美人だから売れるAV女優になるとは限らない


AVと貧困は関係あるのか?

5年前の日記を読み返してみると、彼女に声をかけたのは昼に差しかかるアルタ前広場。

人通りは多い。
が、女の子の1人歩きは少ないという日曜日。

その前の日曜日にも声をかけていて、目の端の端で見ながらの無視の素通りされたのは覚えていた。

今度こそは足が止まった。
新宿には援助交際で来ていて、19歳の頃からしてると明かしたのは割合と早めだった。

というのは、目の向け方だった。
手を挙げてから、足が止まるまでの目。

女の子の目線
ただの通行人ではない相手を確かめてくる目

そつなく相手を確かめるような目。
客という種類の男を持つ女の子独特の目だ。

それを向けてきたのが日曜日ではわかりやすかったから、最初から見当がついて訊いてみたのだった。

気分が乗らないから今日は援交をやめて帰るところ、と彼女はいう。
ぶらっと高めのヒールの足元をクロスさせた。

スカウトしていても、生活苦でAVや風俗や援交をする女の子は皆無だった。
皆無。

生活が苦しいと明かしたとしても、今日明日の食べるものすらないといった状況ではない。

服を買っちゃって、カードの支払いがあって、エステのローンがあって、ホストのカケがあって、バッグが欲しい、旅行にいきたい、だから生活が苦しくてと明るく苦笑いしているもので、そこかしこに余力というものがあった。
そういう意味での皆無。

不景気だの、年功序列も終身雇用も崩れかけてるだの経済の状況のニュースもあったが、歩く若い世代には関係ないかのように、アルタビジョンからはドラマのCMや流行の音楽がばら撒かれている路上だった。
若者こそが消費の担い手として存在していた。

変な時代だった、と1行を追記する。

日本には貧困など存在しません。
貧困というのは発展途上国に使われる言葉であって、先進国でもあり一億総中流の日本には存在しません。

あったとしても極めて特殊な例です。
政府の統計では、世帯の平均貯蓄は1000万となってます。

この数字が日本には貧困が存在しない証拠ですし、一億総中流の意識は皆が持ってます。
テレビ出演の経済学者は、そう論ずる。

日本ではいくら貧乏人とはいっても、その子供は大金持ちの子供と机を並べて勉強する。
こんな平等な国は世界にない。

たしか国際政治学者の大落合大信彦大先生もそういっていた。[編者註82-1]

ナニワ金融道の著者の青木雄三だけが、政府発表の一億総中流を信じて中流だと思っているアホが実は貧困や、と言いきっていた。[編者註82-2]

1億持ってる奴が1人いて、あとの9人がゼロだったら、平均貯蓄が1000万になるやないか。

政府が発表する数字のマジックに騙されるな、平等なんてあるわけないやないか、このカスがボケがアホンダラ、みたいなことを言っていた。

変な時代というより、うさんくさい時代だったと変更する。

経済のことは全くわからなかったが、うさんくさい騒がしさで充満しているから、うさんくさいスカウトが成立しているとだけは信じていて、女の子をAVや風俗に入れ込むことができるのは己の力量だとは全く思ってなかった。
そういうところだけは冷めていた自分だった。

話が飛んだ。
その純子である。
援交をしているといっても、大学生で経営を専攻してるという。

無学な自分は、なにやら経済について素朴な質問をしたのかもしれない。

が、経済は理数系だけど経営は文系だから、というというよくわからない答えがあっただけで、このあとにも経済にしても経営にしても話題になることは全くなかった。

AVプロダクションに所属する条件として

手足が長くて、首も細くて、小顔で、真っ白の肌。
目がやたら大きい。
笑顔は歯がこぼれている。

ヒール高めのパンプスなど履いているから背は170センチほどある。
美形の部類になる純子だった。

良かったことは、自分はこの類の体つきの女の子に、さほど性欲を感じないことだった。

だからと言って、ずんぐりむっくりの色黒の手足が短いほうが良いというわけではないが、純子はあまりにも細すぎて手足が長すぎた。

脚にピタリと張り付いている白パンは好きなはずなのに、さりげなくヒップラインを確かめるはずなのに、その気もおきないほど。

目だって大きすぎて、笑顔などは見ようによっては恐竜だ。
ハーフなのかなと聞いてみたが、先祖代々からの静岡の伊豆だと言う。

そこまで話ながら、フルネームが右近純子だとは明かさない。
AVは断りだったが、3回目に会うことはできた。

歌舞伎町交差点のマリオンクレープくらいはおごった。[編者註82-3]

