風俗店を開業する準備


電話の名義

翌日からは、店に皆で集まって開店準備をした。
まずはNTTにいき、新しい店の電話を自分の名義で引いた。

ISDNの2回線で3つの電話電話を付加。
アダプターでそれぞれを設定した

一つは店の代表番号。
割引チケットや会員証に記載する。

二つ目は在籍の女の子に教える番号。
すべての連絡をとるのに使う。

在籍の女の子とは、個人の携帯の番号やメールアドレスを教えることはしない。
誤解の元になるからだ。

三つ目の電話番号は、新たな女の子を募集する高収入求人誌に掲載する。

風俗専門の高収入求人誌は、いってみれば誇大広告なので、実店舗名とは異なる名称と電話番号を掲載したほうがなにかと都合がよかった。

ほとんどの風俗店がそうしていたので慣例といってもいい。
悪意などかけらもない詐称だった。

さっそく、高収入求人誌の営業に連絡。
その日のうちに契約した。
料金は月2回の掲載で、消費税混み36万7500円となる。

店舗は私的な賃貸契約書で転貸しされる

次に、前名義人と自分との間で、店舗物件を居抜きで借りた呈の賃貸契約書を作成した。

賃貸契約書はパソコンで作成したもの。
前名義人は岡田という。

が、本人不在のまま。
正当さはない賃貸契約だった。

賃貸契約書
無断で私的な転貸が繰りかえされていた

岡田は前店舗である『ラブリー・ガールズ』の名義人となって現場で働いたのはいいが、同時に裏ビデオ屋の名義人もしていることも後になって判明。

とばっちりがきてもな・・・と悩んでいたところ、2日分の売上を持って歌舞伎町からトビになったとオーナーは明かした。

「それなので、岡田の了承はとってないですが、今までの事例でいうと、物件を貸す側にはお咎めがないので、これで問題ないとおもいます」
「問題ないのだったら、トビの人間だし、それでいいんじゃないですか」
「岡田には売上を盗られたんで、このくらいしてもいいでしょう」
「ですね。辻褄だけ合わせておきましょう」

その岡田は、大家であるビルオーナーには無断で転貸してる状況となる。

以下のことは徐々に知ることになるのだが、ビルオーナーの本業は群馬の老舗和菓子屋。

この老舗和菓子屋と、正式に賃貸契約を交わしているのは都下で薬局を経営してる薬剤師。

またその薬剤師と賃貸契約を交わしているのが、『ラブリー』の前オーナーとなるAさん。

そして、Aさんと岡田の間に賃貸契約が交わされて、さらに岡田と自分が賃貸契約をしている。

薬剤師からは無断で私的な転貸が繰りかえされているが、老舗和菓子屋にも薬剤師にも不都合はない。

店が摘発された場合、老舗和菓子屋も薬剤師も『違法風俗店が営業していたとは知らなかった』といえば立派な被害者となって責任は咎められないからだ。

転貸を繰りかえされた店舗の家賃は140万。
おおよそ20坪の物件なので、歌舞伎町といえども都内の家賃相場から比べると3倍近い高額となる。[編者註05-1]

家賃の140万は、月末にAさんに持参する。
Aさんから薬剤師に、薬剤師から老舗和菓子屋に家賃は支払われていく。

当然、それぞれの取り分があるのだろうけど、それが幾らなのかも、本来の家賃も、オーナーは老舗和菓子屋と薬剤師と顔を合わせたこともないのでわからない。

適当とも見えるかもしれない。
が、『知らなかった』とか『わからない』という無責任にも見える態度は、歌舞伎町で商売をするのには有効でもある。

自分もさほど知りたくはなかった。
知っているとなれば、もし摘発された際に、Aさんや薬剤師などの周辺に類が及んだ場合には、名義人としての守秘の保持が疑われかねない。

そこは真面目な自分だった。
知りたくないという姿勢が守秘になる。

岡田のこと以外は詳しいことは訊かずに確かめずに、私的な賃貸契約書は作成されて店舗内に保管された。

これも後になって知るのだが、前オーナーのAさんは、現オーナーの高校のころの先輩となる。
現在、Aさんは歌舞伎町でバーを3店舗経営。

バーを3店舗経営してるといっても、Aさん自身は酒が好きなだけでそれほど出来はよくない。
奥さんの力量に依るところがほとんどらしい。

当然、奥さんには頭が上がらなくて、その奥さんは夫が風俗店に関わるのを嫌がり、そこで歌舞伎町にも風俗にも全くかかわりがなかったオーナーに話がきて『ラブリー』を譲り受けた経緯があった。

