風俗店の店長が教える本番強要の対処法


3時間の講習を終えてジュンコと店に戻る。
久保が、ミライのグチを聞いていることろだった。

少しばかり怒ってもいるようで、自慢話がうざかったというたわいもないグチ。

今はジュンコには、客のグチの類は聞かせたくなかった。
それに店長として、店内では、女の子のグチを一切きくことはなかった。

わざとそうしていた。
店長まで一緒になってグチを聞いて「うん」とでも同調したなら、客をないがしろにすることに繋がる。

変化してサービス低下にも繋がる。
一気に蔓延するのは想像がついていた。

繰り返すけど、女の子にグチをいうなというのではない。
大いに言ったり聞いたりする必要もあるけど、店長は交じるべきじゃない。

店長は、女の子に対しては、なにがあっても客にはサービスよくしろという態度を示さないといけない。

女の子に圧をかけるのは店長であって、嫌われ役でもあって、それはグチを聞いてご機嫌取りする態度とは両立しない。

だから久保が従業員となったこの2ヶ月の間には、グチきくのはオマエの仕事だぞ、聞いたらオレを悪者にしてもいいからサービスだけはしっかりやらせろよ、とは100回くらいは言っていた。

その点、久保はグチを聞くのは苦ではないようだ。
竹山に次いでグチを聞く耐性がある。

今も床に膝をついて「うん、うん、そうだね」とうなずいて聞いている。
久保がそろっと腰を上げた。

「あ、店長、今、待ちが1人いるんですけど、ちょっとだけミライちゃんとコンビニいってきていいですか?」
「いってきな」
「じゃ、ミライちゃん、コンビニいこうか?みたらし団子買ってあげる。ええ、うまいじゃん、みたらし団子。じゃ、店長、電話もらったら、すぐ戻りますんで」
「んん」

察した久保は、ミライを連れて退出する。
代わりに、ソファーにはジュンコを座らせた。

来客のチャイムが鳴ると、西谷が「いらっしゃいませ!」とカーテンの向こうまで出ていく。

誰がなにをすると決めてなくても、指示がなくても、店は順調に回るようにはなっていていた。

おじさん客のほうがやさしいと、女の子もいうものだった。

ジュンコの1人目の客は、すでに受付して待っていた。
会員証持参の2度目の来店。

「お客さま、お待たせしました」
「あ、はい」
「で、ご案内する女の子なんですけど」
「ええ」

念のために本番禁止の注意書きを読み上げようと、ソファーに座って雑誌を読んでいるところに声をかけた。

「今日、未経験で入店して、お客さんがはじめてなんですよ」
「ああ、そうきいたけど、だいじょうぶかね?」

40代のスーツのサラリーマン。
温厚な印象。

「いやぁ、それなんで、もうしわけないんですけど、お客さんのほうから教えてあげるくらいでおねがいできますかね?」
「はははっ、わかった!」
「おねがいします!やさしくおねがいしますよ!あと本番禁止ですからね!」
「だいじょうぶ!そんなことはしない!」

大丈夫そうだ。
スケベそうではあるが、こんな明るさがあるスケベさだったらいい。

ジュンコは、初めての客に緊張している様子で座っている。
こういう姿の女の子を、ずっと眺めていた。

「ジュンコさ、最初は時間がなくて焦るかかもしれない」
「あ、はい」
「でも、自分のペースでいいからね。ちゃんとしてれば、お客さんだってどうこういわないから」
「あ、はい、・・・あの、お客さんってどんな人ですか?」
「やさしそうな、おじさんだよ」
「おじさん・・・ですか?」
「うん、おじさん、苦手じゃないでしょ?」
「あ、はい、だいじょうぶです」

