森本あさみ、23歳のキャバクラ勤め、紹介でAVプロダクションへ所属


AVは年末年始の仕事が少ない

人の通りは、ここ最近、あわただしく見える。
どこか浮かれた感じも。
小柳ゆきの歌が、アルタビジョンから大きく流れている。
街の雰囲気は、クリスマスムード1色になっている。
嫌が応でも年末気分になる。
AV業界は年末は仕事が少ない。
12月の撮りのキャスティングは11月に決定する。
スカウトしても、進行は来年の話になってしまう。
なおさら年末気分になる。
忘年会、クリスマスで人通りが盛り上がってる。
付き合いで「飲みいこう」と何件か電話がきたが、皆、断っていた自分だった。
なんだか、最近は独りでいるのが落ちついて、その気にはなれなかった。
もう少しがんばって、正月はゆっくりしよう・・・と雑踏の中で考えていた。

アルタ前広場
12月のアルタ前広場から新宿駅東口を見て

スクランブル交差点でスカウトしてると携帯から着信音が。
木村からだった。

「もしもし」
「アッ、エロ社長。久しぶり」
「なんだよ。そのエロ社長って」

彼とは以前に商売で一緒に動いたことがある。
雑貨品の “ バッタ ” の案件だった。

「で、どうなのよ」
「どうなのよって、そっちこそどうなのよ、オイ」

結局、商売は失敗し大損した。
元々「ヘコんだら、酒飲んで、笑って別れよう」という話だったのでそうした。
酒を飲んだ帰り道、ぽっかりと心に穴が空いたような、少し寂しい気持ちがした。
祭りのあと・・・というのか。
そんな感じを覚えている。
それだけにこの男から電話があると何か楽しくなりそうな気がしてならない。
しかし『飲みにいきましょう』なんていう電話ではないだろう。

「それで、エロ社長、女のコの話しなんだけど」
「だから、そのエロ社長というのやめろよ」

彼は、その後父親の会社を継いだ。
彼の父親はガンで急死した。
入院してから亡くなるまで20日間という間だった。
会社は埼玉の国道沿いにある小さな建材屋だが結構忙しそうだった。
1回、顔を出したが、一方は社長、一方は路上のスカウトマンという差が開きすぎて居心地が悪かった。
「オレ先月1000万作れたんですよ。それで1000万のリースも組めた」
「田中さんだったらわかってもらえると思うけど、今、オレは金も作れないリースも組めない人間相手にしないとダメなんですよ」
彼の話しは自信に満ちていた。
「営業をやってくれないか」といわれたが、彼から給料を貰って仕事をするというのが抵抗あったので断った。
そして、しばらくしてから「いい物件があった」と焼肉店を出した。
彼は学生の頃、焼肉屋で長い間バイトをしていて、仕入れとノウハウはわかっているとのこと。
一方都内に携帯ショップをオープンした。
2件とも順調とのことだった。

「明日、新宿に行くから、その時に女のコ連れていっても大丈夫でしょ」
「レベルは?」
「大丈夫」
「本人の気持ち固まってる?」
「それも大丈夫」
「高校のころから知ってるコなんだけど、キャバクラに勤めていて、後輩がAVやらないか、ということで話がついた」
「そう、京王プラザのロビーで19時は?」
「うん、わかった」

AVプロダクション●●●の社長と連絡を取る。
明日の19時に、京王プラザのロビーにマネージャーを1人寄こしてもらうようにした。

預けのスカウトバック15%はちょっと安い

翌日。
19時にロビーでマネージャーと立ち話してる。
少し遅れて女のコを連れて木村がくる。
思ったよりより美人だった。
長身で、細面のよく整った眉に、切れ長の目に鼻筋がスラリとしていて、唇だけがぷくっとしている。
同席したマネージャーも力が入っている。
これからは事務所に行き、宣材撮りするとのことになる。
もうマネージャーに任せて大丈夫だ。
スカウトバックは『預け』になる。
割合は総ギャラの15%。
ただ年末を挟むので、スカウトバックが支払われるのは2月の頭になる。

「スルーでスカウトバックだすよ」
「そう」
「それで、この後、時間あるだろ?」
「オレ、結構忙しいんですよ」
「ビールの一杯でも飲むか?」
「えー」
「オレがおごるよ」
「しょうがないな」

彼は冷やかすようにツッこむ癖がある。
でも、全然嫌味ではない。
42階のラウンジで席につく。
奥はピアノバーになっていてピアノの弾き語りがあるが、この男とロマンチックにひたるのは気が進まない。
薄暗い夜にポツリ、ポツリ明かりがともっている。
なんのかんのいいながら彼はニコニコしながら話しかけてくる。
そして、いつものようにツッこんできた。

「エロ社長、最近どうですか?」
「1ヶ月に2人目標にしてる」
「やっぱ、脱がしちゃうんだ」
「それが仕事だからね」
「また商売しないんですか?」
「今の生活が結構気にいってるんだよ。考え事したり、スカウトしたり、彼女とまったりしたり」
「田中さん、どうしちゃったんですか?」
「自分の殻に閉じこもってさ、1人でいるのも静かでいいよ」
「田中さん、変りましたね」
「メシ食べて、あとはある程度の生活ができればいいよ。今は結構充実してるよ」
「ショボクレじゃん」
「なんとでもいってくれ」
「うわっ、終ってる。このオヤジ」
「今、ガツガツした感じしないでしょう」
「こうはなりたくないなー」
「コンニャロ、オメ、言いすぎだ」
「ハハハ」

