清水早紀、26歳、彼氏がギャンブル狂いで風俗に


嘘も方便という

秋が始まる頃。
19時過ぎ。
ウチにいると携帯から着信音が。

以前にスカウトした早紀だ。
彼女は渋谷の風俗店に勤めている。

「はい」
「もしもし、早紀だけど」
「どうした?」
「それがさぁ。どういうことなの?」
「え、どうしたの?」

彼女の店はマンションの一室が店になっている。
もちろん違法営業。
そのマンションには、一般人も住んでいるマンションで、店の看板は出ていない。

客はすべて風俗情報誌で来る。
広告費は月100万程かけているみたいだが、けっこう暇だと聞いた。

「それでさ、今日、店に警察来て」
「エッ、挙げられた?」
「いや、ただピンポーンって鳴るから店長でたら、制服の警官が2人たっていて」
「ウン」
「近所からクレーム出たみたいで、1週間以内に閉めないとパクるよって」
「よかったじゃん」
「よくないよ」

彼女は風俗暦2年くらい。
それまでは、会社勤めしてたと聞いている。

風俗入りのきっかけは、元の彼氏のギャンブル狂い。
闇カジノだったか、けっこうハードなギャンブルで借金。

別れればいいのに、彼氏の面倒を見るために風俗で働き始めた。
こういうとき、男よりも女のほうが情がある気がする。

で、AVは何回か押してみたが、うんとは言わない。
理由はわからないが、特には突っ込んできいていない。

「じゃあ、店かえるんだ」
「そうしようなと思って」
「場所は?」
「今度は新宿にする。マンションとかじゃないお店」

気が強い彼女だけど、スカウト経由で入店する。
店を移りたいという女のコを、紹介をしてくれたことも何度もある。

こっちにスカウトバックが入るのを知っていてそうしてくれるし、彼女は本気で怒ると怖そうなので雑にはできない。

自分の知っている店で決まらなければ、即、仲間のスカウトマンと会わせる。
それでも決まらなければ、また違うスカウトマンに会わせる。

スカウトマンは稼げる店は知っているので、大概は入店になる。
仲間のスカウトマンで決まれば、スカウトバックは折半にするか、貸しにする。

「早番ではいるんでしょ?」
「ウン」
「早番で土日で5だね」
「ホント」
「ただ、いまの季節はそれ以下の場合もあるよ」
「うん、それはしょうがないね」
「平日だったら4前後になるかもしれないけど、雑費が1000円だし、部屋広いし」
「そう」
「店見て気に入らなかったら他の店もあるし、オレも他のスカウトにいい店聞いてみるよ」
「ウン」
「明日は?」
「明日ね」

新宿駅東口で明日10時に約束する。
店にも連絡し、仲間のスカウトマンにも当たっておいた。

どのくらい稼げると言う金額は、ウソを言ってはいけない。
ウソを言って入店させたところで長続きしない。

ウソはこの仕事は必要だ。
しかし、“ ウソも方便 ” でなくてはいけない。
女のコの事を思って、ウソを言わなくてないけない。

自分もウソは言うが方便であり、またハッタリでもある。
ハッタリもできもしない事を言うとウソになってしまう。

熱いバカな女特有の色気ってある

それはそうと。
この時ウチには智子が来ていた。

自分の仕事は理解しているのだが、やはり女のコから電話があったりすると不機嫌になる。
メシの準備をしながら、ムッとしてる。
ガシャンとフライパンの音を立てて、目をあわさず言う。

「ふーん、楽しそうね」
「いや、店紹介してくれって言うからさ」
「ふーん、よかったじゃない。でも明日会うんでしょ?」
「別に会ったところで、ただ話して、店を紹介するだけだから」
「そのコとしたの?」
「いや、してる訳ないじゃん、誰とでもするわけじゃないんだよ。なんで、すぐそーゆーいうこと言うの」
「・・・」

いつもこうだ。
実際スカウトは、女のコと接する機会は多くてもそれほどできるものではない。
なんだか、智子はすごく機嫌が悪いようだ。

「あなたのウソはすぐ分かる」
「ウソはついてないよ」
「やっぱり、わたし、だまされているのかなぁ」
「また、そういうことをいう」
「どーせ、わたしは飯炊きババアだから」
「また、そういうことをいって」

