警察の内偵捜査


全容の解明ってなんだ?

いったい係長は、なにしにいったんだろう。
大元までの検挙って、どういうことなんだろう。
全容の解明ってなんなんだ。
本部長指揮ってなんだろう。
嫌な感じしかしない。
オーナーまで逮捕ってことなのか。
普通に考えればそういうことだろう。
いやこれは、動揺させる手口の小芝居かもしれない。
別の刑事が乱入してきて「ぶざけるな!」とスチールデスクを叩くところから新たにはじまるのだろうか。
これからが気になって、動悸もおさまらず、鼻息も荒くなって、もう雑談どころではない。
対面に座った交代の署員は30代半ば。
自分の事件のことは詳しいところまで知っているらしく、家宅捜索の際に撮られた真っ赤なタワー型パソコンの写真を見たと話しかけてきた。
真っ赤なタワー型ケースは自作用で、無駄に大型で、ファンやスイッチの部分はワンポイントの黒で、メカニクスにデザインされている。
たぶん彼はガンダムファンで、同志と接触した思いだったのだろう。
同志への親しみを見せた話し方だった。

「あのパソコンってシャア専用でしょ?」
「ちがいます」
「え、あの赤は、そうかとおもったけど・・・」
「ちがいます」
「でも、シャア専用っぽいよね?」
「ちがいます」
「ガンダム好きでしょ?」
「いいえ」

こっちはそれどころではないので、きっぱりと突っぱねた。
あとは「ちょっと暑くない?」というのに対して「すごく寒いです!」というやりとりが1回あっただけで、お互いに無言のまま向き合っていて座り続けて、彼はいつまでこうしているのだろうという顔をしている。
やきもきしながら20分は待っていると、戻ってきた係長はプラのコップを片手に「おい、お茶のめ!」と上機嫌でドアを開けた。

誰かキチンと話せるヤツを連れて来い!

ドアを開けた係長は、室内の暑さに「おい!ひからびちまうよ!」と飛びつくようにしてエアコンのスイッチを入れた。
すぐに交代の署員は退室した。

「本部長指揮ってのは、こういうのに、いちいち電話入れないといけないんだよな」
「・・・」
「本当は、捜査情報は洩らしちゃいけないんだけど、今、確認とってきたからさ」
「・・・」
「あのな、村井君が私が店長ですって、ああ、在店責任者か、そういっている」
「・・・」
「で、田中君が経営者ですっていっている」
「・・・」
「もう、調書にもなっている」
「・・・」
「田中君が経営者、村井君が在店責任者、それでいいな?」
「・・・」

返事しないで黙っていた。
摘発のときに、手錠と腰縄の村井がうな垂れて連行される姿があった。
自分は逮捕覚悟でやっているのだからいいが、経営者だろうが在店責任者でもいいが、村井はちがう。
本人よりも彼女がかわいそうだなと、ふと思ってしまった。
村井がそう認めているからといって、自分もは『はいそうです』と認めていいのか。
ただ癪だった。

「あのな、田中君」
「・・・」
「時期が悪すぎる」
「・・・」
「歌舞伎町浄化作戦なんだよ」
「・・・」
「村井君も、はいっていうしかなかったんじゃないかな」
「これ、突っぱねたらどうなるんですか?村井はアルバイトですって」
「田中君がそういうなら、そう書く。でもなぁ・・・、これなぁ、俺が署長に怒られて済むくらいだったらいいんだよ」
「なんていって怒られるんですか?」
「なんだ、この調書はってさ」
「怒られてください」
「だけど今回は、誰かきちんと話せるヤツを連れて来いってなる」
「・・・」
「そうなると、竹山君も小泉君も身柄になる」
「・・・」

