許可店に面接が集中していた
島田にお礼を言いたい。
マユミとミエコを再オープンのときには呼び戻せます、と電話してきたからだった。
それぞれの彼氏という名のヒモと、戻す約束をしたという。
釈放されてからすぐの頃、マユミは池袋のマットヘルスの面接にいくことになったと島田から聞いていた。
許可店で、マットプレイが売りの客入りがいいといわれる店て、もっと稼がせようとするヒモが店を決めたのだった。
新しい店で、マユミが力を発揮してしまうとよくない。
店側も優遇する。
いったん店に居ついた女の子は動かなくなる。
再オープンの際に戻すのは、もう無理かとあきらめもした。
しかし、マユミは面接で落ちた。
その店は、エアマットを使ったローションプレイが売りで、Eカップ以上のおっぱいが入店の基準。
マユミは、細身のCカップ。
それが基準に満たなかったのだった。
ローションプレイは肉感があったほうがヌルヌル感が増すので、顔立ちや雰囲気よりも、おっぱいの大きさのほうが重要だったのだ。
面接落ちしたマユミの気持ちは凹んだだろうけど、島田とは再オープンに戻すワンチャンスができたと喜んだ。
その後の店選びは島田に任せられて、マユミは恵比寿の許可店のヘルスに在籍した。
8月には、都内では違法営業の風俗店が一気になくなっていた。
許可店に面接が集中して在籍が多くなっていた。
そのため、入店したはいいが、週に3日ほどしかシフトに入れない。
ヒモには痛手だったが、こちらにとっては有利に働いた。
マユミと連絡を取り合っていたナナの誘いもあり、再オープンに合わせて、恵比寿の店を辞めて戻ることになったのだった。
ミエコは、池袋の許可店に島田のスカウトで在籍していた。
やはり週に3日しか出勤できてない状況。
それがヒモには不満らしく、再オープンに合わせてその店を辞めて戻ることになった。
『モア 一番街』がスカウト通りの正式名称
島田は、14時からスカウト通りにいるという。
それに合わせて向かっていた。
遅めの夏休みは続いていた。
サラサラした秋風がある曇り空。
また今年も海に行くこともなかったな・・・と、西向天神社の石段を下りた。
明治通りを渡り、風林会館の信号を超えて、コマ劇場からスカウト通りへ。
通行人の足が速く感じるのは、暗くなる頃には雨が降りそうだからかも。
あと1時間もすれば、スカウト通りの人出は増えてくる平日だった。
スカウト通りとは、新宿駅東口のアルタの脇にある通り。
新宿駅と歌舞伎町を繋いでいる歩行者専用の通り。
真ん中には街路樹があって、レンガ敷きで、100メートル足らず。
『モア 一番街』という正式な名称もある。
両側には店舗が並ぶ。
フルーツ屋の『百果園』、手芸洋品店の『オカダヤ』、楽器の『山野楽器』、とんかつの『三金』、ゲームセンターの『タイトー』。
どこの繁華街にもある『マクドナルド』に『マツモトキヨシ』に『ABCマート』もある。
あとは、店名がよく覚えられない服屋に、靴屋に、うどん屋に、回転寿司屋に、質屋。
それら店舗からは、アナウンスや音楽が通りに流れ出ていていて、混ざり合って騒がしさを増していた。
スカウトって教えるも教わるもない
スカウト通りを歩くと、雑踏の中に島田が見えた。
その周辺に3人が立っている。
1人は島田と話し込んでいる。
あとの2人は新顔らしく、通行人に目を巡らせて集中している様子。
2人が新顔だとわかるのは、島田が電話で3日ほど前に、おっパブからスカウト志望者を押し付けられたと聞いていたからだった。
おっパブとしては固定給で専属スカウトとしたいが、やり方がわからないし、成果を得られるのかが不確かなので、完全歩合のスカウトとして関わりを増やしたいという思惑だ。
丸投げされた島田は「どう教えたらいいんですかね」と考えあぐねている。
新顔は、やる気をみせて目配せしている。
どんなものかと、手前で立ち止り見ていた。
この通りでスカウトするのは自由。
自由なのだ。
以外に思われるかもしれない。
もちろん既存の取り決めは守って、先行者には遠慮をしないと文句をつけられもする。
でもそれは、スカウトをするなという話ではない。
やるならやるで譲り合いもして、気も遣って、お互いの利となるようにやろうという態度だ。
それでも中にはケツモチだのを振りかざして、場所の占有を言い出したり、グループを名乗って仕切ろうとしたりする面倒な者は度々いた。
しかし毎回、1ヵ月も経たずに自由に戻る。
なぜか。
どうやらスカウトをよくわかってない者ほど、無駄なところに注力するらしい。
スカウトは、個人の技量に因るところが大きい。
