写真指名とフリーの違い


フリーだと客単価は落ちるが回転重視で

25日過ぎの週末がきた。
給料日のあとの週末。
いつもの週末よりもさらに混むのが予想される。

明治通りを渡り歌舞伎町に入ると、街路にはざわざわと高揚した気配が充満している。

花道通りでは「さあ!どうぞ!」と声を上げて、おっぱいパブの呼び込みがパンパンと手を打ち鳴らす。

大声が上がれば上がるほど、景気がよくなるのが歌舞伎町だった。

遅番は自分と竹山。
ひたすら受付することになる。

店にいく前に、コンビニでおにぎりと2リットルのペットボトルの水と大福を買う。
受付をしていると、とかく腹が空くし喉も渇くものだった。

週末バージョンの割引チケットは、3日前から作成してあった。

料金は、45分13000円、60分17000円、写真指名2000円。
普段より1000円アップしている。

写真指名料込みとしてないのは、フリーでとりやすくするためだ。

フリーだと客単価は下がる。
が、回転重視でやってみようとなっていた。

早番のうちに各チケセンへの配布は完了していて、頃合を見計らって差し替えの電話をいれる。

シフトも週末を中心にして入念に組んだ。
今日の遅番の出勤は、回転よくするためタフさが優先される。

体力がないナナは休ませた。
客が3人続くと「休憩したい」となるからだった。

それだけ、ひとりひとりに全力で接してるともいえるかもしれないが、この日ばかりはお休みにした。

この日の遅番の出勤は、アオイ、サクラ、ユウカ、ケイ、それと新人のフミエの5名。

3人分の働きをするコハルが1ヵ月の帰省しているのは痛い。
入れ替わりのシフトを埋めるようにして、高収入求人誌の募集広告で、経験者のフミエが入店した。

ケイは、普段は学生をしていて週末のみの出勤で月にすると3日か4日ほど。
自分にとっては、この日が初見となる。

風俗歴は長い順に、アオイとユウカが7年、フミエはこの店では新人だが風俗歴は4年、サクラが3年、ケイが2年。

とても素人系の店とはいえないが、歌舞伎町の風俗店の週末では出勤はタフさが求められるので、今日ばかりは仕方がない。

「本当にこの女の子って写真のとおりですか?」という客に

各チケセンに挨拶をしようとコマ劇前を歩く。
カラオケやバイアグラ販売店のアナウンスが繰り返し流れている。

連れ立って歩くサラリーマンの高笑いや、若者グループの叫びにも似たはしゃいだ声、それらが絶え間なく重なって騒々しさがさらに沸き立つ。

チケセンに入場すると、風俗店のカラフルなパネルが並ぶ店内には、無言のままの遊興客がうようよとうごめいている。
切迫した呼吸が溜まっている濃い重い空気。

ナイスミドルといった、見栄えのする赤いネクタイを締めたサラリーマンが、2枚の風俗店の割引チケットを手にして真剣に見比べている。

童貞ですといいたげな若者が、卑屈な目をしながら、やはり風俗店の割引チケットに見入っている。

広いおでこに薄毛を張り付かせたジャンパーの中年男が、各店のパネルに目を巡らせている。

中年男と競い合うようにして、リュックを背負った学生風の若者もパネルに見入っている。

若者の2人組みも、向こうでパネルの写真を見比べている。
痩せたほうが「オレはこの子だな」とパネルの中のひとりを指差す。

マッシュルームカットのほうが「その子はイマイチだなぁ。こっちの女のほうがいいよ」と余裕を見せながらも声を上ずらせている。

チケセンのスタッフが「ご不明な点は、ご遠慮なくおたずねください!」と意気揚々に声を上げた。

そのスタッフに、マッシュルームカットがパネルに貼り付けてある写真を指差しながら尋ねた。

「すみません」
「はい、どうぞ!」
「この女の子って、本当にこの写真のとおりですか?」
「お客さん!お見合い相手を探してるんじゃないんですから!」
「あ、はぁ・・・」
「まずは遊んでみてくださいよ!風俗ってそういうもんでしょ!」

マッシュルームカットは、ばっさりと斬って捨てられていた。

そうこうしてるうちに、割引チケットを手にして店に向かう者と新たに入場してくる者が入れ替わり立ち替わりとなっている。

この時期の日記を見直してみると、余白にメモがあった。

誰かから訊いたのだろう、このチケセンの週末の入場者数は1日を通して400名以上と書いてある。

『こぼし』と『推し』

遅番の女の子が全員揃ってから、チケセン全店に電話して、割引チケットは週末バージョンに切り替えた。

料金が高くなっても客足は止まらない。
ちょっとしたラッシュもあった。

有線放送は昭和ヒット曲チャンネル。
チェッカーズの『ギザギザハートの子守歌』が流れていて、客を待ち構えるように竹山とスタンバイしていた。[編者註16-1]

