風俗店の年末


クリスマスイブの出勤数

12月の風俗店にとっては、クリスマスまでの数日が中休みとなる。
今までと比べれば入客は少ない。

歌舞伎町のコマ劇場
コマ劇場をスカウト通りから見て

ところが、今年はクリスマスイブが金曜日。

この日を境にして、一気に入客が増えるのは予想がついていたが、休みの連絡が相次いで、遅番の女の子の出勤は5名となってしまった。

新人のジュリが突然の生理初日で休み。
同じく新人のミライは都合で休み。
ナナがカゼっぽくて休みに。

週末の遅番が5名では、多くの客をこぼすのは目に見えていた。
シフトを変更して誰かを出せばいいのだが、どこかが少なくなる。

まだまだ在籍が足りないとシフト表を閉じるしかなかった。
もうこれだけで、どことなく腹立たしい。

ナナについてはカゼとはいっても大したことはないので『店に来てから休みかどうか決めよう』と電話でがなりたいくらい。

が、このあと年末にかけて無理して出勤にしてあるのでそうも言えない。
「大事をとってゆっくり休もうね」と優しく応じた。

当日になると、早番の入客は金曜日にしては多めの22名。
遅番になると客も途切れがち。
このまま過ぎても、店落ちの月平均は落とすことはなさそうだった。

早番のミエコとミサキを21時上がりで無理に出させていたが、早めに上がりにしてもいいかも。

差し入れのリポDを配りながら、チケセンの様子を見にいって回った。

街路灯にはサンタのイラストの垂れ幕が下がっていて、最近ヒットしているというメリクリばかり流れている。[編者註76-1]
ちっとも楽しい気分にはならなく歩いた。

クリスマスイブだからといっても、なにがあるわけでもなく営業は続いている。

客に対しても特別なサービスがあるわけではないし、女の子にもそれは口にしないように言ってある。

世の中から離れたところで、同じことを繰り返すのが風俗店のようでもある。

風俗店の店長のイライラの原因

歌舞伎町には人通りはあるが、どのチケセンにも入場者はそうもいない。

「おとくなチケットありますよぉ~」などと店内をブラブラしていた伊藤博文にリポDを渡した。

「店長、冬ソナですか?」[編者註76-2]
「フユソナ?」
「ぺ・ヨンジュンですよ。マフラーの巻きが」
「ぺヨンジュン?」

風俗店で働く者はテレビを見なくなるもので『冬ソナ』の意味がパッとはわからなかった。

伊藤博文に教えられて、今年の大流行の韓流ドラマの『冬のソナタ』が略されたと知る。

まるで流行を真似しているみたいではないか。
人気のぺ・ヨンジュンとやらを意識してるみたいではないか。

女の子の出勤が少ない日は常に腹立たしさがあるもので、ぺ・ヨンジュンに肩パンチをしてやりたい気分になる。
マフラーの巻き方を変えて店に戻った。

客を帰した女の子たちは、待機所に戻るよりも店のほうに集まっておしゃべりをしていた。

客足が途切れがちの日は、こうなることも多かった。
届出の際には、店で待機をさせてはいけないと警察からは念を押されていたが、楽しそうに話しているので『待機所に戻って』とも言えず。

またメリクリが有線のリクエストチャンネルから流れている。
メリークリスマスまでも略されているのだ。

なんでも略す。
女の子の出勤が少ない日は、むやみに略すことですら腹立たしくもなる。

いかん、もっと明るくなれ・・・と念じていると女子用の電話が鳴った。
新人のリリからで、よくない電話なのはわかった。

解いたマフラーをカラーボックスに放って、シフト表を開いた。

「おつかれ。どうした?」
「あのね、生理になっちゃった」
「そっか。予定よりも早いな」
「うん。明日は休みでいいですか?」
「うん。とすると3日目からはだいじょうぶだったけ?」
「はい」
「じゃ、あさってからだね?」
「はい、でます」

