留置場の生活


日課は6項目のみ

21時の就寝で、7時に起床の生活リズムにも慣れた。
トイレからの排泄音が、房内に響くのにも慣れた。

早めに目がさめて、今日も頑張ろうと布団の中で気を入れたが、送検のあとからは調べがない。
いったい、なにを頑張ればいいのだろう。

留置場の鉄格子
留置場の鉄格子

鉄格子の向こうの壁には、留置場での日課が掲示してある。

起床 7:00
朝食 8:00
昼食 12:00
夕食 18:00
就寝 21:00
運動 随時

6項目のみの日課だった。
調べがない日は、これらの日課の他には、読書か昼寝をするしかなかった。

昼寝は控えよう。
日中に昼寝をすると、夜に寝つけれない。
外廊下の向こうの窓は明るくなっていた。

称呼番号は年初の留置者が1番となる

覚醒剤の営利の82番と、著作権の273番は、2日前に東京拘置所へ移送となった。

裁判がはじまるのだった。
82番は「先にいって、席、あたためときますよ!」と、273番は「無罪を勝ち取るんで新聞みといてください!」と明るく言う。

留置が長い2人なので、見知った他の房の者からも「がんばってくだい!」と小声がかけられてれいた。

声を発するのは禁止だが留置係も黙認している。
器物破損の325番は、10日勾留で釈放となって「じゃ、みなさん、お先に」と房を出ていった。

“ 送られる ” と “ 出ていく ” は、こんなにも大きな違いがあるものなのか。

連れていかれるでもないし、行くのでもない、動くでもない、移るでもない。

送られるだけが、さびしいものだとは知らなかった。
決して親しくはない2人だったが、留置された中でさびしいと感じたのはこのときだけだった。

入れ替わるようにして、暴行で1名が入った。
夫婦喧嘩で近所の人に110番されたという。

奥さんを軽く叩き返しただけで逮捕されたと、こんなことで逮捕されるのか、これからどうなるのかと、房内に入ってからは目を見開いて動揺している。

棒キーで施錠したやすしが「今は身内の暴力にも厳しくなっているからさぁ」とのんびりと鉄格子にもたれかかりながら相手をしている。

205番も「すぐに釈放になるから」と言っている。
やはり、翌日の昼には「釈放!」と声がかかり「おさわがせしました」と房を出ていった。

また入れ替わるようにして、すぐに1名が入ってきた。
30代後半。
称呼番号は353番。
逮捕容疑は暴行。

警察からの出頭要請の電話に「明日いきます」と答えたら、その日の夕方に逮捕。

帰宅しようと会社を出たところで突然の逮捕となったので、奥さんが行方不明だと心配してるかも、と肩を落としている。

警察とは連絡もとれるし、事情も説明して出頭すると言ってるのに、大事な仕事の予定もあるのに、なんでいきなり逮捕になるんだろ、と頭を抱えている。

次の1名が入ってきた。
40代前半。
称呼番号は355番。

逮捕容疑は横領。
わかりきっていた逮捕だったので、落ち着いて罪名を明かしている。

これで房内は称呼番号が早い順にいうと、銃刀法の205番、風適法の自分で、強盗傷害の341番、暴行の353番、横領の355番の5名。

しばらくは、この面子で固定しそうだ。
称呼番号は、その年の1人目の留置者が1番となる。

自分が332番で8月の初めなので、332を7ヵ月で割ってみると46。
とすると、1ヵ月に50名弱が入場となっている。

毎日にすると、1名様か2名様がいらっしゃいませ状態か、とコンクリートの天井をみながら計算していた。

留置場で購入できる私物

鉄扉が開いて何人もの署員が入ってくる気配がして「きしょぅぅぅ」との号令がかかると蛍光灯がぱぱぱっと全灯に。

飛び起きて「おはようございます」と布団を三つ折にした。
房が解錠されて、布団を抱えて倉庫へ収める。

続けて洗面となる。
ニベアを手に取った。
先週に購入して、流し場の私物置きのボックスにある。

ベタつくのが嫌でニベアなど今まで一度もつけたことがないのに、おかしなことに留置者となったとたんに購入して、朝夕の洗面にぺたぺたとつけていた。

200円に満たない価格でも、お金を払う手間がなくても、自分の持ち物を1品でも増やすという行為は自由さを刺激するのを知った。

購入できる物品は限られている。
購入願箋には、・・・これら用紙のことを願箋と書いてガンセンという、・・・で、その購入願箋には品名と金額が印字されいて自由に購入はできない。

