スカウトは待たせるのも手かもしれない
新宿駅南口にあるAVプロダクションのグレイから、純子が見切られて2ヶ月が経とうとしていた。
1度大きくコケた女の子というのは、後になってなにをしてもポンポンと決まらなくなるもの。
これ以上あれこれ手をかけるよりも、新たにスカウトしたほうが収入は近い。
「また電話するね」とは話したが、後回しにしすぎて、すっかり放置となっていた。
その日、5人と待ち合わせをしていた平日の午後だった。
5人と同じ時間に待ち合わせをしたのは、考えがあってしてみたのではなくて、ドタキャンが続いてヤケクソでやってみたのが最初だった。
これだったら5人くらいと待ち合わせしてもいいんじゃないか、というほどドタキャンが続いたあげくのヤケクソ。
雑なようでもあったが、それまで空回りしていた回転が噛み合ったかのように面接が続く。
5人と待ち合わせは、新しいスカウト方法のひとつとなっていた。
とはいっても、いくら良い方法ではあっても、自分のような性格の人間は繰り返していれば惰性となる。
4人と待ち合わせができた時点で、あともう1人は純子でいいか・・・となっていた。
頭数を合わせるためだけの純子は、当然として優先順位は下がっていた。
「ちょっと遅れそう」と電話してきた純子は「ゆっくりでいいよ」と2時間後にずらす。
その間に、1人をグレイに面接に連れていった。
グレイでの面接が終わり、女の子は事務所を出たところでタクシーを止めて乗せて帰して、東口まで走った。
用事で遅れた・・・と来ていた2人目はヒロシが場つなぎしていて、イタトマで合流してからはティラミスを食べて改めてAVの話をしてるうちにずらした2時間が経とうとしている。
純子には「カフェアヤでまってて」と電話して、さらに待たせている扱いとなってしまった。[編者註83-1]
2人目の女の子は「考えてみる」となって東口で別れた。
あとの2人はダメか・・・とスカウト通りを急ぎ足で抜けて、カフェアヤに向かった。
セントラル通りに面した窓際の席に、時間を持て余したようにして携帯をいじっている純子がいた。
苛立ち気味に、ため息をついている。
人を待たせるのはよくないけど、女の子は待たせるのもひとつの手かもしれない。
そう思いながら、ため息をついた純子を眺めていると、それに気がついてトレーを片付けて怒ったようにして店外まで出てきた。
疲れさせるのは、ちょいちょいと悪態をついてくることだった。
「田中さん、また太ったね」
「そう?」
「うん、太った」
「あ、そう」
「だから、彼女できないんだ」
「ほっとけ」
「かわいそ」
うるさいほど話しかけてくる。
会話に困ることはなかく、ある意味では楽ではあった。
「ほっほぅ」
「ふくろう!」
「え」
「ほっほぅなんてふくろう!ふくろう男!」
「わかったから。で、できんのか、今日?」
「うん、ホントに話聞くだけ?」
「うん」
このあとは、新しい事務所にいくことになっている。
自分としては、期待があって約束したのではなかった。
気まぐれで援交して、店だって事務所だって続かなかった純子に、安易に期待などしたら、あとで疲れるだけ。
5人と待ち合わせの頭数合わせであっても、来たからには面接くらいはしたほうがいいという惰性に近かった。
面接とも言ってない。
そこの社長に頼まれていてと、どうしても1人を連れていかなければだからという名目で、とりあえず話を聞くだけだからと曖昧で、そのあとは「どうしようかな」という純子の返事で終わったまま。
AVプロダクションの誓約書の意味
この前、グレイに所属したときにサインした誓約書の項目のひとつには、退所してから1年間はほかの事務所に所属しないとなっている。
カメラテストの日から2ヶ月しか経ってない純子は、ここが守られてない。
しかしこれは、対AVメーカーへのダブルブッキングだけは避けるための項目。
これが1本でも出演していたなら、2ヶ月で新しい事務所に所属などできない話だったが、デビューしてない純子は守らなかったとしてもダブルブッキングこそはない。
今までにも、やめてから月日が浅い女の子もスカウトして面接に連れていったこともあるが、事務所から事務所へ電話の1本を入れて、金銭が絡んでないことを確認し合えば、お互いさまとなるのが大半。
相手が誓約書を盾にして拒否すれば「わかりました。じゃ、女の子は帰します」で済む話で、強硬な態度はとらないものだった。
かといって、無断で新しい事務所に連れていくわけにはいかない。
折り目正しくしてないと、スカウトとしてのハナクソみたいな信用が落ちてしまう。
