スカウトマンの実際


フリーのスカウト

「協力します」と言っていたヒロシだったが「スカウトを紹介します」と朝イチで電話してきた。

島田という。
「今のスカウト通りでは一番に女をあげているんで」と、よく知っているわけではないのにヒロシは言い切る。

ヒロシがスカウトを教えた内山という者がいて、その内山は病気になって地元の北海道に戻ったが、そうなる前にスカウトを教え込んだのが島田となる。
ヒロシとしては、先輩の気分だ。

もし女の子の入店があったとしても、自身にはスカウトバックを割ってもらうといった利得がないのを前置きしてから、その島田と直接やりとりしてよくしてやってくださいという。

「村井くんは、スカウトには積極的じゃないんだよな」
「なんでですか?」
「まえの店のときは、慣れてないヤツばかりで面倒だったり、すぐケツモチってヤツもいたらしい」
「ああ、そういうヤツですか」

スカウト通りには、にわかにスカウトが現れて消えていく時期でもあった。

要領さえつかめばバイトよりも稼げるし、そうでなくても女を食い放題にできる。

当然のようにして『ケツモチ』を言いはじめる者もいる。
そうすることで、スカウトのすべてがうまくいくと勘違いするのだ。

勘違いした者は彼らに上手に絡め取られて、一生懸命に金を払い、そのうち手足に使われて、スカウトどころではなくなりトビとなるのが黄金パターンだった。

よくいえば暴力団商法の被害者、わるくいえば自業自得、ついでにいえば藪をつついて蛇を出す。

ヒロシのいう『そういうやつ』とは『そういうやつ』のことだった。

「サービスがわるい女をクビにしたら文句をつけてきて、すぐにケツモチがとか言いはじめて面倒だったって」
「まあ、そういうヤツですからね」
「すぐに、いなくなったらしいけど」
「島田は、そういうヤツじゃあないです。俺が保証します」
「ありがと。たすかるよ」
「いいんですよ。もう、俺のほうに足向けて寝ないでくださいね」
「片足だけ向けて寝てやるよ」

女の子が足りずにシフトは薄かった。

昨日のうちに広告代理店の営業を店に呼んで、風俗専門の高収入求人誌への掲載の契約をしたが、発売されて反響があるまでは10日以上の日が空く。

とくに早番は足りてない。
もう2人か3人はオープン初日から欲しいと話していたところだった。

以前に在籍していた15名ほどの女の子のうち、再オープンで戻る見込みが思っていたより少なかったのだ。

名義人が決まらないうちに年末年始がきてしまい、年が明けてから再オープンしようといっているうちに6ヵ月が空いたのが響いた。

いったん閉めた店に対して、女の子たちは、そこまでは義理堅くはなかった。

散り散りになった在籍の女の子たちは、新たに居ついた店が優先となってしまったのだった。

「まあでも、その島田って、もう2年やってるらしいんで、その辺りはだいじょうぶですよ。内山にもよくいっとくんで」
「村井くんにも話とく」
「島田が面倒なことしたら、俺だって一言いいますよ」
「わかった、その島田に電話してみるよ」

ヤンキー気質があるヒロシらしい、挨拶や上下関係にうるさいながらも面倒見の良さもあって、バカっぽいが単純明快なところが、スカウト通りを離れても今の連中に話を通すことができているようだった。

