歌舞伎町の風俗の体験入店で


求人広告の反響の電話では詳しく話さない

彼女が入店したのは、2月末。
高収入求人誌が発売された次の週。

求人誌専用の電話が鳴ったが、非通知だった。

「お電話ありがとうございます。岡田観光グループ歌舞伎町本店、田中がお受けいたします」
「あの、ユカイをみて、お電話しました」
「はい、ありがとうございます。お名前だけお伺いしてもよろしいですか?」
「あ、はい。菊池と申します」
「いま、おいくつになりますか?」
「あ、はい、19歳です」

話し方は、ずい分とかしこまっていた。
真面目な女の子だろうなと感じさせた。

「あの・・・」
「はい、どうぞ」
「未経験ですけど、だいじょうぶでしょうか?」
「はい、だいじょうぶです!」
「早番だけの出勤って、だいじょうぶでしょうか?」
「はい、だいじょうぶです!」
「それで、体験入店してから、そのあと続けるか決めるのはだいじょうぶでしょうか?」
「はい、だいじょうぶです!」
「あの・・・」
「はい、どうぞ」
「講習って・・・」
「・・・」
「・・・」
「はい、だいじょうぶです!」
「しなくても・・・?」
「はい、だいじょうぶです!」

定石である「はい、だいじょうぶです!」の対応を連発しすぎたかなと焦ったが、明日の面接となった。

面接をして、話をきいて、出来そうだったら体験入店してみて、やはり出来そうだったら続けてみます、とのことだ。

そういうことなら、この問い合わせの電話では、詳しく話さないほうがいい。

「それでは面接のときに、年齢を確認できるものだけ持ってきてください」
「はい、わかりました」
「ちなみに、なにがありますか?」
「保険証があります」
「それは、国保?」
「ええと、社保です」
「写真ってついてますか?」
「はい」
「でしたら、それだけおねがいします」
「はい」
「それでは、明日の9時半ですね、新宿駅の東口のわかりやすい場所についたら電話ください」
「はい」
「お待ちしてます」
「はい、失礼します」

なんともいえない、風俗未経験の素人感ある雰囲気が滲み出ている。

歌舞伎町には行ったことがないです、新宿駅の東口だったら多分わかります・・・と申し訳なさそうに言っていたのも新鮮すぎる。

19歳の菊池さんか。
どんな女の子なのだろう?
全国にたくさんいるのだろうけど。

風俗経験者の求人反響と面接

待ち構えていた、風俗未経験の体験入店だった。
やはり19歳の風俗未経験は、すでに新鮮さを感じさせた。
ぜったいに講習を、いや、入店させたい。

前回に発売された高収入求人誌で入店したフミエなどは、問い合わせの電話をかけてきたときには「はい、だいじょうぶです!」の対応を押しのけて質問してきて、バックと雑費まで確かめてきたのに。

風俗歴は4年なので講習はしなくてもいいですよね、と念を押してきたのに。

さくら通りも博多天神ラーメンもわかります、と面接にやってきたというのに。

フミエが入店した翌日にも、求人広告で風俗歴5年の経験者が1名が入店した。

面接では「ホストの支払いがあって」と、へらりと笑う24歳だった。

「今日って、稼げますかぁ?」と馴れ馴れしくもあり、せいぜいが「だいじょうぶだよ」と、無責任に答えるぐらいしかできなかった。

それでも店の名前は、とっておきの『キョウコ』とつけた。
しかしオーナーのサービスチェックは微妙。
すべてが雑だったという。

ホスト狂いはサービスが悪いという説が採られて、客足も少な目だったので、途中から客は付けなかった。

もちろん1日でトビとなった。
女の子を厳選すると、なかなか在籍は増えるものではなかった。

せっかく、とっておきの名前をつけたのに。
仕方ない。

キョウコのプロフィールだけは、ダミーとして活躍することとなっていた。

スカウト通りを歩いて

翌日は曇り空。
冬の冷たい雨がぱらつく。

村井と開店準備をしてると、菊池さんは予定の9時30分ぴったりに電話してきた。

今日は番号通知だったのがやる気を感じた。
今いるのは、新宿駅東口のアルタ前。

土日は人が多くて待ち合わせ場所には不向きなアルタ前

目印は水色の傘。

平日の今の時間のアルタ前だったら、19歳の水色の傘はすぐにわかるだろう。

「では、わたくし、田中が3分でお迎えにいきます」と受話器をそっと置いた。

開店準備は村井にまかせて店を出て、セントラル通りを進む。
もう少し経てば、パチンコもスロットも開店して歌舞伎町に新たに騒がしさが勃つ。

靖国通りの交差点からスカウト通りを小走りしたのは、もし誰かに声をかけられても田中と名乗る人以外にはついていかないように、と釘を差しておけばよかったと焦ったからだった。

