風俗店のラストとは何時なのか?


風俗店と昭和ヒット曲

20時前にラッシュが来た。
考えることは皆が同じなのか、来店客は重なるものだった。

3人ほどこぼして、その度に有線放送のチャンネルは変えられて、6名を受付した。

リストには白丸が並んだ。
客付けは順当にできていて、写真指名の片寄りも解消されかけている。

女の子全員が待ち時間あり。
1人の客が待合室に座っている。

受付する声が待合室に届かないように、有線放送のボリュームはいつもよりも大きめとなっている状況だ。

新たに客が来店した。
「もう、成り行きでとりますね」と、竹山は8名分のプロフィールのカードケースを手に「いらっしゃいませ!」と受付へ。

ここからは酒を飲んでから来る客も多い。
女の子の待ち時間も常にあるので、急ぐことなく、少しでも時間稼ぎをしながら受付をしていく。

続いて、30代サラリーマンの2人連れの客がきた。
来店が重なったときに、一方の客を放置すると帰られてしまう。

自分は「いらっしゃいませ!」とサラリーマン2人連れに声をかけて、割引チケットを受け取り「お先のかたが終わりましたら、すぐに写真を持ってきますので」と入口脇の丸椅子に座らせた。

サラリーマン2人連れは仲が良さそう。
飲んだあとのようだ。

料金の説明などして間を持たせていると、2人連れは笑い合いながら「いいコいないと入らないよ!」と、給料日あとの週末らしく若干の強気で意気込んでいる。

背面で、先客を受付している竹山は苦戦してる気配。
ダミーの誰かに食いついてるらしい。

それを振り切るために「ここだけの話、この子、今日、前歯がぬけちゃいまして・・・」と竹山が言ったのが、声消しでもある有線放送の曲のサビの切れ間と重なった。

しっかりと、こっちの2人組に聞えてしまった。
元気がいい男前のほうが、そこに食いついた。

「おにいさん!」
「はい」
「前歯がないコなんているの?」
「ええっ、ほんとですかぁ!」
「今、聞えてきたんだけど」
「え、そうですか。わたしもさっき来たばかりなんで、ちょっと確認してみますね」
「してください」
「でも、前歯がないなんていったら、これはもう、大変なもんですよ」
「はははっ」
「ふつうにありえないですけど」
「そうですよね」

酒が入ってる2人組みが笑いあっているうちに、竹山の客はこぼしとなってプロフィールは手渡された。

2人が取り合うようにしてプロフィールを手にしたときに、竹山が有線放送を昭和ヒット曲チャンネルに切り替えた。

今日は特に、昭和ヒット曲チャンネルと客入りの相性がいいらしいのは、竹山も感ずいているのだろう。

写真指名は全体の絵づらで片寄りがでてくる

2人はプロフィールを一緒に見て「まだ!」とか「つぎ!」とか言い合いながら、8名分を順に手繰っていく。

昭和ヒット曲チャンネルから、BOØWYの『ONLY YOU』のサビから流れて、男前のほうが「おお!なつかしい!」と顔をあげた。[編者註17-1]

連れの黒縁メガネも「おお!」と応じた。
2人は同年で親しい友達同士のようだ。

もう、こぼすことはなさそうだ。

「今、前歯の件を確かめてきますね」
「はははっ」
「それで、ついでに待ち時間も確かめてきますんで、気になる女の子をいってもらったら」
「オレは、このコだな」
「ええと、このコですね」
「オレは、このコ!」
「じゃ、ちょっと、リエさんとアオイさんで、待ち時間あるかだけ確めてきますね」
「はい」

元気がいい男前のほうがダミーのリエ。
黒縁メガネのほうがアオイ。

アオイは確かあと10分ほどで客を帰すので、黒縁メガネの指名はこれで決まりか。

それにしても、ダミーのリエだ。
今日はよく食いついてくる。

たまたまではなく、今日はあきらかに写真指名がリエに片寄っている。
全体の絵づらなのか。

写真映えしてないリエを引き立て役のダミーにしてるのに、今日はサクラが不運な引き立て役になってしまっている気がする。

ダミーの人選を間違っているのなら入れ替えればいいのだが、こぼした客がダミー目当てに戻ってくることがある。

「あれっ、いないっ」なんてことになって、ダミーだと感ずかれてもいけないので、頻繁に入れ替えするのは避けたい。

いずれにしてだ。
『前歯のない女の子はリエさんでした』ということにして振り替えよう。

ひとり芝居と自己暗示

フロントのカーテンに首を入れて「アオイさんとリエさんの待ち時間おねがいします!」と、ひとり芝居でなにやら確かめてるふりをしてから、「ええっ、ほんとですかぁ!」とすっとん狂な声を出して驚いた顔をして反転して客に前へ。