その島田は、元々は歌舞伎町のおっぱいパブの店員。
店頭での客引きをやっていたのだが、ついでに通りかかる女の子にも声をかけていたら何人かを入店させることができた。

それだったらスカウトを専門にやれと店長にいわれて、店頭からスカウト通りに出るようになり、そこにいた内山と知り合う。

内山から教わって、自店のおっぱぶだけでなく、風俗店にもAVプロダクションにも入れ込んで稼ぐことを覚える。

だからといって、すぐさま自店をないがしろにするのは給料を払ってる店側としては腹立たしさもあるだろうし、角が立ったら小さな妨害もされる。

そこで、自店に不利益がないように1年かけて実績をつくり、それを継続することを条件に円満に店を辞めて、フリーのスカウトとなってから1年が経つ。

スカウトのすべては口約束で行なわれる。
それを実行する律儀さがある島田だったら、ぜひとも店にも入れて欲しいところだった。

ヒロシとの電話を終えると、もう開店準備に店に向かう時間だった。

スカウトバック10%

2月のこの時期、どんよりとした曇り空で寒波が来ていた。
雪が降るのではないか。

スカウト通りまで出向いて島田と会った。
「内山さんには、お世話になりました」と頭を下げるそつのなさがある。

イタリアントマト新宿店
1000回は利用していたイタリアントマト

久しぶりにアルタ裏のイタトマに行った。[編者註06-1]
2年ぶりだった。

「スカウトバックの条件は、女子給のテンパー(10%)」
「はい」
「1000円未満の端数は切り捨てで。ちゃんと明細もつける」
「はい」
「それで支払いは、基本、月末締めの翌10日。でも10日前には出すようにはする。そのあたりは連絡とり合おう。領収書持参で店まできてもらえれば」
「はい」

条件となる女子給の10%とは、仮に女の子が月に100万稼げばスカウトバックは10万。
他の店と比べても悪くはない。

「で、バック発生の期間は入店してから1年。そういった条件でどうだろう?」
「はい、それだったら十分です」
「ただ、前もって承知してほしいのが、サービスが悪ければクビもあるかもしれないし、トビもあるかもしれない」
「はい、それはわかってます」
「なんにしても連絡とりながらやっていこう」
「はい」

よくある条件としては、1勤2000円のスカウトバック。
以前の『ラブリー』もその条件だった。

1ヶ月で10日出勤で20000円。
20日出勤だと40000円のスカウトバックとなる。

女の子のレベルがよければ1勤3000円、もっとよければ1勤4000円もある。

それに加えて『広告OKです』とか『AV嬢です』という状況があれば、1勤5000円までは交渉もできる。

が、このレベルというのは、見た目の容姿のみが基準となる。
容姿を基準にされてしまうと、店が有利となってスカウトが不利になる場合が多い。

風俗嬢の不思議さがあるのだ。
容姿はイマイチで1勤2000円なのに、蓋をあけてみるとまさかの月150万稼いだとかある。

ただのブサイクでかろうじての1勤2000円なのに、まさかの本指名が多くて月に100万以上は稼いでいるかもある。

逆のパターンもある。
容姿がよくて1勤5000円で決まったのに、1ヶ月もしないうちに『客の評判が滅茶苦茶よくないから引き上げてくれませんか』と期待外れの声の店長から連絡がきたこともある。

風俗嬢の不思議さは、予想もできずにぶつかる。
1勤2000円の固定よりも、女子給の10%のスカウトバックのほうが、まさかの大化け分も狙える。

そこはすぐに、島田も理解をした様子だ。

もちろん自分の独断でスカウトバックを決めたのではなくて、事前に村井の了承を得てあるが、大化け分までは説明してない。

よほど以前に嫌な目をみたのか。
スカウトには積極的でない村井だったが、一切を自分が引き受けると言い切ってのことだった。

2万円の顧問料

島田は27歳。
営業の会社員みたく堅実さを感じさせる顔をしていて、髪はセットされていて、ピンストライプのスーツに細めのネクタイを締めている。

「で、島田くんが、継続して女を入れてくれるのを約束してくれるんだったら、顧問料を払う」
「え、顧問料ですか!」
「月2万」
「あ、はい」

顧問料というは、コンサルタント料みたいなもの。
スカウトの慣習からすれば、めずらしくはない。
が、対象者は限られる。

それに3万から5万が通常なので、2万は安いといえた。
しかし月に2万であっても、フリーのスカウトからすれば金額以上の意味がある。

「何人とは決めないけど、そこ、約束できる?」
「はい、やります」

スカウトなど遊びでやってるんだろうとばかりに、業者からは邪険に扱われることも多い中での顧問料なのだ。
十分なインセンティブになる。

女子給の10%案は「店は損しませんから」と了承した村井だったが、顧問料には「うーん」と考え込み「やってくれる人でしょうし、それで女の子が集まるのだったら」と了承したのだった。

村井の基準からすれば、どれほどの効果がある2万か判断がしにくかったのかも。

「島田くんがやってくれるんだったら、ヒロシからの紹介もあることだし、ほかのスカウトは入れない」
「あ、はい」
「スカウトからの入店は島田くんのみか、島田くんを通してで、スカウトバックも島田くんに一括して払う」
「それ、ありがたいです」

