スカウトする場所はどこがいいのか?
遠藤は声かけを続けている。
2人目、3人目と無視は続くが、テンポよく手を挙げて振って差し出して、足を小さく大きく進めていく。
姿勢が前屈みに崩れることなく、歩調にはリズムがある。
周りの通行人は、遠藤が動く気配に合わせるように進行方向を変えていく。
遠藤の歩く前方が、自然に開けていく。
開けられたところに遠藤の足は進められて、女の子との間が近づいていく。
遠藤を中心にして、スカウト通りの通常の光景が出来上がっている。
もう遠藤は、周りの通行人の視線など気になってないはず。
どう見られているから、どう見ているかに視点が変わっている。
スカウトの上達は階段状となっている。
ある日、突然に変わる。
今まですんなりとできなかったことが、あっさりとできるようになる。
その最初の一段目を、早くも遠藤は上がりきったようだ。
それらを眺めていた谷口が、また質問をしてきた。
「おもったんですけど」
「んん」
「ここだと、やっぱスカウトが多いじゃないですか?」
「んん」
「それなので、スカウトがいない場所でやるのはどうなんですか?」
「スカウトがいない場所なんていっていたら、そのうち山奥になる」
「・・・」
なんでも答えるつもりだが、そろそろ面倒になってきた。
でも、答えよう。
スカウト通りでやるには意味がある。
「どこかでやらないといけない」
「・・・」
「最初はここのほうがいい。ここでできるようになれば、ほかにいってもできる」
「あ、はい」
スカウトの流れは、場所が変わっても同じ。
相手に合わせる動作を調整するだけ。
この通りでスカウトができれば、他の場所でのスカウトは簡単に感じる。
随分とスローモーに感じる。
それだけ、ここではすべてが早い。
勢いが凝縮している。
だから、この通りでやれば上達が早くなる。
他の場所でやってみるのは後でもいい。
「で、この場所でやるんだったら、真ん中、位置は真ん中でやらないといけない」
「真ん中ですか?」
「うん。いくらここがいいとしても、端っこでやってたらいけない。真ん中で堂々とやってれば、逆にほかのやつが、ここはムリだなって去っていくから」
「あ、はい」
「で、それでも場所を変えるってときは、まずは時間を変えたほうがいい」
「あ、はい」
「場所がどうこうよりも、真ん中と時間ってのを考えてみ」
「はい」
スカウトする場所については、どこがいい、かにがいいとなりがち。
でも場所は関係ない。
女の子が歩いているその場その時。
まずは、ここの真ん中でスカウトができるようになるのが、遠藤と谷口には必要だった。
女の子からの質問は逃がさない
遠藤がゆっくりと足を進めている。
歩いてくる女の子との間を詰めて手を差し出したのに合わせて、女の子の足元がぶらっとしてから止まっていた。
それから話す遠藤は背筋を伸ばしているし、早口にもなってない。
話を訊いている女の子の表情に曇りはない。
やがて電話番号の交換をして、お互いに手を振ってバイバイをしていた。
戻ってきた遠藤は、首をひねっていた。
「田中さん」
「ん」
「また途中で、なにを話せばいいのか、わからなくなったす」
「女は、なんていっていた?」
「急いでるんでって」
「なにをやろうっと話した?」
「セクシーパブっていいました」
「そっからは?」
「週に1日でも、3時間からでもいいからって。あとは時給3000円からとか」
「女は、なんだって?」
「そんなヒマがないっていってたんすけど、やらないとはいわないんす。で、友達と待ち合わせしているから、もう、いかなきゃっていうから、また電話するって番号の交換したんすけど」
電話番号の交換に、お互いに逃げている感はある。
それに、急いでいるって言っているところに店の説明はいらなかった。
遠藤に余裕がない。
それだったら、終わりの時間は伝えたほうがいい。
よほど女の子は、しつこくされた経験をしているのか。
しつこくされないかの不安を抱くことが多い。
「今まで店に勤めたことはあるって?」
「それは訊いてないす」
「あんな顔して話きいていたってことは、やってもいいけどってとこかもな」
「そうすか?」
「また、後で話きくって?」
「はっきりしなかったっす」
「そこまで話せれば、十分だよ。ただ、話す順番は変えたほうがいい。時給3000円からは最後のほうでいいし、最初は相手から聞かれるまで話さなくていい」
「そうすか?」
「相手だって、歌舞伎町の店とわかった時点で高い時給ってはわかっているし、そこを聞いてこないってことは、まだそこまで興味がないってことだから」
最初からぺらぺらと話さないほうがいい。
話す内容なんて限られているので『なにを話すか』よりも『いつ話すか』を探ったほうがいい。
『なにを話す』をあれこれと広げるよりも、限られた内容を『いつ話すか』にさえ注意してればいい。
「やりますか?あの女?」
「電話に出れば、やるんじゃない?」
「そうすか!」
「決まるときは、あっさり決まるよ。説明なんてしなくても」
「なんて話せばよかったすか?コツみたいなものってあるんすか?」
「コツっていわれても、一言ではな、なんだろうな・・・」
まずは、女の子からの質問は逃がさない。
口に出さなくても、目が疑問になっているときがある。
あの女の子の目は、拒否よりも、疑問ありとなっていたようでもある。