明日からの出勤もぎりぎりだったが、どういうわけか生理とは重なるものだし、初日と2日目くらいは休みでも仕方ないし、前日の連絡だし、まだ新人だし、シフトに横棒を入れて受話器をそっと置いた。

シフト表をぱたっと閉じた。
月間店落ちに見当がつきはじめる月末の週に、シフト表に横棒を入れることが、どれだけ腹立たしいことか。

直近の新人が3人が3人とも休みになるのも、たまたまなのはわかるが腹立たしい。

顔には出さないようにはして、なんでもなく振舞うのは、自分にとっては気力がいるものだった。

クリスマスイブの風俗嬢

来客は止まったまま。
女の子たちが無邪気に見えた。

あえてクリスマスイブであることを口にしないようだったが、その代わりなのかケンタッキーフライドチキンを食べたいとはしゃいで話している。

12月からの新人の久保も、楽しそうに雑談に加わっている。
店によっては、新人の男性従業員は在籍と話してはいけないと決まりもあるが、この店はちがう。

1人1人が指示がなくても動けるようになるには、在籍の様子やそれぞれの癖を覚えることも必要なことだった。

ささいなことでも、本当に楽しそうに女の子たちと話す久保だった。
「ケンタ」なのか「ケンチキ」なのか、どう略すのか、一緒になってきゃっきゃしている。

略し方が割れたところで、ミサキが訊いてきた。

「店長はケンタじゃないよね?」
「ケンタはいわないな」
「じゃ、ケンチキ?あ、でもふつうにケンタッキーっぽい」
「ううん」
「まさかのKFC?」
「ううん、オレはどれもちがう」
「じゃ、なんていってるの?」
「ケンタッキーフライドチキン」
「いやぁ!略さない人がいる!」
「オレは略さない」
「なんでぇ」

それだけで、飛び跳ねて笑っている。
まだ彼女たちは、20歳そこそこなのだ。

店にいる女の子は自立した大人に感じてしまうのだが、彼女らも子供扱いは望んでないだろうが、場所が変われば子供扱いされてもいい年齢なのだ。

ひと回りほどは年上の自分は、少しは大人ぶらないといけないのか。

ごきげんとりもしないといけないし、こんな入客だし、クリスマスイブらしいこともあってもいいかと、ケンタッキーフライドチキンを久保に買いにいかせた。

仕事収めの出勤数

クリスマスの翌日からは、一転して年末の雰囲気となった。
増した人通りは騒がしくて慌しくも見える。
驚くほどの切り替わりようだった。

待ち構えていたかのようでもあり、歌舞伎町にとってはクリスマスは余計なイベントのようにも感じもした。

有線からもクリスマスソングなど流れなくなっている。
入客の勢いは増していた。

仕事納めのその日から30日までは、男子従業員は全員出の1人が通し。
17時の時点で、入客23名、こぼしが7名。

こぼし7名は多い。
早番の出勤は5名だった。
在籍が長い順に、サクラ、ミエコ、ミサキ、シホ、ミズキ。

遅番になった時点で、11名出勤となっている。
サクラ、シホ、ミズキがラストまでの通しで、ミエコ、ミサキが22時アップで、ラストまでがナナ、マユミ、ユウ、ミカ、トモミ、カオリ。

ここにきてユウが久しぶりの復活。
高収入求人誌で入店したミズキは入店して1週間経ってない。

そこにダミーは、ユウカ、キョウコ、ヨウコ、サトミ、アリスの5名を入れて総勢16名。
今までで最大の出勤数。
シフト表を開いている自分は、たぶん機嫌よく見えるのではないか。

客のほうも、テーブルに並べられたプロフィールを前にして「おお!」といったように目を見開いている。
選ぶのに力が入っている。

18時の時点でもペースは落ちることなく、しかも順序よく来店して、順番に指名されて、シグナル以外のレンタルルームも空いていたこともあって、リストは白丸が連なって全てが埋まった。

