風俗店の摘発の流れ


違法とはいっても刑事事件は触れずに条例違反のみに留める

歌舞伎町あずま通りのルノアール
歌舞伎町あずま通りのルノアール

風林会館から未開発地域の裏路地を抜けて、あずま通りのルノアールでオーナーと席についた。

オーナーはコーヒーを飲む間もなく話しはじめた。

「たしかに違法な風俗店ですけど、優良店としてやりますので」
「はい、わかってます」
「摘発の対策は十分にします。けど、もしですよ、摘発されて逮捕となっても条例違反ですから。条例違反は罰金刑で済みます。ヘルスだと30万ですね。もちろん罰金は私持ちです」
「はい」

優良店を強調して妙な気遣いを見せる。
せっかくの名義人候補が『やっぱやめます』となるのは避けたいのか。

「刑事事件になる行為は絶対にしないようにしてます。売春とか。未成年とか。あとは暴力や薬物を使ったり。あとは強要や脅迫もそうですね」
「はい」
「刑事事件になると大変なんですよ。やれ弁護士だ、拘置所だ、保釈金だ、裁判だとなりますし」
「はい」

話す内容のわりには言葉遣いは丁寧。
口調はいたって穏やか。

「女性がらみの事件は心証がすごく悪いので、最悪、一発で刑務所なんてことにもなりかねません。あ、ちなみに、田中君って・・・」
「はい」
「前科はあるんですか?」
「いいずらいんですけど、言わないといけないですね」

前科があるなど恥ずかしくて言えない自分は、それを他人に進んで明かしたことはない。
が、この場合は正直に明かすしかない。

「ええ、大事なところなんで。それに私はどうこうおもわないです」
「6年ほど前に1度あります」
「あ、じゃあ、刑事についてはわかってたんですね」
「はい、ひととおりは」

恥ずかしいというのは、一般常識とか倫理に反するからというわけではない。

おそらく確信犯で悪事をする者とっては、警察につかまるとはバカマヌケ以外に何者でもないという自覚があるので、前科を明かすのが恥ずかしいと思われる。

とにかくも、その前科はなにかは確めずにオーナーは続けた。

「まあ、そんな荒事をしなくても十分にやっていけます。違法営業だからといって、なんでもありではありません」
「はい」
「それで摘発なんですけど、いきなり実行されるのではありません」
「はい」

まず、営業開始してからしばらくして、・・・このしばらくが6ヶ月後なのか、1年後なのか、それとも2年後なのかは警察の都合になるのではっきりとはわからないが、とにかくも営業開始してからしばらくして新宿署の生活安全課の立ち入りがある。[編者註04-1]

その立ち入りで、まずは警告書を交付される。
翌日には店舗の責任者が、警告書と身分証を持参して新宿署に出頭して、違法営業を認める旨の始末書に、廃業しますという旨の誓約書を提出する。

