留置場に入るときの身体検査


身体検査室

家宅捜査から新宿警察署に戻ってからは、2階の取調室へ。
家宅捜査分の『押収品目録書』を作成した。

押収品は、2年から5年前までの日記6冊のみ。
押収品目録書に署名と指印をすると「今日はこれで終了です」とボタンダウンから告げられた。

取調室から階段を下がり2階の通路を曲がると、留置場への鉄扉がある。
大きな灰色の鉄扉だ。
これみよがしに、リベット止めで補強されていて、頑丈さが証明されていた。

鉄扉の脇にはデスクが3卓ある留置事務室があって、反対側には『面会室』とのプレートのドアがある。
制服の留置係に引継ぎの書類が渡されて、腰縄もバトンタッチされた。

その留置係が鉄扉の覗き窓を開けてから「1名、新入、入場!」と声をかけると「解錠準備異常なし!解錠!」と号令のかけ声がして、ガチャンと内側からロックが外された。
ぎぃっと重厚な金属音で鉄扉が開かれると、そこからが留置場だった。

入場してから中にいた留置係へ、腰縄と私物のバッグが渡されると、ガチャンと鉄扉は閉められロックされた。

場内は薄暗くて静か。
21時の消灯時間が過ぎていたのだった。

殺風景に鉄格子が並んでいて人の気配はある。
鉄格子と床は深い緑色で、天井と壁はくすんだクリーム色。
入口の脇にある『身体検査室』に入ると、腰縄は解かれて手錠は外された。

「留置場ははじめてか?」
「いえ」
「じゃ、大丈夫だな」
「いえ、大丈夫じゃないです」
「はははっ、まあ、ここは大勢いるから規則だけは守ってな」
「はい」
「わからんことあったら、なんでも係に訊いてくれよ」
「はい」
「じゃ、そこ座って、まず、私物を確認しよう」
「はい」

標準語の横山やすしみたいな留置係が説明をした。
鉄扉が開くときに比べると、留置係は気さくだった。
彼を仮にやすしと呼ぶ。

所持品目録書の作成

やすしはテーブルにバックの中身をひとつひとつ並べた。
『所持品目録書』を取り出して、名称と個数、色や特徴を確かめながら記入していく。

「ええと、バッグが1個。手提げバックと。色は茶色と。皮製だな」
「はい」
「これは、チャックで開けたり閉めたりするんだな」
「はい」
「チャック開閉式と」
「・・・」
「ええと、それでペンが1本。ボールペンだな、これは。回転して芯が出るのか。じゃ、これは回転式ボールペンと。色は銀色だな」
「はい」
「うーん、金属製だな、これは」
「はい」
「んで、これは、クリアファイルだな。中身はなし。半透明。A4サイズだな。これが1個と」
「はい」
「これは、なんだ?」
「携帯のホルダーです」
「携帯は押収だな?」
「はい」
「それじゃ、携帯ケースだけが1個と。色は黒。皮製。・・・うーん、ボタン止め具付き、ホルスター型だな」
「はい」
「それで財布が3個か。長財布だな、これは。・・・で、どれも革製と」
「ええ」

どういうわけか、財布と現金は押収品とはならないのだ。
本当にどういうわけか。
店ではあれだけの物品が押収になったのに、財布と現金だけは残されている。
立派な違法営業の証拠品なのに、ありがたいことに私物扱いなのだ。

「色は黒が2個と。ひとつはロゴがあるな。英語か、・・・なんて書いてあるんだ、・・・読めんな、ロゴでいいな」
「はい」
「英語のゴロありと・・・。んで、これは茶色だな、茶色が1個と」
「ええ」
「えらい入ってそうだな、中を確かめるぞ」
「はい」
「なんじゃこりゃ?」
「・・・」

3つの長財布には、合わせて200万ほどの現金があった。
黒色の長財布は店用で、お釣りの5万5千に加えて、その日の店落ちが10万ほど。

万札が詰まった財布
留置係は「なんじゃこりゃ?」とすっとん狂な声をあげた

もうひとつの黒色の長財布こそが自分の私物で、所持金は3万ほど。
茶色の長財布は支払いの現金を保管しておくために用意していたもので、月末にかけてチケセンと高収入求人誌の集金が連続して来るので、そのための支払い分を170万ほど準備して収めてあった。

