警察の取り調べの初日


留置場の空調は一流ホテル並み

目を覚ましたが、小さく蛍光灯が点いたままの無機質な空間だった。
時計がないので時間はわからない。
昨晩は横になるとすぐに寝ていた。

鉄格子の入口の反対には小窓がある。
外には何が見えるのだろうと布団から出て覗いてみると、小窓の向こうには人が1人通れる幅の外廊下が巡っていて、その外廊下の向こうが外界となる。
二重の壁になっている。
それなので房内には自然光が入らずに、街音は聞えなくて、外界の気配は伝わらない。

何時なのだろう。
時間がわかるものが一切ない。
いつになったら起床になるのか見当がつかないのは、2度寝がしずらいものだった。

壁には送風口がある。
留置場内で完璧なもののひとつに空調がある。
夏のこの時期なのに、暑くもなく涼しすぎもせず、静音も湿度も保たれている。
空調だけは一流ホテル並みだった。

木綿布団は薄くもない。
シーツも枕カバーも洗濯済みのものだ。
昭和の時代の留置場は、板張りの床に貸与の毛布2枚で寝たというから、空調もよくなく清潔さも最低限だったのではないのか。
平成の留置場でよかった・・・と布団の中で天井を見ていた。

7時に起床をして点呼

向こうのほうで鉄扉が解錠される音がして、幾人も出入りする気配がする。
署員同士が挨拶している。
ほどなくして「きっしょう~」と号令がかかった。

房がひとつずつ順番に解錠される。
折りたたんだ布団を抱えて房から出て、倉庫へ収めて、房内の掃除をしてから5分間の洗面となる。
メガネも受け取る。

次は点呼だった。
各自が床に着座をする。
署員と留置係が7名ほどで巡回して「点呼!1号房!5名!」と人数を確めていく。

コンクリート壁に鉄格子の房なので、どう考えてみても、いつの間にか1名足りないなんてことはありえないのに・・・とあくびをかみ殺していると、すべての房の点呼が済んで「敬礼!総員62名、異常なし!起床時点呼を終わります!敬礼!」と聞えてきた。

やることもなく軽いストレッチをしてると、朝食の仕出し弁当が配られる。
朝食が終わると、房ごとに運動のために解錠される。
留置場の一角が運動場となっているのだ。

運動場から戻るときに、ガラス張りとなっている場内事務室の前を通る。
そこからの壁掛け時計で9時前なのがわかった。

9時を過ぎたあたりに昨日のスポーツ刈りが房の前まできて「332番、調べ」と扉をガチャガチャとした。
嫌な解錠音だった。

撮影室と鑑識係

房から出て鉄扉の前までいくと、両手を挙げてボディーチェック。
片足づつあげて、サンダルの底面も見せる。
ボディーチェックが済むと、手錠をかけて腰縄を結わえる。

「手錠よし!準備完了!」とスポーツ刈りが声を上げると、やすしが鉄扉の覗き窓を開けて「332番、出場します!」と外部に声をかけた。
そして2人揃って「解錠準備異常なし!解錠!」でガチャンと鉄扉が開いた。

鉄扉を出たところには、初見となる50代半ばと若手が立っていた。
50代半ばが「おはよう」と挨拶をしてきながら、留置係から受け取った腰縄を若手に持たせた。

スポーツ刈りの中肉中背でノータイのワイシャツ。
黒い革靴に黒いベルト。
刑事っぽかった。

若手は「係長」と呼んでいる。
この50代半ばが、取調べをするのだろうと察しはついた。
まず連れていかれたのは、同じ2階にある撮影室。
いかにも『わたしが鑑識です』という紺色作業ズボンの署員がいた。

三脚にセットされたカメラとストロボ、対にはスタンド式のゲージが立ててある。
ゲージは目盛りがついたL字型で、顔の位置あたりで上下できる。

あれだ。
ニュースで目にする容疑者の顔写真を今から撮影するのだ。
その被疑者専用ゲージに合わせて立ち、正面と横を向いた全身写真、正面と斜め45度の顔写真を撮影していく。[編者註35-1]

