AVスカウトの方法


スカウトのトラブル

遠藤を押しのけるようにして、谷口が質問してきた。
ここまで答え続けていると、谷口の質問を受けないと負けといった気もしてきた。

「トラブルになったことってありますか?」
「誰と?」
「女のカレシとか」
「ないな」
「え、やっぱ、AVなんてさせやがってってならないですか?」
「ああ、カレシとか親がヤバイ場合は、女のほうからしっかりと言ってくるよ。そしたらやめればいい。そこで強引にするからトラブルになる」
「なんて女は言ってくるんですか?」
「ふつうにカレシがキレるとなにするかわからないとか。そんなヤツ、やばいでしょ」
「やばいです」
「それに本人の意志だからね。AVに出ても契約した上のことだし。だからって、それをさせたスカウトをとっちめてやろうなんていうカレシは、そうそういない」
「そうですか?いそうですけどね」
「だいいち、女のほうがそこまで執着する男を嫌がるよ。男のほうだって、女のために体張るって熱くなるやつもいないし。昭和じゃないんだから。女を責めるか、我慢するか、バカな女だって別れるかぐらいのカレシしかいない」
「そういうものですか?」
「うん。その付き合ってる同士になにかあるんだよ。AVに出る以前に。どっちもどっちだな。AVじゃなくてもなにか起こったよ」
「電話で文句をいわれたりもないんですか?」
「オレは携帯の番号が10年同じだけど、なんでスカウトしたんだって文句の電話きたことないから。あ、1回、2回、やっぱ3回くらいあるからな。女のカレシとかオヤジが怒って電話かけてきたことが」
「どうなったんですか?」
「ちゃんと話したよ。無理やり手を引いて連れていったんじゃないんです。自分の足でついてきましたけどって。なんでしたら警察いってくださいって。逃げも隠れもしませよって。堂々としてればいい」
「もし、相手がヤクザだったり、ヤクザ使うとか言われたらどうするんですか?」
「怖いです、脅迫ですか、警察いきますでいいんじゃない。一応、こっちは一般市民なんだから。それに、それこそ、女のほうから言ってくるよ、カレシがヤクザがらみなんですけどって。そしたら、じゃ、やめとこうねでいいでしょ」
「でも、声をかけたって、むこう来たらどうするんですか?」
「ああ、カレシ連れに声をかけちゃって文句を言われたりはあるけど、そこは素直にすみませんでしたでしょ。調子にのっちゃダメ。で、謝って終わり」
「謝って済むんですか?」

こういう質問はキリがない。
仮に道を歩いていて『ヤクザです。お金ください』ときたら普通に断るでしょっという程度の話と同じことなのに。

それすらできないのだったら、道を歩くのをやめたほうがいい。

「謝って、それ以上どうたらこうたら言われたら、もう開き直りしかない。どうしろっていうんですかって。謝ったじゃないですかって」
「・・・」
「声をかけたくらいでウダウダいうなって話だよ。嫌なら女に首輪つけて繋いどけっていうの」
「でも、そこで、それがヤクザだったらどうするんですか?」
「声かけただろって?オレはヤクザだって?金払えって?」
「金はわからないですけど・・・」
「そんなのは、歌舞伎町に来たばかりで張り切っちゃってるヤツだな。ここでそんなこといってるヤツは、すぐトブって。いずれ問題おこして。それに相手を見ていってくるから強気でいい」
「強気ですか・・・」
「こいつは脅しが通じるなってなってなったらもっと絡んでくる。殺すぞっていったって普通は殺さないでしょ?」
「・・・」
「だけど、ちゃんとした理由は、ちゃんと話さないといけない。いくら自由だからって、オレがオレがだと、ヤクザじゃなくてもなんだアイツはってなる」
「・・・」
「謙虚だね。謙虚。ある程度は」
「・・・」

歌舞伎町の生活者は、好き好んで無茶はしない。
怖いのは観光者。
無茶をするのは、歌舞伎町に幻想を抱いて意気込んでやってきている観光者だ。

最初に声をかけるときに顔をチェックするのか?