出頭に応じなければ、内偵をして早いうちの摘発となるので、出頭には応じるほうがいい。

といっても営業を続けていればいずれ摘発となる。
が、そこは歌舞伎町ならでは。

違法営業の店舗が多くて警察もすべてには手をかけれなくて、警告があってからも1年も2年も摘発とならない場合が多い。

今回は歌舞伎町浄化作戦が気になるところなので、営業を開始して6ヵ月を過ぎての警告だったら、いったんは廃業届を警察に提出して廃業したと見せかける。

3日ほどは閉店して、後任の名義人と交代。
そして新規の店として営業を続けますと、オーナーは丁寧に説明をした。

6ヵ月という区切りは、ただ単に収支との兼ね合いを考えての期間とも正直に明かした。

名義貸しを疑われると実質的経営者を追求される

名義人の手続きとしては、まずは前の名義人から、物件を居抜きで借りたという賃貸契約書を作成する。
あとは電話の名義も変更するだけ。

店長というよりは、転貸された物件で営業をしていた経営者も兼ねるという立ち位置だ。

そして実際に現場に出て仕事して、経営者として店舗運営を覚えてほしいとのこと。

というのも摘発された際、ある程度は店の経営を把握してないと、名義貸しだとして実質的経営者を追求される事例がここのところ続いているらしい。

それはそれでいい。
店長といっても、名義貸しだけでブラブラしてるのは面白くない。

どうせやるなら店のためにひと働きしたいという気持ちはあって、店ではなにもやることがないといわれれば、専属でスカウトをしようと考えていたくらいだった。

給料90万の内訳としては、店長としての給料が50万、名義料として30万、雑費として10万。

雑費とは、在籍の女の子に無理をさせたときには、店長の自腹として飲み物や菓子を買ってあげたり、帰りのタクシー代をだしてあげたりする分。

「それと男子従業員にですけど」
「はい」
「そんな、いいものでなくてもいいので、たまには酒を飲ませてメシを食べさせてやってくれませんか」
「はい、わかりました」

その辺りは言われなくてもやるつもりだったが、あえて10万をつけてくれるのなら大盤振る舞いできる。

だけど、はっきりと断っておく点がふたつある。
まず第一に、売上に関しては責任を持てない点。

これに関しては「風俗のベテランの村井がいるので全く心配ありません」とのこと。

次には、店長とスカウトを両立させて、女の子を在籍させるのを期待されたら困る点。

スカウトは片手間ではできない。

ほとんどの人が、スカウトなどは暇があるような仕事だと思ってるが、実際にはひたすら声をかけなくてはいけないし、電話もメールもしないといけない。

すぐに動かなければならないときもあるので、店長をしながらの片手間では成果がでない。

携帯には700件ほど女の子と電話番号のメモリーがあるが、今になって連絡をとって掘り起こしをしてみたところで、女の子には気分やタイミングというものがある。
そもそも女の子のほうが、すっぱりと忘れているだろうし。

それでも掘り起こしをやってみて、仮に何人か在籍させたとしても、路上でスカウトとして話すのと店舗内で責任者として話すのでは、お互いに接しかたが異なるのが想像がつく。
女の子のほうが続かない気がしてならない。

それらを考えると、店長を兼ねてスカウトしても在籍させれるイメージが沸かない。

しかし、このスカウトについて点に関しては余計だった。
「店長に専念してほしいので、むしろスカウトは一切しないでください」とオーナーは首をぶるぶると振った。

ケツモチって?

話がひと段落したところで、テーブルに身を乗り出したオーナーが訊いてきた。
真顔で声を潜めながら。

「で、田中くん」
「はい」
「ケツって、どうなっているんですか?」
「ケツですか?」

ケツって、あのケツのことか?
まさか、あっちのケツではないだろう。

「ケツって、ケツモチのことですか?」
「ええ」
「とくにないです」
「えっ、スカウトのときは・・・?」
「ああ、そのときはいましたけど・・・、知ってるってだけで、直接なにかあったとか、ショバ代だの払っていたってわけでもないんで」
「それで、よくできましたね」
「ええ、スカウト通りって割合と自由なんですよ」
「そうですか」
「歌舞伎町内とかアルタ前にいけば、また違いますけど」

公道なのだから、正々堂々をすればいいだけのこと。

最初からそう思ってスカウトをはじめて、AVプロダクションや風俗店との絡みが出来上がり利害関係が成立すると、脇からショバ代だのケツモチどこだなど、一方的にちょっかいを出されたりすることなどないものだった。

「払えとかなかったですか?」
「ええ、まあ、決まりごとは守ってましたし、場所はどこでもいいですし、角が立たないようにもしてましたし、けっこう折り目正しくもやってたんで」
「それで、大丈夫だったんですか?」
「絡まれるぐらいはありますよ。チンピラっていうか、オレはヤクザだって一生懸命なヤツっているじゃないですか?」
「はいはい」
「でも、そこでトラブルになったり、カネ払えって話にはならないですけどね」
「そうですか」