事前にグレイのマネージャーに相談した。
いや、相談するまでもなかった。
もうとっくに営業などしてない純子については「ここだけの話にして知らなかったことにしときます」となる。
めんどくさいのだ。
話を通そうとして、たまたま事務所に顔を出したグレイのオーナーの耳に入りもしたなら、こういうときには「その事務所から金とろう」と言い出す。
ちなみにグレイのオーナーは、ヤクザ絡みなどではない。
売れない元劇団員の40代の無職。
事務所が所在する賃貸物件の契約者という立場で、収益の一部を得てる。
オーナーとして表には出ないのは、奥さんが秀才で船井総研の出世コースにいるとかで、なにかと問題がありそうなAVプロダクションに関わるのに反対しているから。
「金とろう」は言ってるだけ。
「ほかの事務所に動かされるのは面白くない」というオーナーとしての余計なデモンストレーションなだけ。
もしそれを、形だけでも実行するとすれば社長である。
現場としては営業に支障さえなけば、社長共々「知らなかった」という体にしたほうがスムーズな業務となるのだった。
AVメーカーは大きく勘違いしてる
次のAVプロダクションは “ フレッシュ ” という。
フレッシュである。
洗剤でもあるし、AVプロダクションでフレッシュという取り合わせが少し笑えてしまう名称で、聞いた純子も笑っている。
とにもかくもフレッシュは、歌舞伎町交差点からタクシーでワンメーターの新宿御苑の雑居ビルの4階にある。
元スカウトの社長だった。
元スカウトだけある。
「やらない」という女の子でも「とりあえず話を聞いてから断ってよ」とでも事務所に連れて行くことができれば、誠実な口調で「AVというものはね」と説得して所属させるぐらいはしてしまう。
あるときは説得などしない。
「先に宣材写真を撮ってみよう」と流行りのR&Bなどかけて、カメラの準備をしながら「あ、ブラのホックだけ今のうちに外しといて、体に線が残るからね」と気分のさじ加減をみる。
あとはじっくりと1枚1枚脱がさせる。
オールヌードになれば、撮り終わる頃には「AVやってみようね」との話も通じる。
押しの強さも使い分ける。
元スカウトだけある。
「やっぱりできません」と断っている女の子に熱くエロ論を語り「とりあえずカメラテストしてみよう」とテンポよくちんこを晒す。
それを突ついてみるところからはじめて、なし崩しにハメ撮りぐらいはしてしまう。
ときには強引さも使い分ける。
AVだったら簡単に稼げると勘違いしている女の子には「AVなんだよぉぉ!」と雄叫びをあげて、レイプまがいのハメ撮りでアナル処女を奪うくらいのことはできてしまう。
もちろん、AVメーカーにも営業はしている。
それと同時に、そうしたハメ撮りは、自主制作AVとして成人雑誌の広告のみで販売もしていた。
AV業界とひとくくりでいっても、スカウトはスカウト、プロダクションはプロダクション、制作は制作、販売は販売と分業で成り立っているところを、面接から販売まで一貫してやってしまうのは、社長がスカウトの現場を熟知しているからだった。
制作側となるAVメーカーは、ベテラン社員でもベテランAV監督であっても勘違いしている。
「わたし、AVやります!」とばかりの女の子が街中にうようよと歩いていて、スカウトなどは道端で遊び半分でやっていると勘違いしている。
毎日のようにAV女優希望者の売り込みがあるのだから、そう勘違いするのも当然だとはわかるが、実際はそんな状態で女の子はスカウトできない。
元スカウトの社長だから、ほっかほかのリアルな面接が撮られていた。
そうしたハメ撮りは、作品といえるほどのクオリティーはないかもしれないが、固定ファンも多々いるらしく、売れ筋の《実録!面接ハメ撮りシリーズ!》は自分は大好きだった。
もちろん、コレクションしてオナネタにもしていた。
AVプロダクションのカメラテストの意味
タクシーが新宿御苑の大木戸門についた。
事務所へのエレベーターに乗ると純子が、もう1度聞いてきた。
「ホントに話聞くだけ?」
「うん、だまされたとおもってさ」
「だましてるでしょ?」
「ううん。もしだましていたら切腹してもいい」
「ふーん」
事務所のドアが開くとマネージャーだった。
マネージャーは3名いるが、全員が元スカウトだった。
入口には、新興の総合格闘技団体のパネルが飾ってある。
社長の趣味ではない。
ヤクザ嫌いな社長は、しょぼいケツモチよりも警察に顔がきくという総合格闘技団体の後援会に加入しているのだった。