女性の見た目は後になると変わる。最初の見た目だけで良し悪しを決めるのはやってはいけない。

スカウト通りに陽が翳った。
夕方にしては光が少ない。

そして谷口の質問は止まらない。

「で、声をかけるときって、女の顔ってどこまでチェックするんですか?」
「ああ、パッと見がよければ、それ以上はチェックしない」
「え、いいんですか、それで?」
「チェックなんてしてたら間に合わないよ。見た目をああだこうだ考える前に声をかけないと。すぐ通りすぎちゃう。で、もし相手が話を聞いて、どうしようかなってときに、見た目はじっくりとチェックすればいい」
「はい」
「んで、やっぱ、ちがうなって思ったら、こっちからやっぱごめんねで断ればいいだけのことでしょ」
「はい」
「いい?女の見た目ってのは、あとになると変わるからさ。最初のここでの見た目だけで良し悪しを決めるのは、スカウトだったら絶対にやっちゃダメ」
「そうですか?」
「たとえばさ、・・・あの女、カレシ連れの」
「あの女ですか?」

向こうからは、跳ねるように歩く女の子がやってくる。

長身でイケメンのカレシと手をつないで、嬉しさを発散させながら。
デートで歌舞伎町に映画でも観に行くのか。

目元がいい。
とろけそうに笑んでいる目元が。

女の子の一人歩きのときの護身のチラ見などすることなく、カレシだけを見て歩いている。

柔らかそうな白のコットンのボックスワンピが、微風で体にまとわりついて、やはり柔らかそうな胸から腰までの曲線を浮かばせて、肉感を曝け出している無防備さもいい。

遠藤が舌打ちして「あぁ、やりてえ・・・」と呟いた。

「ここで立って見てるとわかるけど、やっぱカレシ連れの女って、かわいいのが多いでしょ?」
「そうなんですよ、なんかいい女が多くて。あの男にはもったいないですよ」

カレシ連れのワンピースの女の子は、こちらの視線には気がつかずに、笑んだまま通り過ぎていく。

傍らのカレシだけは、彼女に向けられた性欲にまみれた視線に気がついている。

遠藤のレイプを予告するような呟きまでもが伝わったみたいだったが、気弱そうに目を伏せて通り過ぎていった。

「でも、あの女だって、今は目を引くけど、もしひとりでここを歩いていれば、もっともっと普通になってるよ、5割引ぐらいに」
「・・・」
「やっぱ警戒もするし、すでに声をかけられて嫌な思いもしてイライラしてるだろうし。ここでのひとり歩きってストレスが大きいからさ」
「はい」
「だから見た目は、最初からは気にすることじゃない」

電話を続けている島田は、相手からの紹介が決まりそうな様子。
今日は2人にスカウトを教えるどころではなさそうだ。

「気持ちがのると、女はどんどんとカワイくなってく」
「はい」
「メイクの上手さとかオシャレもあるけど、大きいのは気持ちだね」
「はい」
「そこが変われば、表情だって、目の輝きだって、笑いかただって、声も仕草も変わるし」
「ああ、はい」
「本人だって、どうやったらカワイイっていわれるのか、わかっているから」
「はい」

最初の見た目で、良し悪しを決めてはいけない理由はまだある。
カメラ映えだ。

スカウトしたとき美人だったのに、あるいは可愛らしさ満開だったのに、AVプロダクションで脱いで写真に納まると、どうしてもブサイクになる女の子っている。

その逆で、実物は地味で全く期待してなかったのに、裸となった写真が輝くほどに眩しいというのか、一発で妖しく撮れる女の子もいる。

要は、こちらが見た目を決めるもなにも、相手が脱いで写真に納まるまでは何もわからない。

女性に声をかける勇気がない

レンガ敷きのスカウト通りでヒールで歩くのはけっこうすごいこと

カッカッとしたヒールの音が、4人の脇を通り過ぎようとしてる。
近くになる谷口が目を向けたが、歩を進めるわけでない。

代わりに遠藤が「こんにちわ」と声をかけたが、ヒールの音の主はちらっと目を向けただけで素通りしていく。

遠藤は追いかけて、歩を進めて、続けて声をかけている。
谷口が「なんか声が出なくて・・・」と呟いている。

「勇気がなくて・・・」と下を向いた。
言ってることはわかるが、女の子に声をかけるのに勇気など必要ない。
関係もない。

やはりどうしたらいいのか、谷口は質問してきた。

「どうしたら、声をかける勇気ってでますか?」
「勇気っていうか、・・・今日、起きたのは何時?」
「起きたのは、8時ごろです」
「それから何をしていた?」
「ゲームして・・・、メシを食べて・・・」
「それから、ここに来たんだ?」
「はい」
「それじゃ、声は出ない」
「・・・」
「オレも最初はそうだったからわかるけど、ここの音に飲み込まれる」
「音ですか?」
「うん、音。それに飲み込まれて体が動かなくなってる。勇気があるないじゃあない」