最低限の決まりを守っていればいい。

それと礼儀は守ること。
礼儀正しさは、いちばんの護身となる。

とはいっても八方美人ではいけないし、むやみにへりくだるのもよくない。

適度で適当な礼儀正しさ。
正確にはなんというのだろう。

「そんなもんですか?」
「はい。人を集めてグループでやるとなれば、また話は別でしょうけど。スカウトって個人プレーが主なんで、払うメリットもないかなって」
「ないない。まったくメリットなんてないですよ」
「ですよね」
「ケツモチにカネを払ったところで、商売がうまくいくわけではないですし」
「あ、そうですよね。ここはウチらのショバだなんて一生懸命になっちゃてるヤツほど、彼らにガジられてましたよ」
「はははっ、彼ら絡めると商売うまくいかなくなりますよ」
「基本、働かない人たちですからね。彼らは」
「なんでも、いっちょ噛みしようとしてくるから」
「1人じゃ、なんもできない人たちだから」

オーナーと2人して、彼らの悪口を言いはじめていた。
悪口は止まらなく、酷くなっていく。

「口だけは、大層なこといいますけどね」
「ヤクザなのか詐欺師なのかわからない人は、けっこういますね」
「ヤクザなのか泥棒なのかわからない人もたくさんいます」
「ええ。正直、彼らのこと好きじゃないですね、人として」
「わたしもです」
「弱いものいじめが大好きじゃないですか」
「ええ、格好いいことはいいますけど」
「そんなのウソウソ。なんのかんの、カネだけですよ。彼らは」
「相手に勝てないとなったら、器だとか、度量がとかいって煙に巻くし」
「あぁ、ありますね。ごまかして逃げてるだけです」
「頭わるいだけですよ」
「いまは、ヤクザだなんていったところで食ってけないですからね」
「ですね。歌舞伎町でオレはヤクザだなんてがんばっちゃってる人で、カネ持ってる人、みたことないです」
「歌舞伎町でヤクザなんて、あの業界でいえば底辺のさらに底辺ですからね」

悪口は悪口なので、当事者に聞かれたらまずい。
お互いに隣の席に目をやってから声を落とした。

暴力団と付き合いたくないから毎月3日に3万円のミカジメを払う

しばらく悪口は続いた。
さんざん悪口をヒソヒソを言い合って和んだ。

「まあ、田中君は、そんなイキがる人ではないと聞いてましたが、一応ですので」
「自分のほうも、もし、オーナーが彼らとずっぽり絡んでいたら、どうしようかなってところがあるんですけど」
「いやいや、彼らは優良店なんてやらないですよ、めんどくさがって」
「そうおもってました」

一応ですので、と確かめたいのは良くわかる。

歌舞伎町で仕事をしていても、暴力団と関係ない人はたくさんいる。

にもかかわらず歌舞伎町で仕事をするとなると、まずヤクザがアーだのスーだの、とかくヤクザ事情がどうだのこうだのと、すぐにドヤ顔で解説する者がいる。

歌舞伎町のあらゆる総元締めに暴力団がいるというように、暴力団とさえ関わっていれば、そして金を払っていようものならば、すべて物事が問題なく進むと勘違いしている。

そういう者は漫画かVシネを見すぎなだけで、藪を突いて蛇をだすといった危なっかしさを含んでいるので、優良店のオーナーとして事前にその点を確かめたかったのだろう。

「ここだけの話、スカウトのときには○○会でした」
「○○会ですか」
「歌舞伎町の老人会って、皆、いってましたけど。だって、若い衆ってのが60過ぎですよ」
「はははっ、若い衆で60過ぎはひどいなあ」
「やっぱ不健康ですね、彼らって。もう全員がヨボヨボしていて、こっちが気を遣うだけですから」
「はははっ、ウチは歌舞伎町最弱って評判の新宿三光会です」
「最弱ですか?」
「ええ、最弱です」
「歌舞伎町最弱ってなかなかすごいですね。はじめて聞きました。むしろ素敵です」
「はははっ。まあ、そんな付き合いもないですけどね。するつもりもないですし」

