風俗店の男子従業員の待遇


脱法ヘルスの状況

年末にかけての2ヶ月ほどで、歌舞伎町には脱法ヘルスが20店舗以上はオープンしていた。

それらの店の割引チケットは、どのチケセンにも多数置かれている。

脱法営業のため控え目ではあるが、看板は街路には増えてきてきた。

2ヶ月の間には、警察からの警告がきた店はない。
警察の方針に沿っていれば、摘発はないのかも。

レンタルルームは、風林会館の裏手に8店舗は営業していたが、こちらは目立つものではないので、実際はもっとあるのかもしれない。

もちろん、すべてのレンタルルームの利用客は脱法ヘルス経由。

特定の風俗店との提携を感じさせないようにするためか、5件ほどのレンタルルームの店員が飛び込みで挨拶にきて、営業案内を置いていったりもした。

使い勝手を見たいとの要望には快く応えてくれて、すべてのレンタルルームの中を確めてもみたが、仕切り壁だけの天井がない個室だったり、シャワーが共用で個室外にあったりで《 シグナル 》は出来がいいほうだった。

フロントのダーさんのぶっきらぼうな対応は除いてだけど。
そんなダーさんだったが、個室やシャワーは細かなところまで清掃されていて、備品はきちっと整えられていて、まったく不備はなかった。

他の風俗店の利用もさせようと、飛び込みで回ったりもしている。

心配していた提携を疑われてしまう事態も、客のほうからしても、女の子のほうからしても、そうは見られてないようにも思えた。

というよりも、当事者以外は提携してようがしてまいが気にしてないのもあった。

男子従業員の給料

12月になって男子従業員が1人増えた。
西谷の後輩の知り合いからの紹介。

久保という。
28歳。
坊主頭の無精ひげ。

誰に似てるのかといわれれば、ゴリラに似ているとしかいいようがない。
ついでにいえばB型。

健康で頑丈で好き嫌いがなくて、さらにいえば今まで歌舞伎町に関わりがないことくらいが男子従業員となる条件だったので、もう久保で決まりだった。

再オープンしてから今までは、なにかと手が足りなくて、皆の勤務時間は超過していた。

男子従業員が5名となることで、各自の休日も、1勤9時間も、オープンラストの通しも固定する。

日、月、火、水、木で1人ずつ休み、1人が通し。
金曜日と土曜日は全員出の、通しなし。
今までよりは減るといっても、長時間勤務には変わりなかった。

久保の給料は35万から。
税引きなしの手取り額。

税金を払いたければ個人で申告することになるし、個人で国保や国民年金に加入となる。

別途で交通費は全額支給。
昇給随時。

ちなみに西谷は、久保の紹介もあったのも含めて、1万アップの36万への昇給をオーナーは決めた。

在籍に手をつけたら罰金200万だと言って聞かせて『貴店に損害を与えた場合、どのような処置をとられても異議はありません。』という旨の承諾書に署名と免許証のコピー。

そんな厳しい承諾もあるし、社会保障の加入もないし、勤務時間を考慮すると待遇がいいとはいえないが、いたって当人はやる気である。

ちなみに罰金200万という事態になっても、すぐさま現金で払えというつもりも、手荒なこともするつもりもない。

本人が謝ってやる気を見せれば、200万円は給料から引いていく。
もちろん無理がない金額の分割である。

もし辞めるとなったら、あるだけは払うなどの誠意があるようなら、残りは借用証にして処払いである。

実際にそうしている風俗店も多い。

男子従業員の経歴

そうして、面接と顔合わせと歓迎会も兼ねて『うな鉄』で飲みながら話しているところだった。

食欲はありそうで、蒲焼き2人前を「うまいです」と食べて「がんばります」とビールを空けている。

歌舞伎町のうな鉄
歌舞伎町のうな鉄

前職は、高速道路の整備作業員を5年やっていた久保だった。

時速100キロオーバーで走る車がビュンビュンと通り過ぎていく脇で作業することも多く、ある日に怖くなって辞めましたという。

「先輩が、猛スピードの車に、ギリギリくらいで当たりそうになったんです」
「ん」
「ほんで、危ないっておもったらバランスよくかわして尻餅ついて、まあ、だいじょうぶだったんですけど、びっくりしちゃうじゃないですか」
「そうだね」
「すぐに、だいじょうぶですかって走っていったんです」
「んん」
「そしたら、その先輩、地面にあぐらかいて首かしげていて、考えちゃうなぁって言ったんです、甲高い声で」
「んん」
「おれ、それ見て、さっきまで心配していたのに、なんか、爆笑しそうになっちゃったんですよ」
「・・・」
「だって、なにを考えるんですか?瞬間で死にそうになってるのに。考えるんですか?そんなとき。で、翌日、辞めたんです」
「ん、よくわからんけど、で、なんで風俗なの?」
「おれって工業高校の中退じゃないですか」
「いや、しらんけど」
「中学の頃はモテなかったし、現場だと女いませんし、今まで女とまともに口聞いたことないんです。でもホストとかやれる顔じゃないし、でも風俗だったら顔とか関係ないじゃないですか」
「あのさ、さっき店の女に手を出したら罰金200万って話したけど」
「あ、はい、そこはだいじょうぶです」
「うん。だけどオマエは400万な」

