風俗店の早番の特徴


客付けに戸惑ってるようでは店長失格

マユミの講習を終えてフロントに戻る。

コハルとミエコに立て続けに客が付いていて、店内にはシャワーの湿気が充満しかけてきていた。

講習してる2時間ほどの間に、・・・2時間に及んでしまった、その間に村井は6名の客を取り込んでいたのだった。

午前の歌舞伎町さくら通り

早速というのか、待合室にはマユミを指名した客もいた。

風俗未経験で入店して今日が初日の女の子と聞いた客は「何時間でも待ちます!」と、すでに1時間ほどじっと待っているという。

昨日は流れを見てるだけだったが、今日からはできることはやっていく。

壁かけの内線を受話器を上げて、部屋番号のプッシュボタンを押した。
すぐに内線をとったマユミだった。

「お客さんついたよ」
「あ、はい・・・」
「60分でね。準備おねがいします」
「あ、はい・・・」
「準備できたら、折り返して」
「あ、はい・・・」

返事が緊張を帯びているのがわかる。
なにか質問をしたそうだったが、事務的に受話器を置いた。

はじめての客に心の準備をしてるのだろうなと、呼吸を整えているのだろうなと、彼女を想像する。

なんだか、うっとりする気持ちにもなる。
加虐な勃起もざわめいた。

折り返しの内線がきたのは、1分もかからなかった。

「準備できました」
「いけるか?」
「はい」
「じゃ。案内のカーテンまできて」
「はい」

個室のドアがパタと閉じる音がして、パンティに裸ワイシャツのマユミが案内のカーテンの前にきた。

村井がカーテンから半身を入れて、マユミに声をかけている。

「お客さんには初日っていってありますので」
「あ、はい」
「ゆっくりと、慌てないでおねがいします」
「はい」

緊張はしているが、覚悟が決まっている返事だ。


村井は待合室の客を呼びにいく。
「マユミさんです!ごゆっくりどうぞ!」という声がして、案内のカーテンを開けた様子がして、マユミの「こんにちわぁ」との挨拶が聞えた。

もう挨拶の声には緊張はない

甘い声になっている。
女の子の順応力は凄いと思っている自分は心配はしてなかったが、改めてそれを見せつけられた気がした。

フロントの後ろのカーテン越しにこっそりと覗いていると、マユミは教えたとおりに客の手を引いて個室に入っていく。

ゆっくりと服を脱がせたような時間が経ってから「シャワーはいりまーす」との声がして、またカーテン越しにこっそり覗くと、バスタオルを巻いたマユミが客の手を引いて、2人して照れかくしのように笑い合いながらシャワー室へ入っていく。

マユミのプロフィールを手にした。
写真の目はまっすぐにこちらを向いて、なんの不安もなく笑んでいる。

プロフィールのカードケースの端には『本日体験入店!』という紙片が挟んである。

元彼女の名前をつけた女の子の笑みが商売の小道具のひとつとなって、性技を教えて、すぐさま知らない他の男の手がかかるのも、射精されるのも、それが風俗だからとわかってはいるが胸のうちが泡立つような感じも少しはする。

かなり少しとはいえ、久しぶりの感覚だった。
あの真由美が、AVデビューしたときもにもあった感覚。

あとはスカウトをしたお気に入りの女の子が、AVデビューしたときにもあった感覚。

生身で接していた女の子が、パッケージされた商品となったのを目にしたときの、自分の中でなにかが消えたような、突然になにかが絶たれたような、それらをなんとかしようとあがいたばかりに泡立った感覚。

