村上恵子、31歳の大手町の会社員、新宿駅東口でスカウトして人妻系AV女優に


最初になんといって声をかければいいのか?

週末の新宿駅東口。
夕方に差しかかる時刻。
昼間が暑かったからか、今になって人通りが出てきた。
涼しくなってもいいのに、ムワッとした空気が駅前に澱んでいる。
肌が汗ばむ熱気は、この人混みが発してるかもしれない。

夏の新宿駅東口のスクランブル交差点
夏の新宿駅東口のスクランブル交差点

スカウト通りを出て、スクランブル交差点の方向に歩を進める。
目の前を学生風の女のコが通りかかった。
色白の胸元が大きく開いているカットソーで、胸のラインは大きく膨らんでいる。
人いきれの蒸した空気の中に、艶のある黒髪がサラリとしている。
大股で寄って、斜め後ろから肩口をポンッとしたら、こちらを少し振り返った。
視線の前に軽く手を振ると、すぐにつんと顔を背けて早歩きになる彼女だった。
だめかぁ・・・と足を止めてからは、歩道の脇に立っていた。
東口から、金髪の女のコが歩いてくる。
金髪というより、綺麗なベージュに染まってる。
暑さだろうか、バッチリとメイクした顔をしかめている。
2歩か3歩を踏み出すと、敏感にこちらに気がついた様子。
軽く手を挙げて、また1歩近づいても、彼女はしかめた顔のまま。
ラメ入りのアイシャドーに、毛量が多いマスカラ。

「おつかれさまです!」
「・・・急いでるので!」
「待ち合わせ?」
「ごめんなさーい!」
「・・・」

わずかに口角が上がったが、あっさりと小走りに去っていく。
次いってみよう。
アルタ前広場をブラッと歩く。
歩行者信号が青になり、ドッと人の流れができた。
人の流れが切れたときに、少し前をスーツのジャケットを手にした女のコが通りかかった。
黒いタイトスカートに、黒ハイヒールに、黒いバック。
彼女に合わせて大股で歩を進めてから、気をつけをして、深く礼をしながら声をかけた。

「おつかれさまです!」
「・・・」

第一声を、ヒロシのマネで試していたのだった。
この声のかけ方で、ヒロシが3日連続してAVプロダクションの面接に連れていったのだった。
しかし自分がやってみると、どうもしっくりこない。
黒いハイヒールの彼女は前を向いたままで、怪訝そうな横顔には変化がない。
歩調は合っている。

「ちょっといいですか?」
「・・・」
「駅にいくんだ?」
「・・・」
「待ち合わせ?」
「・・・」

完全に無視。
自分は立ち止まり、タイトスカートの後ろ姿を見送る。
黒いハイヒールの歩く足元には、真っ赤な靴底がチラチラとしてる。
あの黒い上下の色使いに、あの靴底の赤。
ブラとパンティも赤でおそろいだな。
きっと。
まあいい。
ため息をついて、歩道に立ってた。
東口に向きを変えたとき、厚底サンダルでワンピースの女のコが歩いてきた。
ノースリーブのスラリとした腕。
リボンで髪を結わえて、暑さを感じてないようなクリッとした目。
これが涼しい目元というのだろうか。
彼女は自分に気がついた様子。
2歩か3歩進んで軽く手を挙げると、彼女の歩調は緩んだ。

「どーも」
「・・・」

やっぱり、使い込んでいる第一声がいい。
ゆっくりと言うことで、その瞬間で、相手との間合いも歩調も調節できる気がする。
最初になんて言うのかは、さほど関係がない。
とにかくも、ノースリーブの彼女の歩調は緩んだままだった。

「あやしい者ですけど」
「ハハハッ、あやしいんだ?」
「うん、スマン」
「ハハッ」

化粧はお姉さん系だが、このノリと表情。
明るさと声質。
高校生か?

