奥村美由紀、26歳、看護師、自殺願望あり、スクランブル交差点でスカウトしてAVに


声をかけるのは広く浅く

正月はずーと智子と一緒だった。
2人でお参りにいったり、映画を見にいったり、智子のうちで料理を食べたり。
そんな事をしていた。
10日過ぎの、正月気分がなくなったころに新宿に出たのは、今年もスカウトを続けようという結論がでたからだった。
夕方のスクランブル交差点は、もう普段通りの人の流れになっていた。

スカウト通りと百果園
スカウト通りの入口にある百果園

1人もあがらないまま、3日が過ぎようとしていた。
この時間帯は、あまり場所は動かない。
場所を決めたら、辺りを目配りして、パッと見がよければ声をかける。
東口の方向から、グレーのタイトコートのコが歩いてきた。
手を挙げると気配に気がついたらしく、チラ見してきてからすぐに逸らした。
距離を測って、1歩2歩とゆっくりと進んだ。

「どーも」
「・・・」

全くの無視。
で、すごい早足。
何をやってもムダになるだろうリアクション。
後ろ姿を見送った。
歩行者信号が青になると、巻き髪の女のコが歩いてきた。
ここ最近、耳にするようになった名古屋巻きというのだろか。
激しくなった人の流れにそって、斜め後ろから腕をツンツンした。
少し振り返ってきた。

「ちょっといい?」
「・・・」

チラッと目を向けた。
歩調も変化なし。
表情は全然警戒してない。
リアクションあるが、よく声をかけられてるのがわかる。
彼女の隣を歩きながら、もう一言ぶつける。

「こんちわ」
「AV!!」

彼女はノリよく歩きながら、自分を指差しながら言ってきた。
これから出勤のキャバ嬢か。

「よくわかったね?」
「漂ってるよ」
「そう?」
「ブイはやらないんで!」

経験者にはストレートにぶつけたほうがいい。
遠慮は必要ない。

「じゃあ、脱いでみようか?」
「ダメだよ!」
「これから、店?」
「そう」
「そっか、それじゃーね」

手を振りバイバイした。
アプローチできないコは、こちらの都合でサッサとバイバイするに限る。
アルタ方面を向くと、学生風のコが歩いてくる。
目を向けてると、こちらに気が付いた様子。
軽く手を挙げながら近づいた。

「どーも」
「・・・」
「こんちわ」
「・・・」

途端に早歩き。
進行方向をかえて歩き去った。
歌舞伎町方面を向く。
またポニーテールの女のコが視界に入った。

「どーも」
「・・・」

前方から声かける場合、2、3歩近づき、相手に意識させてから声をかける。
その時点でチラッと目を向けたり、歩調が変わらなかったり、警戒の空気を出さなかったりすれば、もう一声入れる。

「あやしい者ですけど」
「フフ・・・」
「ちょっと脱いでみない?」
「え!いいです!いいです!いいです!」
「アッ、OKね?」
「ダメです!ダメです!ダメです!ダメです!ダメです!」
「話だけ聞いてよ」
「急いでるので!すみません!」
「うん、それじゃーね」

ものすごく驚いた顔をして、ものすごく手を横にブンブンと振っている。
目には興味がかけらも浮かんでない。
話しても無駄か。
ポニーテールを見送った。
「これだ!」というコに当たるまで続ける。
1日に2人揚がるときもあれば、3日間歩き回っても揚がらないときがある。
コンタクトは広く浅く声をかけるのがいい。
相手にわざと断わらせるようにして、そこからアプローチまで進める。
2時間ほど声かけていたが、まだ「これは!」というコはいなかった。
今日もボウズかな・・・と、自然に首をかしげた。

「もう死ぬから」という断り

顔を上げると、前方からOL風のコが歩いてくる。
うつむいて歩いていた彼女は、自分が近づいても気がつかない様子だった。

「ちょっといい?」
「エッ・・・」

手を差し出しながら声をかけると、ハッとしたという感じで顔を上げた。
ビックリしたようだった。
同時に足も止まった。

「ゴメン、ゴメン、驚いた?」
「・・・なんですか?」
「AVですけど」
「いいです」

「いいです」とはいいながら、足が逃げ状態になってない。
本当に急いでるのではなさそうだ。
表情にも拒否反応が出てない。
この場合は、突っ込んで話したほうがいい。

「今すぐにという訳じゃないから」
「・・・」
「いま帰り?」
「・・・」
「こっちで話そう。ここ通り道だから」
「・・・」
「少しだけ聞いてくれる?」
「・・・」