場所があってもグループであっても、技量がない者は結果がでない。
技量を持つスカウトは、群れると足を引っ張られるのをわかってるし、仕切られたり指図されたりするのを拒む勝手な人達だった。
通りの真ん中にタムロしてるのは、7、8名ほどのスカウトのグループ。
そのグループの脇を、新顔のひとりが早歩きで動いたが、誰もそれを咎める目を向けない。
今の時間、この街路樹から交差点までは、声をかけるのは早い者優先だ。
以前からの取り決めは続いているようだった。
声をかけてもかけても無視されるのが当たり前
1人の新顔が早歩きして、向こうから歩いてきた女の子の前でぴたっと足を止めた。
女の子も、突然に迫った勢いに驚いたのか足が止まる。
新顔の名前は、・・・このあとに遠藤と知るのだけど、その遠藤は身を屈めて、俯いている女の子の顔を覗き込んでガツガツと話しかけている。
女の子は二言三言ほど断ってから、広げた手の平をブンブンと、さらに断りの振りをしながら小走りで去っていく。
遠藤は舌打ちの表情で、また元の場所に戻り、押し寄せる通行人に目を巡らせている。
程なくして。
また遠藤は早歩き。
邪魔な通行人の中年男を体で押しのけてから、女の子と横並びに歩きながら声をかけている。
女の子は無視をして前を向いている。
そのまま横並びで話しかけていき、交差点までいくとあきらめて戻ってきた。
力技だなぁと、遠藤を見ていた。
自分が初心者のときを呼び起こしもした。
絶対にスカウトしてやるという気負いは、あともう少しで自然になくなるかも。
声をかけてもかけても、無視されるのが当たり前、素通りされて当たり前というのを嫌ほど繰り返すと、気負いは干乾びてくる。
干乾びをはたき落とすことができてから、もう少し自然なリズムで声をかけれるようになる。
もう1人の新顔は遠藤と比べるとずっとイケメン。
長めの髪型にはお洒落さもあったりする。
が、静かに立っているばかり。
ガツガツした遠藤の様子を見てるだけとなっている。
島田の話し相手には、電話がかかってきたらしい。
携帯を耳にかざしながら島田に頭を下げて、待ち合わせをしてるのか新宿駅の方向へ早歩きとなった。
すぐに島田は自分に気がついて挨拶をしてきて、自分もミユキとミエコの件のお礼を言い、しばらく話してから新顔らしい2人を紹介してきた。
ガツガツが遠藤で26歳、イケメンのお洒落が谷口で28歳。
できないヤツはいくら教えても結局はできないまま
2人ともスカウトをはじめて2日目。
まだ1人の女の子も揚げてないというし、収入を得てない以上、現状は2人とも立派な無職。
自称スカウトでブラブラしてるだけ。
「店長って前はスカウトで、けっこうやる男なんで」と島田がおだてはじめると、谷口が「教えてください」と頭を下げた。
遠藤もつられるようにしてぺこりとした。
「なにかアドバイスしてやってください」と島田も乗っかってきて「教えるのって、うまくできないんです」と苦笑する。
ブランクはあるが、スカウトについては、この3人よりも自分のほうが1日の長ってやつがあるなと、自負をくすぐられて気分をよくさせた。
しかし、スカウトって教えるも教わるもない。
身も蓋もないことだけど。
できるヤツというのは、一から教えなくても、最初からそこそこできる。
見よう見まねで「とにかくやってみよう」と工夫してやっていく。
一方でできないヤツは、一から教えても、手取り足取り教えても、いくら教えても結局はできないまま。
ヘタすると、できないのは教え方が悪いですとか、そこまで教わってないですなどなったりして、無償で教えてあげている側の気分を悪くさせる。
遠藤は前者で、2日目でこれだけ声をかけているのだから、このままスカウトできるのではないか。
少しのアドバイスで十分だ。
わからないことだらけでも、あとは自身で試行錯誤して、悪くいえば嘘八百でも、強引でも、だましダマシでも、女の子を連れ回すまではできそう。
谷口は、後者かもしれない。
「教えてください」と丸投げのお願いを気軽にしてくる者は、とかく不満も気軽に口にする。
お客様感覚なのだ。
教える側はメリットもないのに、わざわざ時間を割いているのに、当然のように「教えてください」とお願いしてくる。
仮に、このお願いに親切丁寧に応じたとしたも、繰り返しているうちに「女がダメっていってますけどどうしたらいいですか?」というあたりからはじまる。
「雨が降ってきたらどうするのですか?」とか「すべって転んだらどうしたらいいですか?」と、どうしようもないレベルにまで達してしまうのが目に見える。
– 2021.10.2 up –