川原沙織、21歳、スカウト通りで声をかけてAVプロダクションに


盗撮AVの差し替え

1月1日に。
朝一番で、智子と新宿の花園神社に初詣に行く。
新宿駅東口から神社までは、人通りも少なく騒がしくもない。

正月を実感した。
今年はどんな一年になるのだろうか。

そんなことを考えていると、携帯から着信音が。
ディスプレイを見ると、AVプロダクション『セクシャル』のマネージャー前田だった。
なんだろうか?

「はい、田中です」
「アッ、田中さん」
「どーも」
「アッ、どーも」

電話の向こうで、マネージャーが一瞬だけ驚いていた。
自分が出るとは思わず、電話をかけた様子だった。

「あけましておめでとうございます」
「あ、いえ、おめでとうございます」
「本年もよろしくおねがいします」
「いえ、こちらこそ」

急の連絡というのが、すでに伝わっていた。
マネージャーは素早く用件を切り出した。

「それで、ちょっと、おねがいがあるんですけど」
「なんですか?」
「実は、女のコが飛んじゃって」
「・・・」
「だれかいないですかね、差し替えでなんとかするしかなくて」
「・・・ムリだね」
「どのコも連絡つかないんですよ。困ったな・・・」
「・・・ムリだよ」
「簡単な撮りなんで。盗撮モノで10分で終わります、トイレでオシッコしてギャラは3で、ウンチでたら5で」
「・・・ムリ」
「あぁ、まいったな・・・。あぁ、まいった。田中さん、誰かいないですか?」
「・・・ムリ」

同業者とはいえ、この人達、いったい元旦早々なにやってんだろ。
ブツブツいっているマネージャーに間を置かず「・・・そういうことで」と切った。
智子は明るく言う。

「よかったじゃない。元旦から忙しくて」
「・・・うん」
「どうしたの?」
「智子さ、しばらく食わせてくれないかな」
「だめよ。もう2匹食わせているんだから」
「オレも、交ぜてよ」
「だめよ。あなた、わたしに贅沢させてくれるっていったじゃない」
「なんか、疲れるよ」
「がんばりなさい」
「・・・うん」

今年もこんなこと繰り返すのか。
なぜかこの電話は、ガクッときた。

朝のスバルビル前にはAV業者ばかり

仕事初めは、そのマネージャー前田から頼まれたAVの入れ込みだった。
入れ込みが重なって手が足りないときは、フリーのスカウトの自分が、このときだけはAVプロダクション『セクシャル』のスタッフとなった。

入れ込みは、朝8時半にスバル前で。
スバル前というのは、スバルビルの前のこと。
新宿駅西口の地上口を出てロータリーを挟んだ正面にある。

新宿で入れ込みのとき、ほとんどのAV業者はこの場所を指定する。
朝のこの時間帯のスバルビル前の交差点付近は、ワゴン車やマイクロバスが並んで留まり、歩道にはAVの関係者がウロウロしてる。