架空の履歴書

あとは架空の履歴書も3枚作成した。
店舗のフロントに保管しておく。

男子従業員の入れ替わりが激しくて、すべて辞めてしまったというのを装うためだった。

もし摘発されたときに、竹山と村井と小泉が居合わせた場合の対策だった。

3人とも友人で、新しい従業員がくるまで、好意で店を手伝ってもらっていただけで従業員ではないと自分は抗弁をする。

保管しておいた履歴書は押収されるはずなので、抗弁の証拠とする。

今までの違法風俗店の摘発の事例では、責任者のみが処罰を受けるだけだった。

場合により、従業員は事情聴取のために警察署に呼ばれるが、いずれにして逮捕勾留まではない。

それらの事例が、ここ3ヵ月の間で様子が違ってきたらしい。
歌舞伎町浄化作戦がはじまったからだった。

責任者以外にも、逮捕勾留された従業員もいるという。
風俗店とは、詳しい事情までは外部に明かさないものだし、又聞きでもあったので確めようがない。

たぶん今まで通りで大丈夫だろうけど、念には念をいれた架空の履歴書だった。

集客方法は割引チケットで

広告も店長の仕事のひとつ。
その翌日には、村井と一緒に8店舗の “ チケセン ” を回った。

チケセンとはチケットセンターの略。
ほかには案内所や情報館などと、風俗店側も客側もバラバラに呼んでいた。[編者註05-2]

現状では、客も店も多くがチケセンと呼んでいたので以後そうする。

それらチケセンには、風俗店の広告パネルがずらりと並ぶ。
どの店舗も優良店。

カラフルな広告パネルには、在籍の女の子の写真も張り出されていて、それぞれの店の割引チケットが置いてある。

歌舞伎町を訪れた遊興客は、まずチケセンに入る。
割引チケットを目当てに、面白そうな風俗店を見つけるために、かつ、悪名高いぼったくりではない優良店を探す。

広告パネルや、貼り付けてある写真を検討するかのように見入ってる遊興客は、やがて割引チケットを手にして記載されている地図を見て店に向かう。

再オープンに合わせて、チケセンの店舗内に掲載する広告パネルの契約をするのだったが、すでに村井が前もって申し入れをしていた。

8店舗とも掲載スペースは確保できていた。
合計で150万を前払いして回り、村井は腰を低く「よろしくおねがいします」とお礼をいっている。

優良店の者は品行方正に振舞うという見本を見た思いだったが、チケセンを回り終えるころには「こっちが料金を払うのにペコペコするのも、なんかむかつきますね」と村井はつぶやいていた。

店に戻ると村井はすぐにノートパソコンに向き合い、アドビのイラストレーターを開いた。

8件のチケセンに掲載する広告パネルのデザインとサイズを最終チェックをしてる。

村井は費用を節減するのに労を惜しまない。
イラストレーターは秋葉原の路上で購入した海賊版だったし、広告パネルのデザインは前の店のデータをコツコツと自力で手直ししたもの。

データをCDに焼き付けてから、すぐに店を飛び出した。
新宿通りにある印刷屋に持ち込んで、塩ビシートにプリント出力する。

制作費は、データ出力代とシート代で1枚税込み1万8000円。
8件分だから14万4000円となる。

歌舞伎町の風俗店の集客チャンネル

集客の準備は整った。
オーナーが姿を見せて、打ち合わせと称して酒を飲んだ。

集客方法は、チケセンと看板が主。
インターネットに関しては、まったく準備してなかった。

店のホームページは、チケセンからの入客で手一杯となるのが予想できたので、開設するのは後回しとされた。

風俗情報誌への広告も、載せる女の子が揃ってないので後回しだった。

コンビニにも並ぶ風俗情報誌は、『マンゾク』と『ナイタイ』ともなると厚さは2センチ近くあり、全裸、半裸、下着姿の女の子の写真が並び、風俗嬢のカタログといった具合になっていた。[編者註05-3]

