はじめて街で声をかけたとき


内緒でAVに出演した彼女

高校を中退して家出して、職を転々とした。

飯場の鳶職や日雇い、雀荘の住込み店員、焼き鳥屋、トラック運転手、等々。

そして彼女ができた。
彼女の名前はエリ。
同棲をはじめてから、毎日が楽しくなってきた。

そして20歳代後半になったとき。
ひょんなことから、ブローカーとして動き始めた。

次第に動きがついて来て、仲間の紹介でお茶の水に事務所を借りた。
雑居ビルの4階で占有物件。

●●●●株式会社という休眠会社を買取り、代表取締役という肩書きでブローカーにはげんだ。

随分と見栄えはよくなった。

ブローカーをして気づいたことがある。
金持ちはバカを嫌い、れっきと職業を貴賎する。

「ボロ着てても心は錦」とか「人間皆平等」というのも大ウソだと気づいた。

ブローカー商売は面白かった。
というよりも快感があった。

ブローカー商売は “ かけ ” か “ 引き ” 、勝つか引くかであって、負ければ仕事じゃなくなる。

そして雑貨の転売で、引っ掛けてられ大損を。
占有物件だった事務所も、競売の強制執行が決定。
すぐにでも出ていかなければならならない。

裁判所の執行官がくる前夜に、荷物をまとめて夜逃げ同然に引き上げた。

落城というのはこういうこうなのか。
惨めだった。

ヘコんだと同時にいろいろな仕事の話を受けた。
たいがいドブさらい的な仕事だ。

違法まがいの仕事も含まれる。
そんなコジキをしばらくやった。

そんなときだった。

3年半同棲していた彼女が、男関係のすったもんだの末にウチを出ていった。

ショックだったのは、内緒でAVに出演したことだった。
情けないのと悔しいのとで、何のやる気も起きない。
人付き合いも減り、静かな日が続いた。

そしてぼんやりと。
以前の仕事仲間の木村と、雑談で話したスカウトマンのことを思い出していた。

木村は、元キャバクラの店員で、現在は家業を継いでいる。

「六本木のキャバクラって、女のコを採用するとき、募集広告を出さないんですよ」
「エッ、どうやって採用するの?」
「スカウトですよ」
「エッ、スカウト?」
「キレイなコに街角で声かけて入店させるんですよ」
「ふーん。そんなので女のコ集まるんだ」
「それで、女のコが1日仕事をすれば2万円スカウトバックが出てるんです」
「エッ、3万円?」
「そうですよ。で、それから、5日仕事すると3万円出るんですよ」
「そうなんだ」
「そうです」
「いろいろあるもんだね」

エリみたいな女に振り回されるぐらいなら、こっちから振り回してやろう。

要するに「仕事紹介してやる」といって、店まで連れていけばいいだけの話だ。

手配師みたいなものか。

早速パソコンで、インチキな会社名を載せたカラフルな名刺を作った。

この名刺を女のコに配って、どのくらいの反応があるかやってみよう。

でも1人だと心細いし、見た目にもまったく自信もない。
もちろんナンパも成功したことがないし、進んでしたことがない。

スカウトなどできるのか?

プータローをしてる、高橋をさそった。

「おもしろそうじゃん。つきあうよ」という高橋と2人で、どうやろうかと話し合った。

「渋谷がいいんじゃねえの」と渋谷にいってみたり。
「ちょっと人が少ないところがいい」と所沢に行ってみたり。

「映画館があるから」と大宮に行ってみたり。
「パルコがあるから」と町田にいってみたり。

が、場所なんて関係なかった。
女のコを前に肝心の声をかけることができないのだから。

思いきって声をかけると完全に無視される。
気が引けてしまう。

「お前行けよ」
「お前が先行けよ」
「ジャンケンで負け方が行こう」
「おう」

そんなことを2人で道端で何回も言い合っている。
そのうち高橋がスタタ・・・・と早歩きで女のコを追う。

しばらくすると「名刺渡してきた」と戻ってきた。
半日動いてそんな感じだった。

「明日もやろうぜ」
「おう」

その翌日も、またその翌日もその繰り返しだった。
2人であっちこっちウロウロしていた。

なかなか声をかけられない。

「いや、うまくいかないな」
「そうだなぁ」

内心「むずかしいな、これで大丈夫なのか」と思う。
仕事としては、全く成立しない。

さすがの高橋も、そう感じていたのだろう。
2人とも無言になっていた。

今日あたりで、高橋はスカウトの興味をなくすだろう。
そしたら自分も、こんなスカウトなどやめようか。

ポケットの携帯が鳴ったのは、2人で道端でボーとしてたとき。
ディスプレイには、登録されてない番号が表示されている。

「もしもし」
「・・・」
「もしもし」
「・・・もしもし」
「田中ですけど」
「・・・あの」
「はい」
「・・・この前、渋谷で声掛けられた者なんですけど」
「エッ。はい、どーも」
「・・・それでバイト紹介して欲しいんですけど」
「エッ。そうですか」