話ながらレンタルルームまで一緒に歩いた。
レンタルルームのドアを開けて、ジュンコは中に入る。

「3番のお部屋です」とフロントに声をかける声が聞こえた。
瞬間で声の質が変わっていた。

黙っていると怒っているようで、笑顔になるとはにかんだように見えるというギャップがよかった。

さきほどのミライである。
客の文句やグチが度々あるけど、明色で前向きなグチだった。

先月の12月に、島田のスカウトで入店した。
店舗型ヘルスで経験ありの20歳。

口調はどことなく生意気。
それでいて、鼻にかかった高めの声には愛嬌が含まれている。

そんなときの笑みは、はにかんだように見えて、いい具合の素人感を溢れさせていた。

週に4日、実家の川崎から歌舞伎町まで通っている。
面接では学生と聞いているが、学校には行ってないようで、それを確かめもしてない。

在籍の女の子のプライベートは最低限のことしか知らない。
向こうから話してこない限り、こちらからは聞くこともない。

サービスチェックはオーナーがしている。
「カラダもいいし、サービスにはやる気もあるし、愛嬌もあるし、いいんじゃないか」との評だった。

1月になってからは、アンケートも幾度も取った。
わるくはない。

すぐに本指名の客も来た。
優先順位は上がり “ お菓子食べ放題 ” の特典もついたのだった。

「お菓子たべたい」といえば、すぐに自分も含めた誰かがコンビニへ走るという、そうハッキリと決めた特典ではないけど、本指名が続く限りは継続される。

あからさまなご機嫌とりでしかなかったが、ミライは2日に1回は特典を行使していていた。

コンビニに寄って、ミライを待機所に戻した久保が、300円ほどのレシートをそろっと出してきた。

自腹で出したようにしろ、とは言ってあった。

「で、ミライ、なんだって」
「たいしたことないです。自慢話がうざかったってだけです」
「んん」
「カネを持っているだとか、クルマはビーエム乗ってるとか」
「そっか、なんか怒ってなかった?」
「なんか、この店にはもったいないっていわれたって怒ってました」

風俗の女の子って気がいい。
「この店にはもったいない」は、店のほうをけなしているのに、自身がけなされたかのように怒っている。

頑張っているのだ。
それを少しけなされたような気になるのか。

以外に、女の子はいったん在籍すると、多くは店に肩入れするような心意気を持つものだった。

店とはなんだろう・・・と、ときどき考えさせられた。

平日の早番で入客21名はいいペースだった。

ジュンコの2人目の客は、またオーナーをサービスチェックで入れるつもりだった。
が、さっきのノゾミで精一杯だと拒む。

オーナーは、待合のソファーでうたた寝してから「あのコは大事にしてください」と帰っていった。

ジュンコに2人目の客がついて、3人目がつくころは早番が終わるころだった。

入客数は21名。
いいペース。

2人の講習で『つかれた』といいたいが、それも伝染するので店内では言わないようにしている。

体験入店がなければ上がるのだけど、ノゾミとジュンコを帰すまでは店にいるつもり。

ソファーで腕を組み、うつらうつらしていると、ダーさんから電話があった。

「女の子がフロントにきているんですけど」
「え!」
「今日の新人のコですよ」
「なんていってます?」
「なんか本番されそうになったっていってますけど」
「泣いてます?」
「う・・・ん、そんなことないですけど」