こうなると、リストの前にはペンを持った1人が付きっきりでないと時間と連絡を見落としてしまう。

入室と退室の電話が重なり、リストに時刻が記入されたり、白丸が塗りつぶされたり。

「ミズキ、遅いな、もう1回電話して、時間ですって」
「はい」
「お客さん、続いてるって、ちょいせかしで」
「はい」

ミズキに持たせているプリペに、小泉が電話をいれた。
レンタルルームへは竹山が電話して、次の客の部屋番号を確かめて伝票に記入している。

続いている客を受付をしていた西谷がカーテンをめくり、半身を入れて訊いてきた。

「ミズキの待ち、どのくらいですか?」
「今から45が入る」
「じゃ、45ちょいでいいですか?」
「ミズキは、1時間半で待つんだったらとっちゃって。今のうちに休憩入れる」
「わかりました」
「ミエコ推して。まちがいないですからって。カオリとサクラは、写真よりも本人のほうがいいですからって言い切って」
「わかりました」
「ミエコ、サクラ、カオリで15分待ち。ミカ、トモミで30分。ゆっくり受付で」
「はい」

すでに、チケセン全店に置いてある割引チケットは年末バージョンにしてる。

45分16000円、写真指名2000円、別途ルーム代1000円。
60分20000円、写真指名2000円、別途ルーム代2000円。
割引は入会金1000円のみ。

1年を通じていちばん高い料金になるが、12月になってからの週末からすると、この金額でも客は来ると見込んでいた。
実際に客足は落ちてない。

「ミズキ遅いな。さっき、なんていってた?」
「これから着替えるところっていってました。のんびりしてんですよね」
「もう1回、ミズキに電話して、時間ですって」
「はい」

小泉がまたプリペを鳴らしている。
新人とはいえ、時間が押し気味のミズキだった。

仕事納めの客の特徴

写真指名は、その日その日の絵面で偏る。
全員のプロフィールを並べたときに、説明がつきづらい偏りが出る。

いつもよりも多めに指名される女の子もいれば、いつもよりも指名されなくなる女の子も現れる。

今日の指名はミズキに偏っていて、重なってばかりで、振り替えてばかりだった。

在籍だから悪態もつけずに、遠慮がちな振り替え方のせいなのか。

待ち時間があると入りたがる客もいるもので、リストのミズキに白丸が消えることなく記入され続いている。

未経験で入店して1週間も経ってないし、はじめての通しだし、新人だから断りきれずに通しを引き受けた様子だったし、早番からしっかりと休憩もとれてないし、今日いちばんに気を遣うのはミズキだった。

それでも「遅いな」と気を揉んで、小泉が「様子をみてきます」とレンタルルームまで走ろうとしていると、客を帰したミズキは全く急いでいる様子がなく電話してきた。

11名全員に客がついてるとなると、女子用電話が忙しい。
少し話していると、すでにキャッチ音が入ってくる。

「あ、ミズキ、もうお客さん帰した?うん、でさ、つぎね、45分でシグナルの5番、あ、ちょっとまって、・・・サクラ?今どこ?じゃ、続いているから、すぐ折り返す。・・・あ、ミズキ?うん、お客さんの名前はみっちゃん、うん、あ、ちょっとまって、・・・マユミ?はいった?でさ、この次も続いてるから、うん、お客さん待つって、うん、じゃ、まきで。うん、おねがいね。・・・ミズキ?で、5番ね、つかれてない?時間ぴったりでね。おねがいね」