返事がない彼女だったが、すんなりと歩道の脇に寄る。
こうなれば、2分か3分は話をきく。
このとき重要なポイントがある。
しゃべり過ぎない、ということだ。
アセっているのが相手にわかると、どのような内容であれ逃げられる。
「ちょっと待って」といってタバコをだし、火をつける。
ゆっくりと吸ってから、会話の継続に入る。
言いたいことだけは言って、あとは少しずつ少しずつアプローチしていく。

「それでね、AVの事務所だけど」
「・・・」
「社長に頼まれてさ、こうやって一人一人に声かけてるの」
「ハア・・・」
「だけど、みんなあやしいっていうんだよね」
「ハア・・・」
「もう、どこか入ってる?」
「エッ、いいえ・・・」

リアクションがない。
やりづらい。
アプローチに特別なトークなんてものはない。
話がうまいという必要はない。
当たり前の事だが、ほとんどの女のコは断わる。
そのあと、リアクションに合わせて、会話が回るようにすればいい。
断りから理由がわかる。
そして、そのコの状況が掴める。

「名前なんていうの。オレ、田中っていうけど」
「・・・いいです」
「名前聞いたからって、どうってことはないからさ」
「・・・ハア」
「なに、買い物したの?」
「・・・・」

うーん。
名前すら教えてくれない。
こんな状態ではどうしようもない。
バイバイするか。

「ぜんぜん興味ないっていうのなら、しょうがないけど」
「・・・ハア」

多少の興味はあるようだ。
もう一押ししてダメだったらバイバイしよう。

「30分くらい時間もらえる?」
「・・・」
「会社南口だから、ここから歩いて10分くらいかな」
「・・・」
「・・・わたし」
「ウン」
「・・・いいです」
「なんで?」
「・・・」
「どうしたの?言ってみてよ」
「・・・」
「もう会うこともない人だと思ってさ」
「・・・」
「そしたら、もうこの話、なかったことでいいから」
「・・・わたし」
「うん」
「・・・もう死ぬから」
「エッ」
「もう、死のうかなと思って」
「・・・」
「・・・」
「そんなこというなよ」
「・・・」
「オレは事情はわからなくていってるけどさ」
「・・・」
「なにがあったの?」
「・・・子供を置いてきたから」
「子供?・・・置いてきた?」
「・・・子供捨てたから」
「そう。・・・子供ね」
「・・・」

これだけではよくわからないが、子供がらみですったもんだがあったのだろう。
その結果、子供と離れて、その事が気にかかってるようだ。
スカウトしてると、以外に自殺願望のある女のコがいる。
最初はビビッた。
まさか、断り文句で「死ぬからいいです」なんていわれるとは考えてなかったからだ。
それに、スカウトの仕事をするまでは、心身ともに健康で前向きな人間が周囲に多かった。
だから、自殺願望というものが全く理解できない。
理解する気もなかった。

看護婦から看護師へ

理解できないといっても、スカウトは相手に合わせて話さなければならない。
話してみると、「しっかりしたコなのになぜだろう?」と感じることがほとんどだった。
皆、美人の印象があり、手首にキズがあった。
そして、やはりどこか暗かった。
暗いといってもどんよりした暗さではなく、どこか陰がある暗さというのか。
だから、雰囲気的には美人系に見えたのかもしれない。

「子供か。・・・だから死のうと思ってるの?」
「・・・悪い事したから」
「・・・そうか」
「・・・」

思い出せば、この手の女のコは20人以上はいただろうか。
21歳無職、15歳高校生、17歳高校生、26歳フリーター、と年齢層もバラバラだ。
対人関係や社会的な自立が苦手というのも多かった。
「だから、わたし、いいです」と、もう1回彼女は言った。

「みんなそうだよ」
「エ・・・」
「誰だってそんなことくらいあるよ」
「・・・」
「オレだって親に見捨てられたクチだから」
「・・・」
「甘えでしかないね」
「・・・」
「結局、自分が強くなるしかないんだからさ」
「・・・」
「死にたいといっても、何かやることあるでしょう?」
「エッ、・・・わたし」