様子からは大したことないようでもある。
でも、すぐに立ち上がって、通話をしたまま店をでた。

「いま、いくんで」
「客は足止めしときますよ」
「わかりました、すぐいくんで」
「はーい」

電話を終えてから走った。
油断していたのを計ったかのような本強の連絡だった。

店舗じゃなくなったから、いつかは起きるとは思っていたが、まったくなかったからだった。

本強の対応については、暴力があれば刑事事件にする。
が、ちょっと「やらせて」くらいについては微妙。

それに対応していたらキリがない。
でも金はとりたい。

再オープンする前に、歌舞伎町交番のお巡りさんに相談したときには、店からの損害金などの請求は恐喝になりやすいからやめたほうがいいと止められている。

女の子からの慰謝料、という名目はつけないといけない。
それだったら、10万くらいは普通にありだ。
警察に走られてもなんとかなるだろう。

イヤイヤするのが、逆に男を猛らせてしまう女の子だった。

レンタルルームのフロントに駆け込むと「たいしたことないですよ」とダーさんがタバコを吸ってるだけだった。

ジュンコは、もう個室に戻って着替えているという。
だからといって、このままにしておくわけにもいかない。

ちょっと間をおいてから、個室のドアをノック。
もう2人とも、着替え終わるところだった。

「どうしたんですか?」
「・・・」

わざと口調を尖らせたのもあるけど、2人揃ってベッドに座っているだけ。
どちらも話さない。

「ジュンコ、どうした?」
「ウン・・・」

大したことない。
ただの本強か。

「お客さんにレイプたの?」
「ウ・・・、ン・・・」

嫌がらせのレイプという語句に、客は「あっ、やっ」と小刻みに首を振っているだけ。

ジュンコからは、曖昧な返事があっただけ。
怒気はない。

「痛いことされたのか?」
「ウウン・・・」
「ムリヤリだったのか?」
「ウウン・・・」

暴力があったのでもないし、無理やりがあったわけではない。
しつこくもないし、暴言もないし、手荒く扱われたのでもない。

つい、入れたくなってしまったが「ダメッ!」といわれて素直に引っ込んだ程度の、ヘルスではよくある本強。

客だって、最初から本強するつもりではなかったのもわかる。
接しているうちに、血迷ったのもわかる気もする。

相手に迫られたら断れないジュンコだから経験人数が30人になったと、面接の前に谷口から聞いたことも頭に浮かんだ。

「ダメッ!」といえないし、本番は禁止されているし、どうしようと困ってフロントまでいったのかも。

たしかに「本番強要されたらプレイは中断してもいい」とも言ったし、今になって「そのくらいかわせ」とは言えないし。

まいったな・・・というのが正直なところだった。

後ろ髪が妙にボリューミーな客で、すごくいい人ではあるが、女の子の側につかなければだった。

うつむいているだけの客だったが、後ろ髪が妙にボリューミー。
佐野元春に似てる。

それとなしに顔立ちも似ている。
まさか、本当に佐野元春じゃないだろうな。

とにかくもだ。
元春は精一杯の反省してる顔して神妙にしている。
それがいかにも「いいヤツなんだな」と思わせた。

「お客さん」
「はい」
「こうなったんで、これでサービスは終了しますよ」
「あ、はい」
「返金はできなきんで」
「あ、はい」

自分だって、元々は温厚な人間だ。
こういう態度にこられると、さほど怒りも沸いてこない。

ジュンコのほうは『どうしたらいいの?』というような困惑の目を向けてきた。

「で、どうしてくれんです?」
「え・・・、あっ、はい」
「え、じゃなくて」
「え・・・」
「いやだから、え、じゃないて」
「あ、はい」

女の子が本強を訴えたときは、まずは当人の温度を見なければならない。

怒っているのか。
泣きたいのか。

謝ってほしいのか。
それらを店に求めているのか、客に求めているのか。

あるいは、サービスを中止できればいいのか、その分のバックはどうなるのか。
慰謝料があればいいのか。

まずは、それらを、探らなくてはいけないと気がつくのは、もう1年ほどあと。
このあとに、何度も金をとってから。

このときは、本強という言葉に少し興奮していたのか、ゴリ押ししてでも10万は取ってやろうと、高速回転して策を練るばかりだった。

「お客さん」
「はい・・・」

10万程度だったら。
もし、警察にいかれてもなんとかなるだろう。

「女の子へ慰謝料として10万はつけてくださいよ」
「あ、はい、10万円だったら」

すんなりと10万を納得するとは。
すこーんと、失敗した気がしないでもない。

50万でも払ったかもしれない。