『まきで』というのは時短を促すこと。
マユミだったらはっきり言っても大丈夫。
その分だけ、気を入れて濃厚にやってくれる。

だが、まだ入店したばかりの新人のミズキだと真に受けてしまって、せっかく慣れてきたペースを乱してしまう。

こんな日は、言い方ひとつにも気をつけなければだった。
新たな客を受付していた久保がカーテンをめくり半身を入れて、1万円札2枚をリストに置いた。

「すみません。指名ミズキです。45です」
「え、またミズキ?1時間半待つって?」
「はい、どうしても待つっていうんです。振り替えできなかったです」
「まあいいか。待つんだったら、ミズキ、これ出てから休憩いれてから付けよう」

客足というのは波状である。
いっとき混んだと思えば、次には空くものだった。

が、仕事納めの今日ばかりは、20時になっても客足はとまらない。
解放感があるというのか、客の騒がしさも迫ってくるものがある。

割引なしのチケットを作っておけばよかったと、リストに白丸をいれた。

歌舞伎町で一番売れているもの

20時を過ぎたころ、客が5人続いていたミエコが「休憩とりたい」という。

店のソファーで髪をとかして化粧直しをしてからは、おにぎりにパクついている。

落ち着いた雰囲気のミエコだからか、おにぎりを両手で持って「ハムッ」と食いつく姿が可愛らしかった。

週末は、お菓子とジュースは喜ばれなかった。
やっぱり、おにぎりだった。

この時期、コンビニのおにぎりは品切れ気味。
早番のうちに30個を買い込んでおいた。
30個では足りそうもなかったが、30個しか買えなかった。

遅番になってから、小泉が歌舞伎町のすべてのコンビニを回ったが、おにぎりの品切れ状態が続いていた。

たしか、セブンイレブンは、おにぎりを品切れさせないという神話がある。[編者註76-3]

ロールスロイスが砂漠の真ん中で故障したときにはヘリコプターで修理に向かうのと同じ理屈で、災害や渋滞でトラックが動けないときにはヘリコプターでおにぎりを空輸して補充したとも聞いたことがある。

しかし年末の歌舞伎町では、セブンイレブンであっても3日も4日もおにぎりが品切れしたままだから、たぶん日本でいちばんコンビニのおにぎりが売れる地域は歌舞伎町だと思われる。

ミエコがおにぎりを食べ終えた。

「ミエコ、いけるか?」
「はい」
「じゃ、シグナルの3番な。60で」
「ああ・・・、60・・・」

次が60分と聞いたミエコが、ホッとした声を出した。
今日は料金が高め設定なので、45分がほとんどだった。

店としても45分で回転させるつもりだったので「60分はどうですか?」と一言も振ってもない。

客単価は概算で12000円を超えていて、店からすればいうことがないのだが、女の子からすれば45分の連続は体力を使うのだ。

ミエコはコンパクトミラーにイーと歯を見せてからパタンと閉じて、すっと立って、次の客先に向かっていった。

おにぎりで気分を乗せるのも限度があるな、と自分もおにぎりの山からひとつを取った。

酔っ払い客には注意書きを

21時を過ぎた頃、店内には待ち客が6名。
ソファーはいっぱい。

今日に限っては、のんびりと座っている者はいない。
目力がある者、鼻息が荒い者、前屈みの者、といったように圧が込められているのが伝わってくる。

受付の声は大きめになって、ほかに漏れ聞こえないように、有線放送のボリュームは大きめ。

3人組を受付していた西谷がカーテンから半身を入れて、リストに6万を置いた。

「すみません。ミサキ、トモミ、で、ミズキです。全員45です」
「え、ミズキ、待つって?」
「はい」
「休憩長めの1人挟んでいるから、2時間半だぞ?」
「はい、それでも待つっていうんで、とりあえず金だけとっちゃいました」

