スカウト方法に秘策が存在すると勘違いされる
3人は期待の目を向ける。
仕方ない。
教えはしない。
経験からいって。
スカウトの方法を教えてやってほしいと、業者から志望者を押し付けられるのはよくあること。
自分がスカウトのときは合計で80名ほどを押し付けられたが、半分以上が秘策が存在すると勘違いしていた。
あれこれと話だけで教えようとすると、やはりとっておきの秘策があるものだと、どんどんと勘違いが深まっていく。
実際にやってみせるのがいい。
やってみせ、やらせてみせて、なんとかして、褒めてあげねば人は動かぬだ。
なんとかしての部分は忘れたが、陸軍大将の山本五十六の言だ。[編者註56-1]
「オレもやってみるかな。2年ぶりだけど」と首を回した。
背筋を伸ばした。
ざわざわした、スカウト通りに目配せした。
お嬢さまな女の子が視野に入ったのはすぐだった。
胸元までの髪を、なびかせている。
フレアスカートの裾も、なびかせて歩いてる。
そちらに体を向けて、少し手を挙げて、1歩だけ踏み出す。
まだ10メートルは離れてはいるが、こちらの気配には感づいている様子。
が、視線を合わせないのを決めこんでいる。
うつむいての早歩きとなって進んでくる。
邪魔な通行人を1人いかせてから、もう2歩だけ足を進めると、すれ違うほどにお互いの距離は狭まった。
「どーも」
「・・・」
声が聞こえてるのはわからないが、声をかけているというのがわかればいい。
うつむいたまま無視して素通りしようとしていのを、もう一度、下から手を差し出して、目線にかざしてみた。
「こんちわ」
「・・・」
うつむいたままの彼女は、ひらりとパンプスの足元をステップさせた。
軽やかに、差し出した手をかわして素通りした。
自分は足を止めて、サラサラ髪の後ろ姿を見送り、体を前に向き直した。
スカウトは無視されるのが基本
すぐに目の前にいたのは、ブラウンの髪の女の子だった。
派手な目元。
合った目は、瞬間で反らされる。
“ 声なんてかけないで!” と表情がまくしたてている。
3歩ほど下がりながら、彼女と歩調を合わせながら、視界の端に手をかざした。
「どーも」
「・・・」
横に反らした表情は変わらず。
歩調も変わらない。
「こんちわ」
「・・・」
反転して横並びに歩いた。
ブラウンの巻き髪の横顔に、もう一度だけ声をかけてみた。
「ちょっといいかな?」
「・・・」
ヒールの音を大きくさせた彼女は、振り切る早歩き。
競歩並み。
自分は足を止めた。
デニムがぴたりと張り付いた脚を見送った。
そのデニムの脚の向こうだ。
入れ替わりでノースリーブの女の子が歩いてくる。
目の覚めるようなノースリーブの二の腕。
ノースリーブ大好き。
髪をひとつ結びにして、明るめの表情で、歩調は大きめのリズム。
目が合うと同時に手を挙げた。
まだ10メートル以上は離れているが、警戒の表情を見せた彼女は、ささっと通りの端に寄って通行人の一群に紛れた。
自分が1歩進むと、彼女は目を向けてないが気配を察して小走りに。
ノースリーブが去っていく。
また前に向き直った。
今の時間、女の子は次から次へと、新宿駅のほうから現れる。
完全に無視の素通りと、警戒の逃げ足は、さらに4人続いた。
島田はメールをしたりしていて、新人の2人はずっとスカウトしてる自分を見てる。
いいところを見せたいが、どうにもならない。
スカウトは無視されるのが基本。
どうせ女の子に無視され続けるのだったら、堂々とした無視されっぷりを見せ付けてやればいい。
それだけだ。
無視されるのを続けていると、少し勘が戻ってきたようにも感じた。
未経験者が見せる驚き
前方には、パンツスーツの女の子が歩いている。
パンプスの音をさせながら、目の端で自分を見た。
軽く手を挙げる。
彼女は早歩きのまま、チラッとこちらに目を向けてからすぐに反らした。
大きく1歩進むと、もう彼女は目前だった。
「どーも」
「・・・」
「こんちわ」
「・・・」
半身でカニ歩きをして声をかけると、無視は無視だけど、しっかり耳だけは向けて聞いている無視。
少しうつむいた彼女の胸元の前に手を差し出すと、目の端が5ミリくらいは向いて、足元は早めの歩調が詰まったのが視界の端で見てとれた。
「あやしい者ですけど」
「・・・」
うつむいている横顔の口角がわずかに上がる。
これは1ミリくらい。
もう一度、目の端1ミリくらいでこちらを見て、詰まった足元のパンブスはぶらっとしてる。
「ごめんなさいね。とつぜん」
「・・・」
差し出した手の平でストップのゼスチャーをすると、詰まっていた足元は止まりかけた。