鑑識係が「はい、足元の線に合わせて立って」と「はい目をまっすぐ」と手際よく写真を撮影していく。

顔写真を撮影する段になると、「はい、そのまま」と被疑者専用ゲージが顔にあてがわれる。
ボサボサの髪にヨレヨレのTシャツにクタクタのジャージ姿で、被疑者専用ゲージに縁取りされた写真は、さぞかし『わたしは犯人です』と写っているだろうが、もう、どうでもいい。

鑑識係は「表情、普通にして」といいながら、シャッターを切っていった。

指紋採取

写真撮影が終わると、次は指紋採取だった。
撮影室の一角にスチールの台がある。

台の上には、黒インクがべたべたと付いたローラーとトレーがある。
ローラーとトレーのセットは、何年使っているのかわからない使用感がある。

台の上には用紙が置かれていて、やはり鑑識がローラーをごしごしと回転させて、トレーに黒インクを伸ばした。
自分の手を取った鑑識は「つけるぞ」と、まずは人差し指の腹にインクをつけていく。

指は横向きに用紙に置かれた。
「はい、指の力抜いてな」掴んだ指をぐるりと半回転させると、用紙には指紋が歪んだ四角形となって採取された。

指紋採取
被疑者に協力する意志がなければ指紋採取の邪魔はできる

人差し指から、中指、薬指、小指、親指と採取して左右の指紋採取が済んだ。
指を半回転させるので、逆手となり、腕も上体もわずかにねじれる。

被疑者に協力する意志がなければ、いくらでも指紋採取の邪魔はできる。
指紋採取を拒否する被疑者がいたらどうするのだろう、と自分は指の回転に合わせて上体を傾けていた。

今度は手の平と手刀。
掌紋というやつだ。
手の平と手刀にローラーでインクをぐいぐいと塗りつけて、用紙に押し付けていく。

しかし、今の時代。
手の平を機器の上に置いてスイッチひとつで光学的にスキャンできそうなものなのに、1本ずつ指にローラーでインクをつけて紙に採取するのがひどく前時代に感じた。

取調室のどこにマジックミラーがあるのか?

指紋採取が終わると、手のインクを拭き落として、手錠をつけて2番取調室へ。

留置場の房内の格子窓とは違い、そこにある窓からは真夏の陽の光が射していて、かすかな外音も聞こえもする。
それだけで少し気分は明るくなる。
これから取調べだというのに。

手狭な部屋には、年季が入ったスチールデスクを挟んでパイプ椅子が一対。
壁面にはパイプ椅子が2脚あり、ひとつにはすでにファイルとバッグが置かれていた。
ファイルは15センチほどの厚みで自立していた。

促されてパイプ椅子に座ると、若手が腰縄の端を背もたれに回してから格子窓に結わえて、外した手錠の輪っかをパイプ椅子に連結した。
要は体とパイプ椅子は一体になる。

対面には50代半ばが腰を下ろして、若手が壁面に座った。
壁にはマジックミラーなどない。
ただのクリーム色の壁で囲われているだけ。

テレビドラマで見かける壁一面がマジックミラーの取調室は、特別なのかもしれない。
ただ、どの取調室にもマジックミラーはついているようだ。

入口のドアについている小窓がマジックミラーになっている。
今はスライド式の扉で塞がっているが、そこが開いていれば、外から顔が見られるのは気がついた。

取り調べは勲章褒章の有無から訊かれる

向かい合った50代の刑事は『渡辺』と名乗ってから「昨日は寝れたか?」と人当たりがいい口調で訊いてきた。

目線には威圧感はない。
血色はいい。
結婚指輪あり。

自分は「はい」と能面顔で答えて、次いで2言3言あったが、すべて同じように「はい」としか応じなかったので、それ以上の雑談にはならなかった。

『供述調書』とプリントされている用紙の束が机の上に置かれた。

いきなり事件には触れない。
最初は『身上調書』を作成する。
これは被疑者の経歴書みたないなもの。

それを告げた係長は、・・・渡辺刑事は若手から係長と呼ばれていたので自分もそれにならったのだが、係長はコピー用紙が挟まれたバインダーが机上に置く。

調書の下書きとなる聞き取りをはじめた。

「勲章褒章はあるか?」
「ないです」

まず最初に訊かれることだ。
ここで勲章や褒章があれば、また扱いが違うのかもしれない。

警察からの表彰状があれば罪が軽くなる、という都市伝説を聞いたりもするが、この辺りからきているのかもしれない。

「前科前歴はあるか?」
「はい」

残念なことに、前科と前歴のほうはある。
本当に残念だ。
好んでなったわけではない。
それなりに真面目にやってるつもりでも、いつの間にかそうなってしまった。

「それじゃあな、最初に警察の世話になったのはいつだ?」
「16歳です」
「ああ、少年はいい」
「大人になってからですか?」
「うん」
「どのくらいだろ?」
「・・・」
「6年前くらいかな・・・」