一方的に内容を話すのを止めて「なにか、わからないことある?」と一言だけ置き換えてもよかった。
女の子は約束も秘密も大好き
あとは、なんだろう。
話し方が、お願い調になっている気がする。
最初からお願いだと、女の子はそっぽを向いてしまう。
「その話の流れだったら、小さな約束をどんどんと放り込んだほうがいい」
「小さな約束すか?」
「んん。大きいのはダメだよ。ほんのちっちゃな、楽しくなるような約束」
「どんな約束したらいいんすかね?」
女の子は約束が大好きだ。
するのも、されるのも。
まずは、お願い調の部分は、できるだけ約束に置き換えたほうがいい。
相手にとって少しでも心地がよくて、少しでも利となる約束に。
どんな小さな約束でも交わせれば、こちらにとっての引っかかりとなる。
機会があれば、それらの約束を破ってみるのも、こちらにとっての引っかかりとなる。
「たとえば・・・、そうだな」
「・・・」
「友達と待ち合わせてるんだったら、すっぽかしちゃえばからの、もう、そんなひどいこといわないって、約束を押し付けてもいいし」
「押し付けるんすね」
「いそいでいるんだったら、あと、10秒だけって引き止めて、ああ、10秒たっちゃったからって、じゃ、どこかで座って話そうで・・・、あれ、でも、それだと、約束できてないか」
「10秒って約束はできてるす」
「なんかちがうな。守れる小さな約束だな」
「・・・」
「言い方っていうのか・・・」
「・・・」
「さっきの場合だと、週に1日でもいいからっていうお願いよりも、特別に週に1日でもいいようにオレが店に言うとか。これだったらできる約束だ」
「でも、それって、約束ってより嘘すよね?」
「そうか?」
「店に言うもなにも、最初から決まっていることすよ」
「まあ、いわれてみれば嘘かもしれんけど、こまかいことは気にしない。できないことをいうから嘘になる。できることは嘘でもいい。大事なのは約束だよ」
「あ、はい」
「うん、そっか、嘘と約束と、あとは秘密だな」
「秘密?」
「こっちは、これを守るって約束を押し付けてみて、あとはお互いになにか秘密っていうか、小さな秘密だな、そんなのが女の子とできれば、もう、いけるんじゃない。コツっちゃあコツだな」
「そうすか!」
女の子は秘密が大好きだ。
大好きすぎて、簡単に秘密を作る。
秘密とは言えない秘密もいくつも持っている。
秘密を楽しんでいるようでもある。
小さな秘密を新しく作ったり、秘密を大胆に探ってみたり、秘密を無粋に暴いてみたりするのは、スカウトする上では有効だ。
返事を迫らないのもコツといえばコツ
あとは、返事を得ようと迫るのもいらない。
仮に。
女の子にその気があったとしても。
ほとんどの返事はグラデーションがかかっている。
やるやらないは明確な線としては表れない。
返事よりも約束だ。
「電話のときは、なんて話せばいいんすか?」
「そうだな」
「・・・」
「とりあえずは、名目っていうのかな」
「・・・」
「いきなり声かけたお詫びに、次回はケーキ付きで話を聞いてとか。電話では店の説明はしちゃダメ。やるやらないを電話で決めない」
「はい」
「いつ、また会って話を訊いてくれるのか、時期を決めるだけ」
「はい」
「こっちから、たとえば、明日の夕方6時にって振ってみて、ダメだったら時間ずらしてみて、それがダメだったら、相手から時間を決めさせて」
「はい」
途中から、質問者は谷口となっている。
質問だけは熱心な谷口だった。
「で、新宿に来させること」
「なんで、来させるんですか?」
「行ってたらきりがないし、それで来るようだったら、もう、やるつもりだよ」
「で、会ってからは、なんて話せばいいですか?」
「そうだな、100人いれば、100通りだからな」
「・・・」
「まあ、さっきみたいにやらないって、はっきりと断ってこない女には、もし未経験者だったら、先回りして言い訳をいくつか作ってあげたほうがいい」
「言い訳ですか?」
「なんとなくの言い訳でいい」
「じゃ、まとめると・・・、小さな約束に、小さな秘密に、なんとなくの言い訳ですね」
「そう、そういうこと」
女の子は悪者になりたがらない。
AVにしても、店にしても、まだまだイメージは悪いものだし、そこで未経験から開き直れる女の子のほうが稀。
女の子が、自身で自身を悪者にしないように、言い訳を考える。
一緒に考える。
ありがちな『お金のために割り切る』などと、わかったようでわからない言い訳を押し付けるのではなくて、話を聞いて一緒に考えていく。
「あと、電話番号の交換のとき、なにを訊いた?」
「名前っす」
「名前は下の名前?」
「はい」
「呼び捨て?」
「いや、そこは決めてないす」
「お互いの呼び方も約束にして、電話する時間も約束にして、しつこくしないってことも約束したほうがよかったな」
「はい」
「電話番号の交換するときに、普段はなにをしてるのか、どんな生活しているのか、カレシはいるのか、実家か1人暮らしか、とかうっすらと訊けた?」
「はい、1人暮らしで学校いってるっていってました」
「そこはいいな。あの女、電話をとるようだったら、AVはともかく、おっパブだったらやるんじゃないかな」
「やったぁ」
あとは数をこなすだけ。
当たって砕けろだ。
– 2022.2.28 up –