実は、早紀は1回だけウチに泊まりセックスをした。
スカウトしたのは冬だったから、半年以上の前になる。

そのときの彼女は、身を隠した彼氏にお金を送ったり、服や食べ物を送ったり、家に来る彼氏の借金取りを追い払ったりと、そんな熱いことをしていた。

一般的には、バカな女・・・には間違いない。
が、熱いバカな女特有の得も知れない色気が発されていた。
それを纏うのが、早紀には似合っていた。

苦しい嘘もある

スカウトしたときは、借金取りが物騒だったので、友達のウチに居候していたときだった。
だけど友達には彼氏がいて、居づらいという。

メシを食べながら、冗談半分で「ウチにこいよ」というと、以外に「いいの?」との返事。
これから、2人でウチに向かう事に。

自分は余裕をかましていたが、内心あせっていた。
その日は智子がウチに泊まる予定だったから。

なんとかしなくては。
トイレにいくフリをして、こっそりと智子に電話する。

「もしもし」
「オレだけど」
「どうしたの?」
「今日、ウチ来るの?」
「きてほしいの?」
「それがさ、今日ウチで、男同士集まって酒飲んだりするから、今日はちょっと・・・」
「行っちゃおうかな」
「今日はダメだって。ダメ」
「行っちゃおうかな」
「ダメ。皆、酒飲んでるし。犯されるよ。真面目に。やばいから」
「あなたのウソはすぐわかる」
「だから、今日はダメだって」

なんとかお願いして「今度埋め合わせするということで、ウチには来ないでくれ」と押し切った。

別に怒ってる様子ではない。
電話口でニコニコしているのが分かる。

今日の智子は分かりがいい。
なんとかごまかせたと一安心して、楽しい気分で2人でウチに向かった。

「オレも彼女に逃げられて、やっぱ年頃だから、寂しくてさ」
「年頃って」
「オレがメシつくるよ」
「ホント?」
「うん。早紀さ、腰もこってるだろ。オレ、マッサージ、プロ級だから。あとで揉んでやるよ」
「なんか、いやらしいんだけど」
「そうかな」
「すぐエッチってのはナシだからね」
「・・・」

会話をしながら、彼女と一緒に生活できたら小銭引っ張れるかな、と考える。

もちろん、相手が自分に好意を持っている、のが前提となる。
好意を感じた時点で、2人の共通の目標を探してぶつける。

なるべく具体的な目標がいい。
彼女の場合、なにがいいのだろ?

そして、メシとセックスとサイフを一緒にする。
ここまでくれば、細かな金額を出させるようにする。

メシとかビールとかタクシーとか。
稼いでる女のコは、そのくらい使ってくれる。

女のコは、ショボクレを嫌うので、せめて口だけは常に調子よくうまい事を言い続ける。

そしてだんだんと手繰り寄せて太い金額も引っ張る。
ヒモとはよくいったものだ。

そんな事を繰り返していれば、次第に金を出さなくなる。
その時はしょうがない、だらしがない男演じる。
相手から別れを切り出させるようにする。

金は切れるし、縁もきれる。
ほんにヒモとはよくいったものだ。

ダマすわけではないが、縁はしっかり切っておかないと後々恨まれる。
女の情に突けこむ、ハッキリ言って汚いやりかただ。

ウチのドアの前についた。

「ちょっと待っていて。部屋汚いから、少し片付ける」
「だいじょうぶだよ」
「すぐおわるから。3分だけ待ってて」
「うん」

と言って先に中に入り、智子の歯ブラシ、パジャマを押入れに放り込む。
智子の持物はこれぐらいだ。

彼女とうまくいったら、しばらくは智子とは疎遠だな。
ああ、そうだよ、オレはクズなんだよと、自分自身で突っ込みながらドアに向かった。

ウチにあがった彼女は、ソファーにすわりしばらくすると言った。

「ね、彼女いるでしょ」
「いないよ」
「ふーん」
「なんで?」
「ううん」
「女の持物はあるけど、逃げた彼女のものだから」
「ふーん、そう」
「・・・」

なんかおかしい。
でも分かった。
細かなところに智子の仕掛けがある。

サイドボードにさりげなくイヤリングが置いてあったり。
いつのまにか、ペアのコップが置いてあったり。

似合わない小物が、わざとらしく置いてあったり。
こちらを睨んでいる小さな猫の置物もある。

考えてみれば、男の一人暮しでこんな小ぎれいなのがおかしい。
智子は自分の行動を予想して、すべてお見通しだったんだ、と気がついた。

だから、「ウチに来るな」と言う電話も、余裕でにこにこして聞いていられたのか。

ああぁぁ。
でももう遅い。

「彼女いるでしょ」
「いないよ」
「ふーん」
「・・・」

苦しいウソだった。
ここに来るまで「付き合おうか?」といえるぐらいの勢いだったのに、すっかり盛下がる。

結局、彼女は一晩ウチに泊まり、また自分のウチに戻ることに。
サバサバした性格の彼女でもあった。

人の為と書いて偽り

彼女が帰った日の夜。
何気ない顔でウチに来た智子に、なぜか気を使い、ご機嫌をとってしまう。

智子と知り合った1年ほど前。

離婚してしばらくしたときの智子と飲んだ。
別れた旦那が勤めていた上場企業を辞めて、退職金が慰謝料でなんとかと、そのときチラと聞いて、それで一回り年上の智子に付き合おうと言った。

