高く掲げて扇状にばさっと広げた。

手際がいい。
指先でぱぱぱっと5万づつ数えていく。
隣の芝は青く見えるというが、不動産屋は儲かるのだろうなと思わせる数え方だった。

なかなか見ない現金の数え方と手際のよさに、サンライズ中山が驚いている。

「元信用金庫の職員なので」と雑談しているうちに、400万余りの現金は確められた。

自分は、現金の数え方と手際のよさには驚かなかった。
驚きよりも、ため息のほうが出てきて秘かに押し殺していた。

不動産屋はひと仕事が完了した笑顔をしているが、大金を払ったこっちはこれからがはじまりなのだ。

もちろん用意したのはオーナーで、自分の金ではないのだが、だからといってコケるわけにはいかない。

男子従業員の面接と採用基準

契約が済んでから事務所の鍵を開けた。
使い勝手を考えた。

まずは、さくら通りの元店舗から、有線放送のチューナーとスピーカーを持ってきて取り付けよう。

いや、それより先に届出するために電話回線を引かなければだ。
電話は何台必要なのだろう。

ISDNで2回線を引けば、4台の電話が使えるのでそれで十分だろう。
テーブルを置いて、受付は客を座らせてやりませんか、と竹山が言う。

こぼしも少なくなるのが予想できた。
電話を多用することになるので、パーテーションではなくて、ちゃんとした間仕切りをしよう、とオーナーは言う。

間仕切りの造作は、2日もあれば終わると元大工の小泉は言う。
あとの備品の準備は、元店舗から持ってくれば完了しそうなので手間はかからない。

足りなければドンキホーテで買ってくればいい。
追っかけでレンタルルームが完成すれば営業開始だ。

床に座り、輪となって打ち合わせをしたが、結局は缶ビールとつまみを広げることになった。
あとは新しい人員だった。

レンタルルールでも事務所でも必要になる。
事務所のほうでは、村井が抜けた分、男子従業員が1人は足りなかった。

オーナーが確かめてきた。

「このまえの西谷君、どうでした?」
「ええ、来週に顔を見せるっていってました」
「どんな感じですか?」
「よさそうです」
「そうですか」
「今、居酒屋で働いているけど、辞めるところだったみたいで。タイミングもよかったです」
「彼で決定ですね」

新しく男子従業員となる予定の西谷を紹介してくれたのは佐々木だった。
知り合いの知り合いなので、両者に面識はない。

給料は35万から。
税引きなしの手取り額。

ちなみに納税がないと無収入とみなされ、社会的には無職扱いにもなるときもある。
税金を払いたければ個人で申告することになる。

もちろん失業保険といった社会保障費なども控除しないので、個人で国保や年金に加入。
別途で交通費は全額支給。

昇給随時。
1勤8時間で、週イチ休みに、週イチでオープンラストの通しあり。

よくよく計算してみると、それほどいい待遇ではない。
違法ではない届出した店、というのを強調できるだけだった。

「西谷はなんでも食べるっていうし」
「ああ、いいですね」
「やっぱ好き嫌いをいうヤツはダメですよ。好き嫌いがあると、こっちが気を遣いながらメシを食べないとじゃないですか」
「そうですね。好き嫌いはあってもいいですけど、あえて言われると気を遣いますねぇ」

佐々木からは、ここ1ヵ月で、西谷を含めて2名の紹介があった。
最初の1名は、現在は会社員をしているという32歳。

既婚者で子供あり。
で、風俗店に興味があるので、今の会社を辞めて働きたいという。

奥さんも子供もいるのに、会社を辞めてまでとは。
躊躇した自分だった。

慎重に話したいので、面接を兼ねて『健心流』でメシを食べながら条件を話して状況を訊いた。
スーツ姿の彼は、返事がよく真面目そうで、話し方も爽やか。

いいのではないか。
が、きゅうりが食べれないという。

きゅうりの匂いが嫌なんです、と大盛りにした浅漬けを遠のけている。
大人になってまで、きゅうりが食べれないとは。

ここは重要だった。
食べ物の好き嫌いあるのは困る。

もしやと思って確めてみると、肉は牛肉以外は食べれません、牛でもホルモンはダメです、あと魚も生では食べれません、あとネギもナスもトマトもダメなんですよ、と平気な顔をして言っている。

これは本当に困る。
メシが一緒に旨く食べれない。
オーナーもわかってくれるだろう、と断りに決めた。

食べ物の好き嫌いが激しいからというのは伏せて、家庭もあるし、終電で帰らないといけないし、小さな子供もいるし、週イチの休日では無理がでてくるのでと、すごく真っ当な理由で彼にはっきりと断った。

そうして2人目の西谷に決まったのだった。
風俗店の男子従業員になるには、たいそうな条件もなかった。
在籍に手をつけたら罰金200万という条件があるくらい。

『貴店に損害を与えた場合、どのような処置をとられても異議はありません。』という承諾書に署名して、西谷は新しい男子従業員となって、再オープンの手伝いからはじめた。

– 2022.10.28 up –