「純子さ」
「うん」
「AV考えてくれた?」
「だって、本番あるんでしょ?」
「本番くらいいいだろ?」
「だって、できないよ」

援助交際をしているのだから、本番はできるだろうと思ったら大間違い。

まだ自分は、女の子の曖昧な断りの扱いもわからなかったし、その向こうに引かれている線の探り方もわからない。

AV向きだという女の子、風俗向きだという女の子、それらの確かめかたも区別もつけれない頃だった。

曖昧な断りの女の子や、金額を確かめてこない女の子や、「もっと稼ごう」という煽りが効かない女の子にこそ多大なスカウトバックが発生する。

この場合は、焦らずにじっくりとAVを推せばいい。
そうわかるのはまだあとになる。

「おなじ相手と2回目に会うと、もう、お金くださいっていえなくて・・・」という純子は、風俗には安易に入れ込んだ。

歌舞伎町の1番街にあるヘルスの面接に連れて行くと、とりあえずの面接と伝えてあったのに店長の対応には力がこもっていた。

やがて記入した従業員名簿の用紙をこっそりと覗き込んで、フルネームが右近純子と知る。

シエナという源氏名は、その場で店長がつけた。
純子は一発で気に入って、自分には見せたことがない「はい、よろしくおねがいします」という瞬間だけ人が変ったかのような礼儀正しい返事をして、次の日曜日に体験入店が決まった。

風俗にスカウトできたが、純子からは約束がひとつ付けられていた。
店の帰りは送って欲しいという。

AVをやるのだったらクルマを出してそのくらいしてもいいけど、ヒモでもないのに風俗に入れ込んだ程度でそれをやっていたらこっちの時間がとられる。

スカウトとして稼ぎが落ちる。
手離れがわるい女っている。

さすがにそこまでは純子に言わなかったが、帰りに送るのは店の前から新宿駅の東口の改札までに決まった。

体験入店も難なく済んだ。
送りのほうは、1ヶ月後になると、店を終えた純子がスカウト通りまできて自分を見つけて、そこから東口の階段の上までに短縮された。

同じくらいに「わたし、店長が好きになったの」という相談を受けたが「ふーん、そう」くらいで済ませて東口の階段まで歩いただけだった。

出勤日も増えたが、ほかの在籍とは仲がわるくなったりして、店長も扱いに持て余したようだ。

「接客はいいけど、すぐに拗ねる」と店長はこぼしてした。
3ヵ月過ぎるころには、その歌舞伎町の店はやめてしまった。

純子には全く関係がなかったが、それから別の店でも女の子がやめたのが重なった。

ゲンのわるい女っている。
こっちの勢いも落とさせる。
それが純子の気がして、ため息をついた。

どうせすぐに他のスカウトに引っかかるだろうと放置だったが、また日曜日に純子は援交のついでだかなんだかでスカウト通りに姿を見せた。

顔を合わせたら無視するわけにもいかず、その代わりにAVは推されて、本番がなければAVプロダクションに所属してもいいということになる。

現場が終わったら送ってほしいの1点も、交換条件のようにして約束された。

ヌード撮影会とはなにをするのか?

本番がないAVプロダクションといえば新宿駅南口のグレイだ。

そもそもAVプロダクションというのは、厳密はヌードモデル事務所である。

AVが金になるからAVしかやらない事務所ばかりだけど、建前としてはヌードモデル事務所である。

グレイはAVもやるし、撮影会や出版社の成人誌もコツコツと営業をしている。
社長がデスクを勤めて、マネージャー2人が営業している。

AVプロダクションとしては弱小となるが、大手と比べると対応が事務的でなく、システマチックでもない。

弱小だから小回りがきく。
曖昧なままに面接に連れていっても『下着までだったら脱げるかも・・・』程度だったら、所属したあとは小まめに様子をみてから、気持ちをほぐして、AVデビューさせるくらいはする。

それでも、スカウトバックは預けの25%できっちりと払う。
入れ込む優先順位は高い事務所だった。

で、純子の最初の仕事はヌード撮影会。
カメラが趣味の素人の集まり。

素人の趣味の集まりといっても、カメラ愛好家は小金持ちが多いようで会費は集まるようだ。

大きな撮影会の総ギャラは20万でスカウトバックは5万となり、小さな撮影会だと総ギャラは10万円のスカウトバック2万5千。

長年開催している正統派が大きな撮影会で、会員は主宰者を「先生」と呼ぶ。

カメラの腕を上げるのが目的であり、純粋な被写体として女性の裸を最上のものとする。

多くの会員を全国に抱えるほどになると、女の子を連れて飛行機で地方へ出向いて泊りがけで撮影会を開催する。

いくら時代が変化したといっても、なかなか地方ではヌードモデルなどいない。

純子のときは30人ほどが集まり、押すな押すな気味になって記者会見のようだったと話してした。

あとは細分化されていく。
ギャル系だの、お姉さん系だの、人妻だの、巨乳だけ、といった会あたりは基本として、女の子と会話を交わしながらきゃっきゃして脱いでいく姿をスナップ調で撮りたい会もあれば、黙々と向き合って女体を吟味しながらシャッターを切る会もある。

