無言のまま彼女と風俗店の面接に向かって


弱さを盾に

彼女と飲みながら。
子供の頃の夢の話題になっていた。

「ワタシね、看護婦になりたかった」
「看護婦か。・・・オレは船長になりたかった」
「フーン」
「・・・」
「どうしたの?」
「ン・・・。オレさ、童貞捨てたの看護婦だったからさ」
「ハハハ!」
「看護婦って聞いただけで、ビクッとしちゃうよ。・・・マユミ!付き合おう!ってオレどうしたんだろ」
「ハハハ!」

彼女は、時々いらない世話を焼くのが、童貞喪失の年上の看護婦にもダブって、いい看護婦になっただろうな・・・と、酔った頭でボーと考えていた。

船長というのが、自分の小学生の頃の夢。

作者も題名も覚えてないが、大好きな本が小学生の頃あった。
不沈といわれ、世界最大の砲塔がある戦艦大和の物語の本。

開戦と同時に造船され、長距離で砲弾を撃ち込める46センチ砲の威力で、南洋の海戦で存在感を現した。

が、急速に、戦闘機が海戦の主力となっていく。
小回りがきかない鉄の塊の戦艦は、大事な局面で取り残されていく。

最後は日本海軍の要として、片道燃料で沖縄決戦に向かう。

向う途中で、米軍の戦闘機の大群が姿を見せて46センチ砲を撃つのだけど、身軽な相手には通用しない。

戦闘機の猛攻を受けて、ボロボロになった巨艦は段々と傾いていく。

すべての最後を悟った有賀艦長は、総員退避を命じて、自身は艦橋の羅針盤に鎖で体を括り付けて、やがては艦と共に沈んでいく、という内容をいまでも覚えている。

そして偶然にも。
有賀艦長の縁故の家が、自分の実家から自転車で10分ほどのところにあることを町内新聞で知った。

古い家屋の一室に展示された、有賀艦長の生前の海軍服を見たときに、子供ながら戦艦はムリだから船長になりたいとの思いを抱いた。

今、思えば自分は母親に、男らしさや男としてを強調して育てられたので、船長という職業に損得勘定もない美意識から憧れたのかもしれない。

そんな純真な気持ちはどこにいったのだろう?

で、彼女と一緒に飲んでいて。
青森のサンタクロース村の出来事を思い出した。

そして、当時は体面を保っていたが、今は何も無い自分の姿を、彼女に見せるのが気恥ずかしく感じた。

そのことを率直に彼女にいった。
それで気恥ずかしさを隠すように、しょぼくれの自分を自虐的にさらけ出すと、彼女の表情はとてもやさしそうになった。

自分は、久しぶりに仕事以外でよくしゃべり、心地よく酔いが回ってきた。

表にでた後は、だらしがない酔っ払いそのものになる。
彼女に寄りかかり、幼児言葉で「オンブ、オンブ」というと、「どうするの?」と彼女は言う。

「おウチいこ!タクシー乗る!」というと、彼女は「ちょっと待ってて」とタクシーを拾った。

そのままのノリで一晩を過ごしたのはいいが、昼ごろに起きたときは、テンションも下がっていた。

「付き合おう」というと、彼女は返事をしない。
ただニコッと笑って、手を握ってきた。

「また泊まってもいい?」
「いいよ」
「ウチにいると親がうるさくて・・・」
「そうなんだ。・・・一緒に住むか?」
「ハハハ」

こんなことで彼女と付き合いはじめた。
彼女は服屋のバイトがある日以外は、ウチに泊まりに来た。

彼女は男と一緒に生活したことが始めてで、現実的な生活というものに当初はぎこちなさを感じた。

商店街に買物に行き、あとは彼女がメシをつくり食べセックスをする。

彼女と一緒に居てくつろぎ、それが気持ちよかったのは事実だった。

しかし、さりげない会話から、例えば、テレビを見ながらの会話でも、何かが自分を捉えるように反応するのも事実だった。

「私、芸能プロダクションにいたんだよ。ずーと前だけど」
「そうなんだ。・・・やめちゃったの?」
「ウン」
「なんで?」
「ン・・・。夢だったんだなぁって・・・」
「・・・」

どこかでこんな言葉を聞いたことあるな、そうかスカウトで聞いたんだ。

そうおぼろげに思うと、女性に対しての不信感が、ズーンと広がって行く。

そして、こんなに楽しくしていてもやがてエリのように去っていくのではないか、女は裏切りも平気なんだ、と極論まで考えてついてしまう。

エリのことは悔しくて情けなくて、そんなことをクヨクヨしてる自分がすごく以外で、もうやめよう、と思うときにはすっかり暗くなっている。

どんな立派な思想よりも崇高な人間愛よりも、怒りや憎しみのほうが強い・・・、というのは本当なのだろうか?