ここまで指名が集中するのだったら、最初からプロフィールを出さないのが手っ取り早いのだが、万が一、本指名の客やってきて『あれ?写真が出てない!』となったらまずい。

前にミカでそれがあったときに、あのおとなしいミカでも「なんで写真が出てないの!」と激怒した。

新規の客はともかく、女の子は本指名の客だけは1人でも逃したくないのだった。

それはそうと、3人組はかなり酔っ払っている。
早番のミサキには、酔っ払い客など付けたら驚いてしまうかも。

「ん・・・。ミサキは22時アップだから、これで終了だな。もう写真下げよう」
「はい」
「あの3人、だいぶ酔っているな。本番禁止だけはしっかり言っといて」
「はい」
「言うだけじゃなくって、本番禁止の注意書きを目の前で読み上げて」
「あ、はい」
「ああ、いいや、オレがやる。そこは」
「はい」

自分がおつりを持って、それぞれに手渡したとあとに、本番禁止の注意書きを思いきり感じわるく読み上げて『罰金100万円』を強調した。

酔っ払いにこのくらいでいい。
ミサキには、なにかあってはいけない。

やっぱり、在籍のなかではミサキがいちばんに可愛い。
気がかりだが、今はミサキのえこひいきよりも、ミズキの心配だ。

追って西谷が会員証を手渡しにいき「少々おまちください」と戻ってきた。

「先にミサキとトモミの客だけ入れよう」
「はい」
「で、そいつ1人になったら振り替えろよ。時間を間違えましたって3時間半待ちにして」
「あ、はい」
「で、ナナ、マユミ推して。あとミエコも45だったらラストでいけるな。ミエコ推して、予約キャンセルになったんで化粧直しの時間でいけますって」
「ああ・・・、はい、わかりました。でも、そいつ・・・」
「そいつ、どうした?」

ちなみに “ そいつ ” と言っても、彼にはまったく悪感情などない。
一種の鼓舞の変形。
そうでもしないと、なかなか振り替えする気が沸かない。

「そいつ、ミズキが前の彼女に似ているなんていっていうんです」
「もしよくなかったら、わたし、切腹してもいいですって言い切れ!」
「それでクレームとかこないですか?」
「こない。ナナとミエコとマユミだったらだいじょうぶ。サービスよければ似てようが似てまいが関係ない。そんときはオレが対応する」
「あ、はい、わかりました」

すでにレンタルルームへは竹山が電話している。

2名の部屋番号を確かめて、伝票に書き入れて「じゃ、先に2人送ってきますよ」と出ていった。

写真指名の振り替えにも限度がある

西谷は息を止めている。
有線放送が次の曲になると「ええ!ほんとですか!」と叫びながら反転して、勢いよく客先へ向かっていく。

しばらくなんやかんややっていて「切腹します!」とまでも言い切っていたが、酔っ払いには笑い話となっただけ。

振り替えができずに戻ってきて、カーテンから半身を入れてきた。

「田中さん、きびしいです!あいつ、3時間半待つっていってます!」
「あいつ、漢みせやがったか・・・」
「はい、切腹もきかなかったです」
「ミズキ休憩なしだな。さっきの1時間半待ちの客の前に、あいつ、先に入れよう」
「だいじょうぶですか?」
「もう、待ちを増やしたくないしな。3人1度に入れたいしな。あいつ、先に入れよう。予約がキャンセルになったって」

この店では、なにがあっても写真指名を変えない客は「漢をみせた」と、多少は優遇されるようでもあった。

すぐにミズキのプリペは、急かすようにして鳴らされて、時間15分前が伝えられた。

よかった。
さっき、次、休憩しようと言ってなくて。
しれっと続けさせるしかないか。

こんなときに、プロデジーのファイヤースターターなどを、どこかの誰かが有線にリクエストしている。[編者註76-4]

小泉が「おお、プロデジー!」とリズムをとっている。
たぶん仕事中のどこかの誰かも、それでいけといっている。

休憩がないくらいいいか。
『ヒマ』とトビになる女の子はいても『忙しい』でトビとなる女の子はいないのはわかっているじゃないか。

「小泉、ミズキ、プリペ」
「え、またですか?」
「連打して、お時間13分前ですって」
「あ、はい」
「たぶん、まだシャワー浴びにいってないから、すぐにいかせて。ちょっとは急かせよう」
「はい」