難点としては、情報も写真も1ヶ月後の発売となること。
風俗好きの客には反響もあるのだったが、広告掲載はおいおいの話となっていた。

客引きは、仕切りのヤクザ屋さんと関わりを持つとトラブルの元となるので却下。

リピート狙いは、今の段階ではやはりおいおいの話となる。

店舗の備品と設備

開店準備といっても、大まかな準備は出来ていたので、あとは細かな備品を用意するのみとなっていた。

店内にはフロントが1室。
3畳ほどのスぺースで机など置けない。
立ったまま全てを行なう。

5つあるカラーボックスの天板が机代わりで、電話にFAX、ノートパソコンにプリンター、有線放送のチューナー、あとはリストや入客表を挟むバインダーを置く。

カラーボックスの中には、割引チケットの制作に使うサプライ品とローラーカッター、ホチキスといった用品。

デジカメに、L版用紙、ポラロイドカメラにフィルム、ラミネーターにフィルム。

ピンクローターやバイブといったオプション品。
予備も置かれる。

壁には内線電話が取り付けてある。
受話器を上げると各個室へ直通となる。

一方の壁には、店の入り口にある防犯カメラのモニターが設置されていた。

待合室も1室。
フロントと同じ3畳ほどのスペースで、ソファーが据えられて、爪切りにゴミ箱が置かれている。

相対して漫画本が100冊は置かれている。
『蒼天航路』『賭博黙示録 カイジ』『アゴなしゲンとオレ物語』が最新刊まで。

『ゴリラーマン』と『さくらの唄』が全巻。
『ゴルゴ13』が20冊ほどある。
漫画担当の竹山のチョイスとなっていた。

個室は5つ。
この個室で女の子が客にサービスをして、それ以外は待機する。

シングルベッドにカラーボックスが設けてある。
カラーボックスには、灰皿、タイマー、ローション、ウェットティッシュ、ボックスティッシュ、希望者につけるコンドーム、シャワーのときに貴重品を入れて持っていくための防水袋、といった備品。

ベッドの下には、その日に使う分のバスタオルがストックされていて、女の子の私服と私物を納める衣装ケースがある。

壁面には鏡とハンガーと内線電話。
床には脱衣かご、ごみ箱、スリッパ。

共用となるユニットシャワーが2基。
ここにはボディーソープに、使い捨て歯ブラシに、うがいをするイソジンに、強力な液体石鹸のグリンスのボトルを置く。

ここまでの備品は、風俗店専門の通信販売のカタログでまとめて購入してあって、あらかた準備できていた。

基本プレイは、キス、全身リップ、生フェラ、口内発射、素股

あとは店内の掲示物の制作だ。

新宿駅東口のビックカメラで、A4光沢用紙、A4ラミネートフィルム、プリンターインク、コピー用紙、名刺用紙を購入してきた小泉が戻ってきた。

ラミネーターのスイッチをいれて、まずは『基本プレイ』が記載してあるプリントをフィルムに挟んで通した。

基本プレイは、キス、全身リップ、生フェラ、口内発射、素股。

《 男性経験が少ない女の子が入店してます。そのため〔生フェラ〕と〔指入れ〕がNGの女の子もおります。くわしくはプロフィールでご確認ください。》と但し書きもある。

下部には、別料金のオプションが記載してある。

ピンクローターが1000円。
電動バイブが3000円。
ポラロイド写真が3枚で3000円。

オナニー鑑賞が2000円。
アナルなめが1000円。
おみやげおしっこが500mlペットボトル付きで3000円。

顔射が4000円。
ごっくんが5000円。
AFが6000円。

コスチュームはスクール水着と紺色ブルマの2種類。
それぞれ汚し放題で3000円。

おみやげパンティーが1000円。
パンストやぶりがお土産OKで1000円。

『基本プレイ』は、店に入ったところの受付するスペースの壁に貼り付けた。

風俗店の入会金には同好会ですとの主張が

『初回料金表』もラミネートして、受付の壁に貼り付けた。

入会金が2000円。
写真指名料が2000円。
オールタイムで45分コースが15000円。
60分コースが19000円。

そうすると初回料金の総額は、45分で写真指名して19000円、60分で写真指名して23000円となる。

歌舞伎町のヘルスの相場は45分15000円といったところなので、他の店と比べるとちょっと高めかなという料金。

実際はチケセンの割引チケットを持参で、入会金2000円とコース料金3000円を割り引く。

看板を見て入店してきた客にも『せっかくなので』と入会金2000円くらいは割り引く。

入会金2000円は、あるようでないようなもの。
意味だけけはしっかりとある。

1984年に改正風適法が施行されてファッションヘルスが規制されたときに、違法営業なった店舗の対抗策の名残の入会金だ。[編者註05-4]

「同じ性的趣向を持つ者のみが会員となった同好会です」やら「趣味の同好会なので不特定多数に性的サービスを提供してる店ではありません」という言い分が込められている。

雑な理屈だけど、昭和の当時は大人の事情で黙認された。

年が平成に進むと「結局は風俗店じゃないか!」と警察の方針が変わって摘発の対象となるのだが、ほとんどの風俗店では入会金という名目は残っている。

雑な理屈という点で似てるのが、ソープランドが売春に問われないというのもある。

ソープランドとしては「個室浴場を客に貸してるだけであって、その個室の中で客と浴場係のコンパニオンが性行為したとは店側は知らなかった」という言い分。

警察としては「たまたま偶然に居合わせた男女の間に恋愛感情が芽生えて、さらに両者の合意の元で性行為に到ったのであって、個人間の感情までにも国が介入するのは民主国家としていかがなものか」という見解。

