歌舞伎町の風俗店の売上の内訳


通しとはオープンからラストまで

3月の後半ともなると、だいぶ温かくなってきた。
暑い寒いも彼岸までだ・・・と、コートなしで歌舞伎町まで向かった。

その日の店番は通し。
オープンからラストまで。

9時20分には店のドアを開けて、まずは照明と有線放送をオン。
リクエストチャンネルにする。

村井も姿を見せた。
早番の出勤確認でもある電話の着信を確めて、連絡メモに目を通す。

<アオイ、初の本指きました。田中さんからも一言おねしゃす >

<ユウカ、結局、当欠しました。体調がわるいといってますが酒の飲みすぎと思われ>

<フミエ、パイズリがよかったと客から一報あり。おしましょう>

など書き込まれている。
連絡メモのバインダーを村井に渡すと「ユウカ、どうしようもないですね」とつぶやいて、開店準備をはじまった。

まずはバスタオル。

店の入口の脇には、朝イチにリネン業者が配達した、新しいバスタオルの束が詰められた大袋が置いてある。
2人して大袋を運び入れて、各個室にセット。

村井は、立て看板を入口に置く。
シャワーから、すぐにお湯が出るように蛇口を捻る。

自分は有線のボリュームを大きくして、FAXの裏から長財布を取り出して釣銭の千円札55枚を確める。

枚数だけでなくて、お札の顔の向きが揃っているか、上下が逆になってないかも確かめて尻ポケットに入れた。

チケセン全店にオープンの挨拶の電話を入れた。
これでチケセンのパネルの前に割引チケットが置かれて客がやってくる。

それらの準備の合間に、早番の女の子が店にくる。
いちばんに姿を見せるのは、いつもミサキだった。

相変わらず服装は超絶ダサい。
が、その服装で撮ったアヒル口の写真の食いつきはよかった。

アンケートをとるとオール4か5だし、帰りがけの客に口頭で尋ねてみても評判は良い。
グイグイと推せる。

遅刻も当欠も1回もなく、連続して客付けしても疲れは見せずにこなしていく。
早番は欠かせない在籍だった。

マユミ、ミエコ、ソラと、3人一緒にエレベーターで上がってきた。
予定の4名が揃った。

早番の女性は深刻な話がない

ソラは有線からの曲を口ずさんでいる。

訊くと『マツケンサンバ』といい、今、流行っていると教えてくれた。[編者註21-1]

「ええ!マツケンって、あの暴れん坊将軍の、あの松平健?」
「ウン、そのマツケン」
「ええ!あの松平健が、こんな歌うたってるの?」
「ウン、ちょんまげで、オーレーって」
「へぇぇぇ、松平健が・・・、知らなかった・・・」
「マツケンだよ」