係長はうなずきながらバインダーのコピー用紙にメモしたあと、分厚いファイルを手に取って開いてページをめくり目を通して確かめている。
前科前歴のすべては、警察に記録として残されているのだ。

内心の意思とは?

前回の事件の供述調書のコピーが、係長の手元の分厚いファイルにあるのだ。
わかっているのだから、訊かなくてもいいのに。

係長は確めると「うん」とうなずく。
バインダーのメモに何かを書き込む。

身上調書では、前科前歴を軸にするようにして書いていく。
どこで生まれ、どのような生い立ちで、どのように学校に通い社会に出て、どういった仕事をして、どのくらいの収入を得て、どういう生活をしてきて、人柄や性格はどうであって、どんな出来事があって事件をおこしたのか。

自分の場合は、そこからどう裁かれて社会に戻り、そしてまた今回の事件に到ったのかが追加される。
聞き取ってメモしたバインダーは伏せられて机の上に置かれた。

「それでな、黙秘権って知ってるか?」
「はい」
「話したくないってことはないな?」
「はい」
「じゃあ、これで身上調書を書くな」
「ええ」

『供述調書』と印字されている用紙が机上に置かれた。
縦書きの線が引かれていて、やや広めの行となっている。[編者註35-2]
係長は前置きしてから、ぐいぐいと調書になにやら書いていく。

まずは、本籍、現住所、氏名、職業、生年月日、被疑事件が記入された。
次いで5行ほど一気に書かかれた。

「じゃあ、ここ、最初に読むぞ」
「はい」
「ええ、平成16年、8月6日、今日な」
「はい」
「本職が、・・・これ、俺のこと」
「はい」
「ええ、本職が新宿警察署において、内心の意思に反して供述する必要がない旨を告げて取調べしたところ、次のように任意で供述した」
「・・・」
「この、内心の意思ってなんのことかわかるか?」
「なんとなくわかります」
「自分でそうだと思ったことはそう、違うと思ったことは違う」
「・・・」
「わからないことはわからない、知らないことは知らない」
「・・・」
「それでいいから、自分の思いを正直に話すということ」
「はい」
「俺が言ったから私もそう言ったじゃなくて、自分でそう思ったからそう言ったってことだな」
「はい」
「任意で供述したって意味はわかるか?」
「ええ、自分からってことです」
「そう、無理にとか、強制ではないってこと」
「はい」
「話したくないことは、話したくないでかまわない」
「はい」

係長は前置きしてから、ぐいぐいと調書になにやら書いていく。
さらに3行ほど書かかれた。

「ちょっと読むぞ」
「はい」
「ええ、私は、・・・この私は田中君のことな」
「はい」
「私は、黙秘権があることを、刑事さんから説明を受けて十分に理解しました」
「はい」
「今日は、私の今までのことをお話したいと思います」
「はい」

また係長は書いていく。
バインダーのメモと、分厚いファイルにある前回の身上調書を参考にしながら、今回の身上調書は書かれていく。

ときどき係長がペンを止めて「これはあれだったか?」と「これはこうでいいのか?」と確かめてくるのに端的に答える。

あとは「ええ」とか「はい」とか「たしかそうでした」という程度のやりとりが繰り返される。

供述調書の文体は口語体で独白調

口語体で独白調で書かれていく。
一文は短め。
句読点はけっこう多め。
“ ですます ” の文体というのか。
おおよその文章は以下である。

<本日は、私の身上をお話したいと思います。私は、昭和○○年○月○日に生まれました。現在、○○歳です。出生地は○○県です。○○県○○郡○○町○○番地が実家となります。父は○○といい、○○を職業としていました。父の性格は○○だったと思います。母は○○といい、○○をしておりました。母はとても○○でした。兄弟は○と○がおります。両親からは○○に育てられたと思います。>