ちょっと強く言ったせいか、一瞬、彼女はビクッとした。
しかし、このやりとりの後、彼女は少しずつ自分のことを話し始めた。
彼女の名前は美由紀。
26歳。
都内の総合病院の看護婦。
看護婦の仕事は充実してるが、点字の勉強をして福祉関係にも携わりたいとも言っていた。
彼女は真面目なのだ。
このときに来年からは、『看護婦』という名称が『看護師』と変わるのを彼女から教えてもらったが、それじゃぁ、エロ要素が減少したようで残念でならない。
まあ、そんなことはいい。

口ベタを装う

今日の彼女は非番とのことだった。
このあと時間はありそうだ。
AV、風俗の経験はナシ。
子供の件は、わだかまりがあるようなのであまりタッチしないようにした。

「オレは正直にいうと、所属してがんばって欲しいよ。これはオレの都合だけどね」
「・・・ハイ」
「だけど半分は、みゆきのためにも、これからこの仕事してもいいと思ってる」
「・・・そうですか」
「いろんな人がいるからさ」
「・・・ハイ」
「それで、プロダクションの仕事が合わない、というのならやめればいいから」
「・・・ハイ」

彼女は、多少はやる気があると感じた。
ここからの流れは、“ 即日 ”にするか、“ 後日 ”にするか見極めなければならない。
即日というのは、今から事務所に行こう、というのだが、ほとんどの女のコは拒否反応を表す。
やはり、あやしい、こわい、というのがあるのだろう。
ブラブラしてるコでも用事がある、待ち合わせがある、と言う。
強引にすればますます引いてしまう。
一方でホイホイとついてくるコは、他のスカウトマンにもホイホイとついていく。
この場合は妙に調子はいいのだが、すぐ飛び(バックレ)、他で使い物にならないコほど、スカウトマンの話をよく聞くパターンが多い。
だから、自分は携帯番号を交換し、わざと考えさせる時間を与える。
このコの場合はできれば即日にしたい。
なぜかといえば、このタイプは会話がめんどくさいので、また後日に労力をかけたくない。
それに、後日だと確実に気持ちがかわってしまうという気がした。

「これから待ち合わせ?」
「え・・・。ビデオ借りにきたんです」
「ツタヤだ」
「ハイ」
「30分くらい大丈夫でしょ?」
「・・・」
「オレ、この仕事してる割には口ベタだから、こうやって話していても、なに言ってるかわからないとおもうんだよね」
「そんなことないですよ」

相手に『この人はいい人だ』と勘違いさせたい。
だから口ベタを装う。
わざと「オレ、口ベタで・・・」とよく使う。

「オレ、基本的に田舎者だから、ちょっとドンくさいんだよ」
「・・・そうですか」
「うん。千葉県の原っぱで、川が流れてる所で育ったから」
「千葉県ですか・・・」
「そうだよ、えーとね、これ・・・・、ほら免許証ね」
「ハイ・・・」
「田中賢一で本籍千葉県でしょ。年は伏せさせてもらうけど」
「ハイ・・・」

連れていくポイントは、安心感だという気がする。
地方出身者という手もよく使う。
手っ取り早く免許証を見せる時もある。
ポイントが安心感だとわかるまで、いままで何度もスランプになった。
相手をよく観ずに、会話をどうしたらいいか、ばかりを考えて、マシンガントークでしゃべりすぎ、逃げられる。
そしてアセッて強引になる。
考えてみればわかることだが、口がうまいキレ者と口ベタな地方出身者とでは、後者のほうが “ いい人 ” と勝手に勘違いされる。

「今日はこれから会社にいって、社長紹介して、詳しく話聞いて、ちょっとなーというのなら、また考えます、ということでかまわないから。それは、みゆきの自由だからね」
「ハイ・・・」
「それでもし所属してもいい、というのならマネージャー紹介して、後日打ち合わせして、実際の仕事はその後になるから」
「ハイ・・・」

逆に仕事をさせるときは緊張感を与えなくてはならない。
安心感と緊張感を使い分けて女のコは動かす。
そんなことが最近わかってきた。

「今日は会社を見てみるだけ。そのほうが安心でしょ」
「ハイ・・・」
「足、疲れてる?」
「え?」
「会社、南口だから、タクシーよりも駅を抜けたほうが早いから歩いてこ、10分くらい」
「あ、はい」
「今、4時30分だから、そうだな、17時20分過ぎにはツタヤに行けるかな」
「ハイ・・・」
「じゃ、いこ」
「ハイ・・・」

