宮本千尋、23歳の保育士、アルタ前で声かけて歌舞伎町のヘルスの面接に


一瞬の笑みと探っている目

平日の夕方のアルタ前広場だった。
人通りは途切れていて、前から1人だけ女のコが歩いてくる。

アルタ前広場
新宿駅東口から出たところのアルタ前広場

声はとても届かない距離だけど、彼女は声をかけてくると気がついた様子だ。
2歩か3歩ほど足を進めて立ち止まり、彼女と擦れ違うときに軽く手を挙げた。

「どーも」
「・・・」

彼女は無言のままで、歩調は変わらず少し早めだ。
だけど目はこちらに向けている。

「こんちわ」
「・・・」

拒否はない目。
自分には勢いがあったので体を反転して、追いかけるように1歩踏み込んで、通り過ぎようとする彼女の歩く手首をそっと取った

「ごめんね」
「・・・」
「ちょっといい?」
「・・・」

彼女が手を振り切って歩く様子だったら、手首を放すだけのこと。
が、振り切る様子はない。

腕を伸ばしたまま、半身で歩を進めた彼女。
自分も手首を掴んだ腕を伸ばしたまま、一呼吸ぐらい歩を合わせた。
それで、手首を少し引っ張りながら言った。

「話だけ」
「・・・」

足は止まった。
顔をこちらに向け、足先だけは前方を向いたままの不自然な格好で。

「ゴメンなさい、ひっぱっちゃって」
「・・・」

お互い腕を伸ばしたままで、彼女は振り切るわけでもない。
自分も近づくわけでもない、そのままの格好で続いた。

「それで、この体勢やめようよ」
「・・・」
「そんな、噛みついたりしないからさ」
「・・・」

腕は戻された。
やはり、目には拒否はない。
話は聞こうとしている。

「こっちで話そ、時間とらないから」
「・・・」
「ホラッ、人通るからさ、ここ」
「・・・」

歩道の脇に寄る。
向かい合った彼女は、白に近いベージュのジャケット。
ジャケットにかかる髪がサラッと綺麗な印象。

目鼻は整っている。
20代前半か。

「あやしい者ですけど」
「・・・」

一瞬だけ笑みが浮かんだのはいい。
が、会話が廻らない。
かといって彼女が自分を見る目には、警戒は浮かんでない。

「これから待ち合わせ?」
「・・・」

表情からは、戸惑いも驚きも、好奇心も伝わってこない。
彼女の目がこちらを探っている気がした。

「ヒマなところ悪いね」
「・・・」

こちらの出方を待っている感じだ。
サクッと用件を切り出したほうがいい。

「AVだけど」
「・・・」

リアクションなし。
咄嗟の拒否や、引く表情も浮かばない。

「1日ぐらい予定とれないかな?」
「・・・」
「今すぐにどうのこうのって訳じゃあないからさ」
「・・・」
「それでさ、バーンとさ、やってみよ!」
「・・・」

断りも質問も出てこない。
このリアクションは現役か、とも一瞬思った。

「いや、オレなに言ってるんだろう。だから、バカっぽいって言われるのかな」
「・・・」
「たしかに、田中さん、・・・オレ、田中って言うんだけど。・・・田中さんって、うさんくさいですねとか、あやしいですねって言われるけど、そんな変な人じゃないから」
「・・・」
「よく、新宿には来るんだ?」
「ときどき」
「あ、そう」

ときどきしか新宿に来ないというから、歌舞伎町で働いている現役でもないか。
スカウトに声をかけらるのが慣れてないとは感じる。

「エッチとか嫌いじゃないでしょ?」
「エ・・・」
「オレ、大好きだけど」
「・・・」
「やっぱ、オレ、アホだね。どうしようもないね」
「・・・フフ」

彼女からは引く素振りはないし、この後の時間のことも出てこない。
しばらくは話し込める。

「びっくりした?いきなりAVの話で」
「ウン」
「でもさ、キレイだからさ、よくスカウトされるでしょ?」
「ううん」

適度に適当にバカっぽく、しつこくならないぐらいのスケベさで「AVってさ・・・」と続けた。
自分を見て、話は聞いてはいる。

少し笑いもしたけど、こちらの突っ込みは軽くかわして、微妙に距離はとっている。
しょうがないから、自分も間をとり話を続けた。

「まあ、アタマの片隅にでも、入れておいてよ」
「・・・」
「今日は、これから用事があるんでしょ?」
「うん」

この感触は後日か。
即日も、今から場所を変えるのもムリだな。

「こんどさ、そうだな、1週間ぐらいあと?電話するからさ、もし、ダメだったら、その時に断ってよ。口もききたくないってときは、着信拒否でいいからさ」
「うん」
「何番? いま、ワン切りする」
「ぜったいやらないよ」
「かまわない。みんなそうだよ。逆にいきなり、わたしやります、なんて言われたら、オレの方が引いちゃうよ」
「・・・」
「それでもさ、女のコって不思議でさ、脱いでもいいかなってときがあるみたいだね。オレは、その辺よくわからないけど。どんくさいからさ。・・・そんな感じでしょ?」
「フフ」
「この仕事している割には、口下手だし」
「フフ」