ニベアの他に購入できる衛生品は、石鹸、歯ブラシ、歯磨き粉、綿棒、シャンプー、ボディーソープのみ。

綿棒は官物の支給がないし、耳かきは使用禁止となっているので、私物として購入したい品。

石鹸は、支給の官物よりも、購入品のほうが泡立ちが格段にいい。

歯ブラシも、支給の官物は使い捨て用なので、購入品のほうがグリップ感が格段にいい。

留置されていると、刺激がないせいか、細かい部分がどんどんと気になってくるもので、今まで石鹸の泡立ちや歯ブラシのグリップ感など一度も気にしたこともないのに、質のいい購入品が欲しくなる。

歯磨き粉も購入した。
官物の支給だとわずらわしいからだ。

洗面のたびに、官物の歯磨き粉を持つ留置係に「おねがいします」と歯ブラシを差し出して支給してもらうことになる。
歯磨き粉くらいは自由に使いたい。

洗面が終わると、夜間は預けになっていたメガネを留置係から受け取る。

そして房内の掃除が5分。
各自が、ほうき、バケツ、雑巾、タワシを手にして取りかかるが、物が置いてない房内の掃除はすぐに終わってしまう。

よくも1日でこんなにもと、人体の不思議を感じるほど、抜け毛とフケだけが集まるのだった。

留置場からの手紙の字がぐちゃぐちゃになる理由

朝食を終えると、房内へ筆記用品の交付がはじまる。
留置係が、各自の筆記用品を保管してあるワゴン車で配って回る。

房内で使用できる筆記用品は、官物の支給はなくて、全てが私物の購入品となる。

ノート、便箋、切手、封筒のみ。
逮捕されたときにノートや手帳を持っていたとしても、それらは留置品となって場内に持ち込めない。

肝心のペンも、私物として場内に持ち込めない。
ペンに限らず、一切の先が尖っているものは場内に持ち込めない。

筆記具は、官物の貸与のボールペンのみ。
ボールペンが必要なときには、その度に留置係に声をかけて申し出て、使用が終われば返却となる。

この貸与のボールペンが使いづらい。
見たことがない留置場仕様となっている。
すごく字が汚くなる。

字がきれいな人でも、汚い字になるのではないのか?

尖りをなくすためだろうけど、軸の先端は半円状となっていて、そこからペン先のボール部分のみがちょこっと出てるだけ。

書くときには、軸を立てないといけない。
それに、ペン先が軸に隠れて見えない。
文字のくっつけるべき部分がくっついてないし、離すべき部分が重なったりする。

書く姿勢もよくないのが、さらに汚い字にさせる。
小机などないので、床にうつぶせになるか、あぐらをかいて太腿の上でペンを動かす。

すると、悲しくなるほどの、ぐちゃぐちゃの汚い字となる。
こんな字で留置場から手紙を出したものなら、受け取った人は悲しくなるのではないか。

自分は接見禁止で手紙が出せないので、ノートだけが交付されて、ボールペンを貸与する。

留置場で読める本と雑誌

筆記用品の交付と同時に、私物の本も交付となる。
私本という。

本の所持は、購入分と差入分を合わせて、場内にある私物ロッカーに入るだけできる。
文庫本だったら、60冊から80冊はロッカーに入る。

しかし、房内に入るのは1度に3冊まで。
購入した雑誌が届いたけどどうするか、と留置係が声をかけてきた。

手元にある官本1冊と、購入で届いた『週間大衆』を交換した。
『週間大衆』など初めて買った。

拘束されてじっとしていると、どういう訳だろうか、若い女性よりも熟女のほうがぐっとくるものがある。

『週間大衆』の “ 人妻ヌード ” のグラビアやら、“ 奥様、おっぱい見せてください ” のコーナーやら、 “ 淫らな悶絶エロ年増 ” といった熟女AVの広告ページやらが本当に心に染みる。

1日に何度も見直してもあきることがない。
これは、熟女が好きの自分だけのことではない。

『週間大衆』は回し読みするのだが、やはり手にした者は熟女のページで目が止まっている。
もう1回みたいと、また貸すこともある。

まさか、熟女好きが集まった房ということではあるまい。
犯罪をおこす者は熟女好きが多い、という訳でもないだろう。

もし、こんなに熟女好きが多いのなら、熟女好きは犯罪者の下地となってるのかもしれない。
拘束と熟女の関係は不明だが、とにかく熟女が欲された。

『週間大衆』には保釈金の立替の広告が出ているので、刑事収容施設での購入はかなりあると思われた。[編者註49-1]