プリペは8分前と5分前にも連打されて、ミズキは時間ぴったりで退室した。

次の45分の客のあとに、また次の45分の客も続いていて、そのあとに長めの休憩をとろう伝えたいが、けっこう酷なことなので電話だけはよくない。

顔を合わせて、ペットボトルのお茶を手渡しながら、それらを告げるために小泉が走った。

ミズキから入室の電話がきたと同時に、小泉が戻ってきた。

「ミズキ、どうだった?」
「はいっていってました」
「ふつうに?」
「いえ、なんかよろけてました。笑ってですけど」
「じゃ、余裕だな。おにぎりやるっていった?」
「あ、シーチキン残しておいてくださいっていってました」
「あちゃちゃ、シーチキンないぞ。オレがさっきラスイチ食べちゃったよ。梅でいいか」
「はい。ミズキだったら梅でもいけます」

笑顔を絶やさないミズキだったが、ふて腐れるような表情を見せないミズキだったが、年末の風俗店では酷使されてしまったのだった。

ミサキとミエコが上がるのに合わせて、ダミーのプロフィールも3枚を下げたが、ミズキへの指名の偏りは変化なし。

なおさら集中度は上がったようで「ミズキ、プリペ」と電話は連打された。

休憩は20分を2回ほど入れただけ。
化粧直しをしたり、おにぎりを食べただけ。

ミズキがラストの客を帰したときには、26時前だった。

風俗嬢特有の色気

西谷が職安ドンキで折りたたみ椅子を5脚購入して、借りた台車に乗せて戻ってきた。
これで待合室に、もっと人数が座らせられる。

竹山は待機所に女の子の様子を見にいっている。
久保はタクシーがつかまるまで靖国通りを走っていて、小泉が女の子をひとりひとり乗せるまで送っている。

ミズキが帰り支度をして店にきた。
さすがに疲れた顔をしていた。

疲れた顔ではあったが、髪と肌の潤い感ある艶と相まって、何人もの男を相手にしたあとの女の子だけが発する熱っぽい色気がある。

通しで16時間も客が続いたのだ。
早番で6本、遅番になってからは8本で、すべて45分でついている。

やりすぎだった。
ひどい扱いをしてしまった・・・という自覚はある。

「おお、ミズキ、がんばったな」
「ああ・・・、はい・・・」
「疲れただろ?」
「もう・・・」
「どうした?」
「戦争だった・・・」

ミズキは一言にまとめて、ため息をついている。
次から次へと続いた客が、敵が突撃してくるほどに感じたのだろうか。

店からの急かせる電話も次から次へときたのが、右へ左へとせわしなかったのか。
笑顔でいながらも、なにかと戦っていた気持ちだったのが覗えた。

「よくがんばった」
「うん、がんばった・・・」
「これな、オプションいれて雑費引くと89500円だけど、きりのいいところで9な。500円はつける」
「あ、はい、ありがとうございます」

500円をつけただけなのに、お礼をいうミズキだった。
いい子なのだ。

「確かめたら財布しまっちゃいな。どっか落としたっていっても、もう出せんぞ」
「あ、はい」
「よかった。はやく休もう。ここ、受け取りのサインして」
「はい」

シフト表を開いて、明日・・・、いや、もう今日の夕方過ぎの出勤を確かめると「はい」という返事。

大丈夫だ、トビはしない。
どころか、新人期間は終わりでいい。
9万円を受け取るときも平然としていたし。

ミズキが帰ってからプロフィールの《 新人!》の紙片をはがした。

集計の続きをはじめた。
リストの丸印は75個。
店舗型から含めて最高記録。

店落ちだって記録更新で、月間は1200万は割らないのは確実になる。
疲労感は心地よさが伴っていた。

– 2023.05.29 up –