フロアはちょっとした迷路ほどに、パーテーションで区切られている。
突き当たりの区切りにはデスクがあり、スケジュールのホワイトボードがあり、応接ソファーがある。
目に飛び込んでくるのは大型金庫。
重機でなければ設置できない、重厚な大型金庫。
革張りの応接ソファーに座り、大型金庫を背にしてAVを語る社長には説得力があった。
機材がセットしたままの宣材写真を撮るスペースもある。
面接するスペースは2ヶ所あって、広めのほうがハメ撮り用を兼ねていた。
広めのほうに、面接のテーブルと椅子が用意されていた。
話を聞くだけといって連れていきます・・・と伝えてあるが、面接ハメ撮りを敢行するつもりだ。
今までにも『AVなんかめんどくさい』とか『AVなんかやるつもりないどお金はほしい』といった、風俗や援交しているすれっからしの女の子は、最初から自主制作AV要員としてぶちこんだ、いや、面接に連れていっていた。
段取りもよく、人当たりもいいマネージャーが「飲み物はなにがいいですか?」と聞いてきた。
続いて「こんにちわ」と席についた社長は「誰かに似てるような・・・」などと雑談をする。
迷いながらの雑談で、いいほうの迷いなのはわかった。
AVメーカーのカメラテストで返されたという前歴から、期待が薄くて面接ハメ撮りを狙っていたのだが、思ったよりは美形でパブ全開OKなので、前回とは異なるAVメーカーに改めて営業したほうがいいのか判断に迷っているのだ。
自分としては、スカウトバックが高いAVメーカーの撮りとなった方がいい。
フレッシュのスカウトバックは買取りとなる。
1回きり。
買取り金額は、2万、3万、5万、8万、10万、15万、20万の7段階。
初回の撮影が終われば支払われる。
基準はあるようでないもの。
大きく分けると、8万以上はAVメーカーの撮りで、5万までは自主制作AVとなる。
社長の迷いは感じられたが、純子は予定とおりに自主制作AVのハメ撮りとなるようだった。
「これから簡単にカメラテストで撮ってみましょう」
「え、カメラテストですか?」
「30分もかかりません。カメラテストといってもギャラとして3万だします」
「あ、はい」
もちろん純子は「聞いてません!」とも「できません!」と断れたし「帰ります!」と席も立てもしたが、自分を少しだけ睨んできただけだった。
話を聞くだけといっていたのに、けっきょく所属してってことじゃん・・・と睨んできた目が言っていた。
カメラテストには通常はギャラなど出ないが、それが出るのは面接ハメ撮りだからとまでは察してない。
自分は今になってカメラテストがあると知ったように「あ、撮るんだ・・・」とすっとぼけていただけだった。
ギャラ3万円は先に渡された。
純子がトイレに立ったときに、社長は無言のままスカウトバック10万を指で示した。
高めだ。
今までのパターンからすると、ギャラ3万で面接ハメ撮りをするのだから、スカウトバックは5万か思っていたのに高めだ。
社長のねぎらいが上乗せされているのか。
だったら10万だったらいいか。
不満顔をつくれば、1万か2万くらいは上がる。
が、もうこれ以上は純子は事務所は変えられない。
それに、今日はもう1人をグレイに所属させているのだから、この10万は日当だと思えば上々だ。
OKマークで応じた。
ここからは純子の扱いは、買い取った社長が決めていく。
嘘の質問に嘘のアドリブ
テーブルの横の前後には、2台のビデオカメラが三脚でセットされた。
テーブルの上には、小さな三脚のビデオカメラも1台置かれた。
手際はいい。
ビデオカメラが回されて、改めて自分と純子がパーテーションの向こうから入ってきて、並んで座るところから面接がはじまっていた。
年齢確認をしたり、エントリーシートに記入したり、誓約書にサインしたりと通常の面接が進んだ。
カメラテストの説明もないし、打ち合わせもない。
「でね、倉橋さん」
「あ、はい」
いきなりだった。
社長はわざとらしくカメラの位置を直してから、右近さんを倉橋さんと呼んだ。
瞬間だけ止まった純子だったが、訂正することなく返事をしてる。
「今日だけど、こちらのスカウトマンに、いきなり声をかけられて面接にきたと」
「あ、はい」
「最初はどうおもいました?」
「はい、びっくりしました」
「AVに興味はあったんですか?」
「あ、はい」
たったさっき、突然に道端でスカウトマンに声をかけられて、事務所にきた体になっている。
察しのいい純子は、話を合わせて返事している。
自分はただ座ってるだけ。