「ひょっとして、高校生?」
「ううん、中学生」
「中学生!ねずみ年?」
「うん」
「そっか、だったら、いいや。それじゃーね」
「うん、じゃーね」

バイバイする。
女の年はわからない。
それにしても、女のコって早熟だ。
10代の半ばで身体が完成している。

ベラベラと話しすぎない

今日のスカウトはさっぱりだった。
声をかけてから足が止まって、AVを切り出したのが5名だったが、全員とも「考えてみてよ」と番号交換してバイバイしただけだった。
時間は20時前に。
2ヶ月ほど前にスカウトした村上恵子と、20時に会うことになっていた。
「話したこと忘れちゃったでしょ?」と「あらためて話をきいてほしい」と、イタトマでケーキ付きでという約束だった。
東口交番前に立って3分ほど過ぎたころ、手にしていた携帯が鳴った。
しばらくして、会社帰りの彼女は姿を見せた。

「どーも。久しぶり」
「こんにちわ」
「あれっ、なんか、えらく女っぷり上がったんじゃない?」
「みんなに、そういってるんでしょ?」
「いやいや、そんなことない。誤解してるよ」
「その手にはのらない」
「なんで?思ったこといっただけなのに」
「ふーん」

距離をとろうとしてくるが、最初に声をかけた2ヶ月ほど前からすると、ずっと感触は良くなっている。
そのときも今ぐらいの時間で、もう帰ろうかな・・・と映画の看板前を歩いていたときに見かけた彼女だった。
斜め後ろから「ちょっといい?」と右手で肩をポンッとした。
突然でビックリしたのだろう、避けるように上体をかわした。
が、歩調は緩んだ。
「ごめんなさい、とつぜん」と、横に並んでから右手でゴメンのポーズをとると、緩んだ歩調のままこちらを向いた目。
表情は明るく警戒はしてない。
これはいける。
「ちょっとだけ、聞いてくれる?」と言いながら、右手を彼女の肩に置いて、グイッとこちらを向かせるように軽く引く。
彼女の足は止まった。
「ビックリした?ゴメンね、あやしくて」と言うと、かなり無礼で強引な足止めにもかかわらず、彼女の顔にフッと笑みが浮かんだ。
20代後半か。
わるくはない。
鎖骨にかかるセミロングの栗色の髪がしっとりしてる。
薄いシルクのようなブラウスから、肩の地肌が透けて見える。
会社帰りという雰囲気。
「時間とらせないから、こっちのじゃまにならないところで話そうよ」と、歩道の脇に寄る。
「タバコ吸わせて」ゆっくりタバコを取り出すが、彼女は無言のままで急いでる素振りもない。

「それで、AVなんだけど」
「・・・」

AVというアプローチに、無言のまま反応もなし。
目を伏せてうつむきはした。
いかがわしいスカウトだと予想はしていたのはわかるが、なんて話そうか。

「いや、ホント、突然でごめんね」
「・・・」
「オレ、実はスケベなんだけど。でも変な人じゃないから」
「・・・」

無言でうつむいたままだけど、拒否反応はない。
自分の勢いで足が止まっただけかもしれないな、とも感じた。
こっちが空回りしそう。

「AVって見たことある?」
「・・・」
「エッ、あるんだ」
「・・・」
「じゃあ、ビックリはしないか」
「・・・」

うつむいたままの彼女は無言だったが、そのままコクッとうなずいた。
以外だった。
いいんじゃないのか。

「エッチは好き嫌いでいえば、好きでしょ?」
「・・・」
「エッ、好きなの・・・うーん、じゃあスケベなんだね」
「・・・」
「エッ、そうなんだ」
「・・・」

ズケズケした決めつけにも、その度に頷いている。
うつむいたままではある。
興味はあるのか?
それともノリがいいのか?

「オレ、田中っていうけど、名前なんていうの?」
「村上・・・」
「上じゃなくて下の名前を聞きたい」
「・・・けいこ」
「けいこっていうんだ。・・・じゃあ、けいこって呼んでいい?」
「・・・」
「だって、オレがけいこちゃんなんて言ったら、気持ちわるいでしょ?」
「・・・」
「やっぱりそうか」

下の名前もすんなり教えてくれたが、うつむいたまま。
いきなりの呼び捨ても、すんなりと頷いてはいる。

「1度さ、社長と会って話だけでも聞いてくれないかな、いつでもいいし、すぐに撮りましょうっていうわけじゃないから」
「・・・」
「あのね、AVのプロダクションだから、所属してから、都合のいい日に予定をいれるから、月に1日とか、半年に1日とか」
「・・・」
「もちろん十分に考えてもらって、ダメだったらそれでかまわないから」
「・・・」
「オレ、口ベタだから、うまく言えないんだよね」
「・・・」

彼女はうつむいたまま。
うなずきはするが、目は会わせることなく全くの無言。
相手の反応がない限り、これ以上はベラベラと話さないほうがいいかも。
そもそも、面白い会話などできないし。
あと少しぶつけて、ダメなら切り上げるか。

