シフトは店長の重要な仕事
オープン前と後では、以前に在籍していた女の子の反応も変わってきた。
その週のうちには、4名が戻ってきたのだ。
シフト表には、出勤の丸印が付きはじめた。
平日の早番にはソラが週3日。
遅番には専業のユウカが週5日か6日。
週末には、アルバイトのユリとケイ。
在籍の女の子の様子をみながら出勤のシフトを決めるのは、店長の最も重要な仕事だった。
オープン当初は村井まかせだったが、ここからは自分がやることになる。
しかし、シフトを組もうにも在籍が足りない。
早番で4名、遅番で5名は確実に出勤させなければならない。
年中無休の14時間営業の店にとっては、12名だけでは埋まらない日も出てくる。
誰かを無理させて出勤させるしかなかった。
眺めていたシフト表を閉じた。
シフト表は、曜日と名前の欄を縦横に組み合わせた書式のA4用紙で、出勤の日に丸印を記入する。
丸印のほかには『生理くるかも』『早上がりだったら可』『電話して確認する』などと女の子の状況がなんでも記入してある。
そんな用紙をファイルに挟んで、女子用電話の脇に常に置くようにしていた。
スカウトと風俗の求人広告の比較
もっと在籍を増やす必要があった。
女の子の募集は、スカウトだけでなく高収入求人誌でも募集をしていた。
風俗専門の主な高収入求人誌は3誌。
ユカイ、ティンクル、マルマル。
その中でも、ユカイが反響が多いと定評があったので、オープンが決まった時点で広告代理店を介して契約していた。
これらの高収入求人誌は、風俗専門とはいえ、普通のバイト情報誌と同じくコンビニに置かれていて、日常生活で目につくものだった。[編者註13-1]
表紙には怪しさもなく、月に2回、15日と30日の発売。
どの高収入求人誌も、1.5センチ程の厚みもある。
価格は1冊200円。
掲載する求人広告の料金は、見開き2ページの枠で月額で消費税込み357,500円。
高い金額ではない。
金額に見合う反響はある。
それにスカウトと比べても、長い目でみれば求人広告のほうがコストは安くつく。
スカウトは速戦力があるのでいいが、女の子が定着したあとにもスカウトバックが毎月必要となる。
求人広告からの在籍を多くしたいところだった。
1人でも多く求人広告から入店させたいので、入店基準はスカウトと比べて低くしていた。
ちなみに、スカウトと求人広告の関係でいえば、AVプロダクションについてはスカウトのほうがコストが安い。
実際、高収入求人誌でのAVプロダクションのページは10にも満たない。
AVプロダクションが求人広告を出しても、反響がないに等しいのだった。
反響があったとしても、脱ぎさえすれば今日中にも100万ほどがポンと稼げると勘違いしている女の子だったり、現場をトバすのが目に見えているような、生活が荒れている女の子だったりするのがほとんど。
この辺りが、スカウトが職業として成立する理由となる。
風俗の求人広告の内容は本当か?
そのコンビニに置かれている高収入求人誌のページを開くと、都内や近郊の繁華街に所在する風俗店を中心にした求人で埋まっていた。
広告の原稿は、広告代理店が反響があるように作ってくれる。
文言とイラストのフォーマットがたくさんあるらしい。
それらを素早く組み合わせて、いくつかのサンプルを営業が持ってきて、店側としては「これがいい」と指定すればいいだけだった。
代金さえ払えば、誰であっても審査はなく掲載することができる。[編者註13-2]
すべてが自己申告の募集内容なので、店名が架空でも、実態が違法営業でも、たとえ悪質なぼったくり店であっても誌面からではわからない。
小さな掲載枠にいたっては、風俗店を装った個人が、趣味のインチキ講習が目的で掲載しているとも聞いたことがある。
当然のように、どの風俗店の広告も優良店となっていて、待遇がよくて楽に稼げるのを強調している。
『脱がない!舐めない!触らせない!』とか『講習いっさいなし!』とか『安心のゴム着用!』などの丸文字の文言。
『お客様は紳士ばかり!』とか『女の子のためを考えているお店だよ!』との吹き出しつきのイラストも可愛らしい。
『こんなに稼ぎました!』と女の子が万札を扇状に広げて、にっこりしてる写真を掲載してる店もある。
『どんなワガママでもいってください!』と店長の土下座の写真を掲載してる店もある。
『バンスできます!』『すぐに入れる寮あり!』とだけが大きく掲載している店もある。[編者註13-3
稼げる金額の表記については自主規制がある。
『1日大3枚小5枚』という表現と上限で、どの店も横並びで一緒だった。
そりゃそうかもしれない。
賢明な自主規制といえた。
金額もなんでもアリとしたものなら、誇大広告の見本のような誌面になってしまう。
胡散臭いことこの上ないのだが、コンビニで売られているだけあって、見開き2ページの広告枠はそれなりに反響はあった。
電話での問い合わせには「はい、大丈夫です!」と対応する
高収入求人誌に掲載されている店に、応募の電話をかけるとどうなるのか?