「これ、いつも持ち歩いているのか?」
「たまたまです」
「いやぁ、やっぱ風俗ってのは儲かるんだな」
「そんなことないです」
「歌舞伎町か?」
「はい」
「こりゃ、笑いがとまらないってヤツだろ?」
「これ、支払いで右から左ですよ」

丸ごと小遣いが入ってるとでも思っているのか。
やすしは1万円札を数えながら訊いてくる。

「ほんとは儲かるだろ?」
「そんなことないです」
「こんなに儲かるんだったら、俺も風俗やろうかなぁ」
「ほんとに儲からないですよ」

留置係は引継ぎの書類で『被疑事件:改正風俗適用法違反』との一文は目にするが、詳しい内容までは知らない。

留置場での言動が取調べに影響することはないとされてるし、どうやら本当にそうらしいので、やすしにはざっくばらんに答えでもいいのだが、実際にそれほど風俗は儲からないので否定するしかない。

「ほんとは儲かるだろ?」
「ほんとに儲からないです」
「俺も風俗やろうかなぁ」
「ほんとに儲からないですよ」

やすしはお札を数えながら「ほんとは儲かるだろ?」と同じ質問をしてきて、自分は同じく「ほんとに儲からないです」答えるやりとりを3回繰り返した。
冗談を言いながらも、現金は時間をかけて間違いなく数えられた。

『所持品目録書』には、1万円札185枚、千円札72枚、五千円札11枚、500円硬貨4枚、100円硬貨6枚、50円硬貨1枚、10円硬貨3枚、5円硬貨1枚、1円硬貨4枚とそれぞれ記入された。

『所持品目録書』の作成が終わり、署名と指印をした。

ジャージと称呼番号

やすしが現金を数えている間、もうひとりのスポーツ刈りの若い留置係が「これ入るかな?」と使い古しのTシャツと灰色のジャージを持ってきて広げた。
これからお泊まりするのに着替えねばだった。

洗濯はしてあるのはわかるが、Tシャツはヨレヨレ。
ジャージもクタクタになっていて、毛玉がいっぱいで膝が抜けている。

腰の紐は抜いてある。
衣類に付属している紐の類は、全て取り除かれるのだった。
パンツもクタクタなものと履きかえて、今、着用しているパンツは洗濯するという。

「ここでは、皆、番号で呼ぶんで、これからは332番で」
「はい」
「じゃ、これに履き替えよう」
「はい」

スポーツ刈りは爽やかに番号を告げて、便所のサンダルを足元に置いた。
甲の部分に貼り付けられた白のビニールテープの小片には、マジックで『332』と記入されている。

ジャージに着替えるときパンツ一丁となったところで、スポーツ刈りが身長と体重と血圧を計測。
やすしは新たな書類に数値を記入しながら、自分の体に目を向けた。

「方言は・・・、ないな?」
「はい」
「標準語と」
「・・・」
「刺青は・・・、ないな?」
「はい」
「なしと」
「・・・」
「体の傷は・・・、これはなんだ?」
「手術のあとです」
「なんの手術だ?」
「盲腸です」
「腹部に3センチ、盲腸手術跡と・・・」
「・・・」
「あとは・・・、これはなんだ?」
「これは、切り傷です」
「右腕に切り傷の跡、3センチと・・・、こっちが2センチと、これが1センチ、こっちにも1センチと、ここにもあるな、2センチと」
「・・・」
「左にもあるな、これが3センチと、・・・これが2センチと。・・・これはケンカしたのか?」
「いや、土方して怪我しました」
「そうか。・・・土木作業で負傷と」
「・・・」

うっすらとした傷跡も念入りに確めている。
いつできたのかわからない傷もあったが、ほとんどは土方で負っているはずだった。

「ちょっと後ろ向いてみろ。・・・この傷はなんだ?」
「それは、・・・たぶん、蚊に刺されたかなにかで、夜中に引っ掻いたんじゃないんですかね」
「そうか、じゃ、これはいいな。あとは傷は・・・、なしだな?」
「そうですね」
「体型は・・・、小太りだな?」
「え、普通じゃないですか?」
「これは小太りだろ?」
「いや、普通だとおもいますけど」
「普通か?」
「・・・」

