盗撮AVの差し替え
1月1日に。
朝一番で、智子と新宿の花園神社に初詣に行く。
新宿駅東口から神社までは、人通りも少なく騒がしくもない。
正月を実感した。
今年はどんな一年になるのだろうか。
そんなことを考えていると、携帯から着信音が。
ディスプレイを見ると、AVプロダクション『セクシャル』のマネージャー前田だった。
なんだろうか?
「はい、田中です」
「アッ、田中さん」
「どーも」
「アッ、どーも」
電話の向こうで、マネージャーが一瞬だけ驚いていた。
自分が出るとは思わず、電話をかけた様子だった。
「あけましておめでとうございます」
「あ、いえ、おめでとうございます」
「本年もよろしくおねがいします」
「いえ、こちらこそ」
急の連絡というのが、すでに伝わっていた。
マネージャーは素早く用件を切り出した。
「それで、ちょっと、おねがいがあるんですけど」
「なんですか?」
「実は、女のコが飛んじゃって」
「・・・」
「だれかいないですかね、差し替えでなんとかするしかなくて」
「・・・ムリだね」
「どのコも連絡つかないんですよ。困ったな・・・」
「・・・ムリだよ」
「簡単な撮りなんで。盗撮モノで10分で終わります、トイレでオシッコしてギャラは3で、ウンチでたら5で」
「・・・ムリ」
「あぁ、まいったな・・・。あぁ、まいった。田中さん、誰かいないですか?」
「・・・ムリ」
同業者とはいえ、この人達、いったい元旦早々なにやってんだろ。
ブツブツいっているマネージャーに間を置かず「・・・そういうことで」と切った。
智子は明るく言う。
「よかったじゃない。元旦から忙しくて」
「・・・うん」
「どうしたの?」
「智子さ、しばらく食わせてくれないかな」
「だめよ。もう2匹食わせているんだから」
「オレも、交ぜてよ」
「だめよ。あなた、わたしに贅沢させてくれるっていったじゃない」
「なんか、疲れるよ」
「がんばりなさい」
「・・・うん」
今年もこんなこと繰り返すのか。
なぜかこの電話は、ガクッときた。
朝のスバルビル前にはAV業者ばかり
仕事初めは、そのマネージャー前田から頼まれたAVの入れ込みだった。
入れ込みが重なって手が足りないときは、フリーのスカウトの自分が、このときだけはAVプロダクション『セクシャル』のスタッフとなった。
入れ込みは、朝8時半にスバル前で。
スバル前というのは、スバルビルの前のこと。
新宿駅西口の地上口を出てロータリーを挟んだ正面にある。
新宿で入れ込みのとき、ほとんどのAV業者はこの場所を指定する。
朝のこの時間帯のスバルビル前の交差点付近は、ワゴン車やマイクロバスが並んで留まり、歩道にはAVの関係者がウロウロしてる。
缶コーヒーを飲み、タバコ吸いながら雑談してたり、機材が入ったバックを持ってたり。
その中で携帯を手にして、でなにやら話し込んでいる者が制作会社のスタッフ。
女のコを連れて、どことなしにうさんくさく見える者がAVプロダクションのマネージャー。
その連れている女のコはAV嬢ということになる。
が、私服姿でメイクをしてない外見は、まったく普通の女のコに見える場合が多い。
逆にたどれば、スカウトするとき外見だけで脱ぐ脱がないはわからない。
その日、入れ込んだ女のコは、先月に自分がスカウトしたコだった。
やはり外見は普通の女のコ、・・・イメージ的に、一般的に、普通の女のコとしかいいようがないが。
名前は、川原沙織。
21歳の学生。
彼女のスカウトは、即日、あっけなくできた。
12月の夕方、スカウト通りで声をかけて、反応から思わずコートの裾をちょっとだけつまんでみると、以外にも足が止まった彼女だった。
警戒も見せずに明るく「新宿には買い物に来た」という彼女に、すかさず「AVだけど」とアプローチをする。
瞬間、驚いた目。
それが未経験者だと感じさせた。
拒否反応はない。
考える素振りの彼女に「今から、事務所にいこう」「行って話だけでも聞いてみて」と言うと、これも以外に応じた。
すぐに新宿駅を抜けて、南口に向かった。
事務所では、すんなりと登録用紙に記入したのだった。
が、こういう場合は宣材撮りしない。