国会での質問に、そのような警察官僚の答弁があったとか。

風俗に携わる者は、雑であったとしても、非常識で不可解であったとしても、一応の理屈だけは備えてなければならないのが以上のことからでもよくわかる。

本番強要は罰金100万円

本番禁止を周知させるラミネートも制作した。

『本番強要は罰金100万円。かつ身分証をコピーの上、出入禁止とします。悪質な場合は警察に通報します』という大きめの文言。

その下には、モザイクがかけられた免許証と、同じく顔にモザイクがかけられて正座した人物の画像も挿入されている。

その用紙をラミネートして、5つの個室と受付のスペースと待合室とトイレの壁に貼り付けた。

仮に本番強要があったとしたら、本当に罰金100万円をとるのか。

請求するのは問題ない。
100万が200万だとしても損害賠償として請求するのは自由で、客が警察に走ったとしても民事不介入で済む。

あと女の子に対して暴力行為があれば、そこは風俗店うんぬんは関係なしに、普通の暴行事件として警察に突き出す。

本番強要というのは程度の問題だった。
『いれたいっ』と口走ったり『やりたいっ』と迫った程度で罰金100万を請求しても、歌舞伎町の違法営業店としては歩が悪い。

もちろん暴力団をチラつかせたりすれば、逆に店側が罪に問われてしまう。

女の子に対して暴力行為が伴わない限り、店としては手持ち分の現金を取る程度にしてますと村井はいう。

モザイクがかけられている正座の人物の画像を目を細めてよく見てみると、竹山だった。

会員証はリピートする客を優遇するためのカード

小泉が百均への買出しから戻ってきた。

トイレのハンドソープにペーパータオルの予備が足りてなかったのだった。

細かな備品を揃えるのは思いのほか手間がかかるもので、しばらくすると今度はアレがないコレが足りないとなって、小泉は何度も買出しに走っている。

今までは半日でも準備をしたら、あとは打ち合わせと称してオーナーがメシを食べさせて酒を飲ませていたのだが、もう、そんな時間の余裕がなかった。

打ち合わせとなると率先して動きがよくなる竹山だったが、オープン日が決まった今は打ち合わせなどはどうでもいいように、せっせと会員証を作っていて束がいくつも出来上がっていた。

会員証はリピートする客を優遇するためのカード。
市販の名刺用紙にプリントしたもので、初回に来店した客すべてに手渡す。

表面には『CLUB LOVERY』とあるのは風俗店の会員証だと気がつかないようにするためで、あとはゴム印でナンバリングがされているだけ。

裏面には8つのスタンプ枠がある。
初回の来店で、まずはスタンプをひとつ。
以降も1回来店するたびにスタンプを押印する。

2個目と3個目には1000円割引、4個目と5個目には平日にかぎり写真指名無料、6個目には平日2000円割引、7個目にはオールタイム3000円割引と特典が続く。

スタンプが満了となる8個目は、オールタイム4000円割引と特製のゴールドカードと交換となる。

ゴールドカードといっても厚紙をラミネートしたもの。
特典といってもオールタイム2000円割引を考えている程度。

さほど会員獲得に力を入れてないのが実のところだった。

「指入れする場合はツメをちゃんと切ってね」

村井が思い出したように《 女の子からのおねがい 》という丸文字の用紙をプリントした。

イラストの女の子には『女の子のアソコは、とってもデリケートです。指入れする場合はツメをちゃんと切ってね』と吹き出しがある。

もう1人のイラストの女の子には『はげしい指入れは、イタイからヤメテね』と吹き出しがある。

これもラミネート。
個室と待合室とトイレの壁に貼り付けた。

待合室には小棚を取り付け。
そこに、新品の爪切りと爪のヤスリも置いた。

フロントの女子用の電話が鳴り、ノートパソコンに向かっていた村井が受話器を取った。
前店舗に在籍していた女の子からの、折り返しの電話だった。

そんな電話が3人か4人続いていて、すべての電話に出た村井がお願い口調で話し込んで、オープンの日は3日後の2月14日の17時からと決まった。

バレンタインデーは関係ない。
元在籍していた女の子のシフトが、2月14日から少し固まったのだ。

店が休業中は給料が発生しないという意識が、風俗店の従業員歴が長い村井と竹山には当然としてあるようで、早くオープンしないといけないとの思いが伝わってきていた。

実際に準備期間中は給料は支給されていなかったし、それに対して誰も文句のひとつも口にしてなかった。

村井と竹山には給料で働いているという感覚ではなくて、商売をするという感覚のほうが大きかったようだ。

– 2017.11.25 up –