やすしは1歩引いた。
体を右から左へと眺め回した。

「うーん・・・、やっぱり、これは小太りだろう?」
「よくわからないです」
「うん、小太りだ」
「・・・」
「小太りと」
「・・・」

やすしは残念な判定をして書類に記入した。
持病のあるなし、常備薬のあるなしの聞き取りをして身体検査は終わった。
Tシャツとジャージに着替えて、便所のサンダルを履く。

私物ロッカー

これから鉄格子の房内に入るのだが、房内まで持ち込める私物は、身につけていたパンツと靴下とメガネ、あとはバックにあった小説の文庫本のみ。
要は衣類と本しか持ち込めなく、それ以外の所持品は留置事務室で保管となる。

ちなみに紐の類は、衣類だけでなく、一切持ち込めない。
文庫本を持ち込むのなら、しおりの紐は切ってからと徹底している。

あとはカバーは外す。
裏表紙には『閲覧許可証』と印字されて日付が記入された小票を糊付けしてからとなる。

身体検査室を出た壁面には、持ち込みの私物を収めるロッカーが設置されている。
1人分のロッカーの大きさは約50cm各。

房内に私物を持ち込めるといっても、時間が決められている。
本を持ち込める時間は、朝食後から夕食後まで。
今の時間は体一丁のみで、文庫本はロッカーの中へ入れることになる。

着替えた私物のパンツと靴下もこの中へ。
後日、差し入れされた衣類や本があれば、このロッカーへ入る。
警察、検察、裁判所から交付された書類も、このロッカーへ入れる。

それと私物ロッカーといっても、本人は房内から要望を伝えて、留置係が出し入れをして房内に入るので、何が入っているのかは覚えておかなければならない。

洗面は5分間

もう1人、おでこが広い留置係が場内にはいた。
えらく暗い声をした彼に伴われて「寝る前に洗面をします」と、場内の一角にある流し台へ。

洗面は起床後と就寝前の2回。
それぞれ5分間と説明がある。
眼鏡は、この就寝前の洗面のときに係が預かり、小箱に入れて場内事務室に保管されて、起床後の洗面のときに渡される。

タオルは、洗濯済の使い古しを貸与。
あとは、使い捨て歯ブラシとレモン石鹸が支給。
歯磨き粉も支給で、洗面の度に留置係の前に「おねがいします」と歯ブラシを差し出すこととなる。
これらの洗面用具は、後日、自弁の物品と取り替えることも可能。

鏡などない。
顔を洗い、歯磨きをして、コップもないので手の平で口をゆすぐだけ。

終わればタオルは壁面のステンレスのポールにかけて、歯ブラシは流し台の上に設置されているステンレスのボックス棚に置く。

21時に就寝

留置場の消灯は21時。
すべての照明が消えることはなく、場内も房内でも小さく蛍光灯がつく。
『倉庫』とプレートがある一室にいき、収納してある布団を抱える。

厚くもなく薄くもない木綿布団。
掛けと敷きの対で、洗濯済みの白いシーツと枕カバーもセットになっている。

「もう皆、寝てるので、今日はここで」と空いているらしい奥の房まで、布団を抱えて進んだ。
暗い声と目の彼は、いかにも牢屋の鍵といったような棒キーを取り出して、ガチャっと鉄格子の扉が開けられた

これほど気分が落ち込む金属音があるだろうか?

入口は狭くて低い。
かがんで入らないと頭をぶつけるし、ぶつけても怪我をしないように角は丸くなっている。

房内は6畳ほどのスペース。
床面は、畳みを模したビニール貼りとなっている。
隅には、トイレの小部屋があり、アクリルの窓がはめ込んであって、中の様子が房の外から見れるようになっている。

トイレの扉の上部は丸くなっていて、そこに衣類をかけて首を吊れない仕様になっているのがわかった。

「明日は7時起床で」とガシャンッと鉄格子の扉は閉められて、かんぬきがかけられてガチャガチャと施錠された。

布団を敷いてシーツをつけて、すぐに横になる。
こんな場所と状況でも布団で横になると、疲れで大きく息をついた。

後で知るのだが、そこは女性房だった。
とはいっても、女性の形跡など微塵も感じない無機質な空間だった。

– 2020.03.17 up –