缶コーヒーを飲み、タバコ吸いながら雑談してたり、機材が入ったバックを持ってたり。
その中で携帯を手にして、でなにやら話し込んでいる者が制作会社のスタッフ。

女のコを連れて、どことなしにうさんくさく見える者がAVプロダクションのマネージャー。

その連れている女のコはAV嬢ということになる。
が、私服姿でメイクをしてない外見は、まったく普通の女のコに見える場合が多い。

逆にたどれば、スカウトするとき外見だけで脱ぐ脱がないはわからない。

その日、入れ込んだ女のコは、先月に自分がスカウトしたコだった。
やはり外見は普通の女のコ、・・・イメージ的に、一般的に、普通の女のコとしかいいようがないが。

名前は、川原沙織。
21歳の学生。
彼女のスカウトは、即日、あっけなくできた。

12月の夕方、スカウト通りで声をかけて、反応から思わずコートの裾をちょっとだけつまんでみると、以外にも足が止まった彼女だった。

警戒も見せずに明るく「新宿には買い物に来た」という彼女に、すかさず「AVだけど」とアプローチをする。

瞬間、驚いた目。
それが未経験者だと感じさせた。
拒否反応はない。

考える素振りの彼女に「今から、事務所にいこう」「行って話だけでも聞いてみて」と言うと、これも以外に応じた。

すぐに新宿駅を抜けて、南口に向かった。
事務所では、すんなりと登録用紙に記入したのだった。

が、こういう場合は宣材撮りしない。
即日は、女のコの気が変わることが多いので、その日は女のコは帰す。
あとの段取りは、バトンタッチしたマネージャーがする。

2日後にマネージャーから「宣材撮り完了しましたよ」との連絡が入った。
だから彼女とは、2時間ほど顔を合わせただけ。

どうしてAVをやったのかはよく知らない。
スカウトがうまくいくときは、そんな簡単な流れとなることも多かった。

領収証の金額は並びで

8時前には西口につくように、自分は向かっていた。

もし当日になって、女のコに不都合があって入れ込みができないと一大事。
AVプロダクションには賠償金が生じる。

女が逃げることないように、・・・いや、女のコを確実に連れていけるように、多くのAVプロダクションが早朝から車で迎えにいったり、前日から近場のホテルに宿泊させたりする。
が、彼女の場合は、全く心配がなかったから西口に集合になっていた。

こちら電話を入れるつもりだったが、彼女からかかってきた。

「もしもし」
「アッ、田中さん、あけおめ、ことよろ」
「あぁ。・・・おめでとさん。元気そうだね。今どこ?」
「いま、渋谷駅のホームなんで、これから新宿に向かいます」
「そう、じゃあ、20分ぐらいか?」
「うん、そのぐらいです」

今になって、女のコが向かってるのが確認ができなかったら大変な状態だ。
とりあえずはホッとしていた。

「オレもそのくらいに、西口の地上出口を出たあたりに、・・・わかる?」
「わかりますよ」
「わからなかったら電話ちょうだい」
「ハーイ」
「じゃあ、あとでね」
「ハーイ」

マネージャーに連絡を入れながら西口に向かった。
先に、担当者と顔会わせておく。

スバルビル前には、今日も謎の集団がうろうろしていた。
先方の携帯に電話をする。
路肩に留めてあったワゴン車から、「どうもどうも」と担当者が降りてきた。

「いま、女のコ向かってるんで、あと20分程で」
「じゃあ、モデルさん向かってるんだったら、先、ギャラのほうしちゃいます?」

AVプロダクションは、一応はヌードモデルの派遣と称していた。
どういう意味があるのかは知らない。

「そうですね。あとでバタついてもいけないし」
「じゃ、これ」

現金での取っ払い(当日払い)が、AV業界の商慣習になる。
担当者のバッグからは、現金がはいった封筒が取り出された。

「えーと、・・・これ、・・・30ですね」
「1,2,3・・・、10,11,12・・・、はい、確かに。宛名は?」
「株式会社○○○で」
「はい。・・・金額は30の並びでいいですか?」
「はい。但し書きは、モデル代で」
「はい。・・・じゃあ、こちら」
「はい。確かに」

「領収書は並びで」というのは、例えば金額が30万だったら33万3333円で記入する。

40万だったら44万4444円。
50万だったら55万5555円で。
制作会社側で10%の源泉徴収をしましたよ、ということ。

この総ギャラから、おおよそ20%までがスカウトバック、50%がモデル代へと割られて、残りは事務所分となる。

AVプロダクションと税務申告

いずれにしても、法人経営の大手を除いたほとんどのAVプロダクションは、税務申告するすることがない。

2年か3年に1回ほど、税務署から納税の状況を確める葉書が1枚届くのだが、宛名先不明で送り返す。
すぐさま屋号と電話番号を変更して、営業を継続するだけだった。

封筒をバッグに収めて、すこし間があって、彼女が着くころになった。

「じゃあ、○○さん。カバンここに置いていきますので、ちょっと、西口まで行ってきます。・・・もう、彼女着くので」
「ハイ、じゃあ、カバン車の中にいれときますよ」
「はい、じゃあ、10分程で戻ります」
「はい」

新宿駅の西口前は、まだ正月休みの会社も多いのか。
通勤時間にもかかわらずそれほど人はいなかった。

第一勧銀の前から、彼女が携帯を取り出している姿が見えた。
ベージュのコートにブーツの彼女は、大きなサングラスをかけていた。

「メイクするっていうから、すっぴんで来たんです」
「だから、サングラスしてるのか。きのうは寝た?ちゃんと」
「うん」
「じゃあ、大丈夫だな」
「うん」
「今日で2本目か。最初は、緊張しただろ?」
「そうなんですよ。でもね、楽しかったよ」
「そう。名前、松田ゆりあに決まったんだ。なんか、どこかで聞いたような名前だよな」
「社長が付けたの。けっこう気にいってるよ」