広告の文言をうのみにした女の子が「面接だけでもだいじょうぶですか?」と電話で問い合わせても、基本、「はい、だいじょうぶです!」としか答えない。
「講習はありますか?」にも、当然といったように「はい、だいじょうぶです!」と言い切る。
「太ってますけど・・・」と言ってきたとしても、なんの迷いもなく「はい、だいじょうぶです!」と答える。
「見た目がちょっと自信なくて・・・」には、自信満々に「はい、だいじょうぶです!」と答える。
「面接で落ちることありますか?」にも、大きくうなずくように「はい、だいじょうぶです!」と答える。
「前借はできますか?」と面倒なことを言ってきたとしても「はい、だいじょうぶです!」としか応じない。
「寮はありますか?」にも「はい、だいじょうぶです!」としか応じない。
詳しいことは面接でと、まずは歌舞伎町に来させる。
そして、どこかの路上を指定。
そこにいるのがとんでもない状態だったら、その場でなにかと理由をつけて断るという流れが通常だった。
そんなことだから、求人広告で想像していた店に入店できるかどうかは、当人が持っている運に左右されていたといえる。
風俗の求人広告は嘘ばかりでアテにならない、とわかる頃にはベテラン風俗嬢となっているので「はい、だいじょうぶです!」の対応もさほど効果的ではない。
逆に怪しまれてしまう。
やはり求人広告の狙い目は、男の体にも性についても少しばかりの経験があり、風俗のこともちょこっとばかり聞きかじっている程度の女の子。
逆に全く何も知らない未経験だと、年頃の女の子特有の激しいファンタジーがあるわ、いざはじまるとなればジタバタするわで、風俗嬢に仕立て上げるまで余計に手間がかかる。
あとは、好奇心が交じった行動力。
未経験だったら、理屈ではない思い切りのよさを見せる。
そんな女の子が狙い目だった。
高収入求人誌の発売日は、そんな女の子から電話がかかってくるのを待ち構えている様相があった。
応募者の不採用はひとりで決めない
その日、求人広告専用の電話が鳴った。
素早く受話器をとった村井が「お電話ありがとうございます。岡田観光グループ歌舞伎町本店、村井がお受けいたします」とはりきった口調で言っている。
もちろん岡田観光グループなど、この瞬間しか存在しない。
全国展開してるかのように見せたほうがいいかもしれない、というなんとなくの詐称なだけで、言ったところでどのような効果があるのかはわからない。
この店に限らず、高収入求人誌にある店名はほとんどが偽装。
住所は番地までしか掲載されてない。
面接となれば直接に店に来させるのではなくて、まずは路上の待ち合わせ場所を指定するのは、いきなり店内だとやりずらいからだった。
歌舞伎町の風俗嬢というものには、最近は少なくなったとはいえ家出中の女の子もいるし、シャブ中の女の子もいる。
巨デブの女の子も普通にいる。
重度の精神疾患の女の子もいる。
ヤクザ自慢する女の子だって、ただ単に気性が荒い女の子だっている。
もし、待ち合わせ場所にいるのがヤバイ奴だったら、店頭よりも路上のほうが断りを告げやすい。
そのための偽装の店名だった。
受話器を手に直立する村井は、意味不明の笑顔を浮かべながら「はい、だいじょうぶです!」と明るく繰り返してる。
すでに、女の子はコマ劇の近くにいる様子。
名前は田村さん。
場所はコマ劇のたばこ屋の前。
目印はキャメルのロングコートに黒のバック、と確かめられて受話器はそっと置かれた。
「田中さん、面接をおねがいしてもいいですか?」
「うん、いってくる」
「で、ブスだとか、太ってるとかでも、とりあえずは連れてきてください。僕も見たいので」
「了解」
「見た目の良し悪しは1人で決めないようにしましょう。あ、でも、相撲取りレベルとか、あきらかに40とか50のババアだったら、即、断ってきてください。あと、すっごい情緒不安定なのも断ってきてください」
「なんていって断る?」
「そうですね、ちょっと雰囲気がウチの店では合わないのでって、やんわりで、やさしくでいいとおもいます」
「村井くんだったら、ブスだからダメですって、その場で言える?」
「面と向かってだと、そこまでは言えませんね。でも、田中さんだったら言えますよね?」
「いや、オレもそこまでは言い切れない」
すぐに店を飛び出した。
歩いて2分足らずのコマ劇のたばこ屋の前に向かう。