ソラは、以前の店からの復活組で25歳。
元美容師だけあって、セミロングが艶のある栗色に染まっていて、それが細身に似合っている。

シフトは、平日の早番のみ。
千葉の柏市の実家から、片道2時間ちかくかけて通っている。

元美容師
在籍の女の子とはプライベートの話はそれほどしない

美容学校の頃から都内に通っていたので、片道2時間は普通の感覚です、と話していた。

ソラに限らず、在籍の女の子とのプライベートな話は、その程度の当たり障りのないことばかりだった。

特に早番の女の子には、深刻な話など一切ない。
ホストがカケが支払いが、彼氏がすべったころんだ、買い物がローンが、といった面倒な事情も聞くこともない。

マユミがおどけてマツケンサンバの振りをして、ミエコは控えめに笑う。

早番こそ、素人系の風俗ですと言い切れた。

客は混んでいる店に入りたがる

そんな挨拶をすませて、それぞれが個室に入ると、めくり上げていた3箇所のカーテンを下ろす。

リストの部屋番号の枠ごとに4名の名前と出勤時間を記入。

客が来る前に、プロフィールのカードケースを揃えておかなければだ。

出勤しているプロフィールの写真の絵ズラを見て、全体の雰囲気がまとまるように、ダミーを4名を選んでまぎれ込ませる。

ダミーは、キョウコ、チサ、ハルナ、ヒロミ、の4名。

もし今、突然に最初の客がきたとしたら、小芝居をする。
ダミーは、それぞれに待ち時間が発生する。

キョウコさんは予約の都合で2時間少々。
チサさんは1時間ほど。

ハルナさんとチサさんは30分。
こちらの4名がすぐにいけます、小芝居しておススメする。

さも忙しそうに。
混んでいる店を演じると、客は入りたがるのだった。

そして『4名出勤の、全員すぐにいけます』よりも『8名出勤の4名は待ちありで、4名はすぐにいけます』のほうが客の食いつきが断然いい。

客は多くの中から選びたいものだし、ダミーは必要だった。
ダミーのキョウコへの悪態は、すっかりと慣れていた。
それらを繰り返すのが風俗店だった。

客単価平均と月間店落ち予想額

開店から20分足らずで、割引チケットを手にした来店客が4名続いた。

出勤したばかりで他の客に触れられてない女の子にこだわり、それを目指してやってくる風俗客がいるのだった。

混んでいるのを装い、客付けも順調にできた。
リストには白丸が並んだ。

客の受付の合間に、集計をするのも早番の仕事。

昨日の遅番が締めで出した数字と、昨日分の伝票とリストと入客表を基にした数字をエクセルに入力して、さらにいくつかの数字を出していく。

まず出す数字は《 客単価平均 》だ。

商売の通常は、客から領収した代金を売上とする。
が、風俗店ではその売上から女子バックを引いた残りの金額を “ 店落ち ” といい、これを売上扱いとすることが多い。

要は以下となる。

店落ち = 売上 – 女子バック

店落ちを把握したほうが、現場で使うのに便利なのだ。

女子バックはその日のうちに支払うので、最初からないものとした “ 店落ち ” ほうが、締めも現金合わせもしやすくもある。

エクセルの【月間予想】シートの、昨日の日付けのセルに “ 店落ち ” と “ 営業日数 ” を入力する。

計算式で月初からの客単価がトータルされて、営業日数で割られて、イコール1日あたりの《 店落ち平均 》が出る。

記号で表記すると以下となる。

店落ち平均 = 月初来店落ち ÷ 営業日数

《 店落ち平均 》が出るのと同時に《 月間店落ち予想額 》が算出される。

計算式は、《 店落ち平均 》かけることの30日(もしくは31日)イコール《 月間店落ち予想額 》。

記号で表記すると以下となる。

月間店落ち予想額 = 店落ち平均 × 30 or 31

目標としている月間店落ちは900万。

《 月間店落ち予想額 》が900万を下回るようだったら、日々の入客数と客単価を平均よりも上げていかなければ追いつかない。

そのためには、来店客のこぼしを少なくするように全力で受付するはもちろんのこと、出勤人数は揃えなければならない。

出勤人数にしても、ただ頭数を揃えればいいのではなくて、全員が推せる女の子であることが必要となる。

シフトの優先順位と調整

『月間店落ち予想額』が、900万を上回るようだったら、気持ちに余裕がでてくるだけでなく、様々なところの判断を変えさせる。

判断は、シフトにも織り込まれる。
シフト表を見ていた村井が言う。

「もう、来週には給料日ですし、今のペースでいけば900は切らないですね」
「んん。よほどのことがない限りいくね」
「それなんで、田中さん、ユウカ問題ですけど」
「ユウカ問題か・・・」
「きのう、当欠したんで、来週のシフトは調整しましょう」
「んん、しよう」
「フミエがよさそうですし、アオイもそれなりにやってますし、コハルも来週から通しで入りますし、シホも定着しそうですし」
「そうだね」
「このメンツとシフトだったら、ユウカはもうシフト調整でいいかなと」
「そうなるな」