「今日はもう時間遅いし、今から社長紹介するっていっても、めんどくさいでしょ?」
「・・・」
「でしょ?」
「・・・」
「今度、ヒマなときでかまわないから、・・・明日の午後は時間ある?」
「・・・」
「・・・何時くらい?」
「・・・」
「だいたいでいいから」
「・・・2時」
「2時ね」
「・・・」

この場合は「いいです・・・」と返事がくるものだと思っていた。
それから「エッ、なんで?」と会話を回すのがパターンだが、彼女はすんなりと時間を言ってきた

「新宿はよく来るの?」
「・・・」
「そう、 ・・・だったら、そこの交番前でどう?」
「・・・」
「ケータイもってるでしょ? ・・・オレの番号いうから、ワン切りでかけて」
「・・・」

うつむいたまま頷いている。
番号交換には躊躇してる様子。

「もし気が変わったとか、やっぱりいいですというときは電話ちょうだい。そしたら番号は消去するから」
「・・・」
「オレ、この辺りにいることが多いから、いいかげんなことすると後ろ指さされるでしょ?」
「・・・」
「だから、いいかげんなことはしない」

そう言いきると、彼女はバックから携帯を取り出した。
シンプルなブラウンの携帯を握る、薄いピンクのマニキュアの指先。

「あのね、090の●●●●の●●●●ね。・・・アッ、鳴った」
「・・・」
「切って。・・・えーと、けいこね。オレ、田中だから、メモリーしといて」
「・・・田中さん」
「新宿で会った、うさんくさいオッサンっていえばわかるでしょ」
「・・・」

それにしても会話が進まなかった。
歌舞伎町で働いた経験はないとは聞いた。
これも話したのではなくて、こちらの問いに頷いただけだったが。
彼女は最後まで顔を上げずに、目を合わせなかった。
別れてからは「連絡がとれますように」とお祈りするだけだった。

電話では会う日時の約束をするだけ

約束した翌日の2時には、交番前に来ないし電話もない。
10分過ぎてこちらから電話すると、ルス電になっていたのでそのまま切る。
お祈りは通じなかった。
考えた結果、警戒したのだろう。
こういう場合は、その後も電話をしない。
しつこく電話するような男ではない、というのをわかってもらうということもある。
2週間か3週間ほどしてから、1回だけ電話をする。
考える期間を置くことで、相手の心の中で増幅されることもある。
これで自分の名前を覚えてない、電話にも出ない様子だったら、きっぱりと諦めることにしてる。
すると彼女は電話にすんなりと出た。
「田中です」というと、彼女はすぐに自分だとわかった様子。
それどころか「このまえ、都合でいけなくて・・・」と、多少は気にしてくれている。

「別に気にすることでもないし。・・・よく新宿はくるの?」
「あまりいかないです」
「あっ、そのかしこまった敬語とかやめて。気軽に聞いてよ」
「はい」
「もう、はいって言ってるし」
「フフッ」

電話の向こうから鼻先の含み笑いがして、いく分かは和んだ口調になった。
あの日は、友人とたまには新宿でと軽く飲んだ帰りだったとのこと。
普段だったら走って逃げてると、少し笑いながら言う。

「あの時間に、あのあたり歩くと、変な人に声かけられるんだよ。あっ、オレか」
「フフッ・・・。突然だったから」
「そうだよね。びっくりしたでしょ?」
「うん・・・。なんかこわいなって思って」
「やっぱり。でも、もう、こわくないでしょ?」
「どうだろ?」

不安感があったのか。
これを溶かさないことには、所属どころか、話を聞くまでもいかない。
「また新宿でヒマな時に、電話ちょうだい」となる。
彼女から電話がこないまま、また2週間後に電話した。
電話で詳しくは内容を話さない。
やるやらないも決めることもない。
次に会う日時の約束をするだけ。

「もう1度あらためて話を聞いて。ケーキをごちするから」
「でも、やらないよ」
「わかってる。ゆっくり考えてみて。すぐになんて言わない。それでやっぱりダメだったら、きっぱりと断ってよ」
「うーん・・・」
「そしたら、オレもあきらめるから」
「うーん・・・。聞くだけね」
「うん、約束する。30分、40分くらいかな?」
「うん」