もし、そうだと思えるのなら、何かが欠如した人間なのだろうか?

女性に対してのわだかまりが、時には加虐になった。

それに彼女の為にも、自分の為にも、スカウトをやめるつもりはなかった。

その延長線上に女を動かそう、働かそう、という内心の企てにもつながっていた。

しかし「風俗で働いて・・・」なんて、彼女言えない。
その時のために、自分は逃げ道をつくっていた。

“ 白衣の天使 ”という聖職に憧れた彼女には、自分の弱さやだらしがなさを見せていたが、そういう“ 傷 ”を見せるたび彼女は、慈しむような表情をした。

しかし、「何も無い・・・」ということを自分の架空の弱さに置き代え、その弱さを盾にとれば、彼女は決して自分を責めることはない、と気がついていた。

風俗なんて言えない

彼女がウチに泊まり2週間ほどたったとき。
メシを食べてベットに寄りかかっていた。

「小さな服屋をやってみたい」という彼女に話した。

「まとまったお金が必要だな・・・」
「・・・うん」
「あのさ・・・」
「なに?」
「・・・高収入の仕事って考えたことある?」
「エッ。・・・夜の仕事?」
「・・・ウン。・・・あと、・・・風俗とか」
「・・・」

彼女は驚いた様子で、目を見開いて自分を見た。
自分もドキドキしていた。

「・・・」
「・・・例えばだけど」
「・・・」
「・・・いいの?」
「エッ」
「・・・賢さんは、いいの?・・・ねえ」
「・・・」
「・・・いいの?」
「・・・」

彼女はまっすぐに自分を見ながら、今まで聞いたことがない声色で「いいの?」と言った。

自分は、目を合わせていることができなくて、うつむきながら続けた。

「・・・いいの?」
「オレは、今、何もできないし」
「・・・」
「オレにお金があれば、こんなこといわない」
「・・・」

彼女は黙ったまま。  
自分はドキドキが収まらない。
何事かに刺激されたのか、静かに大きく息をしていた。

無言のままの彼女のスカートをまくり上げて、パンティーを脱がして、股間にあてがわれたチンコはスルリと飲み込まれた。

「女なんて、女がなんだ!」と思いながら、彼女に強く腰を打ち付けた。

そして自分はスカウトマンだ・・・、と思い込むことが戸惑いを跳ね返した。

明日、風俗求人誌を2人で買いにいこう、3ヶ月だけ働こう、ということになった。

風俗店を紹介する・・・、とは言えなかった。

彼女は風俗店の面接に向かった

翌日は金曜日で晴れていた。

自分はまだ何事かに興奮していたのか。
早めに目が覚めた。

それよりも早く目を覚ましていた彼女とは、すぐにセックスをした。

支度をしてウチを出て、渋谷の公園通りに車を止め、コンビにで風俗求人誌を買った。

誌面を埋める風俗の求人広告の中から、近くのヘルスを彼女は不安そうに選んだ。

店に面接の電話を入れてからは、2人で公園通りを歩いた。

東急本店の近くの雑居ビルに、その店の看板を見つけて、以外と彼女は戸惑うこともなく階段を登っていった。

しかし、ここの店では、面接だけで彼女は帰ってきた。
何が原因かわからなかった。

とても細かくは聞けないが、帰されたことで彼女の気持ちは固まった様子だった。

次の候補の店に電話をして、道玄坂に向かう。
体験入店希望も伝えてある。

渋谷109からは、流行しはじめた宇多田ヒカルが大音量で流れ、3月の期末休みらしい若年の笑い声が響いている。

キャンペーンの準備もしており、午前中の人通りの割には騒がしい。

その中を無言で彼女と歩いた。
騒がしさが、うっとうしかった。

スカウトのときには、そのように感じたことは今までなかった。

道玄坂の百件街の入口に、スタッフと彼女は待ち合わせていた。
自分は離れた場所に立っていた。

