歌舞伎町で「脱法ヘルス」を開業した流れ


レンタルルームとの提携

レンタルルームのほうは先行してオープン。
店との提携を感じさせない対策だった。

とはいっても、雑居ビルの5階にあって、小さく看板が出てるだけのレンタルルームに偶然でも客が来る見込みはない。
連絡のやり取りを確めたりしただけ。

レンタルルームの店名は《シグナル》とダーさんが決めた。
ダーさんによると、レンタルルームの届出書は特に問題なく交付されたという。

が、そこでもあの亀井氏に念を押されたのは、風俗店との提携はいけないという点。
そのため、イソジン、グリンス、ローションといった風俗店の備品は、個室に設置しないほうがいいということだった。

現に他のレンタルルームでもそうなっている。
個室にはバスタオルと、シャワーにはボディーソープが置いてあるのみ。
事務所のプリンターはフル稼働で、カラフルなA4用紙がプリントアウトしている。

それを新たな従業員の西谷が、ローラーカッターで3ツ切りにして、裏面には略図をホチキス止めして、割引チケットを作成している。

竹山は会員証のナンバリングをしている。
小泉は備品の買出しに出ている。

自分はシフトを練っていた。
シフト表には8名の名前が記入されていた。
在籍が長い順に、サクラ、ナナ、コハル、マユミ、ミエコ、ミサキ、シホ、トモミ。

現状、戻ってくる見込みの女の子は、この8名だった。
まだ少ないが、いったん店をオープンすれば、あと若干名は戻ってくる。

『これからオープンするけど出勤が足りないから来て!』と『オープンしたけど、出勤が足りないから来て!』では伝わり方が違う。

届出書に記入した店の営業開始日は11月6日。
なんとかシフトを固めて、その日にはオープンしたかった。

プリペイド携帯

当たり前のことだったが、店舗型と比べると電話でのやり取りは増えるのは予想できた。

机は新しく購入した大型のもの。
机上のリストの脇には電話機が3台並んでいる。
あとプリペイド携帯が10台置いてある。

女の子には『電話代は店が出します』と気を遣っているというポーズも含んで、プリペイド携帯を渡すことにしていた。

プリペイド携帯は本体が1台7000円で、10台購入していて、チャージのカードが1枚5000円。[編者註70-1]

待機している女の子が携帯をいじっていて、店からの電話がつながらないことも十分にあり得る。
それに、客の前で私用の電話に出る女の子も現れるかもしれない。

どれほど電話代がかかるのかわからないが、サービス向上のためには出費を惜しまないオーナーでもあった。

机上にあるうちのひとつの女子用電話が鳴った。
ミサキからの折り返しの電話だった。

「ミサキか。うん、ごめんな、ムリいって。ホントにごめん。うん、頼りにしてるんだよ、うん、ミサキがいないとやっていけない、うん、ほんとに。ううん、この埋め合わせはする。あ、でさ、これ、新しいお店の番号だから登録しておいて。うん、6日から。じゃ、お願いします。また東口についたら電話して。そうだね。大丈夫、待ってるよ。ありがとう。うん、カゼひかないで、はーい」

摘発の日からの3ヵ月間、ミサキはコンビニでバイトをしていた。

久しぶりに電話で話したとき、ミサキの口ぶりからは風俗を辞めようとしている気もしたが、思いっきり無様に情けなくお願いしながら押せば、店への復帰を断ることはないだろうとは感じていた。

ソファーに座りながらだったが「オレ、今、床に正座したから」と神妙にお願いすると、ミサキはため息交じりに「わかりました」と返事をして、説得することなくコンビニのバイトを辞める約束ができた。

今日でコンビニのバイトをやめたとのことだった。
受話器を置いてシフト表を手にして、ミサキの平日の早番を丸印で埋めた。

コハルは、再オープンに合わせて新潟から上京する。
前回の店と同じく、店泊して2週間勤めて、いったん新潟に帰る。
シフトはオープンからラストまでの通しですべて丸印。