即日は、女のコの気が変わることが多いので、その日は女のコは帰す。
あとの段取りは、バトンタッチしたマネージャーがする。
2日後にマネージャーから「宣材撮り完了しましたよ」との連絡が入った。
だから彼女とは、2時間ほど顔を合わせただけ。
どうしてAVをやったのかはよく知らない。
スカウトがうまくいくときは、そんな簡単な流れとなることも多かった。
領収証の金額は並びで
8時前には西口につくように、自分は向かっていた。
もし当日になって、女のコに不都合があって入れ込みができないと一大事。
AVプロダクションには賠償金が生じる。
女が逃げることないように、・・・いや、女のコを確実に連れていけるように、多くのAVプロダクションが早朝から車で迎えにいったり、前日から近場のホテルに宿泊させたりする。
が、彼女の場合は、全く心配がなかったから西口に集合になっていた。
こちら電話を入れるつもりだったが、彼女からかかってきた。
「もしもし」
「アッ、田中さん、あけおめ、ことよろ」
「あぁ。・・・おめでとさん。元気そうだね。今どこ?」
「いま、渋谷駅のホームなんで、これから新宿に向かいます」
「そう、じゃあ、20分ぐらいか?」
「うん、そのぐらいです」
今になって、女のコが向かってるのが確認ができなかったら大変な状態だ。
とりあえずはホッとしていた。
「オレもそのくらいに、西口の地上出口を出たあたりに、・・・わかる?」
「わかりますよ」
「わからなかったら電話ちょうだい」
「ハーイ」
「じゃあ、あとでね」
「ハーイ」
マネージャーに連絡を入れながら西口に向かった。
先に、担当者と顔会わせておく。
スバルビル前には、今日も謎の集団がうろうろしていた。
先方の携帯に電話をする。
路肩に留めてあったワゴン車から、「どうもどうも」と担当者が降りてきた。
「いま、女のコ向かってるんで、あと20分程で」
「じゃあ、モデルさん向かってるんだったら、先、ギャラのほうしちゃいます?」
AVプロダクションは、一応はヌードモデルの派遣と称していた。
どういう意味があるのかは知らない。
「そうですね。あとでバタついてもいけないし」
「じゃ、これ」
現金での取っ払い(当日払い)が、AV業界の商慣習になる。
担当者のバッグからは、現金がはいった封筒が取り出された。
「えーと、・・・これ、・・・30ですね」
「1,2,3・・・、10,11,12・・・、はい、確かに。宛名は?」
「株式会社○○○で」
「はい。・・・金額は30の並びでいいですか?」
「はい。但し書きは、モデル代で」
「はい。・・・じゃあ、こちら」
「はい。確かに」
「領収書は並びで」というのは、例えば金額が30万だったら33万3333円で記入する。
40万だったら44万4444円。
50万だったら55万5555円で。
制作会社側で10%の源泉徴収をしましたよ、ということ。
この総ギャラから、おおよそ20%までがスカウトバック、50%がモデル代へと割られて、残りは事務所分となる。
AVプロダクションと税務申告
いずれにしても、法人経営の大手を除いたほとんどのAVプロダクションは、税務申告するすることがない。
2年か3年に1回ほど、税務署から納税の状況を確める葉書が1枚届くのだが、宛名先不明で送り返す。
すぐさま屋号と電話番号を変更して、営業を継続するだけだった。
封筒をバッグに収めて、すこし間があって、彼女が着くころになった。
「じゃあ、○○さん。カバンここに置いていきますので、ちょっと、西口まで行ってきます。・・・もう、彼女着くので」
「ハイ、じゃあ、カバン車の中にいれときますよ」
「はい、じゃあ、10分程で戻ります」
「はい」
新宿駅の西口前は、まだ正月休みの会社も多いのか。
通勤時間にもかかわらずそれほど人はいなかった。
第一勧銀の前から、彼女が携帯を取り出している姿が見えた。
ベージュのコートにブーツの彼女は、大きなサングラスをかけていた。
「メイクするっていうから、すっぴんで来たんです」
「だから、サングラスしてるのか。きのうは寝た?ちゃんと」
「うん」
「じゃあ、大丈夫だな」
「うん」