この一連のひとり芝居は大事だった。
自己暗示とでもいうのか。

本当に驚いた出来事をたった今聞きました、という顔ができる気がする。

「お待たせしました」
「どうでした?」
「はい、リエさんもアオイさんも、準備のお時間だけでいけるんですけど・・・」
「ああ、いいじゃん!」
「いやそれが、前歯がぬけたコって、リエさんでして・・・」
「えええ!」

リエを指名したい男前は驚いた。
黒縁メガネが大笑いする。

自分は少しでも時間稼ぎもしたかったので「ここだけの話、酒乱の彼氏に朝から殴られたみたいで・・・」と悲痛そうに言ってみると、さらに黒縁メガネが遠慮なく笑う。

さらに自分は「顔面パンチだったみたいですよ、ひどい話ですよねぇ」と続けたあとは吹きだしてしまい、黒縁メガネは「かわいそ!」とひいひいして笑っている。

黒縁メガネはひとしきり笑うと、悠々とアオイを指名して財布を取り出した。

それほど笑わなかった男前は、リエの写真に見入りながら、ぽつんと言う。

「でも、オレ、このコ、タイプなんだよな・・・」
「前歯さえあったらよかったんですけどね」
「・・・」
「でも、ほかにもいけるコいますんで」
「・・・」
「パッ見で!どのコがいいです?」
「・・・」

黙ったままの男前は、リエの写真を見つめている。
黒縁メガネは、笑うのをピタリを止めている。

昭和ヒット曲チャンネルでは、氷室京介が『ONLY YOU』を歌う。

振り替えが失敗した気がした。
やはり男前は、決心した口ぶりで言ってきた。

「前歯がないだけだったら・・・」
「ええ」
「オレ、このコにしようかな」
「えええ、ほんとですか!」
「うん、前歯ないくらいだったら大丈夫!」
「・・・」
「オレ、このコにする!」
「・・・」

しまった。
すぐいけるなんて言わなければよかった。

まさか、ここで漢をみせやがるとは。
男前のくせに。

この店では、写真指名を振り替えようとしても、初志貫徹しようとする客の状態を『漢をみせやがった』と言い表していたのだった。

それはいいが、どうしよ、どうしよ。
どうしよ。

「あの、お客さん、リエさん、前歯だけじゃなくって・・・」
「ええ」
「唇も・・・、なんていうのか、なぐられてタラコみたいになってるみたいで・・・」
「ええっ」

男前は少しは驚いたが、それでも決心は固い目をしている。
やっぱやめる、とは言わない。

決意が堅い男
ダミーに食いつく客はやっかいだった

止めれば止めるほど、突っ走ってしまうのか。
それか、不幸な女に萌える特殊タイプかも。
彼氏の顔面パンチは、余計な一言だったかもしれない。

「正直、なんというのか・・・」
「・・・」

どうしよ。
どうしよ。
どうしよ。

「リエさんは、気性が荒い性格っていうのか」
「・・・」
「ヒステリーっていうんですか、癇癪持ちっていうのか」
「・・・」
「今日は気が立ってるんで、やめといたほうがいいかもです」
「・・・」
「ここだけの話ですけど」
「・・・」

黒縁メガネも「ヤバイって」と心配そうに、ほかの指名にするようにナイスアシストしれくれている。

男前は自身に言い訳するかのように、一言か二言つぶやいて、初志を断念した。

「でも、おにいさん、ほんと、正直だよね」
「いやだって、ふつう、そんな女の子を出勤させるなんて、ありえないじゃないですか」
「そうだよね」
「店長も、そのあたり、いくら週末だからってやりすぎですよ。私、あとで店長にいっとくんで、しっかりと」
「まあでも、正直にいってくれたんで」
「ありがとうございます」
「じゃ、おにいさんだったら、どの子を選ぶ?」
「はい、サクラさんです」
「このコかぁ・・・」
「・・・」
「うーん・・・」
「・・・」
「じゃ、おにいさんを信じて・・・」
「・・・」
「このサクラさんで!」
「はい、ありがとうございます。で、お時間は?」
「45分で」
「では、指名込みで15000円です」
「はい。・・・じゃ、・・・これで」

男前なのに、いいヤツなのだ。

お釣りをわたして、会員証を渡して、2人が待合室で爪を切っているうちに、アオイとサクラは客を帰して準備完了となった。

たわいもない嘘を信じてくれる客は多くいる

受付するときには、悪意がない成り行きとはいえ、嘘に嘘を重ねることも多々あった。

が、嘘の程度がたわいもなくて、女の子のサービスさえよければ、客は機嫌よく帰っていく。

女の子のサービスの良さは必要だった。

それと素人系ヘルスを謳っている店だからか、それとも風俗客というのはそうなのか、もしかしたら実は世の中の男がそうなのか、こちらのたわいもない嘘を真に受けてくれるいい人の客も多くいた。