ナナは、立川の許可店である老舗ヘルスで働いていたが『今の店は居心地がよくない』と電話でぼやいていたと竹山は言う。

気分が乗れば頑張りをみせて、乗らなければグズグズとする彼女の扱いに、老舗店としても困っているのだろうなと想像がついた。

『看板娘だから』と持ち上げると、2つ返事で店に戻るのをOKしたとのこと。
シフトは、オープンからの1週間は遅番すべてが丸印。

またキツイだの、疲れただの、アーだのスーだのウダウダいうだろうけど、成り行きで持ち上げれば大丈夫だろう。

ミエコとマユミのシフトは、週5日の遅番で、土日を1日だけ早番をする。
シホは、すでに池袋の脱法ヘルスで働いていた。

状況はよくわからないが、電話をかけてからは摘発の日のことを謝ると「べつにいいよ」と不機嫌な一言で終わりで「しっかりやるから」の一言で戻ることになった。

シフトには週6日しっかりと丸印がついて、オープンラストの通しもやる。
いちばん手がかからない在籍だった。

トモミにも、当面は週6日出てほしいとは伝えてある。
確認の電話待ちだった。

摘発のときには大泣きしていたトモミだったが、警察署での事情聴取では『もう風俗はやりません』と話していたらしいトモミだったが、どういう心境の変化でまた風俗をするのだろう。

彼女にも電話で摘発の日のことを謝ったが、笑い飛ばされただけで、後日にも話題になることは一切なかった。

彼女だけでなくて、他の在籍も摘発を責めるようなことは一切なかったし、自分が逮捕されたのもなかったかのように以前と変わらない態度だった。

再オープンしてからの1週間は、シフトはなんとかなりそうな様子ではあった。

風俗嬢の鑑

チケセンとの間では『脱法ヘルス』とは使っていたが、女の子に対しては『受付型ヘルス』と改めていた。

摘発後からは、渋谷の店舗型の許可店で働いているフミエは「受付型ヘルスは面倒」と再オープンしてからの在籍を渋る。

同じくソラも、はっきりとは口にしないが「受付型だと・・・」と再オープンしてからの在籍を渋る。

風俗をしている女の子の間で、新形態の風俗の悪いイメージが広まっているのは想像がついた。

言いたいことはわかる。
女の子の稼ぎが減るのは十分に想定できた。

1分、2分だとしても、レンタルルームまで歩いて私服を脱いでプレイをする。
終われば、着衣して、待機所に戻る。
半裸で個室に待機する店舗型と違って、1手間どころか2手間も3手間もかかる。

稼ぎが減るだけでなくて、タイマーもローションも持ち歩かないといけないし、私服にも気を遣わないといけない。

わずかでも、歌舞伎町の街路を歩くもの気が引ける女の子もいるだろう。

復帰する8名も、実際に受付型でやってみたら「やっぱり辞めます」となるのではないか。
ありそうな話だった。

しかし、女の子が辞めるのを恐れていたら、足元を見られて言うことを聞かなくなる。

オマエがダメならほかの女がいる、という態度を店側が見せれるようになって強制力が生まれる。

でも今回は、そうも強気になれなかった。
迷うところに女子用電話が鳴った。

サクラだ。
受話器をとりながらシフト表を開いた。

「あ、サクラ、電話まってたよ、うん。え?ダメ!ダメだよ!5日は絶対に出て!あと8日の早番も!もうシフトに丸ついてるよ。うん、ついてる。だって電話遅いんだもん。え?仕事?そっちは休んでよ。それしかないんじゃん。お店が優先にきまってんだから。ふーん。あ、そう。そういうこというんだ。ほぉぉぉぉ。・・・え?そう?うん。ほんとに!ありがとう!ごめんね、ムリいって。こんなこといえるの、サクラだけなんだよ。うん、がんばろうね、うん、うん、待ってる。ありがとう」