「今日で2本目か。最初は、緊張しただろ?」
「そうなんですよ。でもね、楽しかったよ」
「そう。名前、松田ゆりあに決まったんだ。なんか、どこかで聞いたような名前だよな」
「社長が付けたの。けっこう気にいってるよ」
小田急ハルクの横断歩道で信号待ちをする。
「これ、ギャラね」と手渡すと、控えめに彼女は受け取りバックの中に入れた。
そして、その手で手帳を取り出すと、月間のカレンダーのページを開いて「ホラッ!」と自分に見せた。
日付が入った桝目には、面(メーカー面接)、M(打ち合わせ)、V(撮影)、P(専門誌)、撮影会、宣材の撮り直し、と学校の予定に交ぜて書き込んであった。
「みてみて、こんなにも予定入ってるんだよ」
「けっこう入ってるね」
「うん、なんか、いつも見ていて、うれしくなっちゃうの」
「そうか」
彼女ははしゃぐように言った。
サングラスの上からでも楽しそうな表情をしてるのがわかった。
AV嬢と風俗嬢が違うのは、こんな感じのところだと思う。
両方ともセックス産業の女だが、なんというのか、動機とでもいうのか、上手く言えないけど動かすときには違う要素を感じる。
「カレシにね、この前、浮気してるだろって言われて、ドキッとしちゃった」
「でも、カレシは好きなんだろ?」
「うん、ちょー大好き」
「ぜったいに浮気は認めるなよ。カレシもそれを望んでいるんだから」
「そうだね」
インチキな会話。
いい加減な答え。
それらも苦痛にならなくなった。
彼女がカレシの話をしたことで、ふと、エリもこんな感じで、AVの撮影に向かったのかな・・・とも思う。
そして撮影中には、心の中でごめんなさいぐらいは言ったんじゃないのか?
小田急ハルクの前を歩く。
つぎの横断歩道を渡ると、右手がスバルビル。
スバル前の歩道には、先ほどの○○さんとスタッフが3人で待っていた。
彼女が「おはようございまーす。松田です!よろしくおねがいしまーす!」と明るく挨拶する。
一同の表情が明るくなった気がした。
他の同業者が、覗うように彼女を見て自分を見る。
どこの事務所か探っているのが分かる。
彼女は稼ぐコだなと実感した。
スカウトをしていて気分が良くなるときでもあった。
AV出演がバレたときに
入れ込みは無事に完了した。
その後はギャラ売上の精算だ。
マネージャーとイタトマで待ち合わせて、一足先に2階の窓際の席についた。
彼が来るまでは少し時間があった。
何気に、カバンから彼女の宣材写真を取り出して見ていた。
彼女の微笑は、楽しそうにも、やさしそうにも見える。
はにかむようにも見えて、それでいて挑戦的にも、浅智恵が潜んでいそうにも。
そんな女の微笑がよく収まっていた。
形の良いDカップから健康さのあるウェストのライン。
誰かが造形したかのように、宣材には映っていた。
そんな微笑で「ホラッ!」と手帳を見せて「いつも見ていて、うれしくなっちゃうの」と彼女は言った。
その言葉と微笑が、なぜかエリとリンクしてしょうがない。
今、スカウトマンとしてエリを観ると、彼女はお金を稼ぎたくてAVに出演したのではないような気がする。
必要な2人の生活費は渡していたし、それでエリは無駄使いはせずやりくりしていた。
当時の自分のつまらない思いあがりにも原因があったのでは・・・などと思ってしまう。
そういえば、あのとき。
内緒のAV出演がバレたとき。
「ふざけんな!!なんでAVなんて出たんだよ!なんでだよ!!」とエリを問い詰めると、ボソリと「・・・賢さんのことを嫌いになったわけじゃない」と彼女は確かに言った。
あのときのショックを思い出すとちょっと苦しくなる。
だからAVに出演する女の気持ちなんて理解はしたくないし、これからも理解するつもりもない。
自分は徹底した利己主義にスカウトすべき。
とりとめもなく、自身を鼓舞して、そんな日記を手帳に書いていた。
そうしてると、背後から「なに書いてるんですか?」という声がする。
マネージャーがいつの間にか立っていた。
「ん・・・、なんでもない」といいながらも、慌てて手帳を閉じた。
こんな日記は、誰にも見せれなかった。
– 2003.7.30 up –