自分でビックリしていた。
となりの高橋も様子がわかり、ビックリして目を見開いた。

「えーとですね。・・・どういうバイトがいいですか?」
「夜がいいんですけど」
「じゃあ、店にちょっと聞いてみて折り返します」
「そうですか・・・」

まだ、10人位にしか名刺を渡してなかったから、どのコから電話がきたか見当はついた。

2日前に声をかけたコだろう。

六本木のスカウトマン

声ををかけたその時は、夜の23時頃の渋谷の駅前。
全くうまくいかない。
2人で缶ビールを飲み酔っ払っていた。

渋谷駅前
繁華街

その酔っ払った勢いで、ナンパまがいに「なにしてんの?」なんていって声をかけていた。

終電近くの時間になった頃、20代半ばだろうか、見た目お姉さん系の女のコが1人で歩いていた。

「すみませーん」
「・・・」
「いまスカウトしてるんですけど」
「・・・」
「名刺渡しておくので、何かあったら電話ください」
「何のスカウトですか」
「えーと、いろいろやってます。芸能からキャバクラまでかな」

すべてが口からでまかせ。
それ以上突っ込まれたら答えようがないし、どうしたらいいかわからない。

名刺を渡してごまかして、その場は終わった。
たぶん、その彼女からの電話だとわかった。

適当だったのに。
まさか電話がくるとは思わなかった。

電話を切ったあと、やはり目を丸くしていた高橋と顔を見合わせた。

「どうする?」
「うん。紹介してくれはいいけど、何にもないもんな」
「インチキだからな」
「しかし、もう少しがんばればいけそうだな」
「おう」
「紹介先も見つけておかなければダメだな」
「おう」

そして、久しぶりに木村に電話した。
前置きもそこそこに、いきさつを話した。

「田中さん、今、そんなことやってんですか?」
「だから、前言っていた知ってる店を紹介して欲しい」
「いいですけど」
「助かる」
「だけど今はどうなってるかな?聞くだけ聞いてみます」

木村は心よく手を貸してくれた。

先方のキャバクラのスカウトの担当者からの電話を待ち、やがて担当者から連絡がきて、店まで直接出向くことに。

しかし結局、出向いた店の入口で、その担当者と簡単な立ち話をしただけだった。

「経験はありますか?」
「多少あります」
「ウーン、ウチはベテランのみ契約社員としてとしかやってないんですよ」
「はい」
「ま、1人スカウトマンを紹介するので。それで、やってみてください」
「はい」

軽くあしらわれたような感じだ。

こっちから断りたいような気持ちだったが、契約社員のスカウトマンを待とう。

六本木のキャバクラのスカウトマンか。
きっと、若くて爽やかないい男なんだろう。

そんなことを思いしばらく待ってると、小柄で坊主頭で変なジャケットを着てる、うさんくさいオッサンが現れた。

彼が契約社員のスカウトマンだった。

名前は佐々木。
正直、彼を見てホッとした。

あまりにも佐々木がイイ男だったら、そのあとスカウトはやってなかったかもしれない。

想像していたスカウトマンと、彼は風貌が逸脱していた。
見た目のうさんくささと違い、妙に礼儀正しく人当たりがいい。

後日になると、「田中さんて見た目うさんくさいけど、以外に真面目なんですね」と佐々木は言う。
見た目に関しては、どっちもどっちなのだろう。

それはそうと。
「バイト紹介してほしい」と電話があった彼女は連絡が取れなくなった。

しかし、その日が境いだった。
うまく行きそうな気がしてきたのだ。

佐々木にいろいろ教わりながら、夜遅くまで六本木交差点近辺で女のコに声をかけた。

翌日からは、立ち止まって話を聞いてくれたり、電話番号やメールを交換したり、という女のコがボツボツと出てきた。

はじめてのスカウトバック

その次の日。
夕方を過ぎた辺り。

OLですという雰囲気の女のコの、ヒールを履いた脚が止まった。

きれいな艶のある髪をした彼女は、レディーススーツが細い身体にピタリとしている。

警戒してない、快活な笑みを自分に向けて、「前にキャバクラの経験があるよ」とサラリと答える。

昼間は受付嬢というだけあって、別格の笑顔をしている。
もう、これいけんじゃないのかと、自分も少しあせってしまった。

「ちょっと考えてみない?」
「うーん・・・。時給はいくらなの?」
「時給?・・・3万円くらいじゃない?」
「3万円!!」
「ごめん。オレもよくわからないんだよ。すみません、バカで」
「もう、てきとうでしょ?」
「いや、あの、話がわかる人に来てもらうから聞いてみよう。会社の帰り?」
「うん」
「ヒマでしょ?」
「忙しいよぉ」

断りながらも、ニコニコしながら愛嬌のある目を向けてきた。
ノリがいい性格だった。

佐々木に電話すると、ちょうど近くにいて体も空いてるというタイミング。

しばらくして合流できた。
彼はスカウト経験が長いだけあって、彼女に質問したり、突っ込んだり、考えさせたり。

佐々木と彼女は、六本木のキャバクラを見に行く事になった。

2人の後ろ姿を見送る。
彼女の締まったふくらはぎに、筋肉が浮かんで消えるのを、ボケーと見ていたのをなぜか覚えている。

名前は聞きそびれた。
そのレディーススーツのふくらはぎの彼女は、面接した後日に入店した。

「あのコはクラス高いですよ」と、はじめてのスカウトバックを得た。

しばらくはキャバクラに興味がある女のコを佐々木に合わせる、というのを繰り返していた。

– 2001.1.10. up –