ほかのスカウトを入れない、というのも大きい。
他のスカウトからの、女の子の紹介に繋がる。

そうして入れ込んだ場合、スカウトバックは割って出す。
10%から50%を得ることができる。

最初から保証を条件にしてくる風俗嬢ってのも仕上がりがよくない

島田は、スカウトバック10%と顧問料に身を乗り出す。
わかりやすいやる気を見せた。

「田中さん、早番の女ってどうですか?」
「早番の女はほしい。ぜんぜん足りてないし」
「これから確認してからになりますけど、明日にでも面接に連れていけるかもです」
「おお!」

島田は駆け引きしてるのではなくて、すでに自分と会う約束をした時点から、隠し玉となる女の子の段取りをつけていたのがわかった。

早番が足りないのも、いちいち確めなくても見当がつくのだ。
動きが早い島田のスカウトに期待が膨らんだが、もしスカウトバックが並の条件で、顧問料もつけなかったら、この隠し玉も出さなかったかもしれない。

そつがない島田だったが、こっちのお願いだけで、素直に『わかりました』と大事な女の子を連れてくるわけではないのだ。
自分としては、そのくらいがいい。

「ただ、新規オープンの店なので・・・」
「え、でた、保証だ」
「はい。3万がつくのだったら、明日には確実に連れていけますけど、保証ってどうですか?」
「保証3か・・・。その女って経験者?」
「はい」
「専業だ」
「はい」

すぐに面接できるのはいいが、そう簡単に今の店を移れる風俗嬢ってのもタカが知れてる。

それに新規オープンだからはわかるが、最初から保証を条件にしてくる専業の風俗嬢ってのも、現状では稼いでなくて、仕上がりがよくない場合が多い。

いや、多いどころか、ほとんどといってもいい。
次の店でも稼げたためしがない
島田はすぐに、自分の考えを汲み取った。

「経験者の女ですけど、保証ってその女が言ってるんじゃなくて、一緒に住んでる男がいってんです」
「男のほうか」
「保証なんていらないって説明したんです。そんなこと言ったら足元みられますって。だけど男がわかってないんですよね」
「なるほどね。オレはまた、のっけから保証だ保証だっていう女ってコケるからなって考えちゃったよ」
「その男さえうんっていえば、女はしっかりやるんで。その女、今、○○グループの店にいるんです」
「わかった。保証は即答はできないな。昼までには電話する」

保証をつけるのなら、村井の了承を得ないといけない。
雇われ店長というのは、こういうときにやりずらい。

島田は携帯を取り出して「この女です」と写メを送ってきた。
見た目は悪くない。

23歳。
お姉さんタイプ。
色っぽい目元をしている。
これだったら写真指名は取れるのではないか。

講習が3時間という○○グループの店に在籍してるというし、サービスは間違いない。
いずれにしても店に戻り、村井とよく話さなければだ。

スカウト通りでの決まり事

島田とイタトマを出てからは、どちらともなくスカウト通りに向かった。
寒波襲来で、人通りがまばらなスカウト通りで足が止まった。

「田中さん」
「んん」
「まえは、ここでスカウトやっていたんですよね?」
「2年ほど前までになるかな」
「2年前だと、オレがスカウトはじめた頃ですね」
「うん。ちょうど、オレと島田くんと入れ替わったようになるのか」
「田中さんが、ヒロシさんにスカウトを教えたんですよね?」
「ああ、ヒロシを知っているんだ」
「その2年前くらいに挨拶しただけです。少ししか話したことがないですけど」
「ヒロシも、あれからやめちゃったからな」
「オレは、内山さんにいろいろ教えてもらいました」
「内山もな、病気さえならなかったらな」
「このまえ電話で話したんですけど、元気でしたよ」

この通りで1人でスカウトをはじめたのに、孤独な仕事だと思っていたのに、もう関係ないと思っていたのに。

知らないうちに、ヒロシから内山から島田へと繋がりが出来ているのがうれしくも感じた。

「西新宿の事務所は、まだ連れていってる?」
「うどん屋が1階のマンションですか?」
「うん」
「はい、入れてます」
「あそこは?西口公園の向こうのビルの3階。ジョナサンの近く」
「はい、入れてます」
「内山の紹介で?」
「はい」
「あそこは?南口出た突き当たり」
「ああ、シチズンの看板があるビルの5階ですよね、入れてますよ」
「ああ、じゃ、続いてんだな。そこらは紹介がきちんとしてないと入れないからな」