この前の客を、竹山があっさりとこぼしたところ。
こぼしは忌み嫌われていた。

写真だけ見て「またきます・・・」と帰りそうな客を引き止めて、「このコでダメなら、ほかの店いってもいいことないですよ!」とか「このコ、まちがいないですから!」とか言い切って、冗談が通じそうな客には「このコがダメだったら切腹してもいいです!」などと笑いもして、推しに推して入れるのが最上の受付とされていた。

女の子のサービスに自信があるからできることだった。

そこまで推された女の子のほうも、案内する前に「激推ししたんで!」と伝えると、嫌な顔をすることなく、気合がこもった返事をして、すぐさま客には全力で愛嬌を振りまいている。

事後、客から文句がでることはないといってもよかった。
ともかく、こぼしは1回やらかしたら受付は交代して、流れを変えようと有線放送のチャンネルも変更するようになっていた。

口開けは早めにしないと不満に繋がる

ピンポーンと人感チャイムが鳴った。
モニターに目をやりながら店頭に出た。

「いらっしゃいませ!」
「・・・」
「当店ははじめてで?」
「これを・・・」

伏し目がちの表情の客。
いかにも素人系の女の子が好きそうなのが伝わってくる。

「チケットですね。ありがとうございます。ではこちらの料金でやりますので」
「あの、指名をしたいんですけど・・・」
「ええ、どうぞ。今、写真もってきますね」
「はい・・・」

フロントのカーテンに半身を入れると、「なんとか、サクラちゃんかフリーで・・・」と小声のおねがい口調の竹山が、8枚のプロフィールを手渡してきた。

リストには、サクラを除いた全員に、白丸と黒丸を含めて2つ3つ付いている。

まだサクラには1人の客も付いてないのだった。
さっきの客を竹山がこぼしたのは、サクラを推しすぎたのが裏目に出たからだった。

その日の最初の客がつくことを ” 口開け ” という。
口開けは早めにしないと、女の子の不満に繋がる。

全員の口開けだけは早めに解消するように客付けするのだけど、つい、成り行きになってしまっていた。

フリー客もいなかった。
普段だと、10名の客がきたら1人か2人くらいはフリー客がいるが、給料日あとの週末なのか写真指名が続いていた。

そして写真指名は片寄る。
厄介というのか、不思議というのか、その日によって写真指名が集中する女の子が出てくる。

女の子のタイプのバランスからなのか。
面子の絵ずらからなのか。

それらが組み合わさった加減なのだろうけど、その日の出勤によって、客の目の止まりかたが違うのだった。

ひとりだけが0本で、あとが2本も3本も付いてるのは片寄りすぎ。

男子従業員の落ち度だ。
片寄った客付けは、受付で調整しなければならない。

振り替えと待ち時間

伏し目がちの客に「どうぞ!」と8枚のプロフィールを手渡した。

無言のまま、プロフィールをカードのように順繰りにして、じっくりと目を巡らせていく。
この手の客は、むやみに言葉をかけないほうがいい。

プロフィールを手繰る手元は、真っ先に風俗歴7年のアオイをスルーしている。

素人系ではないというのを、動物的な勘で察知して警戒したのかも。

派手めのユウカもスルー。
どこかヤンキーチックなケイもスルー。

遅番ダミーのギャル系のアユミも、常にダミーとなってしまっているリエもスルー。

風俗店のダミー写真
ダミーを指名されるとやっかいだった

黒髪にこだわりがあるらしい。

サクラとフミエ、あとはダミーのハルナの3名のプロフィールを持つ手が行ったり来たりしはじめた。

この様子だとこぼしはしないだろう。
ひょっとして、このままの成り行きで、サクラに指名が決まるかも。

「この子って・・・」
「はい」
「待ち時間って・・・」
「ええと、ハルナさんですね」
「・・・」
「お時間、確認してきます。あ、そうそう、お客さん」
「・・・」
「もしよかったら、もうひとりくらい、気になる女の子っています?」
「・・・」
「ここだけの話、ハルナさん、出勤前に、いきなり前歯がぬけちゃったみたいで」
「・・・」
「いや、サービスはいい子なんで大丈夫なんですけど、なんか気がぬけちゃうって方もいたんで、それだけお伝えしておこうと」
「じゃあ・・・、この子・・・」
「わかりました。では、ハルナさんとフミエさんで、時間だけ見てきます」
「・・・」

指名はサクラにならなかった。
やはり写真がブサイクになってるサクラは、推さないと指名がとれないのだ。

フロントのカーテンをめくって首を突っこんだのは、時間を確かめてるフリをしてどうしようか考えてるだけ。

第一候補として食いついているダミーのハルナは、30分待ちにする。

第二候補のフミエは、あと10分で客を帰すから待ち時間なしみたいなものだ。
すんなりとフミエの指名で決まりそう。

だけど、まだ客が1人もついてないサクラを推したい。
第三候補になっていた様子だったし。

サクラは写真はブサイクだけど、本人はそこまでではないし、なによりも素人系の雰囲気はある。

竹山が察して「ムリにサクラに振り替えなくてもいいですよ」と小声で言うまで3秒ほど。

客を放置して、そうも考えてられない。
「ええっ、ほんとですかぁ!」とすっとん狂な声を上げてから、目を見開き気味にして反転して、客に詰め寄るように向かいあった。

まったくの村井の真似である。

「今、確かめたら、ハルナさんとフミエさんが30分少々で」
「・・・」
「で、このサクラさんが、予約キャンセルになったみたいで、いや、よかったぁ」
「・・・」
「お客さん、サクラさん、いいです」
「・・・」
「写真よりも実物のほうがいいですし」
「・・・」
「正直、わたしはこの中だったら、サクラさんがお見合いしたい子、ナンバーワンです」
「じゃあ・・・、この子で・・・」
「ありがとうございます。お時間は?」
「45分、・・・やっぱ60分で」
「では、準備の時間だけ、こちらでお待ちください」
「はい・・・」