やるならやってみろと言いたい気分だったが、それはできない。
ただ癪だった。
そんな都合は知らん、と黙っていた。

刑事とはカメラマンでもある

癪なあまりに鼻から大きく息が出た。
すると係長は分厚いファイルを開いた。

「これな、本当は見せてはいけないんだけどな」
「・・・」
「チラくらいだったら、いいってさ」
「・・・」

係長は楽しそうに言いながら、倒した分厚いファイルが、自分のほうに回転された。
写真が貼り付けてある。
花道通りを歩きながら、自分がオーナーに封筒を手渡している瞬間を真正面から撮影してある。
よく撮れていた。
この写真には心あたりがある。
1ヵ月以上も前になるが、焼き鳥屋で飲んでからの帰りがけに「あ、そうだ」と思い出して、街路を歩きながらバッグから封筒を取り出して手渡したときだ。
封筒の中身は、当日にチケセンに支払ったパネル代の領収書が2枚入っていただけ。
そして支払いを確認したオーナーは「店に置いといてください」とすぐに返したのに、そうした一瞬を写真で見るとすごく怪しい封筒の授受に見える。

「これは、石垣さんだな?」
「・・・」
「内偵して、もう、人定もしてるからわかってはいるけど」
「・・・」

もう、あのときには内偵されていたのか。
全く気がつかなかったし、気配もなかった。
写真は真正面から撮ってある。
いくらなんでも、真正面だったら、近くでカメラを構えられれば気がつく。
気がつかないのだから、撮ったのは離れた位置からになる。

内偵をする刑事
どのようにして撮ったのかはわからない

あの場所からだと、どのくらい離れていたのか見当もつかない。
それか小型の高性能カメラで近くから盗み撮りしたのか。
刑事とは、カメラマンでもある。
スキルある一流カメラマンだ。

「まだあるぞ」
「・・・」
「これなんか、どうだ」
「・・・」
「これも、どうだ」
「・・・」

写真はまずい。
オーナーの存在と繋がりを示している。
動揺した。
係長は楽しそうに写真を見せてくる。
その楽しそうな素振りから、オーナーの存在を認めさせようとしているのではないと感じた。
係長と周辺は、本部長指揮というものに反感を持っていて、こうして捜査資料を見せるのが小さな反抗となっている。

「この写真、どうやって撮ったんですか?」
「それはいえない」
「まったく気がつかなかったです」
「警察の捜査力ってやつだ」
「・・・」
「なにがなんでも供述させてっていう時代じゃないんだよな、証拠、証拠でやっているから」

店舗がある雑居ビルへ出入りしている写真も、自分の分だけは見せてくれた。
自分は身だしなみに気を遣ってるつもりでも、フォーマルな大人のつもりでも、こうして見ると怪しい風体をしているものだとがっかりする写真だった。

警察に内偵されたらプライベートまで暴かれる

オーナー以外は、全員の分の写真がけっこうあるという。
警告があってからは、オーナーの出入りを控えていたのは正解だったのだ。
それにしてもオーナーは、強運の持ち主だ。
内偵をすり抜けるようにして、店に出入りしている写真だけは撮られてない。

「じゃーん!これは、なんだ?」
「えええ!こんなのも撮ったんですか!」
「OLのセクシーパブか。小泉君と行ったんだな?」
「いきました!いきましたよ!OL好きなんで!揉みましたよ!しっかりと!ええ!揉みました!」
「はははっ」
「そりゃ、目の前におっぱい出されたら揉みますよ!なにか問題ありますか!おっぱい揉んではいけない法律でもあるんですか!説明してください!」
「はははっ」

小泉は、とかくおっぱいパブに行きたがったのだった。
2人で早番を終わらせてから何度か行ったのだった。
おっぱいパブに入る直前の、おどけてガニ股になって両手で空中を揉んでいる、やる気を見せた姿が正面から撮られている。
浮かれている様子が、わずかに恥ずかしい。
恥ずかしいが、こういったものは堂々としてなければならない。

「ここまで撮るんですか?なんで撮るんですか?」
「はははっ、捜査だ」
「おっパブは捜査に関係ないでしょ?悪意しかないですよ!なんでファイルしてんですか!」
「捜査されたら、もうプライベートってのはないからな」
「あーあ・・・。こうやって写真で見ると、間抜けですね」
「はははっ」

