スカウトのペース
遠藤は気落ちしているようだ。
昨日の番号交換した女の子は電話にでないし折り返しもない、とつぶやいた。
「そんなの当たり前だ。オレだって、昨日の女、もう電話もでないから」
「でも、これで、いいんすかね」
「なにいってんだよ。まだ、番号交換も2人程度で」
「・・・」
「10人が10人ともダメだったらわかるけど、そんなことにはならん」
「そうすか?」
「ペースはいい」
「でも、だれも女が電話に出ないし、全然、店にも連れていけないんで・・・」
「どうした?」
「オレ、スカウトで食っていけるのかなって・・・」
「今のペースだったら、おっパブだったら月に5人以上は入れ込めるよ。食う分くらいにはなるだろ」
「なるすか?」
「今のペースだったらなる。だけど、もっと稼ごうと思ったら、やっぱAVに入れ込まないと。まあ、おいおいな」
「でも、AVは単体の女でないとなんすよね?」
「そこは、女の子次第だな」
また、遠藤を混乱させてしまった。
スカウトの目的は複数あってはいけない。
おっパブに入れ込みたいといっている遠藤には、余計なアドバイスだった。
でも、どうせやるなら、大きく稼いだほうがいいに決まってる。
AVプロダクションのスカウトバックの内容
いちばんスカウトバックが大きいのは、AVプロダクションになる。
“ 預け ” と “ 買取り ” があるが、預けのほうがいい。
預けだと、女の子がAVプロダクションをやめるまでは継続してスカウトバックが発生する。
買取りは、1回だけの取りっきり。
金額でいえば2万から50万ほどだが、基準や支払いなどがAVプロダクションによって異なっていて、相場といえるものがないので説明は省く。
預けのスカウトバックは、メーカーからの総ギャラから算出される。
パッケージにバーンと載る単体AV女優ともなると、大手メーカーからの総ギャラは1回の撮影で100万を超える。
仮に総ギャラを100万だとすると、預けのスカウトバックは25%の25万が相場である。
20%もあるが、それ以下を下ることはまずない。
当人のやる気もOK、見た目もOK、脱いでもOK、撮ってもOK、パッケージもOK、宣伝などのパブリッシャーもOK、スケジュールもOK、という女の子は単体に入れ込みたい。
ただ、100万以上の総ギャラを出すメーカーは限られるし、AVプロダクション側が『この子は単体で』と高く売り込んでも仕事が入らなければやっていけない。
そこで、扱いは単体でも、ギャラは下がるという企画単体で決まる場合もある。
企画単体の総ギャラは、およそ30万から80万。
金額に幅がある。
で、最初の総ギャラが、その後の基準になる。
いちばん最初のメーカーで総ギャラ80万で決まると、次のメーカーでも80万からの話となる。
これが、いちばん最初が総ギャラが30万で決まると、次からは30万からの話となる。
80万からとはならない。
じゃあ、80万と30万の違いはなにかというと、なにもない。
AVプロダクション側が仕事が欲しくて、メーカー側に妥協しただけの違いとなる。
女の子の外見も条件もさほど変わらないのに、一方は思わぬスカウトバックとなり、もう一方は期待していたほどにはならないという結果は度々おこる。
本番ができない女の子や、ちょいブスだけど妙に色気がある女の子、あとはパッケージがNGだが体つきは抜群だったりする女の子は、最初から企画で売り込む。
企画の撮影は幅が広いので、ギャラは5万から20万と内容によりまちまち。
ギャラが下がるといっても、彼女らの働きは見逃せない。
大事にしなければだ。
企画のAVで、メーカーから支払われる総ギャラが20万だとすると、スカウトバックは20%の4万から25%の5万が相場だ。
そして企画AV嬢は忙しい。
月に4本と5本と6本と撮影が入る。
1名を企画AV嬢で所属させれば、ゆうにスカウトバック月に20万以上となる。
「今、食う分の金はあるのか?」
「ちょっとはあるす」
「AVは、女がカネになるのに1ヶ月以上はかかるからな。2ヵ月かかるときもあるし。だから、女さえアガっているんだったら、オレが食う分くらいは貸すよ、そのときは」
「本当すか?」
「んん、いいよ。だた、そのかわりだけど」
「なんすか?」
「風俗はオレんとこ連れてきてよ、優先して」
「はい、わかりました」
ここ2年ほどの状況を島田から聞いてみると、単体であってもメーカーからの総ギャラは年々と下がり気味。
企画でいえば、総ギャラ15万の仕事も目立つようにはなってきている。