小走りのままアルタ前に着いて、水色の傘を差す菊池さんを無事に見つけて、今度は驚いた。

黒髪にスッピン気味なのはいい。
素人っぽさが漂っているから。

驚いたのは、服装が超絶にダサいのだ。
スウェットのパーカーは普段着っぽくて、赤いニットの胸にはどういう意味があるのか大きな白い星がひとつ。

ダサいという言葉を使わない自分に、普通にダサいといわしめるほど。

デニムにコンバースも、なんだかすごく地味に見えてしまう。

『あたい、田舎からでてきました』という印象で、てっきりそうだと見当をつけていたが、実は墨田区の実家からきていて、東京生まれの東京育ちと面接で知ることになる。

そのときは店では服は脱ぐのだから私服はダサくても関係ないかと「じゃ、菊池さん、お店、そこなんで」とスカウト通りを歩いた。

ぱらついていた雨は、傘を差すほどではなくなっていた。

服装はとにかくダサくても、よく見れば目がふにっとしていて唇がぷくっとしていて顔立ちは可愛らしい。

髪は艶々している。
というより、健全さが透ける明るい表情がいい。

「歌舞伎町ははじめてなんだ?」
「あ、はい」
「そこの通りが靖国通り」
「はい」
「横断歩道を渡れば歌舞伎町だよ」
「そうなんですか」

問い合わせの電話と同様に、かしこまった話し方をするのだが、歩きながら話していると、人なつこい口調が交ざってきた。

「ここがスカウト通りで、女の子が歩くと必ず声がかかるからさ」
「え、なんていって?」
「AVやらないかとか」
「ええっ」
「声かけられるのがイヤだったら、あとで駅まですんなりいける地下街も教えてあげる」
「うんっ、・・・あ、はい」

にこっと笑って「うんっ」とうなずいてから、はっとしたように、自身を律するかのごとく真顔に戻って「はい」と言い直しているのがおかしい

自分の口元の位置に黒髪の丸い頭のてっぺんがきてるから、コンバースの足元を引いて身長は156センチ、ニットの胸の膨らみからしておっぱいはDカップか。

靖国通りの横断歩道を渡りながら、さりげなくデニムのヒップラインを確かめると、ぴたりと張り付いた太腿からお尻は真ん丸。

地味な服装でも肉感はしっかりと主張していて、一方的に性欲を刺激させておきながら、当人は気がついてないのが素人っぽくていい。

店まで歩くまでは視姦は完了していた。

面接では事情は特に訊かない

店につくと人感チャイムが鳴り、姿を見せた村井が「あ、店長、戻りましたか」といいながら彼女をチラッと確認した。

案内のカーテンの向こうの個室が並ぶ通路には、ユニットシャワーからの湯音と話し声が漏れている。

3番の個室に入り、彼女をベッドに座らせたときには、さっきまでの笑みは潜んで、いい具合の緊張の表情をしてる。

いきなりここで態度を変えてみたい。

『じゃあ、ぜんぶ脱いでみて』と悪徳な面接をしてみたい衝動もあるが「今、お茶もってくるね」と個室を出てフロントに戻った。

入れ替わり村井がペットボトルのお茶を持っていき、暑いか寒いかなど当たり障りないことを少しばかり話して戻ってきた。

「田中さん、彼女、いいんじゃないんですか?」
「んん、よくみるとカワイイいよ。おっぱいも大きいし」
「素人っぽさがありますね」
「でもさ、服、びっくりしなかった?」
「ええ、近年まれに見るダサさですね」
「やっぱ、ダサいよな」

最初にバック表をみせる前に、試しに従業員名簿の用紙とペンを差し出してみたのが、面接のはじまりだった。

菊池さんは何も確かめることなく従業員名簿に記入していく。

問い合わせの電話では、面接のときに話を聞いてから決めたいと言っていたのに、もう気持ちは固まってるんだ。
バックの説明はせずに、どんどんと先に進めた。

年齢確認をするために、保険証のコピーをして返すときには、従業員名簿の記入は終えていた。

続けての誓約書に目を通させている間に、従業員名簿に目を通した。

保険証は、父親が勤める会社の社会保険。
よく知られる上場企業だった。

都内の実家住まいで扶養となってる彼女が、なぜ歌舞伎町の風俗店に勤めるのか?
なにか事情でもあるのか?