自分の驚きを見て、係長は楽しそう。
さっき自分は、刑事とはスキルある一流カメラマンでもあるといった。
否定しなければいけない。
刑事とは、筋金入りの変態盗撮カメラマンそのものである。
写真だけではない。
銀行口座の出入金も調べてあるというし、店長の前には派遣のバイトで夜勤の作業員を1年ほどしていたのも把握していた。
すべて捜査でわかっているのだがオーナーには罰則が及ばない、と伝えてきているのがわかった。
それもあって、自分も笑いながら応じた。

「うな鉄で、石垣さんと話しているだろ?」
「なにをですか?」
「うん。・・・新人のヨウコがトビと。なんでだろうと」
「・・・」
「シホが本指あったと。大事にしましょうと」
「・・・」

係長は分厚いファイルに目を通しながら、資料を読みはじめた。
分厚いファイが倒されると、オーナーと2人でうな鉄で飲んでいる写真があった。
そんな話をしながら飲んだのは覚えている。

警察官の証言は証拠能力が低い

驚いた。
写真よりも驚いた。
よく、あの店内で会話を聞けたものだ。
写真を撮っただろう位置の席からだと、会話を聞くのには通路を挟んでいるし、酔っ払いの声と雑音がある。
自分もオーナーも努めて小声で話していたのに。
普通は聞けない。
補聴器などの、なんらかの装置を使ったとしか考えられない。
警察の怖さがある。
写真といい、会話といい、よくも瞬間をとらえたものだ。
刑事とはストーカーでもある。
合法的なライセンスを持つストーカーだ。

「石垣さんを逮捕するんですか?」
「いや、石垣さんを捕るつもりはない」
「ほんとですか?」
「んん」
「ほんとですね?」
「うん、石垣さんが暴力団関係者だったら、また話は別だけどな」
「それはないです」
「まあ、カネは渡っているんだろうけど」
「・・・」
「カネを受け取っているだけじゃ、オーナーとはいえないし」
「・・・」
「なんのカネかわからないし、借りたカネかもしれんしな」
「・・・」
「それに警察官の証言は、証拠能力が低い」
「証拠能力ですか?」
「裁判官は、警察官の証言を信用してくれないんだよ」
「へぇぇ。そういうものなんですか・・・」
「もし、正式裁判なんてことになったら、公判維持ができないんじゃないかな。知らんけど」

この言い方はもしかすると。
内偵で決定的な証拠さえ掴んでいたのなら、オーナーの逮捕も最初の捜査の方針には含まれていたのかもしれない。
知らんけど。

「田中君が経営者、村井君が在店責任者、それで捜査は終了だ」
「あとになってから石垣さんが実質的経営者とかならないですか?」
「いっただろ。捜査は終了だ」
「本当に村井は認めているんですか?」
「ああ」
「本当にそれで捜査終了ですか?」
「ああ」
「・・・」
「あのな、俺もここまで話してな、今さらウソいってまで調書を書こうとは思わん」
「・・・」
「これは警察がじゃなくて、俺、渡辺個人の信条だ」
「わかりました」
「ん」
「・・・」

陽の光の加減は、夕方になっていた。
供述調書を書くのは明日になり、井沢君が呼ばれて腰縄を結わえ直しはじめた。
村井が店長として処罰されるのは引っかかっていたが、その代わりにオーナーには捜査が及ばないことがはっきりとわかり、気が楽になったのは確かだった。
2階の留置所までの階段を降りるとき、ふと思った。
途中で井沢君の代わりに呼ばれたガンダムファンの署員は、かの小山田光輝だったかもしれない。
資料作成をしている彼だったら、家宅捜索の写真も目にする。
たぶん小山田光輝だ。
どうして彼が小山田光輝という確信を得たのかは、うまく説明できない。
ガンダムファンでシャア専用に食いつくあたりが、 “ ひかりかがやく ” の光輝と書いて “ みつてる ” と読ます名前と、うまい具合にバランスが成立しているというのか。
名前負けしてると悩んだことがあるだろう彼だったら、あの同志への親しみを見せてきたのも肯ける。
ともかく、思ったとおり、ぜんぜん光り輝いてなかったことに満足した。

– 2020.11.9 up –