所在地で確めるのは、AVプロダクションは、税金対策のために1年か2年で名称と電話番号と担当者名が変わるため。

スカウト方法だけでなくて、関係先から慣習まで続いていた。
すべてが、スカウト通りという路上で教えられていた。

「田中さんは、どのあたりでやってたんですか?」
「このあたり、あのあたりでもよくやったな」
「そのあたりはどうですか?」
「夕方までだな。あとはキャッチがうるさいでしょ?」
「ですね。それまでは早い者優先でしたか?」
「そう」
「じゃ、2年前から変わってないんですね」
「うん、あまり変わってない」

この通りでスカウトするのには、場所については細かく決まっている。

その街路樹からあの街路樹までは、昼間は早いもの優先。
夕方からは譲り合いで、声をかけずにタムロしてるだけは禁止。

あの店の前あたりの一角は、17時からはケツモチありの店のキャッチ優先。

この角から先は早いもの優先だが、足をとめた女の子と5分以上立ち止って話すのは禁止。

各自の言い分がごちゃまぜになった決まりごとだった。

「たまにフランケンっていう地回りこない?」
「ああっ、フランケン、いた、いましたよ、アイツ・・・」
「やらかした?」
「アイツ、しょうもないですよ」
「なんで?」
「だって、ミカジメの前借するんですよ、あちこちから」
「しょうもない。でも、あんなヤツに払ってるほうもわるい」
「ええ、もう1年分以上を前借りされてるやつもいました」
「最悪だな、ミカジメの前借りなんて。歌舞伎町のヤクザって、そんなヤツばっかり」
「ですね。で、フランケン、集金した組のカネを使い込んでトンだらしいです」
「ええ!」
「それが20万くらいのカネですよ。ゲーム喫茶に突っ込んだらしくて」
「ダメだなあ、フランケン。トンだところで、あの顔じゃ、歌舞伎町以外で生きてけんぞ」
「まあ、でも元板前だから、どっかの店の調理場で、あの調子で、うぃうぃやってんじゃないんですか」

思いもがけずに、フランケンで2人して大笑いできた。

そうしてると靖国通りの横断歩道の信号が何度目かの青になって「保証の件だけ電話する」と店まで戻った。

ちなみに業者とスカウトとの契約については、なんらかの書面を交わすことがなく、全てが口約束なのが通常である。

日給保証の金額

フロントでノートパソコンに向かっていた村井には、彼女の写メを見せて話したが、保証のくだりで腕を組んで「うーん」と悩みはじめた。

悩みどころは見当がついた。
保証をつけてほしいという経験者はダメなパターンが多いと、村井の頭にもよぎっているのだ。

それを言ってるのは、紹介者でもありヒモでもある男だけとは補足した。

「保証は厳しいかな?」
「いや、保証はいいんです。これからオープンですし、まだ在籍も少ないので」
「じゃ、なにか気になるところあった?」
「あの、田中さん、すごくやってくれてるとおもいます。やってくれているんです。だた、なんていうのか・・・」
「もう、はっきりいって」

村井は、気を遣ってくれている。
雇われ店長もやりずらいが、いる方もやりずらいのだ。

「なんていうのか、ちょっとスカウト寄りなんです」
「ああ、そうか」
「もっと店長として、店に有利な条件をだしてほしいんです」
「そうか」
「それなんで、これからは最初の1ヶ月だけにするとか、アンケートがよくなければ打ち切るとか、店側が決めたシフトで出れるなら付けれるとか、あとは当欠(当日欠勤)があれば打ち切るとか、遅刻すればその日は付けないとか、条件をつけて店を有利にしてほしいです」
「うん、確かにスカウト寄りだった。うん、まだ、そのコ、決定じゃないから今から条件つける」
「そうしてもらえますか」
「最初の1ヶ月だけにして、アンケートがよくなければ打ち切り、あとは当欠があっても打ち切り」
「あとは土日の早番が少ないので、その辺りの出勤も強制でおねがいします」

村井に指摘されたとおりだった。
立ち位置も目線も、女の子が入店すれば良しとするスカウト寄りだった。
風俗の店長として意識しなければいけない点だった。

「あと、田中さん」
「んん」
「僕には、もっと遠慮なく言ってください」
「そう」
「ええ、田中さんが店長ですので」
「んん」
「こうするって感じで言ってもらってもいいですよ」
「ありがとう」

雇われ店長だからと、言っている場合ではなかった。
店のためになることは、やっていかなければなのだ。

– 2017.12.15 up –