店長として失格だな・・・と、そのうち慣れるのはわかっているだろ・・・と、胸のうちの泡立ちがすでに無常感に転化しかけている自分に言いきかせた。

客は多くの女の子の中から選びたい

とにかくも、これで待合室の客が捌けた。

リストの3名は白丸で埋まった。
それぞれの出時間を確かめると、それぞれ30分以上はある。

このペースで客がくるなら、3名では女の子が足りないのではないか。

村井は説明する。

「平日の早番って難しいんです」
「そう?」
「はい、遅番は客が入りたがるのでどんどんと入れていけばいいですけど、早番はこだわる客が多いんです」
「こだわるって、どういうところ?」
「好みから、雰囲気から、タバコするのかとかタトゥーがあるのかまで、じっくりと決める客が多いですね」
「ああ、そうか」
「とくに素人系の風俗だと、専業ではないかとか、普段はなにをしているのかとか、どのくらい前に入店したのかとかありますね」
「んん」
「気に入った女の子だといくらでも待ちますし。それなんで女の子の頭数を増やしても、おススメできなかったら客が付かないんです」
「そうなんだ」
「遅番みたいに2人連れとか3人連れの客がくることもないですし、ひとりひとり推してとっていく流れですね」
「んん」
「まあ、大丈夫ですよ。コハルがいますんで」
「コハルが?」
「ええ、コハルは3人分の働きをしますんで」
「3人分・・・」

人感チャイムが鳴り、モニターには割引チケットを持つ客の姿が映った。

私、営業をサボってきましたと言いたげな、スーツのサラリーマン。

7枚のプロフィールを手にした村井が「いらっしゃいませ!」とカーテンから出ていきながら声をかけた。

7名のうち4名はダミーとなる。
いくら優良店とはいっても『出勤が3名です』と正直に3名のみのプロフィールを見せれば、その瞬間で客のやる気を削いでしまう。

客はもっと多くの女の子の中から1人を選びたい。
ある程度の待ち時間もあったほうもいい。

待ち時間がないと暇な店だとも思われるし、暇な店には客は入りたがらないものだった。

ダミー出勤と振り替え

ダミー出勤を交ぜたほうがいいのは昨日と今日でわかった。

しかしダミーが1名や2名だったらともかく、7名のうち4名がダミーとは多すぎではないのか。

もちろんダミーの4名は、グイグイと食いつかれる写真ではなく、かといってまるっきりブサイクでもなく、一言でいえば微妙といったところを取りそろえてあるが、こちらが食いついてほしくないところに客は食いつくものでもあった。

早速といっていいほど、その客もダミーにしっかりと食いついた。

村井はなんとかして、ダミーという幽霊から現実の3名に振り替えないといけない。

「リエさんですね。ちょっと待ち時間だけ確認してきます」
「ああ、そうだね」
「ちなみに、このリエさん以外だと、どのコがいいですか?」
「このコかな」
「じゃ、このリエさんとマリコさんで、時間だけ確認してきます」
「はい」
「ちなみに、待ち時間って大丈夫なんですか?」
「ええ、まあ、大丈夫です」

待ち時間も気にしてない、サボりっぷりがいい、風俗遊びの王道をいっている客だ。

フロントのカーテンを少しめくって顔を覗かせた村井は「すみません、リエさんとマリコさんの待ち時間おねがいします!」と空中に向かってひとり芝居をする。

ダミーに食いつかれたときは、長めの待ち時間を伝えて振り替えるのが常套手段だが、2名のダミーにしっかりと食いついた客になんていおうか考えているのだ。

それも一呼吸分だった。
突然「えぇっ、ほんとですかぁ!」とすっとん狂な声を上げながら顔を引っ込めた村井は、急いだ様子で反転して、また客と向かい合った。

有線のリクエストチャンネルからは、ここのところよく耳にする『湘南の風』の曲が流れている。[編者註11-1]

村井の声のボリュームが若干大きめになっていた。

「あぁっ、お客さん!」
「はい」
「マリコさんが1時間少々で、リエさんが20分少々で」
「あぁ、20分、だったら・・・」
「で、このコハルさんが予約がキャンセルになって、よかったです!」
「よかった・・・?」
「この際なんで正直にいうと、リエさんって、ちょっっと写真がよくうつっちゃって」
「あぁぁ、そのタイプかぁ・・・」
「はい、そのタイプなんです。こっちのコハルさんは写真よりも本人のほうがいいタイプですし、ふつうにかわいいですし、リエさんより人気もありますけど」
「このコ、ホントにかわいい?」
「はい!まちがいないです!」
「じゃ、このコは、すぐなの?」
「はい、化粧直しの時間だけです!」
「じゃぁ、こっちのコハルさんで!」
「わかりました。すぐに押さえます!」
「おねがいします!」

もちろん、コハルは予約キャンセルになどなってない。

そもそもオープンしたばかりの店だから予約もなにもないのだが、急いでまた反転してフロントのカーテンを少し開けた村井は「コハルさん!すぐに押さえてください!」と叫んだ。