口下手は、わざと強調したほうがいい。
勝手にいい人と思われる。

「断られるのも慣れているから。それで、まあ、新宿あたりでヒマなときとか、こんどはケーキでも食べながらさ、もう1回、話聞いてよ。・・・ただ、それだけのことだから」
「うん」
「何番?」
「ちょっと待って」

彼女は携帯を取り出した。

名前は千尋。
宮本千尋、23歳。

また新宿で・・・とあてにならない約束してから別れた。
あとは「電話でますように」とお祈りするだけ。

10人と番号交換すれば1人はAVをやる

10日ほど経って。
スカウト通りに出たはいいけど、雨がしっかりと降ってきていた。

イタトマでケーキを食べて、手帳を見ていた。

ここ10日で、交換した電話番号が20件以上は書き込んである。
15件かは留守電で折り返しもなく、5件かは着信拒否になっている。

そうやって対象を絞りに絞るんだ・・・と言いきかせているが、そんな手帳を見てると、さすがに溜息が出る。

今月は、AVのアガりがイマイチ。
月の後半になっているのに、風俗店に3人を入れただけで、AVプロダクションについてはゼロだった。

声をかけてAVの話をして、当然のごとく断りがあってからの「ちょっと考えてみて」と番号交換できた女のコが10人いれば、そのうち1人か2人はAVの面接となるものなのに、ここのところ手ごたえが感じられないのだった。

また溜息をついた。
自信がなくなりそうなときに頼れるのは数字だけになる。

数字を出していくほかやりようがない・・・と、また自分に言いきかせている。

そんなときに、彼女に電話したのはダメ元だったが、以外にすんなりと向こうで「はい」と声がした。

「田中と申します。このまえ、新宿で声かけたんですけど」
「ハイ」
「覚えてるかな?」
「覚えてるよ」
「ありがとう。でね、いま、電話だいじょうぶ?」
「うん」
「ちなに、なにしてたの?」
「テレビを見ていたところ」

明るく受け応えている。
サラリとした髪が、笑みに合っていたのを思い出していた。
感触は軟化している。

「ごめんね。でね、こんど、いつ、新宿にくる?」
「あした行くよ」
「用事があるんだ」
「ちょっと、買いたい物があって」
「そう、あの時間あったらさ、ケーキでも食べながら、もう1回だけ話を聞いて」
「・・・うん」
「で、ダメならダメで断ってよ。ムリにとかないからさ」
「・・・うん」

電話でやるやらないの話はしない。
すべての返事は曖昧でいい。
小さな約束だけをする。

「何時に仕事終わるの?」
「あしたは、早番で4時に終わるよ」
「早番?え、ひょっとして看護師?」
「ううん、ちがう。なんで?」
「いや、そんな感じしたから。まあ、いいや」
「なにそれ」

このコアタリだな、と感じた。
やるやらないは半々だ。

ムネのふくらみは在るが、脱いだらどんな感じなのか?
もし健康的なウェストのラインがあったらいい感じではないか?

これだけは、脱いでみないことにはわからない。
会ってからだ。

「あしたの夕方は、・・・そうだな、6時くらい?」
「6時はムリ」
「7時くらい」
「うん、そのくらいだったら大丈夫」
「オレも新宿にいるからさ、そのくらいに電話ちょうだい」
「うん」

あとは「会えますように」とお祈りするだけ。
約束したらお祈りするのが一番いい。
余計なことを考えずに済むから。

女性は誰でもAV出演への抵抗感や恥かしさを持っている

翌日になって。

新宿駅東口は、待ち合わせの人混みだった。
短い電話して彼女を探した。

交番前の鉄柵に彼女は立っていて、こちらの姿がわかると、ニコと笑って小さく手を振ってきた。
お祈りは通じたのだった。

「どーも。今日もおしゃれじゃない?」
「ありがと」

感じよく笑んでいる。
この前と比べると、表情が豊かというのか反応がすごくいい。

「このまえは、ごめんね」
「え、なにが?」
「突然だったから」
「そうだよ」
「おこってるの?」
「なにそれ!」

彼女がとっていた微妙な距離感が消えている。
この感じだったら、もっと、ずうずうしく話しても大丈夫だ。

「でさ、ちひろさ」
「え、なんか、このまえと態度ちがう!」
「そう?」
「え、なんで?」
「なんでって、だって、ちひろって教えてくれたじゃん」
「けどちがう!」

大人びて見えた顔が、このときはかわいく感じて、なんだか楽しくなってきた。
スカウトも放り投げて、勢いで『遊びにいこう』とでも言いたくなるほどだった。
だけど堪えた。