シフト調整は、クビ同然の扱いとなる。

個室が5つだけの店なので、当然のこととして、出勤の人数に限りがある。
空きがなくなれば、誰かが出勤できなくなる。

今までは人数を揃えるために、店側からお願いして、復帰してもらったユウカには下手に出ていたところがあった。

しかし今、シフト表には15名の在籍があり、遅番の出勤が2名しかいない3名しかいないという事態も解消された。

店落ちが月間900万を超える見込みがある今だったら、ユウカをシフトに入れないことでトビとなって、もし出勤人数が欠けて店落ちが落ちたとしても、それは一時のこと。

給料日から月末までの期間もあるし、十分に回復がきく。
とはいっても、いきなり店の都合だけでクビとは言えない。

優しさなどはかけらもない。
ただ単に怖いのだ。

誰であっても突然のクビ宣告は衝撃だろうし、向けられるだろう恨めしい目が不気味で怖い。

後も怖い。
あることないこと店の悪口を言いふらされて、どこで災難が降りかかるかもわからない。

女の怖さを知っている村井はクビとは口にせずに「シフト調整」と言っている。

シフト調整という言い方だったら、クビよりは納得含みの話ができる。

シフトには優先順位があると入店初日に説明はしてあるし、その後も何度も伝えているし、ユウカも重々と承知している。

シフトの優先順位には贔屓はない。
容姿の良し悪しは関係ない。

1番目に自由にシフトを決めれるのは、本指名がある女の子と新人の女の子。

2番目は、本指名はないが、サービスに不可もないという女の子。

3番目は、本指名がなくて当欠をした女の子で、空いている日時だけを店側から指定することとなる。

《 月間店落ち予想額 》が好調な今、ユウカが当欠した今、シフト調整する機会でもあった。

予想月間入客数 = 月初からの総入客数 ÷ 営業日数 × 30日

集計の続きをする。
次いで集客コストに関する数字も出す。

まず出す数字は1日の入客平均。
単に《 入客平均 》という。

エクセルの【月間予想】シートの、昨日の日付のセルに “ 入客数 ” を入力する。

エクセルの計算式で、月初からの入客数がトータルされて、営業日数で割られて、イコール《 入客平均 》が出る。

記号で表記すると以下となる。

入客平均 = 月初来入客数 ÷ 営業日数

その日の入客ペースを計るのに《 入客平均 》は使う。

入客には波がある。
コンスタンスには来店しない。

早番でいつもよりも多めの入客があったら、遅番はいつもよりも少ない。
その逆もあったりする。

曜日にもよるが、1日の入客数の変動は3割程度はあるものだった。

入客平均から、その日の客数は、ペース早めかペース遅めかの見当をつけて、女の子に無理をさせるところは無理させて、休憩させるところは休憩させる。

なにもしなけば3割の変動となるところが、そうすることで2割程度には収まっている実感はある。
入客ペースを計るのは重要だった。

次には伝票をめくる。
チケセンからの客数も集計する。

こぼした客数もカウントするために、チケセンについては “ 送客表 ” と区分する。

伝票には受付した時刻を記入する欄があり、それを基にエクセルの【チケセン送客表 】シートに入力する。

1時間刻みで何名の来店があり、それがどこのチケセンから来たのか入力していく。

入力を終えると、計算式で月初からトータルされた入客数が出て、営業日数で割られて、かけることの30日(もしくは31日)、イコール《 チケセン別の月間入客数予想数 》が出る。

記号で表記すると以下となる。

チケセン別の月間入客数予想数 = 月初来送客数 ÷ 営業日数 × 30 or 31

《 チケセン別の月間入客数予想数 》をトータルすると、23日の現状で1000名を超えた。

給料日から月末にかけては入客は増えるので、1000名を大きく超えるのは確実だ。

今までのチケセンからの送客数は、月間平均で1000名強。
1日の平均にすると35名といったところだ。

入客数と送客数は店落ちに直結するので、常に把握する必要があった。

予想パネル単価 = パネル代 ÷ 月間入客数予想数

《 チケセン別の月間入客数予想数』から《 予想パネル単価 》が算出される。

計算式は、 “ 各店のパネル代 ” 割ることの “ チケセン別の月間入客数予想数 ” で、イコールとなる数字を《 予想パネル単価 》と呼んでいた。

記号で表記すると以下となる。

予想パネル単価 = 各店のパネル代 ÷ チケセン別の月間入客数予想数

風俗店側が広告効果を計るための数字が、この《 予想パネル単価 》となる。

新規客1名に対して、幾らの広告コストがかかっているかを示す。

各店ごとにパネル代も送客数も異なるが《予想パネル単価 》は1400円前後となっている。

もちろん安いほうがいい。
パネル単価が安いということは、入客数が多いと同じ意味。

広告代の支払いは変らずだから、入客数が多くなる分だけ店落ちが増える。

例をあげると、チケセンAには月15万円のパネル代を支払っているとする。

そしてチケセンAからの割引チケットを持った客が月間で120名とすると、15万円割る120名で《 パネル単価 》は1250円となる。

これが100名に落ちると、15万割る100名で《 パネル単価 》は1500円と上がる。

それぞれを記号で表記すると以下となる。

パネル単価 1250円 = パネル代 15万円 ÷ 月間送客数 120名

・パネル単価 1500円 = パネル代 15万円 ÷ 月間送客数 100名


この《 パネル単価 》という語句も使い方も、歌舞伎町のチケセンと風俗店では共通していてた。

ただ、そこに協調があったり話し合いがあって共通していたのではなくて、誰かが使いはじめたのを各店が勝手にマネをして取り入れただけで、伏せられるべき数字だった。

どうして伏せられる数字なのか?