禁止となっている本はない。
しかし、内容は検査されて、書き込みがある差入の本、当人の事件が載っている週刊誌などは不可となり房内に入らない。

あと雑誌は、ページを止める背のホチキスの針は抜かれて、代わりに紙の紐で綴じられてから房内に入る。

単行本や文庫本のカバーは留置事務所で保管となって、しおりの紐があれば了承を得てから切断となる。

で、どの本にも許可証の貼り付け。
“ 被疑者番号 ” と “ 承認年月日 ” の項目が記入された小票が、裏表紙にセロテープ止めとなる。

新宿警察署の官本は充実している

1日を房内で過ごす者には、本は重要だった。
本の交換や回し読みは禁止されているが、渡す場面が留置係の目に入らなければ黙認となっていた。

週刊誌は、よく回し読みされた。
私本を読み終えても、官本の貸し出しがある。

官本を借りたいときには、留置係に「官本おねがいします」と声をかけると、まずは選本するためのリストが渡される。

タイトルと著者が一覧になっているリストだ。
小説が主で、六法全集も判例集も広辞苑も交えて、ざっと100冊はある。

読んだことはないが題名は知っているベストセラーの本も、話題になったタレント本もある。
難しそうな古典もある。

プリントされているリストは新しいので、新しい本の補充も適時にされているようだ。
警察にしてはサービスよくバランスよく、各種取り揃えてある。

小説は見たところ人気作家が中心だ。
東野圭吾が一番多い。
今野敏といった警察物も目立つ。

係長は東野圭吾は面白くないといっていたが、自分ははじめて読んだ。

205番などは、官本のドストエフスキーの『罪と罰』を読んでいる。

再逮捕が続いて、調べがない留置が半年以上続いているとしても、読書だけは十分にできるようになっていた。

留置場のマナー

日中の房内は、自分を含めて3人。
205番は共犯者が多くて、全員の捜査が終わらないために、20日ごとに再逮捕が続いている。

341番は調べは終わり起訴されたばかりで、移送待ちだ。
3人とも読書に没頭していた。
と思ったら205番は「しっつれーい!」とブウッとおならをした。

おならを黙ってスカすのは、留置場ではマナー違反だった。
匂いが不意に直撃するためだ。

かといって、もよおす度にトイレに立つのも上品すぎるし、出るものは仕方ないのだからと「失礼」と言ってからきっちり音を出して放屁して、あとは各自が息を止めて匂いをやり過ごすのが嗜みとなっていた。

娯楽がない房内で、少しでも面白く過ごそうとしている205番の主催で、その嗜みが放屁コンテストの様相も見せていた。

大音量はもちろんのこと、やり過ごせないほどの匂いの充満度は評価ポイントが高い。
意表を突くパフォーマンスも評される。

“ ブッブッブッブッブッ ” の連続音には「おお、すげえ!5連発!新記録だ!」となったり、“ プピィィィ ” には「身がでたんじゃないか?」、“ バポウゥゥ ” には「恐竜の鳴き声だ!」と声が挙がっていた。

声を押し殺して「失礼!」と発した直後の “ ブッ ” には「サムライみたいだ!」と評価の声も挙がった。

そのコンテストも、審査長役の82番が移送でいなくなると盛り上がりに欠けてしまった。

詰め食

昼食が終わった。
官弁の容器を片付け終えた留置係が「詰め食いるか?」と声を掛けて回る。

これを待っていた。
調べがなくなると、午後には詰め食が食べれるようになる。

詰め食とは、週に1回、購入できる菓子類のこと。
メッシュ袋に保管されるため、詰め食と呼ばれるのかも。

菓子類の差入れはできないので、食べたいのなら留置者自身の購入になる。

そう考えてみると、逮捕されたときにいくらかでも現金を持ってないと、あるいは外部から現金の差入れがないと、手紙も出せないし雑誌も読めないし菓子も食べれない。

で、菓子類は、1回で12種類が1品ずつ購入可。
アーモンドチョコ、ポッキー、ポテトチップス薄味、のど飴、黒糖飴、コーヒー牛乳、飲むヨーグルト、オレンジジュース、アップルジュース、あんパン、ジャムパン、クリームパンの12種類。