「この前さ、AVだって話したじゃん」
「うん」
「で、どうなのよ?」
「え、なにが?」
「脱いでみない?」
「ハハハ」
「どうなっちゃんのよ?」
「ハハハ」

彼女が吹き出すように笑った。
立ち話から鉄柵に座ったのだけど、お茶をする約束なのに、彼女もそれを言ってこない。
もっと迫っても大丈夫。

「でもさ、ぜんぜん知らないって訳じゃないでしょ?」
「・・・うん」
「抵抗ある?」
「うーん」

『どうしたらいいの?』と問いの目をしている気がした。
ケーキは余計かも。

「ちょっと恥かしいか?」
「・・・バレたらちょっと」

もうこの時点で「バレたら・・・」が出てきた場合は、断りではない。
女のコが誰でも持っている抵抗感や恥かしさは解消できている。
ここは突っ込んで聞いたほうがいい。

「こういったエッチ関係は初めて?」
「うーん」

なにか以前に経験あるのかも。
それかプライベートで、なにかしら経験しているか。

「前やっていたとか?」
「うん・・・」
「エ、そうなんだ」
「・・・」
「ヘルス?」
「ううん。サロン」
「いつ頃?」
「ハタチぐらいのとき」
「ふーん」
「・・・」
「あのさ、もっとつっこんで聞いていい?」
「うん」
「どのくらいやってた?」
「1ヶ月ぐらい」
「どうして辞めたの?」
「バレそうになって」
「カレシに?」
「ううん。親」
「そっか。今なにやってるんだろ?」
「ウーン」
「アパレル関係?」
「ちがう、ちがう」
「別に言いたくなかったらいいけどさ」
「保母」
「保母さん?」
「うん」

仕事が保母と聞いて内心驚いていた。
ちなみに3年ほど前から、『保母』から『保育士』へと名称が変更されていたが、年齢が高い男性ほど未だに保母と口にしていたし、現役の彼女も保母と言った。

保母のほうがエロく聞こえる。
まあ、そんなことはいい。

「ああ、保母さんの雰囲気ある。だから、こうニコっってわらった感じがいいんだ」
「フフ」
「普段、エプロンしてるの?」
「うん」
「ああ、エプロンも似合いそうだよね」
「フフッ」

保母の風俗率は高い説、はよく耳にする。
が、どういうことか、自分は今までにスカウトできた保母は、AVと風俗を合わせても3人しかいなかった。

AVからは風俗は振れるが逆は難しい

話が脱線した。
とにかくも、風俗をやったことがある、と隠したがる女のコは多い。

だからこの前の、彼女の探るような目とかわされるような返答は、この隠し事に繋がっていたのかな、という気がした。

「そっか」
「・・・」
「バレが気になるか」
「・・・」

今までに何百回と聞いた「バレる・・・」という言葉だった。
ほとんどが、おぼろげなイメージからきている。

おぼろげなほど、実例で溶かしたり、極論で壊したり、ごまかしで隠したり、とぼけて脇にやったりできる。

彼女にもそうしてもいいのだけど、午後に受けた風俗店の店長からの電話のこと頭にあった。
「在籍が減ったので誰かいませんか」という話をしたばかりだった。

彼女の言葉と、その風俗店の店長からの電話が、一瞬だけ自分のなかでミックスして、「バレる・・・」というのを逆手にとってひっくり返した。

「AVはバレるかもね」
「・・・うん」
「風俗してみる?バレは気にすることはないし」
「・・・」

AVには『バレ』という高いハードルが、風俗よりもある。
だから最初からAVの話をしていると、途中で風俗にひっくり返しやすい。

その逆に、とっかかりが風俗で、途中からAVにひっくり返すのは難しくなる。
風俗経験者の彼女からは、やるかやらまいかのウダウダはないと感じた。

「知り合いの店長に頼まれてさ。ヘルスだけど」
「うん」
「女のコが足りないってボヤいていて」
「うん」

勤め人の彼女の場合は風俗でもいい。
出勤日やサービス内容などの条件が合えば、アルバイトでの在籍も決まるのではないか。

「店長に会ってさ、店見てみてよ」
「・・・」
「ちかくだから」
「・・・」
「いきなりでゴメンね」
「・・・」
「一緒にいこ。ダメならそれはそれでかまわないし。それでさ、そのあとケーキ食べよ」
「・・・」
「店長いるかな。電話してみる」
「・・・」