小田急ハルクの横断歩道で信号待ちをする。
「これ、ギャラね」と手渡すと、控えめに彼女は受け取りバックの中に入れた。

そして、その手で手帳を取り出すと、月間のカレンダーのページを開いて「ホラッ!」と自分に見せた。

日付が入った桝目には、面(メーカー面接)、M(打ち合わせ)、V(撮影)、P(専門誌)、撮影会、宣材の撮り直し、と学校の予定に交ぜて書き込んであった。

「みてみて、こんなにも予定入ってるんだよ」
「けっこう入ってるね」
「うん、なんか、いつも見ていて、うれしくなっちゃうの」
「そうか」

彼女ははしゃぐように言った。
サングラスの上からでも楽しそうな表情をしてるのがわかった。

AV嬢と風俗嬢が違うのは、こんな感じのところだと思う。
両方ともセックス産業の女だが、なんというのか、動機とでもいうのか、上手く言えないけど動かすときには違う要素を感じる。

「カレシにね、この前、浮気してるだろって言われて、ドキッとしちゃった」
「でも、カレシは好きなんだろ?」
「うん、ちょー大好き」
「ぜったいに浮気は認めるなよ。カレシもそれを望んでいるんだから」
「そうだね」

インチキな会話。
いい加減な答え。
それらも苦痛にならなくなった。

彼女がカレシの話をしたことで、ふと、エリもこんな感じで、AVの撮影に向かったのかな・・・とも思う。
そして撮影中には、心の中でごめんなさいぐらいは言ったんじゃないのか?

小田急ハルクの前を歩く。
つぎの横断歩道を渡ると、右手がスバルビル。
スバル前の歩道には、先ほどの○○さんとスタッフが3人で待っていた。

彼女が「おはようございまーす。松田です!よろしくおねがいしまーす!」と明るく挨拶する。

一同の表情が明るくなった気がした。
他の同業者が、覗うように彼女を見て自分を見る。

どこの事務所か探っているのが分かる。
彼女は稼ぐコだなと実感した。
スカウトをしていて気分が良くなるときでもあった。

AV出演がバレたときに

入れ込みは無事に完了した。
その後はギャラ売上の精算だ。
マネージャーとイタトマで待ち合わせて、一足先に2階の窓際の席についた。

新宿駅西口のビル群
歌舞伎町交差点から見た西口のビル群

彼が来るまでは少し時間があった。

何気に、カバンから彼女の宣材写真を取り出して見ていた。
彼女の微笑は、楽しそうにも、やさしそうにも見える。

はにかむようにも見えて、それでいて挑戦的にも、浅智恵が潜んでいそうにも。
そんな女の微笑がよく収まっていた。

形の良いDカップから健康さのあるウェストのライン。
誰かが造形したかのように、宣材には映っていた。

そんな微笑で「ホラッ!」と手帳を見せて「いつも見ていて、うれしくなっちゃうの」と彼女は言った。

その言葉と微笑が、なぜかエリとリンクしてしょうがない。

今、スカウトマンとしてエリを観ると、彼女はお金を稼ぎたくてAVに出演したのではないような気がする。

必要な2人の生活費は渡していたし、それでエリは無駄使いはせずやりくりしていた。
当時の自分のつまらない思いあがりにも原因があったのでは・・・などと思ってしまう。

そういえば、あのとき。
内緒のAV出演がバレたとき。

「ふざけんな!!なんでAVなんて出たんだよ!なんでだよ!!」とエリを問い詰めると、ボソリと「・・・賢さんのことを嫌いになったわけじゃない」と彼女は確かに言った。

あのときのショックを思い出すとちょっと苦しくなる。
だからAVに出演する女の気持ちなんて理解はしたくないし、これからも理解するつもりもない。
自分は徹底した利己主義にスカウトすべき。

とりとめもなく、自身を鼓舞して、そんな日記を手帳に書いていた。
そうしてると、背後から「なに書いてるんですか?」という声がする。

マネージャーがいつの間にか立っていた。
「ん・・・、なんでもない」といいながらも、慌てて手帳を閉じた。
こんな日記は、誰にも見せれなかった。

– 2003.7.30 up –