返事は曖昧でいい。
いつでも断れるという約束はする。
終わりの時間も約束する。
約束ばかりだけど、女のコは約束するのが大好きではある。
あとはなんだろう。
新宿に来させるという辺りか。

AVにはプロットがある

彼女とは電話のやりとりをしてるだけで、その日になるのに2ヶ月が経っていた。
イタトマに向かう途中で、彼女は明るい笑顔を見せてきた。
2階の窓際席に座る。
さっそくAVについての話をはじめた。

「AVの事務所、プロダクションのことを、皆、事務所っていうけど・・・、AVメーカーに対して、営業していてね」
「うん」
「なぜか、怖いとか怪しいって言われるんだよね」
「そうだよ」
「大きい事務所で所属が200人くらいかな」
「そんなにもいるの?」
「学生とか、フリーターとか、会社勤めのコもいるし、奥さんもいるし」
「へぇぇ」
「小さな事務所だと、売れっコ1人と、社長の2人3脚でやってるところもあるけど」
「そうなんだ」
「あのね、AVってのは、明るく楽しくでいいと思う」
「・・・」
「これで、一発ドカーンと稼いでやろうというんじゃなくてさ。もちろん稼ぐつもりだったら他にやりようもあるけど、恵子だって会社やめてとか考えてないでしょ?」
「やらないよ」
「そうだけど。まあAVの場合は、ちょっと日常から外れてスケベしちゃったと、それでおつかれさまとギャラもらうと、それでまた日常に戻ると。その程度でいいと思ってる」
「ん・・・」
「この前、AV見たことあるって言ってたよね?」
「うん」
「どういうの見た?」
「えっ。・・・いろいろ」
「また、エグイのだろ?」
「うん・・・、見た・・・」
「どう思った?」
「えっ、うん・・・、よくやるなって・・・」
「やっぱり。あのね、AVにはすべてプロットがある」
「プロット?」

引く様子もなく、興味深そうに聞いている彼女。
まったくAVを考えてないというわけでもないようだ。

「うん、プロットって台本って意味なんだけど。ぜんぶ作り物なんだよ」
「ぜんぶ?」
「うん、メーカー物はね。撮る前に企画会議があって、キャスティングするでしょう」
「そういうのあるんだ」
「うん、でね、そのときに各事務所の宣材、宣伝材料ね、女のコのプロフィールなんだけど、その宣材を見て事務所にメーカーから電話がはいる」
「うん」
「それで撮影内容とギャラを確認して、ダメだったら断る、それ以外は女のコに連絡とって、日程を合わせたり、内容の細かな調整をしたり」
「そうなんだ」
「事務所は女のコを守らないといけないから。それで事前に先方の担当者、・・・メーカー以外にAV監督や、関連の制作会社の社員だったりするけど、その担当者に1回会って打ち合わせして、それから後日に現場になるから。そのときに進行表もあってプロットもでき上がってる」
「そうなんだ」
「うん。訳もわからずに、いきなり現場でハイ撮りましょうってことはない」
「でも、前見たのは本物っぽかったよ」
「それもプロットに入ってる。例えば、・・・今だと痴漢とか野外露出かな、そんなのが売れてるけど」
「・・・」
「女のコが人目のあるところで脱ぐでしょ。公園とか路上とか」
「・・・」
「それで誰かが見てるってことになるでしょ。通行人が近づいてきたり、見物人が20人くらい集まっちゃって。コンビニの中だったら店員が困っていたりして」
「うん」
「その通行人や見物人が、コンビニも店員も、ぜんぶ仕込みなんだよ」
「えぇぇ」
「そうだよ。だけど女のコだけには仕込みってことを明かしてないから、ホントに嫌がってるのが撮れる」
「へえぇぇ」

無修正の裏本が壊滅して映画が斜陽産業となった昭和末期に、それらの人材があぶれたことにより、AV業界の創成期が出来上がったという。
それがこの頃には、テレビ制作の人材がAV業界進出してきて、プロットも緻密な制作手法になってきていた。