サクラのシフトは、当面は週7日のうえに土日のどちらかは通しもやると決まった。

本業の派遣社員の仕事は休ませた。
シフトの丸印を確めて、受話器を置いた。

割引チケットの裏面に略地図をホチキス留めしている竹山が「サクラちゃんは風俗嬢の鑑ですね」とつぶやいていた。

広告パネル掲載

小泉が大きめの荷物を抱えて、看板屋からの受け取りから戻ってきた。
《 しろうと系ヘルス ラブリー 》とアクリル板にはプリントされている。

届出をしたのだから、新しい店名は《 ラブリー 》と余計な語句はつけなかったのだった。

1階へ下りる階段の踊り場の壁面に取り付けた。
大きめのピンクの看板は、街路からも目に付いた。

店内の、・・・もう事務所ではなく店といっていた、その店内の壁に張り出す、本番禁止の注意書き、料金表、基本プレイ、指いれのお願い、等々がラミネートされた。

すべて前の店のものをそのまま使用する。
受付に使用するプロフィールも、前の店のもの。
会員証はデザインを一部だけ変更して、1000枚積み重なっている。

割引チケットも店名と料金だけを変更して、各店に置く分とストックも含めて500枚を作り終えた。

プリントされている平日料金は、45分写真指名込みで14000円、別途レンタルルーム代1000円の総額15000円。

60分は、写真指名込み18000円、別途レンタルルーム代1500円の総額19500円。

データ出力サービスの印刷屋に向かっていた西谷も、チケセンに張り出す塩ビシートのパネルを受け取って戻ってきた。

竹山と契約してある6店を回って、パネルを張り出して、割引チケットを渡した。

歌舞伎町交差点の看板
歌舞伎町ドンキの前からスカウト通りの空を眺めて

あとはオープン日に、割引チケットをパネルの前に置くだけだ。

ひとりの遊興客が、張り出したばかりのパネルを見て、チケセンスタッフに質問していている。

「すみません・・・」
「はい、どうぞ!」
「この店って店舗型ですか?」
「いえ、こちらは脱法ヘルスです!」
「脱法って・・・、受付型ヘルスのことですか?」
「そうですね、そうともいいます」

周りの遊興客も、聞き耳を立てていた。
新形態の風俗店の呼称は、各チケセンでバラバラだった。

「レンタルルームってなんですか?」と訊いてくる客もたくさんいて、スタッフがシステムの説明をするのが絶えない様子があった。

受付型、移動型、派遣型、デート型、待ち合わせ型

店によっては『デート型ヘルス』『待ち合わせ型ヘルス』と割引チケットに記載している。

先行して新形態がはじまった池袋で使われた『レンタヘルス』との名称は、わかりずらさもあるのか、歌舞伎町のチケセンでは使わなくなっていた。

代わって使われたのは『脱法ヘルス』。
なんのかんのインパクトが強くて、客の食いつきがいい。

「条例で個室が禁止されたので・・・」と、おもしろおかしく説明もしやすい。
むしろ「法令に沿って営業してます」とアピールもできる。

様子を見たところ「脱法だからやめます」という風俗客はいない。
「これからはこうなるんですかね?」と風俗談義にもなっている。

歌舞伎町にくる風俗客は、こちらが気にしているほど、合法だとか違法だとか気にしてないのだった。
とにかくも、チケセンは『脱法ヘルス』という。

風俗情報雑誌には『受付型ヘルス』とか『移動型ヘルス』やら『派遣型ヘルス』とある。[編者註70-2]
新形態の風俗を、一言でなんといっていいのか、誰もわからない状態だった。

名称はいかがわしくてバラバラだったが、オープンしたら客は来るとは感じていた。

パネルを張り出す度に、場内をウロウロしている遊興客が寄ってきたからだった。

– 2023.01.06 up –