風は冷たいが、空は気持ちがいい冬晴れとなっている。
面接にきた女性への対応の方法
歩きながら、コマ劇のたばこ屋の前に目をやった。
すぐにキャメルのロングコートの田村さんは見当がついた。
声をかけた。
「こんにちわ、田村さんですか?」
「あ、はい」
「先ほどのお店の田中ともうします」
「はい、よろしくおねがいします」
ロングコート襟を立て気味にして大人びてるが、見たところ20代前半。
膝下まであるロングコート姿はスラリとしている。
見た目では太ってはないし、むしろスタイルはよさそうだ。
小首をかしげて、ちょっとばかし片方の肩を上げて、明るく軽やかに挨拶をしてくる。
胸までの栗色の髪がキューティクル。
ロングコートはカシミアか。
細かな繊維の光沢には、そう思わせる上質な柔らかさがあった。
顔立ちはものすごくいいというわけではないが、十分すぎるほど整っていて、要は普通以上。
この後もそうだったが、ものすごいブスが応募してくることのほうが稀だった。
はやり、ある程度の自信がある女の子が応募してくる、といえる。
田村さんの口角を上げた笑みは、性格いいだろうなと思わせもした。
が、どういうつもりなのか。
前歯が1本なかった。
すごく笑顔がいいだけに、前歯が1本ないのがびっくりするくらいに目立つ。
どういうつもりなのかというのは、前歯が1本ないのに気がついてないのかな・・・というほどに普通にさらりと笑顔でいることだった。
これがへちゃむくれな女の子だったら、こっちも普通に笑いながら「前歯どうしたの?」とすぐに訊いたかもしれない。
田村さんには、余計なデリカシーじみたのが生じたらしい。
はっきりと訊けなかった。
「じゃぁ・・・、お店、こっちなんで」
「はい」
「歌舞伎町はよくくるの?」
「いえ、たまにです」
「そうですか」
「はい」
あえて前歯には触れず。
差し歯だった前歯が、いつのまにか落ちたのか。
「いい感じに晴れましたね」などと天気の話をしながら店に連れていき、とりあえず3番の個室へ。
入れ替わりに村井がバック表を持っていき、少しばかりの説明をしてからフロントに戻ってきた。
面接落ちの女性へ断る方法
まず村井は悩んだ。
額に指先を当てて目を閉じている。
前歯のことだとわかったし、村井もそこは本人に訊けなかったようだ。
昨日は高収入求人誌の発売日の前日だったので、反響の電話が鳴ったときに備えて「マンコがついた肉の塊だったら働かせてから良し悪しを決めましょう」と、村井にしては珍しく豪快な活用方法を決めていたので、当然そうするのだと思っていた。
しかし村井は「どうしよう・・・」とシフト表を弱気に開いて「スカウトだったら断るけど求人誌だしな・・・」と繊細につぶやいている。
「田中さんだったら、どうします?」
「そうだな。個人的にはアリだけど、店としては、やっぱ歯をいれてからきてねってなるかな」
「ですよね」
「客も笑っちゃうんじゃない、おもわず。村井くんだって笑いそうになったでしょ?」
「ええ、こらえました」
「やっぱり。ギャップがすごいもんな」
「じゃ、まあ、シフトも今週は、なんとか大丈夫そうですし、ユウカも6日でるっていうし、今回は見送りますか」
「歯さえ、あればなぁ」
「はなしにならないですね」
「まあ、シャレなんだろうけど、スルーで」
「ええ」
「でも、なんていって断る?前歯を入れてから来てねって言える?でも言わないといけないか。ああ、今さら前歯のこと言いづらいな。でも仕方ない、言うしかないか」
「今週の出勤は決まっていて、今、本部のシフト担当者が調整してるんで決まったら電話します、でどうですか?」
「あ、それいいね。でも電話はしないでしょ?」
「ええ、でも、彼女も察しますよ」
「本部いる?」
「あったほうがよくないですか?苦渋の決断みたいな。電話がないのも本部のせいにできますし。我々はただの歯車なんです」
「いいねえ、そういうの。じゃ、本部対応で。ちょっといってくるよ」
結局、前歯に触れることはなく。
田村さんのほうも、前歯については何も言ってくることもなく。
一応は簡単な面接だけはして帰した。
もしかしたら。
本当に前歯は差し歯であって、偶然にいつの間にか落ちていて、正真正銘に彼女は気が付いてなかったのかもしれない、と帰してから思う。
なにをやってるんだろう。
言いづらいことを言うのも店長の役割なのに。
– 2018.06.17 up –