通常、自分は、相手が年下だとしても初対面でオマエ呼ばわりはしない。

しかし久保は、酒を飲んでるとはいえ、久々に初対面でオマエ呼ばわりしてしまった。

そんな久保は、3日くらいすると、すっかりといじられキャラになってしまった。

12月最初の週末の歌舞伎町

公務員のボーナス日である12月の初めを境にして、入客数の平均は目に見えて上がってきていた。

ラストは24時から25時まで延長した。
遅番の男子従業員は3人となったし、24時を過ぎてもチケセンからの「まだやってますか?」という電話がかなりきていたからだった。

12月になって2回目の週末がきた。
竹山と西谷は早番であがり、自分と小泉と久保で遅番をやる。

遅番に切り替わった時点で、すでに歌舞伎町の街路には人が溢れている。
チケセンを回ると、いつもより入場者は多い。

やはり途切れることなく来店する客が続いて、すぐに19時を過ぎた。
有線は昭和ヒット曲チャンネルでボリューム大きめ。

スピーカーからの曲の大きさにつられて、受付をする声も大きくなっている。

「いらっしゃいませ!」
「これを・・・」
「割引チケットですね!ありがとうございます!では、この料金でやります!」
「はい・・・」
「じゃ、写真を見てください!どうぞ!こちらに!」
「あ、はい・・・」

久保は受付に慣れてきていた。
来店客は大きめの声に押されるようにして、受付用のソファーに座った。

新しい店になってからは、まず座らせてからプロフィールを見せるように変わった。

店舗型では、すぐにプロフィールのカードケースを手渡して、客は立ったままシャッフルしながら見ていたのだが、それだと客が帰りやすい。

素早く帰ってしまう。
座らせたほうが、客も帰りづらい。

もちろん優良店として、なにがなんでも帰らせないほどの感じ悪さはないが、客のほうも座るとじっくりと写真に見入るものだった。

「今日は8名です!」
「・・・」
「今日は、どの子も素人感がありますんで!」
「・・・」

言いながら写真をテーブルにを並べる。
座らせたことからの変化のひとつが、プロフィールはテーブルの上に並べることだった。

その度に並べる位置を変える。
いちばんに客付けしたい女の子を真ん中に置く。

待ち時間がある女の子は脇に置く。
ダミーは隅に置く。

「もう、早いもの勝ちなんで!」
「・・・」
「気に入ったコは指名してください!指名料込みです!」
「・・・」

客の目を見ていると、真ん中の目の前にいる女の子に注目しやすいのだった。
隅にいる女の子は、じっくりと見ないものだった。

「気になる女の子いたら、言ってください!」
「この子は・・・」

真ん中に置いたサクラではなく、脇に置いたマユミが指差された。

いくら真ん中の女の子に目が向くとはいっても、前提として写真が映えなければと訂正する。

20分待ちでマユミで写真指名となり、リストに丸印がついた。
それからは机の上の電話がいそがしい。

電話の量が数倍に増えたのも、店舗型から変わったことだった。
レンタルルームへかけるし、女の子へもかけるし、女の子からもかかってくる。

電話ではなく、待機所やレンタルルームまで走るのもしょっちゅうだった。
それらのやりとりだけでも、週末はなかなか慌しい。

コンビニに走らせた久保が、2リットルのペットボトルの水4本と、おにぎりを20個を買って下げて戻ってきた。

週末になると座ってメシを食べている時間がないし、とにかく受付型は腹が減るのだ。

コンビニのおにぎりは、週末の必需品となっていた。
どこの店でもコンビニのおにぎりは必需品らしく、早めにいって買占めないと品切れになる。

週末に限っては、お菓子やジュースよりも、おにぎりを1個あげたほうが女の子は喜んで、パクついて、機嫌がよくなる。
20個のおにぎりでも足りないくらいだった。

待ち時間もありすぎると執着が出てくる

19時を過ぎたころから、チケセンからは「いまってすぐ入れますか?」という電話が相次いでいる。

こんな問い合わせは普段はないが、店も混雑している気配を察した遊興客から訊かれて、無下にもできずに電話したのだろう。
電話の向こうからは、チケセンの混雑も伝わってくる。

「そうですね、今ですと・・・、ほぼ待ちがないコですと2名いけます。だけど20分ほど待っていただければ、5名から選べますよ。はい。そうですね、待つコですと30分から40分はみていただいたほうがいいです。ええ、やっぱ今日だけはどうしても」