前回の逮捕のときの身上調書もこんな出だしだったから、フォーマットでもあるのだろうか。
なぜか両親ほどには、兄弟には触れない。

<子供のころの私は、○○でした。また、○○でもありました。そして、私は、昭和○年から○○小学校に通いました。学校では○○でした。勉強は○○していたように思います。成績は○○で、得意科目は○○でした。担任の先生には○○と言われたりもしました。友達とは○○でした。また、友達とは○○をしてよく遊びました。私は、○○がとても得意だったのです。○○にも興味がありました。○○の本をよく読んだのを憶えています。>

もちろんこんな独白など少しだってしてないが、取調室で自ら話しましたという体で書かれていく。

独白などしてないと強調してしまうのは、このような身上調書に、どこか悲しさを感じてしまうからだと思われる。

堰を切ったかのように話している。
なにが彼をそうさせたのだろう、と自分の調書なのに醒めた目となってもくる。

とにかくも幼少期から少年期、そして青年期へと身上調書は書かれていく。

<社会に出てからの私は、○○をしておりました。収入は、○○ほどありました。平成○○年頃からは、○○をしました。平成○○年頃からは、○○をしました。平成○○年頃からは、○○をしました。収入は、○○ほどありました。生活は○○だったように思います、>

年表記はすべて元号である。
前回の身上調書を参考にするので、係長のほうが出来事の元号も時系列も把握しているところもある。

<○○も購入しました。○○に旅行にもいったりもしました。また、○○を趣味にしておりました。これについては、○○したことも○○したこともあり、私の自慢でもあります。その頃の私は、よく人から「○○ですね」と言われました。実際、○○で○○でした。私自身は○○だったと思います。>

仕事と収入と生活の様子を盛り込んでいく。
短所も書くが、それ以上に長所も書いていく。

しかしどうしても、こういったのは短所のほうが癖が強いもので、いくら長所を書いてあってもトータルすると出来はよくない身上に感じるものだった。

<休日には、交際していた○○と○○をして過ごしていました。○○は○○歳でした。とても○○な女性でした。○○とは○○しておりました。今でも思い出すのは、○○で○○したことです。平成○○年頃です。私にとっては、とても○○なことでした。私は、○○でした。そのときに、○○は○○だと知ったのです。>

女性の存在は、どのような存在であっても重要のようだ。
犯罪の背後に女あり・・・と聞いたこともあるが、やはり警察はそういう見方をしているのか。

本人が忘れていることも「こんなことはなかったのか?」と確かめてくるので思い出したりもする。

繰り返すが、こんな独白など全くしてない。
前回の逮捕のときの身上調書が下書きになっている。

ときどき係長がペンを止めて「これはどうだった?」と「あれはどうだった?」と確かめてくるのに端的に答えて、あとは「ええ」とか「はい」とか「たしかそうでした」程度しか言ってない。

そして事件に近づいてくる。
「このときはどう思った?」と「このときこうじゃなかったのか?」と係長は訊いてきて、悪行に関しては当人の弁明も盛り込まれる。
割合と公平である。

<そのとき私は、○○だったのです。○○するべきだと思ったのです。ですが、○○だったのです。私は○○しましたが、○○でした。そして、○○だと思って、○○したのです。結局は○○でした。どうしてかといえば、○○だったから○○だったのです。それに私は、○○でした。そして、私は、平成○○年に○○警察署に逮捕されました。裁判では○○の判決を受けたのです。>

しつこいが、こんな独白はしてない。
するわけがないし、する人も見たこともない。
しました、という体で書かれていく。

用紙に1枚ほど書き上げると、ボールペンを置き読み聞かせをして、間違いがないか確めながら進んでいく。

「悪く書くつもりはない」と係長はいうし、事実を書いているだけで悪意を持って書いているのではないのはわかる。

しかし人に披露できる経歴ではないとの自覚はあるし、内容を他人から客観的に聞けば聞くほど、自分のことながら『こいつはクズの類の人間だな』とあきれてしまう。
続きは午後になる。