記入が済んだエントリーシートを手にした社長は、あることないことを訊いた。
「え!倉橋さんって、男性経験1人なの?」
「あ、はい」
「ええ!3ヶ月前に処女喪失したの?」
「はい」
「ちなみに相手はどんな人?」
「はい。出会い系で知り合ったおじさんでした」
「え、じゃあ、セックスの経験もそんなにもないの?」
「はい。その、おじさんと3回・・・、くらいです」
このカメラテストをどう理解しているのか知らないが、純子の返事にもなかなかのアドリブがあった。
ゆっくりとうなづいてみたり、小首をかしげて答えるところなど、本当のことを言っているように見える。
何回見ても不思議だ。
女の子って、このくらいの嘘というか、演技くらいはすぐにできてしまう。
練習したわけでもないのに、即興でやってのけてしまう。
すべての女の子はAV女優予備軍である、と断じてみる。
社長は用紙に指先を置いて、実際にそう書いてあるかのように訊いている。
「あれ!興味あることが乱交プレイだって!」
「はい、なんか、そのおじさんで目覚めたようなんです」
「でも、いきなりAVなんてできるの?」
「あ、はい」
「まったくのAVは未経験なんだね」
「はい」
《実録!面接ハメ撮りシリーズ!》の流れだった。
この後、どうなるのかは自分はわかっていた。
スカウトバックこそ買取りとイマイチだが、社長はスカウトの気持ちがよくわかっていたといえる。
こちらが拒まなければ、買い取ったあとの女の子を戦利品として扱わせてくれた。
拒まなければというのは、悪辣スカウトマンとして面接ハメ撮りに出演して、醜態の極みを晒すことである。
自分としては、純子については戦利品として扱うより、苦役として面接ハメ撮りに挑む。
したいのを我慢するのも苦役だけど、したくないのをあえてするのも苦役。
2人のどちらかに苦役があればよくて、10万になったことだし、それを以って純子のスカウトに見切りをつけるつもりだった。
打ち合わせなしの面接ハメ撮りの流れ
面接ハメ撮りの内容は、社長の即興のひらめきで決まっていく。
社長は訊いたのは、好きな男性のタイプだった。
「倉橋さんって」
「はい」
「こちらのスカウトマンみたいな人がタイプなの?」
「いえいえいえ、ぜんっぜんタイプじゃないです」
「そうなの?」
「こんな、ブサイクで太った人はイヤです」
「いいかた!ホントにいやなの?」
「はい、イヤです」
前振りだった。
純子が自分とのセックスを、どれくらい拒むのか試している。
《実録!面接ハメ撮りシリーズ!》では、女の子の驚きや抗いや戸惑いが重要。
あっけらかんとハメ撮りになったら困るのだ。
純子の「イヤ」が撮れた直後に、社長が猫撫で声になった。
いよいよか。
「それでは、倉橋さん」
「はい」
「今からカメラテストしようね」
「あ、はい」
「おーい、ふとんもってきて!」
「え・・・、ふとん・・・?」
促されて自分も純子も席を立つ。
待ち構えていたのだろうか、マネージャーがテーブルと椅子をすぐに片付けた。
パーテーションの向こうから、白いシーツカバーの木綿布団が抱えられて運ばれて、わざとらしく「よいしょ」とタイルカーペットの床に敷かれた。
白いシーツの木綿布団は《実録!面接ハメ撮りシリーズ》のアイテムのひとつだ。
突然さに、あっさりさに、多くの女の子は「え、ここで・・・」と戸惑って「え、いまから・・・」と驚いたりして「エエエッ」と拒むのを撮るのだ。
敷かれた木綿布団の脇には、コンドーム、ウェットティッシュ、ローションが置かれた。
純子は今になって、ギャラ3万の意味も、カメラテストの内容も理解したらしい。
戸惑う様子を、カメラで撮り続ける社長に抗弁があった。
「え、ここで・・・、ですか?」
「カメラテストだからね」
「え、え、え、するんですか?」
「普通でいいからね」
「え、え、その・・・、本番・・・、ですか?」
「だいじょうぶですよぉぉ」
社長は、ビデオカメラで撮り続けながら、猫撫で声で答える。
猫撫で声は、最大級になった。
いよいよだ。
「それじゃあ、倉橋さん」
「え、ホントに?」
「いまからね」
「あ、はい・・・」
「こちらの方とカラミおねがいします」
「え、え、田中さんとですか?」
「はい、おねがいしまぁす」
「え、ムリです!ムリです!」
「だいじょうぶですよぉぉ」
「ええええ!」
面接ハメ撮りはともかくとしても、まさか相手が自分だとは想像もしてなかったらしい。
さすがに純子も、このときばかりは目を丸くして驚いていた。
– 2023.8.11 up –