ま、その退職金のアテは外れた。
それなものだから、仕事してくれないかな、まとまったゼニできないかな、とは思っていた。

「AVできそうだね」とか、「ヘルスって知ってる?」ぐらいのことは言った。
それで月々の食費やら細かな支払いは出してもらっていた。

「ひょっとしてダマされているのか」智子もと半分くらいはあったかもしれない。
おそらくあっただろう。

「あなたは、それほどイイ男じゃないから、何言われてもダマされているって気がしない。イイ男だったら警戒するのに」なんて言っていた。

やはり年が離れてるので、周囲の人からは良くは言われなかったらしい。

そんな事をしてるうちに去年。
自分はある事件に巻き込まれ、逮捕され留置された。

智子に情けない姿をさらしたが、差入れや身の回りの取り次ぐろいをしてくれた。
とてもうれしかった。

そして、留置所に智子からの手紙が届いた。

『(中略)あなたのやさしさが好きです。やさしい気持ちを大切にしたいのです。だから、あなたは人の為にウソをつく。でも、人の為と書いて“いつわり”と読むのです。だから、わたしをだますのですか?なんて、いじわる言っちゃった!!』と書いてあった。

警察署にもきて事情聴取にも応じた。

『田中は悪い事もするし、ウソもつくし、頑固で、性格もひねくれているが、ある面、正義感も責任感も強く、本当はやさしい人なんです』と、徹底的に弁護してくれた。

『オレの見た人物像と一致してる』と担当の刑事に調書を読んで聞かされた。

弁護士からの連絡で両親に逮捕のことは知られた。
そして手紙が届いた。

『お前はその年で善悪の区別もつかないのか。とても残念だ。しっかり反省するように』とあった。
四角四面でものを言う両親らしい手紙だった。

身元引受人は智子。
そんなこともあったりして、釈放されてからは智子のいいなり。

なんだか智子とは離れられない。
女のコにプレゼントをした事がない自分が、なんと、今は食費を渡している。

逮捕という、偶然の出来事があったとしても、結果的に智子は自分をうまく動かしている。
計算ではないにしても、少し悔しい。

女性は嘘を見抜く能力があるのか?

モア4番街
新宿モア4番街の秋の街路樹

電話の翌日。
10時に新宿東口交番前。

鉄柵に腰掛けていると、黒髪にした早紀が階段を上がってきたのが見えた。
胸元が開いた秋物のコートで黒のロングブーツの歩く音が、気が強い彼女に似合ってる。

彼女の目は仕事モードのメスになっている。
確めてなかったけど、今日から働くつもりなのか、と気がついた。
ま、今日からでも店のほうは大丈夫だろうと、歌舞伎町に向かい歩く。

ロングブーツで早めテンポの靴音をさせながら、彼女が聞いてきた。

「昨日、電話したとき、女の人いたでしょ?」
「エ・・・、いないよ」
「フッ」
「ほんとに」
「ウソつくの下手だね」
「・・・」
「わかるよ」
「うん」

機嫌をわるくしたのかなと、彼女の顔をそっと見ると、仕事のメスの目が緩んで口角を上げて笑んでいるだけだった。

面接の結果、彼女はすんなりと入店した。
この店のスカウトバックは、女子バックの10%を月締めで受け取る。

「今から体験入店する」というメスの目をした彼女に「がんばって」と声をかけて店を出た。

天気がいいセントラル通りを歩く。
スカウト日和だ。

ブラっと歩きながら、彼女はすんなりと入店したなと、と思った。
それに電話の向こうに女がいるなんてなんでわかるだろ、とも。

で、ふと考えた。

女はカンが良いというが本当か?
女はウソを見ぬく能力があるのか?

そういえば、さっき彼女が見せた「フフッ・・・」という笑みは、スカウトしてるときもよく女のコは見せる。

鼻で笑う・・・、というのか。
本来、“ 鼻で笑う ” というのは、軽蔑の意味がある。

しかし彼女らの表情は、なぜか親しみを感じる。
軽蔑だけではない鼻の笑いだと思う。

ひょっとして、スカウトして「女を動かした・・・」なんて考えているのは、自分だけではないのか。
女のコは鋭いカンで「この人、うさんくさくてウソつきだけど、それほど悪い人じゃあないな」と、見透かしているのではないか。

そうして、話を聞いてるふりして “ 動いている ”のではないか。
そう考えるほうが、自然だ。

よくわからないが、なんだか、スカウトしてるのが急にはずかしくなってきた。

– 2002.10.30 up –