5名も10名も女の子が出演する企画AVの場合は、グロス契約、まとめていくらの契約となるので、ひとり頭のギャラが12万や10万の仕事も珍しくはない状況とはなってきている。
が、逆に、撮影の現場は年々増えてきている。
単価は安く数は多い、という流れだ。
単体よりも、企画のほうが撮る本数が断然と多いので、両者のスカウトバックを比べると、月間に2倍3倍もの大きな差はない。
女の子がAVプロダクションをやめるまでの累計にすれば、企画のほうがスカウトバックが多い場合もある。
風俗店のスカウトバックの内容
AVに次いでスカウトバックがいいのは風俗店となる。
店や業種によって条件が違う。
いちばんに良い条件は、店舗型ヘルスの預けで女子給の10%。
次にも店舗型ヘルスの預けで1本1000円バック。
デリヘルの預けでは1勤2000円から5000円というのが多いが、店舗型ヘルスよりも稼ぎが落ちて女の子のほうが納得しないので状況による。
4番目は、吉原のソープか。
吉原のソープでは、預けで女子給の10%のスカウトバックは聞かない。
預けだと、1本1000円バックが相場か。
買取りだと、5勤で5万から10万が相場。
面接時に、別途車代として1万円出す店もある。
5番目が、遠藤が入れ込もうとしているおっぱいパブ。
8勤で3万から6万の、買取りが相場。
6番目が、キャバクラか。
歌舞伎町のキャバクラだと、他店での実績があって、客を持っているという即戦力だったら、5勤で5万の買取りが相場。
未経験です、アルバイトでやりたいです、といった程度の女の子だと、入店して2週間ほど様子をみて使えるとなれば、担当者がポケットマネーで謝礼として1万円が通常。
この辺りは、アルバイト情報誌と競合していて、わざわざスカウトするまでもないということになる。
「いい、そういった相場をふまえて、オレが持っている数字で追いかけてみるよ」
「数字で追いかけるすか?」
「んん。なんでペースがいいのか、どうして大丈夫なのか、数字を持つとわかる」
「はい」
「遠藤は、今日、1人と番号交換して、昨日もできている、1人とね」
「はい」
「それと昨日、オレが1人、風俗の女と番号交換していて、もう1人、連れていって話している」
「はい」
「そうすると、この4人の中に、AVでも風俗でも、おっぱぶでもいいけど、1人はスカウトできる女はいるよ」
「そうすか?」
「この4人が、現状の見込み。昨日もいったけど、10人の見込みがいれば、1人はAVをやって、3人は風俗をやるから」
「はい」
「で、もう1人くらいは、撮影会だったらとか、雑誌のナンパ撮りくらいだったらなんていって事務所に連れていける」
「そうすか?」
「おまけで、風俗やってみて1日でやめたって女も1人くらいは出てくるよ」
「本当すか?」
「うん。だから、あと6人、見込みをつくってみ。10人の半分は連絡つかなくても、残りの半分はなにかしらやるから」
「はい」
「心配することはない」
「はい」
言い忘れたが、預けのスカウトバックの条件を維持するためにも毎日の声かけは欠かせない。
もし事務所や店にスカウトバックを誤魔化された場合は『入れ込んだ女の子を全員を引き上げる』と言える態度が預けの条件を維持させる。
知り合いの女の子を1人や2人を入れ込んだだけで、あとはスカウトバックを待っているだけのようなスカウトだと、場合によっては『どうぞ引き上げてください』とばかりに誤魔化してくることもある。
全員を引き上げるといっても、いったん女の子が先方に居ついてしまえば正直いって難しいが、預けとはそういう意味である。
収入が増えたときに注意
複数の事務所や店に、預けのスカウトバックで女の子を入れ込んでいけば、人数は増えていき、月末すぎに領収書持参で集金に回る。
スカウトバックの総額は月30万が50万となり、女の子の粒具合によっては総額50万が80万へ、そこに、月10名の見込みが連続3ヵ月もつくれたのなら総額80万が100万を超える。
ここで、スカウトで何がもっとも難しいのかを明かすとすれば、この収入が増えていくときを挙げたい。
すごく格好つけた言い方をすれば、自身を律するのが難しい。
怠けてしまうのだ。
他人に優しく、自分に甘くの人間は。
月50万くらいまでは、暑かろうが寒かろうが毎日欠かさずスカウト通りに出て、雨が降ろうが傘を差してまで出て、風が吹こうが埃にまみれて声をかけて、方法を工夫して収入をもっとあげようと努力もあったのが、スカウトバックの総額が月100万を超えたとなると、とたんに気が抜けるというか、小さく満足してしまう。