チケセンのスタッフが言い放っていた “ お見合い ” も真似してしまった。

真似ばかり。
オリジナリティーゼロ。

とにかくも、サクラでとれてよかったとフロントに戻り、伝票を手にして記入した。

聞き耳を立てていた竹山は、すぐに内線でサクラに60分でと伝えている。

「田中さん、やりましたね。お見合いがききましたね」
「ああ、よかった」
「もう、最初のひとりが付けば、あとは自然に付きますよ」
「そういうものか」
「お見合いも、前歯がないっていうのも、僕もつかわせてもらいます」
「はははっ」
「あ、田中さん、カネ、カネとりました?」
「あ、いけねぇ、とってねえ」

上手い具合に客付けできたあまりに、肝心の料金をとるのを忘れていた。

待合室のカーテンを開けると、彼は爪を切っていた。
料金を伝えると、マジックテープの財布がべりべりと音を立てて開かれた。

待ち時間があると人気があると勘違いされる

サクラが客の手を引いて入室する頃に、すぐに次の客がきた。

グレーのシングルカラーのコートの40代サラリーマン。
俳優の草刈正雄が少しやつれて、思い切りすっ転んだような渋め雰囲気。

プロフィールを手渡すと、手首にはブレスタイプの腕時計がちらりとしてる。

この感じだったら、派手な女好みの気がする。
派手めが好みだったらやりやすい。

アオイもユウカも待ちなし圏内だ。
ヤンキーチックなケイにも食いつくかも。

ギャル系のダミーアユミにさえ食いつかなければ、すんなりと指名がとれる気がする。

正雄は、手にしたプロフィールのカードを1枚1枚を凝視して、ゆっくりとシャッフルしていく。

「すぐのコって、どのコですか?」
「はい、今ですと、まちまちなんで、気になるコいっていただけたら」
「いちばん待ちがあるコって・・・?」
「リエさん、ハルナさん、アユミさん、あとはサクラさんですね」
「ああっ、このサクラさん・・・、やっぱ待ちがあるんだ・・・」
「あ、はい」

まさかのサクラに一発目に食いつくとは。

ついさっきまで、サクラはいつでもすぐにいけたのに。
自分のひとり芝居はなんだったんだ。

少しばかり腹立たしくて『正雄よ、もうちょっと早くきてくれよ』と心のどこかで言っている。

「このサクラさん、待ちはどのくらいですか?」
「今からですと・・・、40分少々ですね」
「40分かぁ・・・、やっぱ人気あるんですね」
「ええ」

待ち時間はタイミング。
人気とは関係ない。
たとえ人気があっても、すぐにいけるときもある。

しかし正雄に限らず、多くの客は、待ち時間があると人気があると勘違いする。

待ち時間ができるからか、口開けした女の子は割合と次の客が続くものでもあった。

ダミーだったら食いつきを解消するために『実はこのコ・・・』と悪態をつくが、在籍のサクラには、もし客から本人に耳に入ったらいけないのでそれはできない。

正雄は腕時計に目をやり、真剣に呻りこんで「40分か・・・」とため息をついて待つ素振りをする。

本当はたった今、60分の客が付いたサクラは、丸ごと待ち時間となっている。

オリジナリティーゼロの自分だった。
アドリブがきかずに黙るのみ。

筋金入りのブスフェチらしい正雄は、またサクラの写真に見入り「やっぱ、このコ、可愛いですもんね・・・」としみじみとつぶやく。

すべてが裏目にでている。

こんなことだったら、さっきの60分の客は振り替えなど余計なことはしないで、すんなりと第二候補のフミエの指名でとっていれば、この正雄もストレートでサクラで決まっていたのに。

正雄は意を決したのか、プロフィールを押しつけるように手渡してきた。

「すみません、時間ないんで」
「このフミエさんが、すぐいけますよ!アオイさんもいけますし!」
「やっぱ、サクラさんがいいんで!今日はあきらめます!」
「ユウカさんも、すぐですよ!」
「また、サクラさんできます!」
「ええっ、ほんとですかぁ!!」

すこーんとこぼした。

こぼしは、忌み嫌われていた。
こぼすと、やり場のない苛立ちが湧くものだった。

サクラには全く非がないのだが、間がわるい女だなと内心で悪態をついて、有線放送をリクエストチャンネルに切り替えた。

– 2018.07.30 up –