検事の取調べとは?


霞ヶ関の合同庁舎

留置11日目は、検事調べで2度目の送検に。
お盆だからか、この日の送検は3名のみだった。

慣れとは恐ろしい。
検身もささっと済ませて、手錠をかけられるのも、腰紐で繋がれるのも、番号で呼ばれるのも、なんとも感じなくなっている。

護送バスに乗るのも、久しぶりに外の景色を見れるので楽しみとなっている。

道路は空いていて、霞ヶ関の合同庁舎の地下にはすんなりと着いて、護送車から降りた。

お盆だからか、やはり警察官詰所は、前回とはちがってがらんとしていた。
大声で番号を呼ばれることもなくて、奴隷になった気分もおこらない。
檻の中にも2名しか入ってないので、ゆったりと座れる。

前回の48時間送検のときは、ベンチに座っているとすぐにケツが痛くなってきたが、10日間経った今回は痛みはない。

じっとしているのも苦痛だったのに、今回は割合と平気である。
いいのかわるいのか、勾留されるのに耐性がついたようだ。
気持ちも明るい。

前回の送検のときの自分はなんだったのだろうか?

17歳の頃に土方として、ここの地下のコンクリート打設したのを思い出して、底辺だと悲壮感にまみれていた自分の頭を「しっかりしろ!」とはたいてやりたい。

コンクリ打ちっぱなしの天井を見つめながら、なぜか全くよく知らなく好きでもない美空ひばりの「川の流れのように」などを心の中で歌うほどだった。

検事の調書は質問と同時進行で作成する

検事室に呼ばれたのも、前回と比べるとだいぶ早め。
前回の48送検と同じ検事室だ。

連行の警察官がドアをノックをした。
検事はブラインドの窓の夏の陽光を背にして、革張りで肘付きのビジネスチェアにのけぞるように座っていた。

大きな机の上には、広げられたファイルと、隅にディスプレイが置かれているだけ。
検事の大きな机の前の、小さなスチール机と丸椅子が被疑者の定位置。

連行の警察官は丸椅子を促す。
そこに座ると、連行の警察官は手錠を外す。

手錠の輪を丸椅子の脚に連結して、腰縄も脚に結わえて、自身は入口の脇にある椅子に座った。
準備が済むと、検事は「うん」とうなずいて、検事調べがはじまった。

まずは人定質問。
氏名、本籍地、生年月日、年齢、住所、職業を訊かれて答えた。
手元の資料をめくりながら質問が続いていた。

「君は、違法だとは十分に理解していたんだね」
「はい」
「働いている女性に対しては、違法ではないと説明もしていたと」
「はい」
「だが、生活があるから営業を続けていたと」
「はい」
「フンフンフンフン」

断定してからは、鼻で声を出して軽くうなずいている。
警察での供述調書の内容を確認しているようだ。

検事調べの質問には、その供述調書に沿った内容であれば「はい」と明確に答えたほうがテンポよく進む。

「うーん」と少しでも考えこんだり、言いよどんだりすると、必ずそこを突っ込んでくる。
48時間送検のときは、1行の弁解録取書を5分ほどで作成して終わったが、今回はいろいろと質問して確めてくる。

検事の供述調書は、質問と同時進行で口述で作成される。
質問をいったん止めて、脇机に座る事務官だか書記だか見習いだか若手に「供述」と声をかける。

机上に指を組んだ検事が口述するのを、事務官だか書記だか、・・・事務官としておこう、その事務官がノートパソコンにキーボード入力していく。

検察の事務官
検事はいっさい手を動かすことはない

事務官のノートパソコンと、検事の机上のディスプレイは同期されている。
ディスプレイを見た検事は、ところどころ訂正も入れた。

「わたしは、てん、こんかいのじけんについて、てん、いほうだとはしって、もとい、いほうだとはにんしきしてました、まる、はらいているじょせいにたいしては、てん、いほうだとは、・・・ん、いほうはいほうえいぎょうにていせい、まえのぶぶんも、・・・ん、いほうえいぎょうではないとはなしてました、まる」

係長がくどいほど必ず読み上げていた『内心の意思』についての最初の一文の口述はない。
事務官のかちゃかちゃとしたキーボード入力の音が続く。
ブラインドタッチというやつだ。

事務官の指の動きは早いのだが、ところどころに訂正もあるので、検事が自身で入力したほうがよっぽど早い。

しかし検事は、そんな雑事などしないのだろう。
ただ指を組んで口述して、ディスプレイを確認するだけ。

売上に対して広告費15%は高いか?