以外に多くいる。

彼らはいい人すぎて、心配したり気にしたりで、案内した女の子にも余計なことを訊いたりもするので、振り替えで嘘をついたときには女の子と口裏合わせも必要だった。

「サクラさ」
「うん」
「お客さんにはオレが店長だとは言わないで。店長はどっか奥のほうにいるってことにして」
「うん、わかった」
「あとさ、最初に指名しようとしたのがダミーの女の子だったからさ、彼氏になぐられたとか前歯がないとかも言ったけど・・・」
「ええええっ、そんなこといったの?」
「まあ、なりゆきで。でも全部が嘘だから。もし、お客さんがそんな話してもびっくりしないで。適当にスルーすればいいから」
「うん、わかった」

サクラだけでなく、女の子はこういう嘘の申告には不快感を表すことなく、むしろ楽しむような目をして鼻先の笑いで応じてくれて、しっかりと秘密は守ってくれるものだった。

男前は無事に案内できた。

次の客はあっさりとこぼす。

有線放送はヒップホップチャンネルに変えて、人感チャイムが鳴り、モニターに目をやる。

見たところ30代のサラリーマンが、エレベーターから降りてきたのがモニターに映っている。

大股でやってきた様子からは、付き合いの飲みが終わり、満を期したという意気込みが感じられる。
竹山が「いらっしゃいませ!」と声をかけた。

ハウス・オブ・ペインの『 ジャンプアラウンド 』のイントロが有線から流れて、しばらくすると、またダミーの誰かに強烈に食いつかれたらしい。[編者註17-2]

曲調につられるように、2人の声のボリュームが大きくなっていく。

竹山がなんやかんや言ってるが、ダミーの食いつきは回避できない・・・、いや、漢をみせやがってるようだ。

苦戦してるなあ・・・と「ジャプランッ」などとリズムをとっていると、フロントのカーテンから首をいれてきた竹山が息をついた。

「田中さん、またリエですよ」
「漢みせやがったな」
「今日はリエの当たり日ですね。漢も多いですね」
「もう、リエは外したほうがいいな」
「外しましょう。・・・んで、リエさんの待ち時間は?」
「リエさんは、すぐいけますが・・・」
「ええ」
「実は10分ほどまえに、前歯が2本ともぬけちゃって」
「えっ」
「今、ショックでひきつけみたいな状態になっていて」
「ええっ」
「店長がクビにするっていってますからの、ケイさん、ユウカさんで」
「えええっ、ほんとですかぁ!」
「と、店長が奥のほうでいってます」

竹山は目を見開いて、すっとん狂な声を上げながら反転して、客の前に引き返していった。

なんとか振り替えできそうな様子だ。

リエの代わりのダミーは誰にしようか・・・と、ほかのプロフィールを探してみた。

女子給は全額日払い

23時すぎには、終電に間に合うように、ケイとサクラが上がる。

女子給の計算は、伝票をめくって電卓を叩けばできるので難しいことはない。

計算できたら、リストの欄の空きに金額を記入しておく。
コクヨの市販の日計表に内訳を記入する。

45分4本、60分2本、オプション2000円が3本、3000円が1本、雑費が2500円というように。

「おつかれさまです」とフロントに姿を見せたのは、帰り支度を整えたケイ。

日計表を手渡して、内訳を確かめさせる。

「本数と金額はいいね?」
「はい」
「じゃ、・・・これね。5万500円」
「はぁい、ありがとうございまぁすっ」
「すぐ、財布に入れちゃって」
「はぁい」
「ここの隅に受け取りのサインもお願いね」
「はぁい」

