取り調べでなにを聞かれるのか?


刑事課と生活安全課のちがい

3号房の鉄格子の小窓の向こうの外廊下は、ぼやっと明るくなってきている。

もう朝方だった。
布団の中から鉄格子を見ていた。

昨日の取調べではビビり過ぎていた。

係長に弱みを見せたものなら、すぐさまそこに付け込んでくるだろうと、怒らせてようと挑発をしているのだと、豹変して威嚇して罵倒してくるはずだと、人格攻撃に恫喝もしてくると、ビビりすぎて全てが考えすぎになったのかもしれない。

それにしても、6年前の前回の逮捕の取り調べはひどかった。
ひどい取り調べだった。

運の悪さと偶然が重なり、全く知らない人の嘘の証言で別件で逮捕されて、朝の8時すぎから21時ぎりぎりまで取調室にいた。[編者註40-1]

途中で昼と夜の官弁を食べるのとトイレのために留置場へ戻ったが、それ以外はあれらの手口で取り調べを受けた。

とばっちり100%の別件逮捕だった。

全く関係ない知りもしない、性格からいってもやることもない宝石店強盗団の共犯の疑いをかけられたのだった。

3日間は12時間以上の調べで宝石店強盗の関与の追及をされて、関係ないと判明すると別件の取り調べが3日続いた。

不思議なことに終わってみると、警察がどうのこうのという文句はさほど沸いてこなかった。

身から出た錆ともいう。
日頃の行いが悪いとこうなる、と思い知った前回の逮捕だった。

そんなことを考えて、だいぶ長い時間、布団の中で横になっていると「きしょうぅぅぅ~」と号令がかかった。

各自も目がさめていたのだろう。
飛び起きるようにして布団を三つ折にしながら「おはようございます」と口々に挨拶をした。

取調べの雑談

運動を終えて9時を過ぎたころになると、あちこちで「調べ!」という留置係の声がしてきた。

自分にも声がかかった。
出房して検身に手錠と腰縄をして「手錠よし!準備完了!」と確認する。

鉄扉の覗き窓が開けられて「332番、出場します!」と外部に声をかける。
「解錠準備異常なし!解錠!」と鉄扉が開けられた。

向こうには係長が立っている。
「おはよう!」と機嫌が良さそうに声をかけてきた。

傍らの若手が、留置係から腰縄の端を受け取った。
彼を若手というのは、にこやかな童顔の坊主頭で、どことなくフレッシュ感があったからだ。

取調室に入りパイプ椅子に座ると、若手は腰縄の端をパイプ椅子の背に二重三重に通す。

通した端を背面の窓の鉄格子に結わえて、それから小さな鍵で手錠を外す。

係長とはスチールデスクを挟んで向き合った。

「あっついな」
「・・・」
「お茶、飲むか?」
「いいです」
「いいよ、今、持ってくるな」
「いいです」

若手がお茶に応じた。
雑談も手口のひとつだろうから、必要最低限のことしか答えないつもりでいた。
まだ何があるのかわからない。

「よく寝れたか?」
「ええ」
「エアコンはきいてるだろ?」
「はい」

実はよくは寝れてはない。
夜中に入場してきた新入が興奮していて、いちいち大声でわめいていたのだった。

留置係も怒声で応じていた。
コンクリートの場内はよく声が響くので、全員が目を覚ましたのではないか。

「同じ房でへんなヤツいないか?」
「いません」
「なんかあったら係にいえばいいからな」
「ええ」
「誰と一緒だ?」
「わかりません」
「誰かいるだろ?」
「205番さんがいます」
「ああ、じゃ、退屈はしないだろ?おもしろいヤツだろ?見た目はあんなんだけどな」
「わかりません」

それから1言2言があって、雑談はあっけなく終了した。

若手はプラコップのぬる茶を持ってきて、机上に置いてから退室した。

供述調書の作成とセットの分厚いファイル

調べは営業方法について。
係長はコピー用紙が挟まれたバインダーと、15センチほどあるファイルを机の上に置いた。

分厚いファイルが開かれて、1枚のプリントが取り出されて閉じられた。
店の壁に貼り付けてあった料金表のコピーだった。

「これは、なにかわかるか?」
「はい」
「なんだろう?」
「料金表です」
「店のどこにあった?」
「入口の脇の壁です」

今日はもうビビらない。
端的にしか答えないつもりだった。

続けて分厚いファイルからは、割引チケットのコピーが取り出された。
ふたつのコピーは机上に並べられた。

「これは?」
「割引チケットです」
「うん。この料金表と割引チケットの料金がちがうけど、なんでだろう?」
「割引してあるからです」
「なるほどな」
「・・・」

そんなこといちいち訊かなくてもわかるだろ、というのを飲み込んだ。

係長は昨日と同じくバインダーにメモをしていく。
そして「うん」とひとり合点で頷いている。

「お客さんは、この割引チケットをどうやって手に入れる?」
「チケットセンターです」
「それはどういうところだ?」
「・・・」
「・・・」
「歌舞伎町にある店です」
「それは、いつくもあるのか?」
「15店舗ほどあります」
「お客さんは、どうやってその店にいく?」
「・・・」
「・・・」
「通りががりだと思いますけど」
「入ってからはどうするんだ?」
「・・・」
「・・・」
「パネルを見て回ると思います」
「パネルってなんだ?」
「店の看板みたいなものです」
「なんで、そこに店のパネルがある?」
「契約するからです」
「どんな契約だ?」
「広告です」

根堀り葉掘りといったように、チケットセンターと割引チケットへの質問は続いていく。

ほとんどが、係長でも知っているだろう内容だ。

「でな、この割引チケットだけどな」
「はい」
「これは、店で作ったのか?それとも業者か?」
「私がつくりました」
「どうやって?」
「パソコンです」
「店にあったノートパソコンか?」
「はい」

いつまでこんな質問が続くのだろう?
新たな手口があるのか?
まさか、また挑発の手口を仕掛けてきているのか?