白ワイシャツにネクタイの小太りの男が近づき、彼女に声をかけて、しばらく一緒に歩いていく。

路面に面した風俗店の看板が見え、彼女は振り向くことなく店員が開けたドアに入り、姿が見えなくなった。

1時間は、近くでウロウロしていた。

怒りと性的衝動

採用になったのか。
今頃、講習をしてるのか。
ひょっとしたら、客にサービスしてるかもしれない。

彼女が、他の男の勃起物を口に含んでいるのを想像した。
また自身の何かが刺激されたのか、鼻でも胸でも大きく呼吸した。

同時に自分の体内で、化学反応でも起きたかのように、不思議に勃起した。

渋谷の人ごみの中をかき分けて、息を荒くして急ぎ足で車まで戻る姿は、不気味な変質者そのものだった。

クルマに飛び乗るとウチに帰り、すぐにズボンを脱いで、ベットにあお向けになった。

そして、風俗店にいる彼女を想像して、収まらない勃起物をしごいた。

彼女が他の男の服を脱がし、丹念にフェラチオを・・・。 
男の性欲が、白濁の液が、勢いよく彼女を襲って・・・。 

彼女が客にフェラをしてるのを想像すると・・・
彼女が客にフェラをしてるのを想像すると・・・

誰かわからない男の影に、確かに嫉妬していた。

その証拠に、風俗嬢になった彼女が、客に対して笑顔を見せてるのを想像すると、刺激は強まり呼吸が強まった。

彼女の名前をつぶやきながら、勃起物をしごいて、何回も射精した。

呼吸が落ち着くまでには、さらに何回も射精しなければならなかった。

これは最近になってからだけど、ある小説家のある作品を読み、こんな言葉にブチ当たった。

「男の嫉妬のギリギリのところは、体面を傷つけられた怒りだ」

文脈に前後があり、体面とは自負や虚栄、自尊やプライド、といった社会的要素が強いとある。

この一文に、なんの疑問もなくやられてしまった自分の嫉妬は、この類なのだろうか?

仮にも自分に好意を持ってくれている女性を、何の躊躇いも呵責もなく風俗で働かせることができる男っているのだろうか?

理屈ではなくて、原始的な本能で、その女性を防御するのが本来ではないだろうか?

そんな思いが強く自分にあるからこそ、そして彼女と接する男が見えないからこそ、嫉妬した怒りは自身に帰ってきて、自負や虚栄、自尊やプライドと衝突し崩れて自傷して、不思議な性的衝動で完結していた。

熱かった膣肉

不思議な1日だった。 
22時頃、道玄坂に向かう。
日中、彼女からは連絡はなかった。

この時間になると渋谷109の人だかりも消えている。
公園通りに車を止め、人通りを眺めていた。

24時を過ぎる。
FMのJ-WAVEが耳障りで電源を切った。

25時を過ぎても連絡はない。
待つ時間は、寂しいものだった。
心配になって車から出て店の近くまで行く。

道玄坂のホテル街は、夜中の静けさの中でも、どこかカサコソと人の気配があった。

店の周囲の道路脇には、手持ち無沙汰な男がポツリポツリと数人立っていた。

ポン引きか・・・、と思っていたが、元気が無く、何かを憂いたような表情が街灯でわかったとき、自分と同じ立場の男だとなんとなく分かった。

自分も道路脇に佇んで、その影の一人になっていた。

しばらくすると彼女から、やっと・・・、「終わったよ。今どこ?」と、電話があった。

看板がある入り口から何人かの女のコが出てきたあとに、彼女も姿を現して左右を見渡す。

彼女にとっても、はじめての経験だったからなのだろう、顔が上気してる。

以外に明るく「疲れたよ~」といったのが、とたんに自分を元気にさせた。

「どうだった?連絡なかったから、心配したよ」
「すごく忙しかった~」
「疲れただろ?」
「うん」
「ウチ帰るか? 何か食べていくか?」
「ウチ帰ろうよ。あしたも、10時にいかないと」
「そっか」