興味はあるところだが、その辺りは今は聞くときではない。

菊池さんなりに気持ちを固めてから面接にきてるのだから、わざわざほじくり返すことなく、どんどんと進めていくほうがいい。

誓約書に署名が済んだ。
従業員名簿の用紙と、保険証のコピーと、誓約書をファイルに収めた。

源氏名の選びかた

マユミの「シャワーはいりまーす」という声がドアの向こうから聞こえた。

菊池さんからは何の質問はないまま、当然このまま体験入店をするように、面接は10分もかからず終わる。

「菊池さん」
「はい」
「じゃ、これ、お客さんにみせるプロフィールね」
「はい」

あとはプロフィールの作成するだけ。
用紙に本人で記入させて、ポラロイド写真を撮って、それらをカードケースに入れれば完了する。

「ここに色ペンがあるから、カラフルに書いてみて」
「はい」
「年齢はそのまま19歳でいこう」
「はい」

菊池さんは色ペンを持ち、プロフィールの用紙に向かって「どうしよう・・・」とつぶやいている。

その丸い頭を見ていた。
スカウト通りを歩いたあたりから、菊池さんに付ける店の名前の候補は浮かんでいた。

しかし、その名前を付けていいものか、ずーと迷んでもいた。
かといって他の名前もすぐには浮かばない。

早く決めなければ。
たかが源氏名だ。

すぐにトビとなるかもしれないし。

「でさ、お店の名前だけど」
「はい」
「ミサキはどうだろう?」
「ミサキ・・・」
「うん、男の人に大事にされる名前ってでてる」
「えっ、でてるって占いですか?」
「うん、占ってみた」
「はい。ミサキ・・・、ですね」
「じゃ、今からミサキだ」
「はい、ミサキで」

5年も前に、渋谷でスカウトした女の子の名前が美咲だった。[編者註19-1]
銀行に勤めていて、未経験で風俗に入れ込んだ藤井美咲だ。

スカウト通りを歩いているときから、ツヤツヤの髪も、唇がぷくっとしてるのも、胸のラインや下半身の肉感なども、あの美咲と重なるところがあった。

まただ。
マユミとミエコに次いで、また、思い入れがある名前を源氏名に付けてしまった。

あの美咲は、もう自分とのことなど忘れたのだろうか?
あの美咲は、銀行を辞めてどうなったのだろう?

この子はミサキだ、と胸の内でつぶやくと大事にできる気がした。

隠れた自信がある女の子が発する目力

彼女がプロフィールを書き終えた。
付けた名前でさっそく呼んでみた。

「ミサキ」
「はい」
「ポラロイドで3枚撮るよ」
「はい」
「パーカー脱いじゃおう」
「はい」

返事がいい。
もう店名に馴染んでいる。

ミサキは立ち上がり、なんなくパーカーを脱いで、ベッドの上にたたんで置く。

大きな星印がある、ニットになった。
おっぱいのラインを強調している。

どんな感じに撮ろうか。
ポラロイドカメラを持った。

「この白い壁を背にして」
「はい」
「すこし上から撮るか・・・」
「・・・」
「この角度がいいか・・・」
「・・・」
「こっち見て」
「・・・」
「目はアイプチ?」
「なにもしてないです」
「へぇ・・・、なにもしてなくて、その二重か。すごくいい目をしてる」
「・・・」

ミサキが口元に笑みを浮かべた。
同時に、目に微かな変化を見てとれた。

目の内奥から、光がぱぁっと漏れたのだ。
その光が、すぐに遮られたのがわかりやすかった。

この目力とこの笑み。
女の子が自信を見せるときときの表情だ。

隠れてる小さな自信を。
脱ぐといい体をしてるのだろうな、と予感させた。

「そうだ、ちょっとまって」
「・・・」
「先にデジカメで撮ろう」
「・・・」

デジカメで撮るのは後回しでもいいのだが、ポラロイドカメラを向けてあの表情を見せたとなれば、もっと撮られるときの反応を見てみたい。

妙なところで凝り性な自分だった。

フロントに戻りデジカメを手にすると、カーテンの向こうで受付をしていた村井は「ここだけの話、キョウコさんは気性が荒いところがあって・・・」と振り替えをしている。

キョウコという名前は思い入れがあったが、ついにダミーとなってしまった。

これから散々と悪態をつかれるのだ。
といっても、最初にキョウコをダミーにしてみたのは自分だった。

思いいれを振り切るために、自分からダミーにして悪態をついてみたのだった。

「前歯がなくって」と「超絶下半身デブですよ」などと、写真を指で弾くようにして貶したのだった。

声にだしてみると、確かに振り切れた。
店長として当たり前のことだ、と気分もよかった。

しかし、全く悪意はないとはいえ、キョウコの名前の源泉を知らない村井や竹山や小泉に悪態をつかれると、どうしてなのかはわからないが、胸の内にもやもやがうろつき回った。