大股開きにこだわる会もあれば、着衣から脱いでいくチラリズムに重点を置く会もあり、女性の裸に独自理論を唱えてポージングを重要視する会もある。

となると顔はブスのほうがいい、体は太っているほうがいい、と限りなく細分化されて小さな会が結成されていく。

女の子のほうは、会の趣旨など全く気にしない。
あるのは、女の子の不思議さである。

なんでこんなにも、撮られることが好きなのだろうか。
AVや風俗の未経験に限れば「撮影会だけだったら・・・」と10人中5人は「考えてみる」くらいまではいく。

もちろん撮影会の会員は、身分証をコピーして、撮った写真は外部へ公表したらどうのこうのという誓約書も差し入れて入会している、という説明もしてるからすぐさま「うん」という訳ではないが、10人中5人、いや6人か7人、いや8人くらいは良い感触は得られる。

一度に何台ものフラッシュを浴びると、気持ちが変化するようでもある。

AVデビュー前の女の子の撮影会というのもいくつもあった。

色紙とペンを持参している熱心なAVファンの会員に、記念のサインを求められて、応じたあとには「AVデビューしたら応援します!」と「AVデビューしたらすぐ買います!」と「ぜったいにAVデビューしてください!」と声をかけられて、全くやる気がなかったのに「AVやろうかな・・・」となる女の子も高確率でいる。

全裸ブームがきた

言い忘れた。
グレイに所属したときの芸名が三ツ矢ノエル。

本名、右近純子からの三ツ矢ノエル。
ヌード撮影会と同時に、出版社の成人雑誌の撮影もしている。

成人誌のカラミは、キメ撮りといってポーズをとるだけで動きがない。
本番がない仕事のひとつだった。

水道橋のコンビニの前でクルマで待っていると、撮影が終わって解散した純子がきた。

その日は、ナンパカメラマンが素人の女の子をホテルに連れ込みましたという撮り。
3時間の撮影で総ギャラは10万、スカウトバックは2万5千。
成人誌で総ギャラ10万は安い仕事だった。[編者註82-4]

「カラミはキメ撮りだったでしょ?」
「うん、たのしかったぁ」
「どんなの撮った?」
「ビルの屋上でね、おへそみせてって、ブラみせてって」
「うん」
「じゃ、パンツみせてって、ヘアみせてって」

純子には、さほど性欲を感じないと書いた。
決定的に性欲を感じさせなくするのは、照れとか恥ずかしさとかを少しも見せないことだった。

ちょっとぐらいダメッとかイヤッとか言えば、自分だって気を使うのに。

「ノリよく撮ったんだ?」
「うん、それで、はい、アナルみせてって」
「そんで?」
「みせちゃった。はいって」
「そっか」

楽しんでアナルを見せている純子がうっとうしかった。
さほどどころか、全く性欲を感じない。
「じゃ、いこか」とシフトレバーをDにした。

撮影会も、成人誌の仕事も、あとは1件を残すのみ。
純子の気が変わったので、営業先も変ったのだった。

グレイのマネージャーからは「ノエル、企画単体でいけそうですよ!」との電話もあった。

写真写りもいいし、パブ全開もOKだし、なによりもスタイルがいい。

メーカーに営業してみたところ、宣材を目にした先方は前向きで、総ギャラの調整まで進んでいるという。

自分としては、現場の帰りにクルマで送った甲斐もあったし、スカウトバックが増えるのはいいことだが、純子がAV女優になるのはイヤだった。

純子はただのAVの内容物として集積されたのち、使用されて、消費されてほしかった。

まだ、スカウト2年目の自分は、元の彼女のエリのことでわだかまっていた。

知らないうちにAVデビューしていたエリのなにがショックだったかというといろいろあるが、内緒だったのも本番したのもそうだったが、別人のようにしてAV女優となっていたのもショックだった。