彼女は曖昧に少しうなずいただけだったが、携帯をかざして電話をした。
「待ってます」という返事の店長は張り切っている。

歌舞伎町に向かって歩き始めると、保母のことに話題が変わった。
「子供は大変だ・・・」と彼女は口にするが、それはそれで楽しそうな感じだった。

保母ってストレスがたまるのかな。
やはり不満とか在るのだろうか。

ありがちに、感覚的に、彼女をそんな感じに捕えていた。
そして新宿でスカウトされて風俗のアルバイト、これもありがちな話だと思う。

歌舞伎町の性感ヘルスの面接

靖国通りを渡り、歌舞伎町を歩く。
さくら通りに店の看板が見えた。

「ほら、あの看板のお店」
「・・・」
「今日は雰囲気を見るだけだからさ。それで、もし、よかったら休みの日にがんばろうよ」
「・・・」

店がある雑居ビルの入口で立ち止まり、なし崩しに言ったが、彼女は曖昧にうなずいている。

返事はこれでよかった。
『わたし、風俗やります!』と返事する女のコのほうが稀。

エレベーターに乗り、たわいもないことを話しながら、これで入店だな・・・とどこかで思う。

店の自動ドアが開いた。
受付にいた店員が「いらっしゃいませ」と言いかけてから目礼した。

「どーも」
「おつかれさまです」
「店長は?」
「あー、奥にいますよ。面接ですよね?」
「うん。さっき電話したんで」
「どうぞ、奥へ」

奥の事務所のドアをノックして顔を出すと、店長はパソコンに向かっていた。

事務所といっても、デスクとパソコンと周辺機器で手狭なスペース。
店長は彼女にイスを勧めて、向かい合わせに座る。

「こんにちは」
「・・・こんにちは」
「店長の吉田です」
「あ、はい・・・」

空いているイスに自分も座った。
この店長だったら、もうあとは任せて大丈夫。

「田中さんから、話は聞きました?」
「はい」
「そうですか。ぜひ、ウチでがんばって欲しいんですけど」
「はい」

店長は心得たように頷いた。
彼女の返事もはっきりしていた。
アタリだ。

「なにか、不安な点とか、質問とかありますか?」
「昼間は働いているのですぐにはムリです」
「あっ、かまいません。仕事がお休みの日だけでもいいですから」
「はい」

しかし、彼女は。
入店の登録用紙への記入の際になり「ちょっと・・・」と言ったままになる。

以外だった。
店長の説明というか、入店への手順は普段と変わらない。
ズレてはいない。

彼女も「ハイ、ハイ」と頷いて聞いている。
いつも通りの面接から入店へ流れだった。

「なにか、不明な点とか、希望とかあります?」
「・・・」
「なんでもどうぞ」
「バレが・・・」

知りあいが客で来てバレたなんて聞いたことがない。
ピンサロ経験がある彼女も、そんなことは十分に知っているはずだった。

バレは誰でも口にするもの。
が、本当に絶対にバレたらまずい、というコは風俗店の面接などしない。
ここまできて、「バレが・・・」というのが、なにかの口実のような感じがする。

店長が稼げる金額のことを、もう1度説明した。
聞きながら、それは違うな・・・という気がしていた。
彼女の場合、おカネはポイントではあるが、キーワードではないと感じていた。

この引っかかりはなんだろうか。
3人で沈黙になったとき、店長が自分をみた。

それが合図のように彼女を促して立ちあがり、店長に礼を言って彼女と表に出た。

なんと話せばいいのか?

さくら通りを歩いた。
彼女は黙ったまま。

さくら通りの様々な雑音が大きく耳に入る。
風俗ビルの前を通りかかる。
入口には、半裸の女のコのポラ写真が何枚も貼ってある。

「バレが・・・」という彼女の言葉から、歌舞伎町にある店舗営業の性感ヘルスがいやなのだろうか、と一瞬浮かぶ。

だから無店舗のデリヘルに持っていこうか、と考えた。
彼女にデリヘルのことを言っても、うつむいて黙ったまま。

少しイライラして歩き続けて、返事も確かめずに、デリヘルの店長に電話した。

店長は電話に出た。
けど、まだ営業時間前なので、今からの面接はムリとのこと。

お互いに立ち止まっていた。
脇を向きながら、そのやりとりを聞いていた彼女だった。
自分が電話を切ると言ってきた。

「帰る」
「そう」
「・・・」
「・・・」
「もう、帰る」
「ちょっとまって」
「・・・」

そう言っても、そのまま雑踏にまぎれて歩いていったら止めるつもりはなかった。
しかし、彼女の足は止まったまま、顔を上げて自分を見た。

気のせいだろうか。
お互いのイライラが伝わった感じがした。

「どこかで座ってはなそう」
「・・・」
「イタトマいこ」
「・・・」
「いこ」
「・・・」

言い放ってから歩きはじめると、彼女は着いて来た。
彼女はその気はある、とは感じていた。
動かせる・・・、動かせるのだが、なんと話せばいいのか。

– 2003.8.5 up –