歌舞伎町最弱の新宿三光会へは、毎月3日に3万円の文字通りの『ミカジメ』を払っていますとオーナーは明かす。

親しくなりたくないから、3万だけは払って済ませているというスタンスだ。

3万という金額が微妙だった。
これが5万10万だったら、今の時代にそんな無駄金払いたくないと突っぱねる店が多発する。

3万だったら、飲みにいったと思って、個人でも払うことができる。

ミカジメ以外には、付き合いとして年末の商売繁盛の熊手が5万円と、夏の高校野球賭博で1口1000円を5口。

あとは飲み食いやら無尽やら義理買いやらで、キリがないのできっぱりと断わっている。[編者註04-2]

腹いっぱい食べさすぞって大将の元に兵隊は集まる

おかわりをしたコーヒーは空になっていた。
オーナーは腕時計をかざした。

「このあと時間ありますか?」
「はい」
「田中くんは、酒好きでしょ?」
「たしなむ程度です」
「食べ物の好き嫌いはないよね?」
「はい、なんでも食べます」
「食べそうだからね」
「ええ、まだ、どんぶりメシ3杯はいけます」

さくら通りの店では、村井が再オープンに向けて準備をしてるという。
自分とは初見となる、他の男子従業員もいるという。

「おたがいの顔合わせもかねてメシでもいきましょう、腹が空いては戦はできぬっていうし」
「はい、いただきます」
「私はオーナーといっても風俗のことはよく知らないけど、メシだけは腹いっぱい食べさすんで」
「はい」
「腹いっぱい食べさすぞって大将の元に兵隊は集まるからね」
「はい」

『腹いっぱい食べさすぞって大将の元に兵隊は集まる』とのオーナーの言葉は、自分にとっては名言となった。

それだけがオーナーの務めでもあるようで、このときも、それからも事あるごとに腹いっぱい食べさせた。

歌舞伎町さくら通りの中ほどに雑居ビルがある。
その5階に『ラブリー』はある。
店内は、すぐにでも営業できるほど整然としていた。

面識がある村井は34歳。
いってみれば番頭格で、風俗店従業員として6年のベテラン。

もうひとりの竹山は、風俗店従業員3年の31歳。
自分はうろ覚えだったが、向こうはしっかり覚えていた。

あとひとりの初見となる小泉は30歳。
風俗店従業員の経験はなく、前職は大工。

この3名に、自分も加えた4名で店をやる。

顔合わせの挨拶が済むと、すぐに風林会館の交差点の角にある野郎寿司本店に向かった。

夜勤の派遣バイトはあったが、もういいかと結局はそのまま酒を飲んだ。

飲みながら、新しい店の名前は『ラブリースタイル』とだけは決まる。

頭にラブリーさえ付けばよくて、あとは特に意味はなくて、語呂というか、響きというか、なんとなくのネーミングだ。

帰りは電車道を歩いた。
明治通りを渡る。

携帯には、派遣バイトの班長の鈴木Aからの着信があった。

このまま連絡なしで辞めても、補充の派遣バイトはいくらでもいるので困ることはないし、そもそも仕事らしい仕事はない。
親しい人もいないので、誰にも気にされることもない。

しかし、これからひと仕事やろうってときに無断でそのままってのもケチがつくし、電話の1本くらいはしておこうと折り返した。

都合でやめます、突然ですみませんと、控えめに言うつもりでダイヤルを押した。

とたんだった。
田中Bさんと呼ばれていたのを思い出す。

それに、鈴木Aが協調性がないだの向上心がないだのコミュニケーションがとれないだの陰口を言ってたり、やりがいを押し付けられたり、ついでに無料送迎バスも汚いし臭いし、貸与の作業ズボンの裾は短かすぎたし、すべてまとめてイラッともしたのもあった。

咳払いして喉の調子を整えた。

電話にでた鈴木Aには、田中角栄のモノマネのダミ声で親戚を名乗り「田中は自殺に失敗して入院してるのでバイトは辞めますから」と言い放って、偉そうに「よろしくたのむよ」といって切ってやった。

– 2017.10.11 up –