「パソコンで、どうやって作る?」
「・・・」
「・・・」
「ソフトで作ってプリントしました」
「なんていうソフトだ?」
「イラストレーターです」
「イラストレーターというソフトでつくると」
「ええ」

係長はバインダーに何かをメモすると机の上に伏せた。

「ちょっと暑いな・・・」とつぶやいて席を立ち、入口脇のエアコンの電源をオンにした。

黙秘は裁判官の心証が悪くなる

狭い取調室の天井の、大きすぎる業務用エアコンだった。
温度調節しても寒くなりすぎる。

かといってエアコンを消すと間もなく暑くなる。
鉄格子の窓からの夏の日射しと、男2人の体温で。

そしてまた電源をオンにする。
そんなことを取調べの初日から繰り返していた。

「で、この割引チケットの用紙はどうした?」
「買いました」
「どこで買った?」
「ビックカメラです」

天井の業務用エアコンが、ぐぁんと音を立てた。
いきなり強めの冷風が出てきて直撃する。

気をつかって強風の設定にしているかもしれないが『強いです』と口にするのがなぜか癪でもある。

留置場の空調が完璧なだけに、取調室のこの業務用エアコンの冷風は手口のひとつなのだろうか、と気になるほどだった。

「どこの?」
「東口です」
「新宿駅東口のことか?」
「ええ」
「いつも同じ用紙を買っていたのか?」
「はい」
「商品名は覚えているか?」
「コクヨのA4光沢紙、厚手片面の染料インク専用です」
「値段は、いくらくらいだったか覚えてるか?」
「100枚で1980円です」
「消費税込みか?」
「はい」

係長はバインダーのメモに全てを記入しているようだ。
線も引いている。

バインダーは伏せて机の上に置かれた。

「100枚で1980円か・・・」
「・・・」

紙の値段なんて違法営業に関係あるのか?
覚えてないのほうがよかったのか?

「なんで、枚数と値段まで覚えている?」
「何回も買ったんで」
「何回って、どのくらいだ?」
「・・・」

質問の意図がわからなくて答えに迷ってしまうし、そうさせるのも手口なのかもしれないと言いよどんでしまう。

「だいたいでいい」
「50回か、60回は買いました」
「けっこう買ったな」
「・・・」
「領収証はあるのか?」
「ないです」
「どこへやった?」
「捨てました」
「どうしてだ?」
「とくに必要がなかったので」
「全部、捨てたのか?」
「はい」
「1枚も残してないのか?」
「はい」

言いたくありません、のほうがよかったのか?
しかし取調べでの黙秘は、検察官と裁判官の心証が悪くなる。

でもそれは、正式裁判になる場合だ。
罰金刑だし今から黙秘するのもな、と答えながら秘かに悩んだが、黙秘はしないが余計なことも言わないと決めて背筋を伸ばした。

係長はバインダーへのメモを終えた。

「でな、お客さんが店に来ると」
「はい」
「たとえば、割引チケット持ってきたと」
「はい」
「まずはどうする?」
「・・・」
「・・・」
「いらしゃいませといいます」
「うん、それで?」
「・・・」
「・・・」
「料金説明をします」
「そこからは?」
「写真を見せます」

係長は分厚いファイルを開いた。
ファイルの背を立てているので、自分からは中は見えない。

「写真ってどういうものだ?」
「・・・」
「・・・」
「カードケースに入っていて、L版プリントしたものです」
「これのことか?」
「・・・」

分厚いファイルからコピー用紙が取り出されて机の上に置かれた。

差し出されたのは、プロフィールのコピーだった。

これが誘導尋問というのか?

シホのプロフィールだった。

あの日、シホは事情聴取を終えてからどうしたのだろう?
竹山から、その日分のバックは受け取ったのだろうか?
もう、新しい店は決まったのだろうか?

いやいや。
今はこっちに集中だ、と雑念を振り払った。

「写真を見せてからは?」
「指名の女の子が決まれば料金をもらいます」
「それからは?」
「女の子を案内します」
「それは、どうやって管理する?」
「・・・」
「・・・」
「管理って、なにをですか?」
「このお客さんにはこの女性というように、店は管理をしないとだろ?」
「・・・」

リストのことか。
それを訊かれているとわかったが、訊く意図がわからなくて黙ってしまった。

まさか。
これが誘導尋問というのか。

手口にはまりかけているのだろうか?
はいはいと答えているうちに、知らず知らずに不利になっているのか?
まさか、いずれは、実質的経営者は石垣さんですと言ってしまうのか?

ああ、なにをビビッているんだ。

「リストという用紙に印をつけます」
「リストって、どういうものだ?」
「女の子の名前と、時間が書いてある用紙です」
「うん。黒丸もある用紙か?」
「はい」
「なるほどな」
「・・・」
「これがリストか?」
「はい」

思った通りに、分厚いファイルからリストのコピーが取り出された。

店から押収された書類一式が同じようなやり取りで、名称や使用目的や記入方法がひとつひとつ確認されていく。

伝票から会員証と続くにつれて、どうやら逮捕の直後に撮った指差し写真の順番になっていると気がついて、係長がどこを訊きたがっているのかわかってきて、やり取りはスムーズに進むようになっていく。

押収した証拠品を確かめているだけか。
誘導尋問ってほどでもないのか。

それに警察官ってのは、こういう押しかぶせる口調で細かく質問をする癖がつくのかもしれない。

手口だというのは考えすぎかと、ビビッてなどないぞと、すべての質問に応じた。

– 2020.8.14 up –