連れていけると見極めてから、背中を見せて歩けば後は勝手についてくる。
即日の場合は、いつも南口にある事務所に連れていって面接だけする。
面接といっても社長を紹介して、雑談をするだけなのだが。
それからは一切を事務所にバトンタッチをする。
後日、事務所が年確(年齢確認)をして宣材撮影を段取りをする。
ギャラ売上ができてから、取り決めしたパーセンテージの受け取りになる。
手間がかからなくていいのだが、即日の女のコは宣材撮影までに半分以上は飛ぶ。
だから即日の女のコはアテにはしてない。
そして即日の女のコは、すぐに稼ぎたいのか、それともお小遣い程度になればいいのか、掴んでおかなければならない。
すぐに稼ぎたいという女のコに「仕事は営業してから連絡します」という事になると手っ取り早く風俗店に入店してしまう。
そして、AVプロダクションは飛びになる。
だから、店と事務所両方に連れていく場合もある。
彼女は看護婦、いや、看護師の仕事あるので店の必要はないだろうし、月に4、5日ほど風俗店で働いたところでスカウトバックはたかが知れている。
事務所に電話すると「いいですよ、来てください!」と社長は前のめりの声をあげた。

AVがバレるというのは

15分程歩き、南口のAVプロダクションの『セクシャル』についた。
事務所は雑居ビルの一室にある。
ドアを空けると、マネージャーが待ち構えていたかのように姿を見せた。

「どーも、田中です」
「お疲れさまです!」

事務所は明るく、全く普通のオフィスという雰囲気だ。
AVを感じさせる掲示物はまったくない。
パーテーションで区切られた面接スペースには、すでに社長が座っていた。
社長もそれほどは胡散臭くない。

「みゆき、社長の中島さんね」
「中島です。面接させていただきます。よろしくどうぞ」

マネージャーが持ってきたお茶を飲みながら、まずは簡単な雑談がはじまった。
社長もマネージャーもいい人ではあるが、その分だけ他の事務所と比べると営業力が弱いのが難点だった。
撮影の間が空くと、せっかく温まった女のコの気持ちが冷えてトビとなってしまう。
『セクシャル』がいつでも面接は受け付けているのは、そういうことだった。

「何か質問はありますか?」
「ハイ・・・」
「わからないことはなんでも聞いてください」
「えっと・・・、内容ってどんなものですか?」
「普通のアダルトビデオです。内容は様々です」
「ハイ・・・」
「いままで見たことあります?」
「ハイ・・・」
「どんなのを見ました?」
「・・・レイプみたいなのを」
「ハハハ、そういう内容もあります。だけど事前にマネージャーとNG事項というのを決めます。それでNGの内容の撮りは一切ふりません。できる内容だけ受けてください」
「ハイ・・・」
「受ける受けないは自由です。断るのも仕事になりますので」
「ハイ・・・」

社長はギャラの説明をはじめた。
そこで彼女の表情が少しも揺れないのを見届けて、社長は詳しく話すのはやめた。
こういう機微に触れるのに長けてる社長なのだ。

「あとはなにか?」
「ハイ・・・、バレがちょっと・・・」
「バレですか?」
「ハイ」

以外だった。
『もう死のう』なんていう人が、バレなど気にするはずないと思っていた。
彼女はやる気なんだ。
社長も登録用紙まで書かせるつもりだ。

「バレが気になる場合は、全国的に発売されるコンビニ誌やレンタル店に置かれるビデオはNGにします。そして、パッケージもNGにします。今、新作は月に500本発売されますが、そのうちの一部をお願いするので、そのやり方でバレたという方はいません」
「そうですか・・・」
「あと、友達には絶対に話さない、という事です。バレるというの自分の口からいわなければ問題ないですね」
「ハイ・・・」
「それと登録用紙には名前と住所を記入してもらいますが、それは、ファイルして置いておくもので、この事務所から外に出るものではありません」
「ハイ・・・」
「もし辞める場合、登録用紙は返却します。受け取るのがめんどうだったら、あそこにあるシュレッダーで廃棄しますよ」
「ハイ・・・」
「それと、今、年齢確認が厳しいので18歳女性でも60歳の女性でも、徹底してますよという意味で確認してます。なにか持ってますか?」
「免許証を・・・」
「そうですか。それは後日コピーさせてもらいますけど登録用紙と一緒にファイルしておきます。・・・そうしないとメーカーに営業できなんですよ」
「ハイ・・・」
「営業する時にはモデル名を決めて、撮りのときはその名前で仕事をするので、本名だとか、住所が伝わるということはありません。プライベートと仕事はハッキリと分けてるので」
「ハイ・・・」
「メーカーもウチも構えてやってますし、今の時代、立場的に女のコのクレームには弱い立場なので、その点は、十分配慮してます」
「ハイ・・・」
「今日はこうして説明するだけですので、また、後日、連絡をとってプロフィール用の写真を撮影します」
「ハイ・・・」
「そんなところですかね。・・・もし、何かわからないことがあったら、会社に電話ください。私か、他のマネージャーいますから。・・・オーイ!!、・・・前田クン!!、・・・いま、マネージャー紹介しますね」