21時を過ぎると、チケセンからの問い合わせは「待ち時間ってどのくらいですか?」に変わってきた。

多くの遊興客がどこの店も混んでいると、チケセンに戻っていると知れた。
が、こちらも混んでいた。

「現状ちょっと混んでおりまして、全員が待ちが出てるんです。はい?そうですね、早いコでいうと30分ほど、待つコでしたら1時間はみてもらったほうがいいです、ええ」

待ち時間もここまでになると、客のほうもかえって女体への執着が増すようでもあった。

その気になって歌舞伎町にきたのに、酒を飲んで下地もできてるのに、なにもできないで帰るのは男の性としてできないのはわかる。

なんとしてでも、この夜中に女体に触れたいのだ。
23時を過ぎると切羽詰まってきた。

伊藤博文などは無理だとわかっていながら「待ちありで5名様いけますか!」などと頻繁に電話してくる。

「はい?ですから混んでまして、どのコも1時間以上の待ちですんで!5名様だといつになるかわからりませんよ!」

断りのつもりだったが、向こうもヤケクソ気味で「わかりました!」と応じてきて「ちょっとまってください!」電話の向こうでなにやら遊興客に叫びかけて「お客さん、今からいくそうなんで、よろしくおねがいします!」と言い放ってがちゃんと電話は切られた。

普段は温厚な伊藤博文なのに。
客の勢いがとまらなくて、どの店も同じ状況で、チケセンもひっちゃかめっちゃかになっているのだ。

これほど混むとは予想してなかった。
店もチケセンも客も興奮していた。

オペレーションの崩壊

有線のボリュームは、店内の声消しのために、さらに大きめになっている。

そのリクエストチャンネルからは『拝啓、ジョンレノン』が流れた。[編者註75-1]

最近よくリクエストされていた『イマジン』に対抗するように、また流れている。

たぶん、今の時間になっても仕事している側の誰かがリクエストした気がする。

「ジョンレノン!バカな平和主義者!」とサビを歌いたいが、今はそんな余裕がない。

受付は大雑把になってきていた。
次から次へと割引チケットを振りかざすようにして来店する客に「いらっしゃいませ」など言ってられられなくて、のっけから「まちありますよ!」と声をかけてもいる。

店内には代済みの客が7名ソファーに座って待っていて、ちょっと時間つぶしてきますと外出してる代済みの客も5名いる。

待ちがあるといっても客は食い下がる。
その度に受付をしている久保が「どうします!」と焦ってリストに飛んでくる。

こうなると、久保だけに受付は任せておけない。
もう来店客はソファーに座らせることなく、さっさと店の入口でプロフィールを手渡した。

「早い子ですか?今からですと、このコが2時間ほどです。こちらのコですか?だいたいですど2時間半は待ちます。このコですか?だいたい3時間くらいです。え、こっちのコですか?3時間待っていただいて、もし女の子がギブアップしたらムリです。え、そりゃ、女の子だってギブアップしますよ、ええ、生き物なんで」

それでも、2時間待ち程度だと決まる。
もう1時間待ちでも1時間半待ちでも、たとえ2時間待ちでも大して変らないのである。

客足は波状となって来るものなので、そのうちに一段落つくだろうと受付けていたが、客足が止まることなく今になり、状差しには伝票がこんもりとぶらさがり、リストの全員に白丸が2つ3つある。

いちばんに写真の食いつきがいいナナにいたっては、白丸が4つ重なってる状態。
振り替えもできない、受け付けても時間が読めない。

先に代金さえ取ればあとはなんとかなる、という普段の鉄則に沿っていたら、こんなふうに収拾がつかなくしまったのだった。

24時を過ぎる頃には、3時間待ちでも通常になってきていた。
終電をあきらめた客からすれば、朝まで待つつもりなのだ。

どの女の子にも、白丸が3つ4つ重なった時点でラストとして看板を消灯した。

客を帰した女の子が「休憩したい」と「つかれた」と電話してくる度に店を飛び出して、待機所に戻らせずに「このお客さんだけたのむよ!」とまた次を続けさせたり、強気で「じゃ、10分だけ休憩しよう」などといって買い込んであったおにぎりをあげたりして、さらに続けさせた。

自分の知る限り、多くの風俗の女の子は気立てがいいものだが、この店の在籍の女の子はとくにそうだった。

「お客さんが指名している!」と「お客さんが待ち続けている!」と言ってきかせると文句も潜んで客の元に向かうのだった。

客のほうはというと、これだけ待たされたにもかかわらず文句のひとつもなく、歓迎するかのように接してくれたのがほとんどのようである。

ラストの客を帰したときには27時を過ぎていた。

– 2023.03.25 up –