なんだか彼女に会えたのがすごくうれしくて、そして「女ってすごいなぁ」と内心思うと彼女が頼もしくすら見えて、だから自分は思わず彼女と手をつないで、冗談を言って歌をうたいながら道玄坂を歩いた。

車中で彼女は言う。

「6万だったよ」
「そう。・・・それは自分で持ってな」
「・・・なんか」
「どうした?」
「うん。親にわるいなって思って」
「・・・」

そのまま無言だったが、道路は空いていて自宅まではすぐに到着した。

すぐにベットに横になる。
毛布の中に充満する彼女からのボディーソープの匂い。

「どんな客いた?」
「みんないい人だった」
「最初の客は?」
「・・・おじさん」
「それで?」
「いきなりカワイイって抱き付いてきて。・・・ビックリした」
「他には、どんな客いた?」
「ほかも、おじさんかな」
「若い人は?」
「うん。若い人もいたけど、・・・おじさんのほうがやさしかった」
「・・・」

彼女の口から客のことを聞くと、再びあのもやもやする嫉妬を覚えた。

毛布を跳ね除けて、彼女の下着を剥ぎ取った。
すぐに勃起物を挿入すると、飲み込まれるようにスルリと入り込んだ。

彼女は喘ぎ声を出しながら目を細めて、自分をまっすぐに見ている。
そして膣内が、いつもよりも熱を帯びてる。

なんだろうか。
この熱さは。

熱い粘膜で、無言で抗議してるかのようだ。
うめき声を出しながら腰を打ち付けると、彼女も喘ぎ声を荒げた。

その日1日分、彼女を思いっきり強く抱きしめることがやっとできた。

「罪悪感があって・・・」

翌日。
起きてからすぐにセックスをして、それから店まで送った。

とたんに自分はハアハアと、奇妙な矛盾に満ちた変質者になり、落ち付かなくなる。
それも、自分が惨めなダメ男を実感すると、落ち付いてきた。

昨日と同じくすぐに自宅に戻り、彼女の名前をつぶやきながら、勃起物をしごいた。

あの、彼女の熱い膣内の粘膜の感触が残っていた。
何回も射精して、呼吸が落ち着いてからは寝ていた。

夜23時ごろ。
渋谷まで迎えにいき、ひたすらに待った。

彼女を待つ間は、最低のダメ男の実感に打ちひしがれて、それが増幅した。
そして、彼女が姿を見せると、思わず駆け寄った。

このあとは居酒屋でメシを食べようと、出勤時に言ってあった。

ポケットから、1万円を出し彼女に手渡す。

「ハイ、これ渡しとく。足りない分は、出しといて」
「いいよ」
「いや、持っていてよ」
「いいよ」
「そう。ゴメン」
「・・・」

半同棲をして、3週間ほど経っていたが、2人の財布はあいまいだった。

自分が彼女に何回か2、3万の金を渡して、後は彼女が支払っていた。
居酒屋とタクシー代も、彼女が払った。

「・・・賢さん」
「ん」
「・・・お金貯めることできないよ」
「なんで?」

自宅についてからだった。
稼いだお金のことは、彼女のほうから言い出した。

「罪悪感があって」
「・・・」
「そんなお金貯めれないよ」
「・・・」
「・・・」
「あのさ」
「ウン」
「ウチに置いておこう。オレ、金庫買うからさ。そこに入れておこう」
「・・・ウン」
「3ヶ月経てばさ、もう、辞めるわけだし。オレもまた商売なり、勤めなりするからさ。マユミには悪いと思ってる」
「・・・ウン」

彼女の稼ぎは、2人の家計へとすり替わり、とりあえず封筒にいれて机の上に置かれた。

本当に金庫は買うつもりでいた。
しかし結局は、手提げ金庫ですら買わなかった。

3日後には、机の上の封筒に入らずに自分の札入れに収まっても、彼女はなにも言わなかった。

それでも “ キンコ ” という響きだけが、一人歩きをしはじめた。

彼女は、その月160万稼いだ。
同時に自分の口から、咄嗟に、偶然に出た “ キンコ ” は短期間に変化していった。

2人の間で、彼女の稼ぎの受渡しが “ キンコ ” という言葉に発展していた。

– 2001.2.22 up –