はしゃいだ笑みをこぼしたケイだった。

ぺコンと頭を下げながら控えめに現金を受け取って、日計表の余白に受け取りのサイン。
日計表は店の控えとなる。

あとになって『落とした』ということだけはないように、渡した現金はすぐに目の前で財布に収めさせる。

シフト表を開いた。
次回の出勤をお互いに確かめてから、客がいないのを見計らって店の入口まで見送る。

次いでサクラもフロントに来た。
日計表に受け取りのサインをする。
バッグから財布を取り出して丁寧に収めた。

あの客の様子はどうだったか聞いて、シフトを確認して、サクラも上がった。

男子従業員の土下座

残るは3名。
アオイ、ユウカ、フミエの風俗専業組。

3名とも近場に住んでいるので、タクシー代支給でラストまで。

風俗店のラストまでというのは、ぴったりと時間で区切っている訳ではない。

24時の時点で、店内に受付してる客がいなければラストとなって終了して上がりとなる。

ぎりぎりでも客が付けば、25時過ぎが上がりとなる。

そのラストの客は、24時5分前に来店。
ユウカを60分で指名した。

準備の内線をしていた竹山が「ちょっとまってて」と慌てて受話器を戻した。

「田中さん、ユウカのヤツ・・・」
「どうした?」
「ゴネてんですよ」
「ええ、なんていって?」
「約束があるから、もう、上がりたいっていって」
「まいったな」
「僕、なんとかしてきますよ。ユウカ、普段は稼ぎたいといってるのに、こういうときは、ったく・・・」
「たのむ。この客入れて終了にしよう」

1人の客といえども、1度は代金を頂戴した客は逃したくないものだった。

鼻息を荒くしてブツブツいいながらユウカの個室に向かった竹山だったが、1分ほどして「速攻で半土下座しましたよ」と苦笑いして戻ってきた。

現金合わせ

ラストの客の案内を終えてから、店頭の看板をしまい、電気を消した。
内線でアオイとフミエに終了を伝えた。

まずは現金合わせ。
伝票の金額と、チケット作成のサプライ品などの経費があればそれらを引いた金額と、長財布の現金が合っているか確かめる。

早番から遅番へ長財布が渡される時点でも現金合わせはしているので、もしこのときに現金が合わなければ、遅番が自腹で埋めるのが決まり。

現金が合ってるとほっとしたが、合わないということはまずなかった。

代金は手順通りに受付してれば、まず取り忘れることもない。
お互いに声をかけて、間違いなく受け取ったか確かめてもいた。

たまに現金が合わないと焦るときもあったが、電卓の叩き間違えか、経費を引いてないかのどちらかだった。

アオイが帰り支度を済ませて、フロントに姿を見せた。

大相撲の力士がやるような手刀を切ってから、風俗歴7年の貫禄で淡々と現金を受け取る。

次にやってきたフミエは、疲れの表情をしながら現金を受け取り、ほっとしたように息をついた。

そうして、ひとりひとり上がっていく。

全てを済ませたユウカが、帰り支度をしてフロントに来たときには25時前だった。

若干、ふて腐れ気味だ。
客を早めに帰していたし、その様子だと雑に扱ったとも十分に想像がついた。

それでもお礼は言った。

「ユウカ、ありがとう、ラストまでやってくれて」
「わたし、ラストまでって無理ですよ」

途端にユウカは、鼻息をフンッと出して丸い椅子に座った。
早くしてというように、バッグから財布を取り出した。

「いい、24時受終(受付終了)と、24時上がりは違うでしょ?」
「わたし、24時上がりできないんですか?」
「どうしたの?体調わるかったの?」
「今日は用事があるんです」

機嫌が悪いのを露にしたユウカは、またフンッと憎々しげに鼻を鳴らして、受け取った現金を数えた。

現金は、財布に押し込むようにして収められた。

「うん、今度から、シフトを変えたいときは前もって言って。いきなり上がりたいっていわれもな」
「言いましたよ、24時でって」
「言った?いつだろ?」
「いいですよ、もう」
「じゃ、どうする?来週は24時上がりにする?けど、24時上がりだとタクシー代は出せない」
「なんでですか?」
「24時上がりだと、お客さん付かなければ23時には上がりになるから。お客付いても24時前には上がりだから。それだとタクシー代は出ない」
「じゃ、ラストでいいですけど、なるべくお客さんは付けないでください」
「おいおい、そりゃ付けるよ。24時は混むんだよ。わかるでしょ?いつもお客さんきてるでしょ?」
「はいはい、わかりました」
「じゃ、シフトは今まで通りでいいね?」
「はいはい」

話しながら差し出した日計表に、受け取りのサインをしてユウカは立ち上がった。

シフト表を開いたのに確めようともせずに「いつもと同じで」と返事だけして帰っていった。

入れ替わりに、カーテンをめくって竹山が姿を見せた。
カーテンの向こうの通路で、様子をうかがっていたのだった。

「ユウカのやつ、ゴネればいいっておもってんじゃないんですか?」
「だな、24時上がりだって言ってないよな」
「はい、いってるだけですよ。客がつかなければつかないで文句いう、客がつけばついたで文句いう、なんかイラってしますね」
「でもな、今のシフトはユウカ頼みだな」
「ですね」
「まあ、いいや。早く締めて、メシいこう」

– 2018.09.13 up –