検事が作成する供述調書の文体は簡単なもの。

警察の供述調書よりも、さらに簡潔な文章の気がするのは口述だからか。
特別な言い回しや、法律用語も出てこない。
句読点多めは共通している。

1段落まで入力されると、検事は「うん」と頷いてディスプレイから目を離した。
ここまで供述内容が合っているか、読み聞かせをすることも一切ない。
自分も余計な口を開くつもりもない。

「それでは君は、チケットセンターには、毎月、150万余りを支払っていたと」
「はい」
「では、チケットセンターは、暴利をむさぼっているわけだね?」
「暴利・・・、かどうかはわかりません」
「月間の売上500万に対して150万の支払いは、割合としては高すぎないかね?」
「どうなんでしょう」
「これは暴利ではないのか?」
「そうともいえます」
「フンフンフンフン」
「・・・」

決して暴利ではない。
厳密にいえば誤りがある。

売上500万ではなくて、店落ち500万だ。
粗利500万といってもいい。

売上から仕入れを引いた残りの額が粗利。
小売業や飲食業やサービス業に当てはめれば、売上ではなくて粗利500万となる。

売上と粗利を区別して調書をとっていればよかったのだが、係長も指摘しなかったし、商売の経験が全くない人に売上だの粗利だの店落ちだのいうと、かえってややこしくなる。
わかりやすく売上としたつもりだった。

性風俗店というサービス業では、売上の50%を役務を提供した女性に支払うのが通常である。
とするとこの場合は、店落ちという粗利が500万だとすれば、売上は1000万とするのが正解。

支払った広告代の150万の割合は、売上1000万に対してだから15%を占めることになる。
売上に対しての広告費15%は、どの商売にしてみても突出した数字ではない。

だから暴利とはいえない。
そこまで見越しての月500万という架空の数字だったのに。

検事は字義通り売上500万に対しての広告費150万で、広告費が30%以上を占めると計算して、割合が高すぎると、これは暴利だと指摘している。

数字が感覚として捉えきれてないのか。
バスト90cmの数字だけで、身長や年齢や体重という数字も見ないで『デブじゃないか!』と断じているのと同じだ。

いや、それも違うか。

調書の信用性の低下

しかし今更、訂正はできない。
調書の信用性とやらが低下する。

妙なことに、係長と丸々1週間かけて仕上げた調書を、絶対のものとして通したいという気持ちがあったのだ。

係長が以前は、・・・どのくらい以前かは確めてはないが、以前は取調べした担当刑事が連行して、被疑者の後ろに座ったと話していた。
それが被疑者に威圧を与えるとの理由で、担当刑事の連行は廃止されたという。

警察としても、送検した被疑者に、とんちんかんなことを話されても困るのがうかがえた。
いや、警察が困るというより、係長が面目を失う。
そのくらいはわかるし、そんなことはしたくないという義務感じみた意気があった。