マネージャーが来て、名刺を渡して挨拶をする。
しばらくの雑談のあと、「じゃあ、記入いただけますか」と登録用紙を持ってくると、彼女は「ハイ・・・」とペンを取った。

宣材の撮影が終わればトビはない

AVといえどもあくまでも真面目に話は進み、彼女は所属することに。
自殺したいという思いに彼女が捕らわれているのは、この真面目さにも原因があるのでは・・・、という気がした。
だからもっと砕けて、悪くいえば堕落して、AVに出演するのもいいのではないか・・・、とまた勝手な理屈を考えた。
記入が終った。
宣材の撮影日は来週の彼女が非番の日に予定した。
登録用紙の為のポラロイド写真を2枚撮る。
ポラを見てちょっとビックリしたのが、今まで見せていた表情の彼女とは全然違う。
笑顔がキレイなポラだった。
宣材まで行かないとなんとも言えないが、もし、脱いでもいい感じだったら、稼ぐコになるのかもしれないな・・・と思った。
ここまですんなりいっただけに、途中で気持ちが変わるかもしれないが、そればかりはなんともいえない。
宣材の撮影のときに「1度引き受けた仕事は、突然のキャンセルしません」「フリー活動はしません」という誓約書を交わして所属モデルとなる。
カメラを向けられてフラッシュを浴びると女のコの気持ちって固まるものなのか、それが完了すればまずトビになることはない。
それから営業をすして、打ち合わせをして、撮影のスケジュールをたてる。
撮影が終わり、やっとギャラ売上ができる。
全体の流れからは、まだ、第一段階にしか過ぎないが、今回の自分の仕事はここまでになる。
30分が1時間ほどになって、事務所を後にした。
新宿駅東口まで戻り、一緒にツタヤに向かう。
最初と比べると彼女の表情は明るくなり、会話も弾むようになってきた。
もうAVの話題は一切でてこなかった。

「えっ、ナイチンゲール帽って、そんなことになってるの?」
「ウン、今は、かぶらない病院って多いよ」
「ええ、なんで!オレ、あのナイチンゲール帽、大好きなのに」
「あの帽子は象徴だからね。でも邪魔なのよね。点滴うつときなんか引っかかるのよ」
「ええ!」

自分はこのとき、いわゆるナイチンゲール帽が廃止の方向なのを初めて知った。
西口までの近道を知らない彼女に「教えてあげる」と東西通路から京王線までブラブラ歩く。

「オレ、この辺ウロウロしてるから、こんど見かけたら石でもぶつけてよ」
「ホントにぶつけるよ」
「いいけど、小石にして」
「フフ・・・」
「仕事の方は、社長やマネージャーと一緒に動いてちゃんと貯金するんだよ。別に銀行の回し者じゃないんだけど」
「フフ・・・」
「オレ、相談だったら乗るし、なにかあったら手も貸すからさ、気が向いたら電話してよ」
「ウン」
「でも、死にたいってのはなしね」
「ウン」

手を振って改札口で別れた。
それから会ってない。
彼女から電話もこないし、もう事務所に預けたので、自分からは電話してない。
後日、社長に電話すると宣材撮影も終了したとのことだった。
声をかけたときに『死にたい』と言っていたのはなんだったんだろう。
命を救う看護婦、いや、看護師なのに、えらくアンバランスだ。
よくわからないが、彼女が最初の撮影を終えたあと、スカウトバックを受け取りに行こうと思ってる。

-2003.1.9 up –