街路には音がある。
雑多な音が刻まれて、リズムとなって街路にこもっている。

リズムをつくっているのは人。
放たれた会話や歓声が、靴と地面の打音が、服の擦れる音だって、もっといえば呼吸音だって街路のリズムを形成してるかもしれない。

そこに店頭アナウンス、アルタビジョンの音声、信号音や車のエンジン音も、新宿駅からの音も混ざり合う。

全ての音が反響し合って、リズムが空気を揺らしている。
路面だって揺れている。

このリズムが挙動に影響を与える。
いや、挙動を生み出す源泉だ。

揺れる街路のリズムにのれると気分が転がっていって、体が自然に動いていって、溜め込んだものが出せるように声も出せる。

逆にリズムにのれないと、揺れに飲み込まれて、体も動けず声も出せない。

街路で女の子に声をかけれない原因はリズム。
勇気があるないは関係ない。

発声練習で街路のリズムに飲み込まれないようになる

発生練習はオーバー気味に。手足も動かしながら。ひらすらやってみる。

リズムに飲み込まれないようにする方法はある。

全身を使う発声練習だ。
秘策でもなければ、単純で簡単な方法だ。

「発声練習をしてみ」
「発声練習ですか?」
「んん、最初に言うのが “ どーも ” だったら、それを1000回」
「どーもを1000回ですか?」
「そう、ひたすら。で、それが終わったら、“ どーも ” から “ ちょっといいかな ”と続けて、そのフレーズを1000回」
「1000回ですか?」
「そう。で、次に、“ どーも ” から “ ちょっといいかな ” で、ほとんどの相手が無視したり断ったりしてくるからさ」
「はい」
「それをイメージしながら、無視には間をとってもいいし、断りには合わせるようにかぶせてもいいし、“ ごめんね、とつぜん ” とかいって切り返すのを1000回」
「あ、はい」

詳しく付け加えれば手にはカウンターを、・・・日本野鳥の会の会員がカチャカチャやる計数カウンターを片手にきっちり1000回ずつ3回行なう。

それと、フレーズはなんでもいい。
“ どーも ” が“ こんにちわ ” でも、“ ちょっといいかな ” が“ すみません ” でも。

自身が言いやすい好きな言葉でいい。
最初になにを言うかなんて、それほど重要ではない。

「それをさ、まずは部屋の中でやってみ」
「はい」
「で、ただ口に出して言うだけじゃなくて、ちゃんと手の振りをつけて」
「手の振りですか?」
「そう。手の振りに合わせて足も1歩進めたり、1歩引いてみたり、反転してみたり。いくつもバリエーションをつけて」
「はい」

100回単位で声に変化もつけてもみる。
強弱をつける。
高低もつける。
緩急もつける。

動かす手の振りにも、100回単位で変化をつけてみる。
手の平の向き。
手首のひねり。
差し出す速さ。
肘の角度。

変化の組み合わせは多数ある。
手に合わせた足の動きにも変化をつけるが、足の動きは声と手に比べると多用で多種となる。

大きく前に1歩。
斜め前に1歩。
小刻みに前に1歩。
ゆっくりと後ろに1歩。
早く後ろに1歩。

つま先で反転。
かかとで反転。
半回転して2歩。

大きく回りこんで2歩下がる。
で、3歩あるいて2歩下がる。

雑踏の中で女の子に近づいたり足を止めたり、通行人をかわしたりする足の動きとなる。

3日間の発生練習で体内にリズムがつくられる

前屈みで近づいてくるのは怖い。背筋だけは伸ばして。

これらのとき絶対にやってはいけないのは、前屈みの姿勢になること。
背筋は必ず伸ばす。

知らない人が前屈みでどんどんと近づいてくるなんて、自分でも身構えてしまう。
女の子だったら、恐怖しかないのでは。
背筋は必ず伸ばす。

仰け反るくらいでも、なんだったらブリッジするくらいでもいい。
それでも、前屈みよりは反応はあるはず。

とにかくも背筋は必ず伸ばして歩を進める。

「この1000回を3回やったら、だいだい3時間はかかるかな」
「はい」
「これを3日間続けてやってみ。そしたら、ここで声を出すくらいはできるよ」
「え、3日間でできますか?」
「うん、できる」
「あ、はい」