集金した現金を指で数えていると、ちょっとくらいはいいか・・・という気が起きてくる。
天気が曇りだったら『雨が振りそうだ』とやらない理由を見つけて、結局は晴れているのに、もうスカウト通りにもいかない。
声をかけていても、風が吹けば『気分がのらないな』と早めに切り上げて、あげく『ちょっとだけ』と酒を飲んでしまう。
そんなときに、スカウトにはならない女の子がいたものなら『たまにはこういうこともないと』と自分に言い訳をして居酒屋やカラオケなどに行ってしまい、つい『これが役得というものだろう』とラブホテルに連れ込むときも、ごくごく稀にはある。
そんなときは1人でも事務所に所属させたら『自分へのご褒美だ』として買い物で散財する。
スカウトの収入は実力ではない
遠藤も1ヵ月もやればわかるだろうけど、実のところは、女の子に声をかけておっぱぶの面接に連れていくのは、それほど難しいことではない。
風俗店はそれよりもちょっと難しくなり、AVはさらに難しくなるがが、今の遠藤のペースだったら、おっぱぶの面接に連れていくくらいだったら1週間もかからずにできるようになる。
スカウトするのには大した知識もいらないし、特別な能力もいらないし、秘策があるわけじゃない。
訳がわからないままでもやることさえ毎日やっていれば、多少の知恵がついて、偶然も重なって連れていけるだけのことであって、決っして難しくはない
難しいのは面接から。
女の子がカネになるときがより難しくなる
しかし、そこは出来ることが限られてくる。
入れ込んだ女の子が売れる売れない稼ぐ稼げないというのは、事務所や店の状況や、当人の以外さといった、こちらの思惑を外れた部分に左右される。
スカウトバックが月に100万を超えたとしても、運が上振れただけのこと。
実力とは言い難い。
収入が上がっても毎日は変わらずに、方法も変えずに、ただコツコツと手元の数字を見て一からスカウトを行なわなければならないのに、自分に甘い人間には難しい。
『ちょっとだけ』と脱線してしまう。
絶対に『ちょっとだけ』では済まない。
それはわかっているのだけど『ちょっとだけ』となってしまう。
スカウトバックが50万を下回ってから、元通りに動きはじめて、また、100万を超えるあたりから怠けてしまう。
教訓としては、収入も大事だが、早く自分の数字を掴んで追いかけていけるようになるのが大事。
あと、日記をつけるのは有効。
天気と数字と所感を3行ほど書き続けるだけでも、多少は自信を律することもできる。
あれこれ遠藤に伝えたいが、混乱するから黙っておこう。
交際女性の功罪
自分についていえば、智子もよくない。
男のケツを叩いて、もっと稼がせようというところがない。
それどころか、スカウトに出ないと喜ぶところがあって、機嫌よく洗濯や料理などしてくれる。
2人で小旅行などいっているうちに、今度は30万を下回ってしまう。
そうなってから、一生懸命にスカウト通りに出るようになる。
智子もよくないが、影響は大きい。
振り返ると、智子と付き合う前と後では、スカウトの方法が変ってきたのがわかる。
女の子は不思議なもので、早いとこ取っつかまえて食ってやろう、と意気込んでるときほど逃げていく。
親しくなった女の子と「これからどうしようか?」という流れになるときは、今日はウチに智子のやつ来るからな・・・と内心で消極的に迷ってるときが重なるものだった。
たぶん、気持ちの余裕ではないのか?
智子と付き合うことで、知らずに気持ちに余裕ができて、どこかからか滲み出ていたのが良いほうへ影響しているか。
それか、たまたま意地悪な女の子ばかりが、その余裕が気に食わなかっただけかもしれない。
智子がいなかった場合と比べることでできないので、本当のところはわからない。
多分、自分のような人間は、智子であったとしても、なにかしらの制限があったほうが物事がうまくいく気はしている。
それに事例からいうと、結果が出るスカウトは彼女持ちが多いので、なにかしら関係があるとは推測できる。
が、彼女がいないという遠藤には、まだここまで話すのは早い。
もっと混乱してしまう。
教えるというのは難しい。
もっとスカウトって、単純で明快なはずなのに。
女の子に声をかけて事務所や店に連れていってスカウトバックを得る、という一文で済むことなのに。
– 2022.5.29 up –