すべて、セブンイレブンで販売している品で、店頭と同じ価格のようだ。

それがわかったのは、セブンイレブンのロゴの服を着た女の子がレジ袋を提げて、留置事務室まで届けにきていたからだった。

留置係のスポーツ刈りとは若者同士でそこそこ仲がいいらしく、その女の子は留置場に興味があるらしい。

いつも留置事務室にいる部長は不在だったのか、受け取るためにスポーツ刈りが鉄扉が開けたとたんにキャッキャッとして場内に入り込もうとして追い返されもしていたのを、運動の移動時に見かけたのだった。

女の子は気がついてないだろうけど、キャッキャッしているのは留置者が耳を立てて聴いていた。

キャッキャッする声は、留置者にとってはかなりの刺激なのだ。
そんなことで、詰め食は昼食後に房内に入り、17時30分まで手元に置いて食べることができる。

食べる配分を考えないと、1週間持たずになくなってしまう。
ちびりちびりと食べるつもりだったが、最初のひと口で痺れてしまった。

大袈裟ではなく、力が沸いてくるようだ。
我慢したのだけど、あとひとつ、もうあとひとつ、としているうちに、全てを初日に食べ尽くしてしまった。

飴もぼりぼりと噛み砕いて、ほとんどを食べてしまった。
房内で詰め食を分け合うのは禁止だが、あからさまでなければチャッキー以外の留置係のときには黙認されていたので、すでにストックがあり食べ飽きてもいる205番が皆に振舞ったりもした。

「人生には3つの坂がある」という

17時30分になると、詰め食は回収となる。
ワゴン車で回る留置係にメッシュ袋を渡す。

夕食が終わりしばらくすると、筆記具と本の回収となる。
そこからしばらくすると、解錠となって洗面をして布団を敷く。

布団の上に座るとホッとして、皆、口数も多くなり座談会となるのだった。
本日の座談会の主役は、暴行の352番。

48時間送検から戻ってきたばかりだった。
保険代理店を自営している352番が話すところは以下である。

まず歌舞伎町でキャバクラ嬢とアフターをした。
カラオケに行き、そしてホテルいくいかないとなって相手から叩いてきた。

それまでに5回ほどホテルにいった関係なので、酔ってはいたが無理やりということはない。

205番がしょんぼりと「いいなぁ、キャバクラいけて。俺、入口で断られるもんな」とつぶやいている。

しばし歌舞伎町のキャバクラについて話が脱線。
神楽坂のキャバクラが穴場だという結論が出てから、主役の話に戻る。

とにもかくにもお互いに酔っていて、相手が強く何度も叩いてきたのを振り払った。

その振り払った手が、相手の頬に当たったのだ。
傷はできてない。

結局は、その日はそこで謝り別れたのだが、翌日の昼前になると「首をひねった」と警察に被害届を出される。

今では弁護士を通じて、慰謝料1000万円を請求されている。
一同で「そんなものが通るか!」と文句が飛んだ。

352番としても、今となっては相手が計画的な気がして、請求には応じられないという。

防犯カメラを確めれば、相手から叩かれていたのを振り払っただけなのが証明できるという。

その点を当番弁護士に話しても、いくらかでも払って示談にして被害届を取り下げてもらったほうがいい、と積極的ではない。

保険屋だけあって弁護士は知っているようで、当番には依頼しないで私選に変えて、今度はこちらから訴える、となったところで就寝の時間がきたようだった。

座長の205番が、真面目な顔で腕を組んで言う。

「人生には3つの坂がある。のぼり坂、くだり坂、そして、まさか。はははっ。・・・そうだよ!まさかだよ!この、まさかがキツイんだよな。ここに来る人は、まさかばかりだ。俺だってまさかだから。この坂は超えることができないから踏ん張るしかない。352番さんも、今は踏ん張るしかないな。じゃあ、今日は、これでお開きにしようかね」

皆の笑いをとってまとめた。
352番も「ここを出たら保険の営業トークに使わせてもらいます」と笑っている。

各自が布団に入る。
天井を見つめていると、蛍光灯がパッと小灯となった。

強盗傷害の341番が「おやすみなさい!」と声をあげて、全員が応えた。

– 2021.05.22 up –