例えば、A店のパネル単価1200円だとする。
B店はパネル単価1500円だとする。

A店のパネル単価がB店に知れたら、つまりはA店は送客が多くて、B店は送客が少ないということが知れたら、B店は憤慨する。

憤慨するのだ。
それが風俗店の体質なのか。

『どうしてだろう』という広い視野ではなくて、A店は従業員もろとも一方的に敵視される。

歌舞伎町のパネル単価の相場は1200円から1500円

客入りの少ない風俗店の憤慨の矛先は、チケセンに向かいもする。

A店は安いコストを支払っているのに、B店は高いコストを支払っているのだ。

とはいってもチケセン側としては、パネル代はあくまでも広告の対価なので、明確な入客数を保証する性質の契約ではない。

それに割り引きチケットは、勝手にきた遊興客が自由に持っていくもの。

チケセン側が、場内で遊興客の1人1人に声をかけるなどして誘導するのも限りがある。

なのでチケセン側は『パネル単価などしらない』と突っぱねることもできるのだが、店側をクライアントなどと呼んでるだけあって対応はする。

「来月はパネルの位置を変えてみましょうか・・・」とか「パネルのデザインを変えてみては・・・」とか「チケットのインパクトが・・・」との逃げ道でのらりくらりとかわすのだが、面倒なのは想像できる。

それほど伏せるべきの《 パネル単価 》なのに、各風俗店が最も知りたい数字でもあるので、おそらくチケセンの営業あたりから少しづつ漏れ伝わってくる。

そうすると《 パネル単価 》には相場が形成される。
歌舞伎町の風俗店にしかない相場だ。

ここ3ヵ月の《 パネル単価 》の相場は、安くて1200円、高くて1500円で推移している。

先ほどの例でいえば、チケセンAには月15万のパネル代を支払っているとする。

そしてチケセンAからの割引チケットを持った客が月間で120名あるとすると、15万割る120名で《 パネル単価 》は安めの1250円となる。

月間で100名に落ちると、15万割る100名で《 パネル単価 》は高めの1500円となる。

月間予想が1500円より高くなると、チケセンに出向いてスタッフに状況を聞いたりする。

が、大概は「ここのところお客さんが素人系を好まないみたいで・・・」とか「数字については営業の者でないと・・・」などという言い訳で、のらりくらりかわされるだけだった。

本指名は数よりも率を考慮する

あと《 本指名率 》も欠かさずに集計する。
本指名があることが、優良店としての何よりの根拠でもある。

客をリピートさせようという意識を女の子に持たせるためも、本指名があると大袈裟に褒めたりもした。

リストを基にして、エクセルの【本指名】シートに在籍別に入力する。

入力するのは、その日の《 客数 》と《 本指名数 》で、それぞれがトータルされて《 本指名率 》が出る。

計算式は《 入店来の本指名数トータル 》 割ることの《 入店来の客数トータル』かける100、イコールで《 本指名率 》が出る。

記号で表記すると以下となる。

・本指名率 = 入店来の本指名数 ÷ 入店来の客数 × 100

《 本指名数 》よりも《 本指名率》を基準にしなければ、問題がでてくるとは村井の論。

どういうことなのか?

問題のひとつを挙げてみると、シフトの優先に偏りが出てしまう。

風俗が本業の女の子だったら、出勤日数が多くて付いた客数も多いから、当然として本指名の数も増えてくる。

一方で、アルバイトで土日しか出勤してなくて、付いた客数が少ないのに、以外と本指名が目立つ女の子もいる。

わかりやすい例にすると、ベテランの女の子に100名の客が付いて、そのうち本指名の客が1名だとすると、本指名率は1%となる。
5名だとしても5%だ。

一方のアルバイトの女の子に10名の客が付いて、そのうち本指名の客が1名だとすると本指名率は10%となる。

《 本指名数 》を基準にすると、後者のアルバイトの女の子は下位になるが、《 本指名率》にすると上位になる。

それなので《 本指名率》を基準にしなければ、素人感の良さで本指名となっているアルバイトの女の子のシフトの優先を見落としてしまう。

もちろん、これほど単純に比べてもいけない。
本指名は狙って来るものではない。

女の子にも営業調のことはしなくていいからと名刺も持たせてないし、電話やメールの交換も禁止している。

客のほうだって、風俗店に月に2回はきたとしても、3回も4回も通うほうが稀だし、毎回違う女の子を指名したい客だってたくさんいる。

特に歌舞伎町の場合は、全国から来る一見客が多いので、簡単には本指名は戻らない。

出勤の問い合わせの電話があったりすれば、本指名扱いにして考慮もした。

あくまでも目安としての本指名の集計となる。

ただゼロは、どうしてもゼロ。
ユウカは問い合わせもゼロだった。


まったくのゼロだけはどうしようもない。
オーナーのサービスチェックも、オール《普通》というギリギリの評でもある。

どの女の子よりも「稼ぎたい」と口にするユウカだった。
風俗をやる以上は、それは当然で当たり前のことだが、店側からすれば、全ての新規客には広告コストがかかっている。

1人の新規客に、店側は1500円余りのコストを要している。

いつまでたっても本指名がゼロの女の子に、店側がコストをダダ漏れさせてまで稼がせるわけにはいかない、という判断も働くのだった。

女の子は誤解するが、店側はとしては、あれこれと態度をあげつらってシフト調整をするのではなかった。

– 2019.01.14 up –