自分も合わせて「わかりました!」と声をあげた。
有線から流れている“ 湘南の風 ”の曲名はわからないが、叫ぶボーカルとシンクロしていて気分がいい。

リアル感を演じてみると、本当に予約キャンセルがあった気にもなった。

時間稼ぎの料金説明

叫んだあとの村井は、リストに指先を置いて時間を見直して「あれ、コハル、待ち20分でしたね・・・」とつぶやいた。

壁にかけてある伝票バインダーを手にして受付の続きをするが、さっきまでとは違いゆっくりで丁寧だ。

普段はしない料金説明まできっちりとはじめている。

「では、当店の料金のご説明をします」
「あ、はい」
「こちらが当店の通常料金です」
「あ、はい」
「で、こちらの初回限定の割引チケットを持参しておりますので、通常料金の総額から5000円オフとさせていただきます」
「あ、はい」
「当店オールタイム一律の料金です。5000円オフですと、45分コースで写真指名込み14000円、60分コースで18000円となります」
「あ、はい」

待ち時間20分のところを、うっかりと『化粧直しの時間だけ』と言ってしまったので、1分でも2分でも時間稼ぎしてるとわかった。

いざとなったら、ものすごい長い化粧直しの時間にすればいいのたが、女の子のせいにするのは安易すぎた。

「お時間は何分コースで?」
「じゃ、45分で」
「それでは、入会金込み写真指名料込みで14000円となります」
「はい、・・・じゃ、・・・これで」
「では15000円から、1000円のお返しですね、いま、持ってきますので」
「はい」

現金を受け取った村井は、フロントのカーテンに半身を入れてリストに丸印を記入。

金額を記入した伝票を状差しに挟んだ。
長財布に丁寧に1万円札と5千円札を収めて、お釣りの千円札を抜き出して、会員証を手にする。

さっきまであれだけ急か急かしていたのに、今度はのんびりと客にお釣りと会員証を渡して、さらに会員証のスタンプ割引まで説明している。

とにかく先に代金をとってから振り替える

受付は終わったのに、村井は困った口ぶりで客に話しかけている。
さらに、少しでも、時間稼ぎを続けるためだった。

「それで、お客さん・・・」
「はい」
「あの、コハルさんには・・・」
「ええ」
「僕が、リエさんの写真映りがよすぎるっていったのを、ぜったいに内緒にしといてくれませんか?」
「え、どうしてですか?」
「いやぁ、女の子っておしゃべりなんで、ホントのことを僕が言ってしまったって、もし、リエさんにバレたら、これはもう、すごく怒られるんです」
「そうなんだ」
「これ、ヘタすると土下座レベルです」
「ええ!」
「リエさんは気性が荒くて・・・」
「ああぁ、あのコ、気性が荒いんだ」
「そうなんです」
「ああ、やっぱ写真じゃ、わからないですね」
「あっ、気性が荒いも内緒でおねがいします。軽い暴力もふるうコなんで」
「ええ!いろいろ、大変なんですね」
「ほんと、すみません。正直、コハルさんのほうがだんぜん優しいですし、よかったです、コハルさんで案内できて。それなんで、リエさんの件はくれぐれも内密でおねがいします」
「わかりました。内密にします」
「ありがとうございます。よかったぁ。あ、お礼に会員証にスタンプ、あと2つ、店長に内緒で押してきますよ。次回、割引になるんで」
「はははっ、そうですか!」
「じゃ、こちらの待合室のほうで、もうしばらく」
「どのくらい?」
「5分くらいですかね」
「あ、はい」

フロントに戻ってきた村井は、会員証にスタンプを3つ押して、もう一度リストの時間を確かめた。

待合室からは、パチンパチンと爪を切っている音がする。

「まあ、あれですね」
「あれ?」
「客からは、とにかく代金を先にとってください」
「代金を?」
「ええ、先にとってください。そうすれば後になってから、やっぱ待ちが長いんでやめますなんていう客はめったにいないんで」
「そうものなんだ」