女の子が精神的なトラウマで店を1週間休むといえば、本人からいうのだったら50万だってアリだ。

「今、持ってます?」
「ATMにいけば・・・、でも本当に10万でいいですか?」
「ええ」
「わかりました」

元春は、10万という金額にほっとしてかのようだ。
もう払う気まんまんでいる。

警察にいくはともかくとして、家庭や職場に知られるのを恐れていたのか。
元春のくせに。

『やっぱ100万でいいですか?』とやり直したい。
が、今さら言えない。

金を請求する根拠が疑われたら、本気で警察に走られて、今度はこっちの立場が危うい。

しくじったぁ・・・と迷う気持ちでレンタルルームを出て、角のコンビニのATMへ向かった。

もし、元春が逃げようとでもしたら、すぐにとっつかまえて、今度こそは100万を請求してみようと祈っていたのに、すんなりとコンビニのATMで金を下ろしている。

ジュンコは、黙ったままついてきていた。
2人して無言のままコンビニの外で待っていた。

店に戻そうかとは思った。
が、あとになって恐喝だと言われないためにも立会いは必要かなと、ついてくるままにしていた。

「すみませんでした。これ10万です」
「ああ・・・、たしかに」

元春は謝まりながら10万を渡してきたが、表情は明るい。
自分のほうとしても、なんといっていいのかわからない。

『ありがとうございます』と言う訳にはいかないし『すみせん』でも『どうも』でも変だ。
堂々と受け取るしかない。

「これは、彼女の慰謝料として受け取ります」
「はい、わかりました」

店としてではなくて、ジュンコの慰謝料であることを念を押しただけだった。
すぐに元春は、帰りたそうな素振りをしている。

「また、きてください」
「あ、はい、それではこれで、失礼します」

元春は、ジュンコにも頭を下げて帰っていった。
問題ないだろう。

10万に喜ぶ女の子もいれば、そうでもない女の子もいた。

2度、失敗した。
ジュンコの前で、お金の話をしたのも失敗。
目の前でお金を受け取ったのも失敗。

慰謝料という名目の10万だったが、そのまま1渡すのはいかがなものか。

病院にいくとかだったら10万でもいいが。
大騒ぎするまでもない。

未経験の体験入店だし。
こうすれば10万が手に入ると勘違いされてもいけない。

かといって、今日だけは『本強は上手にかわせ』と無下にはいえない。

「ジュンコ」
「・・・」
「これ」
「・・・」

迷ったが、そのまま10万を渡した。
そのまま渡さない名目がぱっと浮かばない。

それにないとは思うが、後々になって警察がらみになったら、ジュンコには慰謝料として受け取ったと証言をしてもらわないといけない。

「お客さんの気持ちだからさ」
「あ・・・、はい」
「今日は、これで上がりにしよ」
「あ・・・、はい」

体験入店は終わりにした。
次にまた本強があったもなら、もう回復がきかない。

これ以降。
3度ばかり慰謝料をふんだくって、コツみたいなものを掴む。

まずは刑事事件になるのか、ならないのかの判断。
ほとんどはならない。

暴力や強制までは、まずいない。
その点は、客だってわきまえている。

その上で、相手が警察に行きたがるか。
行きたがらないか。

こちらとしては、どっちでもいい。
行くのだったらそうも取れない。

なにがなんでも行きたくないというのなら、多めに取れると目安をつける。

そして、最初に請求する金額が重要。
ちょっとすぐには払えないと躊躇する金額で驚かす。

そこから譲歩した態度をとって、本人に負い目を与えたまま実際の金額に落とし込む。

元春の場合でいえば、ぜったいに警察には行きたくないとなるだろうから、口座の金は丸ごといけたのかもしれない。

最初からすんなりと10万払えるから、たぶん口座には100万くらいはあった。

100万の請求をしてから、譲歩の金額を元春の口からいわせて、それが仮に30万だったとしても、こっちは驚いてもいいし、警察でもいい。

とにかく100万は振ってみる。
相手がいう金額が50万だったら、譲歩して80万はとれる。

とはいっても、優良店に自負もあるし評判もある。
そこまでは悪どいことはしないが。

あと、女の子の前では金額の話はしない。
ふんだくった金を、そっくりそのまま渡すのもよくない。

それにジュンコの場合は、最初に元春が素直に謝った時点で、不問にして帰してもよかったかも。
あとは、自分とジュンコの問題だ。

なぜ、そう思うかというと。
ジュンコはトビとなってしまったからだった。

理由はわかる気がした。

客が頭を下げて10万を差し出してきて受け取ったとき、ちょっとはわるい気がしたからだった。

ジュンコだって、うれしくはない10万だったのだろう。

– 2023.9.30 up –