「実際は事前にロケハンして、・・・現場を下見してね。当日は裏でスタッフ同士でトランシーバーで連絡とりながら、自然な通行人や見物人に見せてるんだよ。だから女のコもAV見てる人もドキドキするでしょ?」
「ふーん」
「痴漢物でも、バスに乗りこんできた顔グロの女子高校生を、後ろの席で脱がしたというのがあったんだけど。実際はそのバス一台をレンタルしていて、運転手も乗降客もシートに座ってる客も、ぜんぶ仕込みなんだよ」
「えぇぇ」
「うん。オレ、エキストラで乗客やったから。バス停に止まったときなんて、一般客が本物の都バスと間違えて乗ったりしちゃって。降りてもらったけど。女のコもメイク落すと色白な学生だし。もちろん女子高校生でなくて18歳以上の学生だよ」
「そうなんだぁ」
「女のコもバス停に待機していて、スタッフの指示で乗りこんで、本物の都バスだと思ってるから。緊張しちゃってさ」
「おもしろいね」
「電車の痴漢もそうだよ。乗りこむ場面だけは山手線のホームで撮って、それから20人位で郊外のローカル線に移動して、人気のない車両ですばやく撮ってね。それを編集すると山手線で撮ってると、みんな思うでしょ。週刊誌には “ ついに山手線で痴漢撮り敢行!!” なんてやらせ記事のせたりして。本物だと思うからドキドキするでしょ。だから売れる」
「へぇぇ」
「あと人妻が脱いだとか、ナンパして脱いだとか、OLが脱いだとか、セックスフレンドがどうのとか。あの手の文句は専門のライターが書くけど、ほとんどの人がホントだと思ってるらしいね。プライベートをすべて曝け出すわけじゃないよ」
「わたしも本当だと思った」
「中にはあるかもしれないよ。だけど予算もあって、スタッフも抱えて撮ってる会社だから時間が限られてるでしょ。だから面白いプロット作って確実に撮って発売していかないと、会社として成り立たないでしょ?」
「うん」
「最初からそう思ってAVを見ると、見えないプロットが少しはわかるよ」
「ふぅん・・・」

AVはひとつの産業となっていた。
すでに「昔は良かった」と嘆くAV監督もいた。
月に2本撮っていれば儲かったのに、今は10本撮って食えるくらいだから頭がいたいと。

「あとね、事務所側がメーカーやAV監督を引っかける場合もある」
「なにそれ?」
「うん。AV監督やメーカーの担当者に話が合わせられるように、マネージャーが女のコと事前に設定を決めておくの。風俗嬢なのにOLですとか、離婚してるのに主婦してますとか。経験豊富なのにこんなこと初めてですとか。そして先方との打ち合せのときに、女のコに言わせるようにする。それでメーカーから仕事が入ったりする。ウソだったり、偽わったり、装ったりだね。だから何が本物だとはいいきれないよ」
「そうだね」
「マニアなAVってあるでしょう」
「・・・うん」

笑みを浮かべていた彼女の表情が、「マニアな・・・」という言葉に、一瞬ピクリッとしたように見えた。
彼女の目に妙な力を感じた。

「SMとか、レイプとか。いろいろなジャンルがあるけど」
「・・・」
「話して大丈夫かな?」
「・・・うん」
「全く知らないって訳じゃないでしょ?」
「・・・うん」
「そういうジャンルは、また少し違ってくるけど。人の性癖って生い立ちがすごく関係していて。あとは環境や願望も絡んでくるし」
「・・・うん」
「本人が気がつかなくても、誰にでもあるけどね。どんな立派な人でも、あるんじゃないかな?」
「・・・うん」
「オレね、AVのスカウトしてるから言えるけど、女のコが100人歩いてるとするでしょう、いや、1000人でもいいよ。そのうち最初からAVやりますってなんてコは、数人くらいしかいないよ。ひょっとしたら、いないかもしれない」
「・・・」
「よく世の中が乱れてるっていったり、騒がれたりするけど、オレは全然そんなことはないと感じてる。ただどこか引っかかる部分があるけど」
「・・・」
「病んでいるっていうのかな、どこか」
「・・・うん」
「顔グロのコも、援交のコも、AV嬢や風俗嬢だってさ、先入観と違って本人なりの考えもっているし。こっちが恥ずかしくなるときもあるよ。今の若いコは、自分がその年齢だったときと比べると、すごくしっかりしてると思ってる」
「・・・うん」
「アッ、なんか、ジメーとしたね。オレの話なんてどうでもいいんだけど。なんの話してたっけ」
「なんだったけ?」
「ケーキ食べようか?おかわりしよう」
「うん」

1階からお茶のお代わりと、ケーキを2個持ってくる。
ケーキを食べ始め、なにかの拍子で笑ったあとに、彼女は「所属しますよ」といきなりさらりと口にした。
宣材撮りは来週の金曜日。
月に2本は予定してもいいと決まった。
こんな積極的だとは思わなかった。