村井は話しながら内線の受話器を上げて「ちょっと早いかな・・・」とつぶやきながら、コハルの部屋番号のプッシュボタンを押した。

時間15分前を伝えて、プレイを終わらせシャワーを促すのだ。

ところが「あ、コハルさん、え・・・、もうシャワーでた?じゃ、つぎ続いてるんで」と、あっさりと言い放って受話器をかけた。

サービスの時間は短くても客は満足する

早い。
早すぎる。
これだと45分コースが30分コースほどになっている。

程なくして「いまからお部屋でます」と折り返しの内線があって、コハルは案内のカーテンまで客の手を引いてきた。

客は大丈夫なのかな、とカーテンごしに様子をうかがうと、2人してキャッキャとじゃれあっているようだ。

この短い時間の中でも、よほど濃厚なサービスをしていると思われる。

自分が反対側から「それでは、お時間です」と案内のカーテンを開けると、お互いに「またね」と小さく手を振っている。

スーツの中年の客で、普段は気難しそうな顔をしてそうな雰囲気だが、手を振ってからは満面の笑みというものを浮かべて上機嫌の足取りで帰っていく。

要は女の子のサービス次第なのだ。
サービスさえよければ、満足感というものを与えれば、多少は時間が短くても大きな問題にはならない。

女の子がダルそうに接して、規定の時間前に帰そうしようとするから、客だって『時短じゃないのか!』と怒ることになる。

サービスよく要領よく帰せば、時短しても問題ないということだった。

村井は素早く、客を帰したコハルをそのまま待たせた。
「振り替えるために客にいろいろ言ったけど話合わせておいて」と伝えると、コハルはわかってますというように「はい」と返事をしている。

自分は待合室の客に「おまたせしました」と声をかけて、案内のカーテンの前に手で示した。

「それでは、コハルさんです。ごゆっくりどうぞ!」とカーテンを開けたとたんに柔らかい声で挨拶したコハルは、元気よく客の手をとって個室に連れていく。

リストに入室時間を記入した。
前の客の退室時間の10分前だった。

コハルが3人分の働きをするとは確かだった。

写真指名の振り替えの実態

コハルは前の店のときは、本指名が多かったという。
時短してもしなくても、人気にはさほど関係しないようだった。

「コハルはぜったい時間を押さないんで、続いているときだけ、こんな感じでやりましょう。10分くらいの待ちだったら、すぐですでとっちゃっても大丈夫ですので」
「ん、わかった」
「でも、こんなことできるのはコハルだけですよ」
「で、ちなみにだけど」
「ええ」
「このリエさんって、在籍はしてるの?」
「いや、在籍してる女の子はダミーにしないです。ダミーの子は悪くいうことが多いんで」
「そうだよね」
「今日のダミーは、前の店のときに全員トビになってる子ですので」
「そうか。それじゃ、このマリコさんで客が食いついたらどうしよ?」
「そうですね。永遠の予約キャンセル待ちでいきますか。で、おっぱいが大きいところですとコハルさんがいけます、と振り替えましょう」
「じゃ、このヒロミさんは?」
「ヒロミさんは、急に生理になってしまったでいきましょう。お金をとって待たせたあとにでも。それで、マユミで振り替えでいけるとおもいます」
「じゃ、このチサさんは?」
「ミエコとタイプが似てるんで、常に同じ待ち時間でいきましょう。それで、正直、ミエコさんのほうがスタイルいいです、で振り替えで」

眼鏡のフレームを指で正しながら村井は言う。
ツーポイントのレンズが光った。

「なるほどな。そうやって振り替えしていけばいいか」
「チサあたりは、超絶スーパー下半身デブですっていっちゃってもいいですよ」
「はははっ」
「でもそういうのは真顔でやってください。もう、ヤバイって感じで」
「じゃ、このハルナさんは?」
「ここだけの話、裾ワキガ疑惑があるので、やめたほうがいいですって全力で止めましょう」
「ひっでぇ、裾ワキガって、股間が臭うヤツでしょ?」
「はい。でも、そこは迫真の演技でやってください。田中さんだったら、そういうの得意ですよね?」
「得意かどうかはわからんけど、できないことはない」

チサとハルナに対しては悪意がある。
前の店でトビとなったときに、なにかあったのだろうか。

思わず笑ってしまったが、超絶スーパー下半身デブだの、裾ワキガ疑惑だのと、店をトビとなってからも散々とあることないことを言われ続けるとは惨い話ではある。

– 2018.04.10 up –