初めて経験したそのショックの衝撃が基にあって、楽しそうにAV女優になりかけている純子への反感が拭えきれない。

もちろん純子には、うっとうしさもショックも反感も少しも見せてない。
『AV女優も立派な職業です』という善良な男性の顔をして、とっととクルマを走らせた。

ともかく、AVデビューの前に写真週刊誌の撮影がある。
全裸新体操の撮影が。
全裸で新体操である。

この時期、全裸ブームだったといえる。

全裸が日常に進出してきたかのようにして、全裸がタイトルについたAVが一気に発売されていた。
全裸ナース、全裸女教師、全裸女子アナ、等々。

芸術系の女の子ってAVの一角を占めている、と前の日記で書いた。
全裸バイオリニスト、全裸ピアニスト、全裸ハープ奏者、全裸サックス奏者といったAVが発売されたのは当然の流れだった。

新体操やバレエの女の子も、その芸術系に含まれる。
レオタード姿やタイツ姿を見せることに慣れているからなのか、他の女の子と比べると全裸への抵抗が薄いのは確かである。

全裸バレリーナ、全裸新体操、そこから派生して、全裸機械体操、全裸柔軟体操といったAVが発売されたのも当然の成り行きだった。

で、純子は、高校のころに新体操をしていたのだった。

全裸新体操の強硬なクレームもきた

写真週刊誌の全裸新体操の撮影は完了した。
《本物!全裸新体操!》のタイトルが写真週刊誌の表紙にある。

ページには《AVデビュー予定!》と銘打ってあり、全国大会の上位入賞者という実力が晒されてある。

リボンをひらひらさせて全裸で飛び跳ねていて、リボンをくるくる巻きながら全裸でY字バランスしていて、赤いパーティー仮面の口元は笑んでいる女の子がいた。

まったく知らない女の子だったら興奮もさせたページだったが、それが純子だと思うと逆に萎えた。

全裸モノは好きではあるのに、萎えさせる純子が不快だった。

その純子からは電話がきた。

「ああ、よく撮れてたよ」
「田中さん、見ないで!」
「ああそっか、わかった・・・」
「でね、クレームきたの」
「え、だれに?」
「出版社に」
「え、だれから?」
「新体操の協会から」

それらの団体から、・・・なんといったか、全国新体操協会だったか、世界新体操連盟日本支部だったか、それらの団体からクレームがきたのだった。

クレームがきたことを楽しそうに話す純子が嫌いだった。

仮にも自分が打ち込んだ新体操ではないのか?
周囲の協力があっての全国大会の上位入賞ではないのか?
誰だってこのくらいは思うのではないのか?
ただのおせっかいなのか?

よくわからないけど、純子が新体操をやってなくて、まがいものの全裸新体操を楽しんでやったなら一緒に笑えた。

一緒に笑いはしたが、クレームをいれた新体操の団体の心情も多少ほどわかるし、クレームの根本にある怒りも聞かなくてもうっすらと理解もできた。

純子には全く性欲を感じないと書いた。
むしろ萎えている。

クネクネとしたミミズ体質の湿った気持ちを持つ自分は、純子に性欲を感じててないだけ、苛立ちがまともな嫌悪感のほうに変わっている。

撮影内容がOKかNGかよりも重要なこと

結局は、純子はAVデビューはしなかった。
メーカーのカメラテストも兼ねてのスチール撮影の現場から、純子は返されたのだった。

後になって訊いてみたことろでは、カメラマンが怒るような命令口調だったからと純子は言い訳じみたことを言ってたが、ふてくされたかヘソを曲げたかで、スチール撮影が中止となったのだった。

新人AV女優としては失格である。
これが撮影現場だったら賠償金が発生したかもしれないが、メーカー側も多少は落ち度を感じたのか、ただ返されただけ。

ケチがついた純子を、マネージャーは「つかえないですね」とそれ以上は営業しなくて、事務所からはその後の仕事は一切ない状態となる。

そのメーカーから返された日、純子から電話がきのは、予定よりもだいぶ早い時間だった。

「東口にいる・・・」と声は暗い。
ほかの女の子だったら心配にもなるが、純子のことだから、向かいながら「めんどくせぇ女」とつぶやいた。

待ち合わせたじゅらくビルの2階の喫茶店で、純子はしょんぼりして座っていた。[編者註82-5]
本当にしょんぼりしていた。
しょんぼり、という見本を目にしたようだった。

気分が乗ればNGだって解禁するが、乗らなければ頑としてやらない。
内容がOKかNGかよりも、あの人と合わないからやらない。

見た目がいい女の子がスカウトできたから売れるAV女優になるのか、というと決してそうではない。

このことを純子でありありと知った。

— 2023.8.7 up –