刑事訴訟法の暴行陵辱の罪

途中で昼食時間を挟んだ。
昼食は留置場の房内で食べる。
ちなみにトイレに行きたいときも留置場の房内に戻る。

留置場に戻るのは、出たときと逆の手順となる。
手錠、腰縄、鉄扉、ボディーチェックの繰り返し。
このとき、女性房から3番房に変更ともなった。

3番房は5名。
それぞれは無言のまま、米飯と蒲鉾1切れの官弁とプラコップの麦茶の昼食をとる。

昼食が終わると、すぐくらいに「332番!調べ!」と係がきて、ボディーチェックに手錠に腰縄に「解錠準備異常なし!解錠!」の号令で場外へ出て係長と若手に顔を合わす。
なかなかせわしい。

午後からも身上調書の続きが書かれた。
前回の事件で釈放されたあとから、今回の事件までが書かれる。

<私は、平成○○年の事件で釈放されてからは、○○して生活をしたのです。どうしてかといえば、○○だったからです。私は、○○して○○できたのです。仕事ぶりは、自分では○○だったように思います。収入は○○円から○○円ほどありました。生活は○○でした。この少し前から交際していた○○は○○と言いました。私は、○○だと思い○○しました。ほかには○○もしました。これについては○○だったと思います。>

一見すると人当たりはよさそうな係長だが気を許してはならない、と雑談には少しも応じてない。
必要最低限のことしか答えてない。
身上調書が終われば、いよいよ次は『供述調書』になるからだ。

ずっと気になってもいるのが、摘発で逮捕された直後に店に姿を見せたオールバックの西郷だ。
オーナーの名前を出してから、念を押すように関係を確かめたのはなんだったのだろう。

どうなるのか、まだわからない。
オーナーが実質的経営者だろ、と追及されるかもしれない。
そうなった場合、追求を認めて意に沿う供述をしなければどうなるのだろう。

さすがに昭和じゃないのだから、道場にいって柔道技で投げられるのも、メシを食べさせないとか、トイレにいかせないとか、卓上ライトの光を顔に当てて寝かせないのもないだろう。
攻撃は、もっとネチネチしている。

うっかりと付け込まれる弱みを雑談で洩らしたものなら、例えば「家族が心配だ」とでも口にしたものなら、そのときはうんうんと優しげに聞いといて、後々の調べになっていきなりブチ切れて「手錠と腰縄打って近所を引き回してさらし者にしてやるぞ!」と「家族全員、住めないようにしてやるぞ!」と恫喝する手口くらいは当然するだろう。

このくらいの手口だったら、言った言わないで済ませられる。
まあ、幸いなことに自分にはそんな弱みになる家族もいないし、失うような社会的立場も生活もない。

捜査比例の原則に上申書に私選弁護士に

弁護士がついていれば、また警察の扱いが違うとは思う。
が、最初から罪も認めてるし、今のところは必要もない。
22日間だけだ。
あと21日だけ、やり過ごせばいいのだ。

『捜査比例の原則』の存在もわかっている。[編者註35-3]
刑事訴訟法の暴行陵辱の罪も少しは理解している。
『上申書をだします』の一言が、取調べで効くのも知っている。[編者註35-4]

いや、生兵法はいけない。
いよいよ取り調べで攻撃されたら『当番弁護士を呼んでください』でいこう。
当番弁護士がやる気がなさそうだったら『弁護士を選任します』と言い放ってもいい。

身上調書は8枚となっている。
<そして、私は、8月5日に、店で逮捕されたのです。>と、終わりが書き上げられた。

係長は一通りの読み聞かせをして「これでいいか」と確かめてきたが、事実のみが坦々と書かれているのみで特に不都合はない。

文末に署名と指印を促されて、自分も応じた。
自分の署名から5行ほど空けたところに、係長はカーボン紙を挟んだ。

係長も署名をする。
<新宿警察署 司法警察員 巡査部長 渡辺一夫>と署名されていた。

背面の鉄格子の窓からの夏の日差しは、だいぶ和らいでいた。
夕方になっているようだ。
「明日は送検だな」と係長は言いながら机の上を片付けている。

– 2020.4.12 up –