1日目は、こんな全身を使ってやる発声練習の姿が、自分自身でマヌケに感じるかもしれない。

同じ言葉を100回も繰り返すと、不思議なことに呂律が回らなくなる。
想像していたよりも、発声には顔の筋肉を使う。
3時間もやれば口が回らなくなる。

2日目も同様に続ける。
顔の筋肉はほぐれてきて、1日目よりも発声はいい。
手足の動きも、だいぶすんなりとなっていると思われる。

そんな小さな発見を重ねながら2日目が終わるころには、自分自身でマヌケに感じていたのもなくなる。

3日目の最後の100回か200回くらいは、人がいない公園でやってみてもいいかも。

そうして3日間の発声練習を終えて、4日目の朝に起きると、口と声と足の一連の動作が体になじんでいるのがわかる。

いちばんの大きな変化は、自分のリズムが体内にこもっているのを感じること。

体内にリズムがあると、騒がしく揺れる街路に立っても、足と手を動かすと同時に口も動いて、声も自然に出せるようになる。

「今はどうやって話すよりは、まずはノリだな」
「その発声練習で、声がかけれるようになりますか?」
「なる。とにかくやってみな」
「はい」

繰り返すけど、路上で女の子に声をかけるのに勇気など必要もない。
関係もない。

練習して1回できれば、あれこれ考えることなくできるようになるだけ。
はじめて自転車に乗ったときと同じで、1回でも乗れれば次からできるようになる。

ペダルをこいで車輪を回して前に進みながらハンドルでバランスをとる、などといちいち考えない。
声をかけるのも同じで、最初からあれこれ考えない。

まず足を動かせば、手が動いて、言葉が出るようになる。
こうなると人目も気にならなくなる。
目線が変わっているのだ。

自分が通行人からどう見られているかより、自分が通行人をどう見ているのかと、目線が変わっていることに気がつく。

注意も他に向けられる。
女の子の表情や仕草など。

が、これは後の段階だ。
今、教えたところで混乱してしまう。

勝負事が好きな者がスカウトは上達する

サンパークは、この直後くらいに改装して「レストラン はやしや」となり、チキンカツも小さくなる。

こんなアドバイスをしただけで感心している3人に、すっかり気をよくした。

今後のこともあるし、メシでも食べさせたい。
なにか名目が欲しいので、3人に言ってみた。

「勝負するか?」
「なんの勝負ですか?」
「声かけた女と、AVでも店でも考えてみてってとこまで話して、そうだな、電話番号を交換したほうが勝ち」
「いいですよ」
「オレが負けたら、サンパークのチキンカツ定食をゴチする。こんなでかいヤツ。ビールもつけるか」
「おお」

よく食べそうな遠藤が食いついてきた。
谷口は苦笑いをしている。

「で、オレが勝ったら、どうしようか、舎弟を30分ほどやってもらうかな」
「舎弟ですか?」
「まあ、肩揉んだり、コーヒー買ってきてもらったりとか」
「オシッ」

遠藤は気合を入れた。
勝負開始となった。
遠藤はすぐに目配せをして、声をかけようとしている。

自分はわざと遠藤の隣から、向こうから歩いてくる女の子に手を挙げて先手を打った。

島田は反対側に向かってブラブラ歩きながら目配せしていて、途中で電話がかかってきて「おつっス」と街路樹に寄った。

谷口は1歩も動かない。
やはりスカウトに教えるも教わるもない。
上達する者のひとつに、勝負事が好きな者が多い気がする。

どんな小さなことでも、例えばジャンケンでも負ければバカみたいにくやしがり、あと1回、もう1回、次こそはとのめりこんでいく。

こざかしい理屈など耳に入れない。
数をこなして実践者となると、勘が冴えてきてバカなりに勝率を上げる。

一方で負けがつくと、もうやりたくないとなる者もいる。
これはもう、その者が持って生まれた気質。
教えたりしてどうこうなるものではない。

– 2021.12.27 up –