彼女の後ろを歩いていた中年サラリーマンが、邪魔だと言いたげに追い抜いていった。
「いま、帰るところだ?」
「・・・」
言いながら、彼女の前に回りこむと足は完全に止まった。
向けられた目には、警戒は少なめ。
これは、ズバッと用件を切り出そう。
ここはスカウト通りなんだ。
相手は用件はわかっていながら足を止め、少しは聞こうとしている。
「お店やろうよ」
「え、やらない・・・、です」
「もう、どこかでやってるの?」
「やってない・・・、です」
お友達口調と敬語が交じった返事。
引っかかりはない。
ここで『なんの店?』とでも訊いてきたなら、やるやらないは別にして多少は興味はあるだろうけど、この感じはまったく興味なしだ。
目にも疑問の光も浮かんでない。
なにかを言いたげな呼吸もない。
「エッチなお店だけど」
「えええええ」
「今、すぐにってわけじゃない」
「すぐじゃなくても、やらないやらない」
目には嫌悪感は出てない。
敬語はすっ飛んでの断りで、少しの笑みがある。
笑みはいいが、これは親しみではなくて、驚いたのをごまかしてる笑みだ。
「ゆっくりとさ、考えてみてよ」
「考えない考えない」
「雰囲気がすごくいいからさ」
「雰囲気よくない、ないないないないない」
「稼げるんじゃないかな?」
「むりむりむり」
この程度で、この驚きは未経験か。
断りは条件反射みたいなものだ。
そして、スカウト通りは歩き慣れてない。
まだ足元は逃げにはなってないし、こちらの都合をもっと押し付けても大丈夫だ。
「ムリじゃないよ」
「むりむりむりむりむり」
「ごめんね。ヒマなところ」
「ヒマじゃない、ないないない」
言いながら、肩にかけられているトートバッグの縁に、そっと指先をかけようとした。
抵抗の度合いによっては、もっと話し込める。
しかし、指先は空振りした。
わずかに身をかわされた。
さりげなくだったのに、すごい敏感な身のかわし。
これ以上は押さないほうがいいか。
「話だけ聞いてよ、ね」
「急いでるんで」
「ちょっとだけ、こっちで話そ」
「だめだめだめ」
自分は1歩下がって、手振りで通りの端を示した。
押してだめなら引いてみなだ。
さらに1歩下がって手招きした。
ここで彼女の足元が半歩でも踏み出せば、ちょっとではなくて、だいぶ話すつもり。
話してみて未経験の驚きを和らげることができれば、また反応も違くなる。
足元が動く瞬間を待つ気持ちでいると、彼女はニコと笑んでから「バイバーイ」と小さく手を振り、サッと反転して歩いていってしまった。
パンツスーツの薄めの布地を、お尻と太腿にぴたりと張り付かせて歩いていく。
ああ、だめだったか・・・とヒップラインを見送った。
新宿を歩く女性は耕されている
3人の前に戻る。
島田が「あの女、いけなかったですか・・・」とつぶやいたところで着信音が鳴って、携帯を取り出して「あ、おつっす」と話しはじめた。
やはり谷口が質問してくる。
待ち構えていたように質問してきた。
「なんといって話したんですか?」
「ふつーに、お店やらないって」
「いつも、そうだったんですか?」
「昼間は “ AVやらない? ” かな。夕方をすぎると “ お店やらない? ” だね」
「それだと、ストレートすぎないですか?」
「どうだろ?半々だな」
ストレートすぎるのに谷口は不思議がっているが、実際にやってみれば、どれほど女の子たちが耕されているのかわかる。
耕されているのだ。
新宿の路上で人目につく女の子は、2回か3回かはスカウトの声はかかる。
女の子も慣れているものなので、なんのスカウトかは単刀直入のほうがいい。
わざわざ返事をもらわなくても、反応を見ればどういった状況なのか見当がつく。
女性に第一声をかけるときは前から
谷口の質問は、まだまだ続く。
物腰には知的さが感じられるが、スカウトは知的じゃない者のほうができる。
「後ろからは声をかけないんですか?」
「前からのほうがいい」
「でも、前から声をかけようとすると、逃げられるんですよ」
「だから、後ろから声をかけてみようってことだ」
「はい」
「はははっ」
「・・・」
「時間の無駄だね」
声は前からかけたほうがいい。
スカウトできた女の子に訊いて確かめてみたこともある。
前から声かけられるのと、後ろから声かけられるのって、どっちがいいのって。
30人ほどしか訊いてないけど。
そこで訊くのをやめたのは、これ以上、確かめたところで結果は変わらないとわかったからだった。
断然、前から声をかけるほうがいいのだった。
断然というより、全員がそうだった。
いきなり後ろからだと怖い、という理由がほとんど。