妙なことになるのを、さらに順を追って考えてみると、まずは刑事とは距離が近いのがある。
スチールデスクを挟むのみだし、お互いに前のめり気味だから。

検事はそれよりも離れる。
机も大きいし、検事は椅子にふんぞり返ってるし。
裁判官となると、もっと距離が開く。
裁判の場となると、もっと離れる。

事件が警察から検事に扱われて、次には裁判官に扱われていくと、自分にとっては大事な事件が、自分から離れていくと共に変質していく錯覚もする。

この制度のひとつひとつには文句があり、その分だけ反省も上辺だけにもなるが、係長が書いた供述調書だけは割合と完成されていた。

だから妙なことにもなる。
このときは、そこまで考えていたとはいわない。

秘かに検事のあだ名を “ 暴利 ” としてやるのがぜいぜいで、チケットセンターは暴利をむさぼっていると認めた。

そのくらいはいいだろう。
チケセンの御一同には悪いが。

どうせ今ごろは「さぁ、チケットどうぞ!さ、お得ですよ!」なんていって、アホみたいにやってんだろうから。

屁理屈の天才の検事

検事のあだ名をつけている場合ではなかった。
認めた暴利を突いてきた。

「君は、チケットセンターが暴利をむさぼっていると認識していた」
「はい」
「それにもかかわらず、なぜ、高額でも支払いをしていたのかね?」
「なぜって・・・」
「なぜか?」
「なぜっていっても・・・」
「なぜ、高額でも支払っていたのか?」
「高額であっても、相場でもあると思ったからです」
「なるほど、供述!」
「・・・」

検事が発すると同時に、事務官は指をキーボードに置いていた。
言質をとったと見せつけるようだ。

暴利を認めたのは、自分にとって不都合なことなのか。
検事は机上のディスプレイを見ながら、少しだけ口述をした。

「ちけっとせんたーへのしはらいは、てん、つきにひゃくごじゅうまんえんでした、まる、わたしは、てん、こうがくとはにんしきしてました、まる、しかし、そうばでもあるとのにんしきもあったので、てん、つきにひゃくごじゅうまんのしはらいをしてました、まる」

さっきの返答が、口語体で一言一句に近い形で入力されていく。
意図はわからないが、とくに不都合はないような気がする。

いずれにしても、供述の内容がこれで合っているのか、改めて読み聞かせして確めることはない。
検事の質問は続いた。

「それで、この家賃の支払いは、岡田洋二という者にしていたと」
「はい」
「なぜ、大家に直接ではなく、いち個人に支払いをしていたのか?」
「はい、そういう契約でしたので」
「うん。この岡田に対しては、家賃以外の支払いをしたことはあるのか?」
「ありません」

警察の捜査の証拠と本人の供述の間に、不合理や矛盾が潜んでないかを検事は見出す。
ひっかけ質問も交ぜられていて、半ば適当に返事をしたものなら、警察との調書との細かすぎる食い違いを突いてきたりもする。

ありふれた小さな事件なのに、よくよく捜査資料や供述調書に目を通して、細かな部分までも把握してるのが伝わってくる。

しかも、いくつもの事件を扱っているはずなのに、それらを同時進行でこなすのだから、そこだけは検事ってすごいなぁと単純に驚く。
本当に驚く。

「岡田は、経営には関与していたか?」
「してません」
「家賃140万は高いとは思わなかったか?」
「思いません」

あれ、思いましたのほうがよかったのか?
え、どっちだ?

金の流れを訊いてくる検事は、岡田の存在を疑っている気がする。
わかりませんでいいのかも。

「うん。家賃140万は高いと感じたことはなかったのか?」
「それは、わかりませんでした」
「君は、チケットセンターへの支払いが相場であるという知見を得てる」
「は、い」
「一般の者は知り得ない相場でもある」
「は、い」
「それほどの知見を得ているのに、家賃の相場がわからないというのは、いってることが不自然ではないか?」
「そう・・・、で・・・、すか?」
「君は、チケットセンターが暴利を得てるとの判断ができる」
「・・・」
「さきほど、そう答えている」
「はい・・・」
「うん。君は的確な判断ができるのに、岡田が暴利を得てるという判断だけができないというのも、いっていることが不自然ではないのか?」
「そう・・・、だとも思います」

チケットセンターの暴利は、岡田の暴利の前振りだったのか?
おかしくありません、のほうがよかったのか?

いや、そうすると屁理屈の天才の検事は、さらにこねくり回して訊いてくる。

– 2021.4.18 up –