すでにミサキの名前をつけたことは失敗だったか、とかすかに憂鬱を感じた。
また、ウジウジのなめくじ男になりかけている。

もう、それはいい。
入客が続いているのだ。

ぱっぱっとやろう、と個室に戻った。

おっぱいが大きい女の子の写真のポーズ

デジカメを手にして、改めてミサキと向かいあった。
斜め上から撮るために、ベッドの上に上がってみた。

あとは上体だけを思いきり捻って、胸は正面から撮りながら、腰は横から細く撮るのが基本。

AVプロダクションの宣材写真のポーズだ。

「じゃ、その位置で、つま先はそっちに向けて」
「こっち?」
「うん、で、上体はこっち向けて、思いきりひねる感じに」
「こう?」
「脚はひねらないで、腰だけひねって。そう、で、顔だけを、もう少しこっちに」
「・・・」
「もっと、こっち向いて。顔だけ」
「きつい・・・」
「体かたいな。でも、がんばろう。んで、胸を張ろう。手はおへその前で軽く組んで」
「・・・」
「いや、手は後ろで組もう。で、つま先立ちしてみようか、バランスとっていて。腰、ひねったまま」
「きついよ・・・」
「がんばって」
「・・・」
「顔はおすましして。うん、そのまま。まず、一枚ね」
「・・・」

シャッターを押した。
ディスプレイのプレビューを確めた。

カメラの位置はここ。
ポーズはこのAV式でよさそうだ。

ミサキは、体ひねりのつま先立ちを続けている。

「そのまま、撮るよ」
「・・・」
「まず、目を開いてみて、こわいぐらいに」
「・・・」
「もう1枚」
「・・・」
「そしたら、首かしげて、好きなほうで」
「・・・」

シャッターを続けて押した。
さらに目を開かせて、首を右にかしげて1枚、左にかしげてもう1枚。

首の左右に合わせて、腰も若干くねらせる。
もう一度、ポーズを繰り返して、各1枚ずつ撮る。

これらの写真用のポーズは、カメラが向けられてシャッター音と相まるからできるのであって、カメラがなければ不自然さに笑ってしまう。

ミサキはカメラがあってもおかしいらしく、首と腰をくねくねする度に口角は自然に上がっていった。

ディスプレイのプレビューで確かめると、お澄まししてるより、笑んでるほうがいいようだ。

肩に降りかかる髪の具合も、少し変えたほうがいいのにも気がついた。

体ひねりとつま先立ちを、いったん止めた。

「もうちょっと撮るからね」
「はい」
「今度は、笑顔をいくつか撮ってみよう」
「はい」
「ミサキってさ、笑顔がいい」
「そうですか?」
「うん。ちょっと、髪、さわるよ」
「・・・」

話しながら肩口に手を伸ばして、肩の後ろに流してある髪を全て胸の前に持ってきた。
鎖骨あたりに、毛先を振りかけて整えた。

アヒル口は写真指名が取れる

もう一度、さっきのポーズをして、いろんな笑顔にしてみて撮り続けた。

ミサキは、笑顔が多様だった。
素の笑い。
目だけの笑い。
口角だけの笑い。
前歯を見せる笑い、と試して撮ってみた。

「ミサキ」
「はい」
「さっきのアヒル口っていうのかな?」
「・・・ウン」
「それで、ポラロイドも撮ってみよう」
「・・・ウン」

デジカメから、ポラロイドに持ち替えた。

パシャンッとシャッターが切られて、ウィーンと本体から出てきたポラロイド写真には、あひる口で笑んだミサキが浮かび上がってきた。

最初のイメージよりは可愛く撮れている。
ひと手間かけてよかった。

「ほら、ミサキ、これ」
「はい」
「すげえ、カワイイ、ほら」
「フ・・・」

自分はちょっとした自信作に撮れたのもあったし、ミサキはうれしそうに笑んでいる。

プロフィールの用紙とポラロイド写真を持って、フロントの村井に渡した。

「田中さん、やっぱり、AVに入れ込んでいただけあって、写真うまいですね」
「そう?見よう見まねだよ」
「このアヒル口って需要ありますよ」
「よかった。デジカメもみてみ」
「・・・おぉ」
「どう?」
「この子、早番向きですね、客はとれます」
「でしょ?」
「田中さん、また講習おねがいします」
「1時間はかかるかも」
「いいんじゃないですか。田中さんのセンスで、おねがいします」
「わかった」

新品のB4のカードケースが取り出されて、ポラロイド写真と手書きされたプロフィールの用紙と共に入れらて、隅には『新人!』のシールが貼られた。

これで、いつでも客付けはできる。
モタモタしてるわけにはいかない。

ミサキの個室のドアをノックして中に入った。
シャワーの湯気とボディーソープの匂いが混ざった空気が、個室への通路に充満しかけていた。

キョウコがダミーとなってしまったモヤモヤが、行き場がなくて、勃起に転化しかけてもいた。

– 2018.11.18 up –