それを答えるときには、怒っているような女の子も多い。
女の子からすれば、声をかけられて無視するか断るにしても、後ろからこそこそしないで前から堂々とやってよ、という気概を要求しているようである。
女性からのチラ見は逃さない
繰り返すが、女の子に声をかけるのは前からのほうがいい。
相手の反応を見れるのでやりやすい。
「前から声をかけるっていっても、いきなりは声はかけない」
「え、どういうことですか?」
「まずは視線を送ってみ」
「視線ですか?」
「うん。そうだな、10人中、7人か8人はチラ見してくるから」
「チラ見ですか?」
「そう。声かけるよりも、向こうからのチラ見を逃さないのが先だな」
「チラ見を逃さないですか・・・」
こちらが路上に立っているとする。
向こうに女性の姿が現れる。
最初はこちらに気がついていなくても、女性はすぐに気がついて、習性みたいにチラ見をしてくる。
視線なのだ。
多くの女性は、視線というものを凄く早い段階で察知する。
敏感に気がつく。
野生動物みたいに・・・、いや、時代劇の武士みたいに敏感に気がつく。
どれほど視線に敏感なのか、男性と比べると違いがわかりやすい。
女性が仮に10人中8人が敏感なチラ見してきたとすれば、男性はその逆。
男性は視線には鈍感なのがほとんどで、チラ見は10人中2人ほどしかしてこない。
それに男性はチラ見の習性がない。
こちらの気配を感ずいたとしても、余計な面倒を避けるためか、あえてチラ見などはしてこない。
正当な理由や状況がないのならば、身の危険はさほどないと判断してる。
対して女性は理不尽に狙われるし、いきなり襲われることだってありえる。
つまり女性からのチラ見は護身も含まれているのだが、けっこうな距離から武士ほどに鋭く、・・・やっぱ野生動物の敏感さで目配りをさりげなくしてくる。
「女がチラ見をしてきたら、合図を送ってみ、すぐに」
「合図ですか?」
「手を挙げてみたり、ぺこりとしてみたり、足を進めてみたり、なんでも」
「はい」
「女だって、あの人、声かけてくるんだなってわかるからさ。その時点で20メートル離れてようが30メートル離れてようが」
「はい」
「そこからの、仕草や表情でわかるでしょ?目の反らし方とか、歩き方とかから。声かけても反応があるかないか、なんとなく」
「まだ、そこまではわからないです」
「どんなにいい女でも、最初から反応がなければ話せないし、話せなければそのあともないからさ。だから、どうやって話すかよりも、まずそこを見極めないと。それには前から声かけるほうがわかりやすい」
「はい」
くどいけど、女の子に声をかけるときは前からいくべき。
後ろから声をかけてもいけたという女の子は、前から声をかけてもいけている。
後ろから声をかけられても無視して歩いていた女の子でも、前から声をかけると足を止めて話をきくパターンはいくらでもある。
声をかけてからの粘りや強引さは効果はある
島田はまだ電話が続いている。
「その女、なんでAVがムリなんていってんですか?」と話しているので紹介があるようだ。
今度は遠藤が聞いてきた。
「声かけてから、もっと、ねばったりしないんすか?」
「基本、振り切られたら、それまでだな」
「オレ、けっこう横並びで歩いて話すんすよ」
「んん」
「駅の改札まで歩いたこともあるんすけど、そういうの、やめたほうがいいんすか?」
「いいんじゃない」
付きまとうほどの粘りや、腕を取ったり立ちはだかるといった強引さは、それはそれで効果がある。
即効で。
粘りや強引さをやればやるほど、スカウトの結果はでるのは間違いない。
「でもね、あまり粘らないのは、なんていうんだろ」
「・・・」
「毎日のようにここにいると、2回、3回と顔を会わせる女がけっこう出てくるんだよ」
「へえ・・・」
「やっぱ最初は無視されても、そこで粘ったりしないで、2回目、3回目と声をかけると無視がなくなって、断りながらでも話は聞いてくれて、ちょっとは考えてみるってなるからさ」
「はい」
粘りと強引さといったしつこさには、反感という難点がつきまとう。
声をかけられるのを嫌う女の子も多々いるが、しつこくされた経験があるからそうなる。
しつこくしないのをわからせれば、話くらいは聞くものだった。
「このスカウト通りでやっていくんだったら、しつこくしていると逆効果」
「はい」
「広く浅くだね。そのほうが、1人1人に粘るよりも結果的には多く上がる」
「そうですか」
それに街中で通行人の腕を取る行為はしないほうがいい。
東京都の迷惑防止条例の違反で、現行犯逮捕の事例もある。[編者註56-2]
– 2021.11.4 up –