宣伝材料の写真撮影は裸で

翌週の金曜日。
パッケージも考えてみるという彼女は、新宿駅東南口のAVプロダクションの『マーブル』に連れていくことにした。
人妻系のAV女優を抱えているAVプロダクションだった。
宣材撮影をするのも、それが裸だということも伝えてある。
南口から歩いて10分の事務所に一緒に行き、社長と面接をした。
NG事項を確認して、ギャラの説明。
登録用紙に必要事項を記入する。
所属に際して、彼女からの質問は特にない。
誰もが気にするバレについても、彼女からは簡単な質問があって、社長の説明ですぐに解消されて、パッケージOKとなっただけだった。
彼女の年齢は31歳だった。
30は過ぎてるかな・・・と感じてたが、あえて年齢は聞いてなかった。
それからは別室で宣材撮り。
下着になっただろうタイミングを計って、平気な顔をしてカメラの前の彼女を覗き込んだ。
黒のレースの下着だった。

「ちょっとみないで!」
「え、いや、せっかくだし」
「みちゃだめ!」
「じゃ、撮るときは見ないよ」
「だめ!」
「え、はずかしがってるの?」
「うん」
「ぜんぜんはずかしくない。ほら、オレだってチンコ勃つわけでもないし」
「う・・・」

何回か言い合ってから、彼女はやけにセクシーに眉をひそめてブラジャーを外した。
乳首の色も、形も崩れてないおっぱいがこぼれ落ちた。
ウェストには程よい肉がついていたが、おっぱいの大きさとのラインがとても肉感的。
表情にも、身体にも、30歳代の女性特有の豊かさを感じた。
宣材を撮り終えたら《 1回引き受けた仕事は当日のキャンセルはしません 》《 フリーとして仕事は受けません 》という内容の誓約書にサインをして所属となる。
もう立派はAV女優だ。
AV女優という呼び方は、どこかうさんくささがあるので普段から使わないが、彼女の場合は大手メーカーから発売されてパッケージに載るのだったら、AV女優と呼んで差し支えないだろう。
31歳をスカウトしたのは初めてだった。
彼女はなぜ、AVプロダクションに所属したのか?
事務所にいくまでは、ギャラについては彼女も聞かなかったし自分からも言わなかった。
だからお金目的・・・には感じなかった。
ただ単に興味本位なのか?
わからない。

親しくなるのも良し悪し

今回は自分がタッチするのは、ここまでになる。
あとはマネージャーが、営業をして予定を立て彼女を動かす。
宣材までいけば、後は誰にタッチしても動く。
スカウトバックは預けの20%
ギャラ売上から、取り決めした20%を受け取る。
彼女と事務所を出てからは、新宿駅の南口に向かう。
連れていった女の子が所属してから、一緒に事務所を出てからの帰りがけは、お互いに言葉少なくなることのほうが多い。
なぜかは知らないが、宣材撮りさえ済めば気持ちは固まって「やっぱやめる」とはならないので、天気の話などをすることが多かった。
しかし彼女は、聞いてもないのにプライベートの話をしてきた。
現在1人暮し。
タヒチアンダンスのスクールにもいき、ゴルフスクールにも通っている。
スタイルを保っている理由はわかった。
「すごいね」と言うと「そのときだけ、ぜんぶ忘れることができる」と、少し憂いのある表情が見えた。
宣材撮りで裸を見られたときから、彼女の態度がちょっと変化している気がする。
声が甘くなっている。
駅周辺とは違い、夜風が涼しく感じた。
会社は大手町。
年上の男性と長い不倫関係にある、とも彼女は明かしてきた。
AVプロダクションに所属した理由は、パッケージOKとしたのは、不倫の辺りにキーワードがありそうだった。
だけどそれ以上は、突っ込まなかった。
踏みこんで話をしたら、スカウトに徹する自信がない。
これ以上に親しくなっても、スカウトとしていいことはない。
20号線の横断歩道を渡ると、新宿駅南口に向かう人混みと合流した。
その雑踏に押されるように話が途切れたまま、南口の改札口についた。
本当はもっと話をしたかったし、あの裸もとても魅力的だった。
だけど2言か3言を交わしてから、「それじゃ・・・」と自分は東口に向かった。

-2003.4.10 up –