彼はニコニコとしながら、いつものようにツッこんできた。
このままでは癪なのでおもしろおかしくスカウトの話をする。
「いーな、自由で」と彼は言う。
彼のこの言葉は以前から何回か聞いたことがある。

背任で1000万やられた

木村はおぼっちゃん的なところがある。
小さい時は父親の会社は規模が小さくて決して裕福ではなかったようだが、高校、大学と恵まれたようだ。
しばらくすると彼は視線を落として言う。

「オレ、1000万やられたみたい・・・」
「1000万?」
「ウン、話すと長くなるんだけど」
「いーよ、話せよ」

彼は会社の代取(代表取締役)に就いた。
ほかの役員は専務が1名、常務が2名になる。
彼は父親の急死で代取についたので、会社の運営は古参の役員がいないと成り立たない。
焼肉店と携帯ショップは、若い従業員に任せているので彼のテリトリーになる。
そのうちの1人のT常務が、海千山千のタヌキらしい。
近くの設計会社の役員だったのが、縁があり行き来してる間に、彼の会社の役員として就くことになったという経緯がある。
元々は基礎鉄筋の販売だったが、T常務の提案で工務店としての業務をはじめたとは聞いていた。
工務店は、資金繰りさえできればできるとのこと。
そして1棟の住宅建築を、大手建設会社の●●建設から受注した。
受注に際しては、T常務が相手の会社の役員と旧知の中だったので、すんなりと受注契約までいったという。
下請けの工事も順調に進んだ。
工事代金は段階に応じて、5回に分けて支払われる契約になっていた。
ところが、第1回目に入金がなかったという。
T常務に聞くと「請求書出すのが遅れた」との理由。
ところが2回目も入金がなかった。
その段階で古参の専務が、T常務の不正に気づいたという。
相手と組んでリベートを受け取ってるんじゃないか。

「弁護士はなんだって?」
「証拠がないだって」
「会社に故意に損害を与えたのだから背任になるだろ。それで揺さぶれば?」
「やったけど、なかなかしっぽをださない」

以前から高い見積りの工事を受けて来たり、下請けを変えたりしていて不審な動きはあったという。
しかし古参の専務は人が良くて、特には問題にしなかったとのこと。
契約の不備も見つかった。
木村側は、●●建設に対して建物の引渡し義務はあるが、●●建設からの支払いに関しては子会社が絡んでいた。
そのため親会社の●●建設には、支払い義務は生じなくなってる契約だという。
なので●●建設の社長は「支払わない」と言いきっていて、未だに支払いがない状態だという。

「来週の水曜日にはハッキリとする」
「それで、計1000万円か」
「工務店潰して相手は大きくなる」
「大きなところは必ず勝てるんだよな」
「そう。それで名前も傷つかない。ホントくやしい」
「・・・」
「田中さん、歌舞伎町の中国人しりませんか?」
「・・・知らないよ」
「ホントに襲撃したいくらいくやしい」
「そうか・・・」

彼にしてはめずらしく、感情的な悔しそうな顔をした。
弁護士によると、訴訟はむずかしいらしい。

現金商売が一番いい

そうなると、下請けへの支払い代金も滞る。
今までに何回か下請けの鳶職が会社で騒ぎ、ボロクソいわれたという。
プロの取立て屋もきたりしたらしい。

「だけど、プロの取り立て屋ってすごいなって思いましたよ」
「てめえ、このヤロー、ぐらいはいわれた?」
「いや、それがそんなことは一言もいわない。それどころかこっちの話しをよく聞いてくれるし。知識もあるし」
「以外だね」
「だけど、威圧感だけは人一倍ありますよ」
「そういうものか。・・・手形だけは気をつけないと」
「支払いはすべて小切手でやってます」
「オレもなんとか手を貸したいけどな。・・・この状態だから」
「それがオレもチエついてきて」
「ん・・・」
「3時過ぎに相手に小切手渡して、翌日に銀行にいれるでしょう」
「ん・・・」
「そうすると支店から残高が足りませんって電話がくるから、そしたら前の晩の焼肉屋の売上を持っていって口座に入れるんですよ」
「自転車か」
「それがね、これ一種の賭けなんだけど、相手が1週間後に入れる場合があるし、支店が違う場合には中1日時間稼ぎができる」
「今はそれで凌ぐしかないね」
「なんとかなってますよ」
「焼肉は順調なんだ?」
「思った以上に込んでる。やっぱり現金商売が一番いいよ」
「そうなっちゃうよな」
「この件が済んだら工務店はやめる」
「だから木村よ。おバカさんたたくのが一番確実なんだよ。チカラがある人間、知恵がある人間との勝負はなるべく避けないと」
「うん・・・。工務店の利益なんて受注代金の10%ですよ。それで支払いが手形になるし。120日サイトですよ」
「120日か」
「うちの手形だったらどこでも割り引けるでしょって。仕方ないから商工ローンで割り引いたら3%しか残らない」
「商工ローンか」
「それで従業員の給料払って、支払い済ませたら自分の自由になる金なんて残らないですよ。もう、笑っちゃいますよ」

すると突然「アタタタッ」とムネに手をあてた。
苦しそうに顔をしかめてる。

「どうした?」
「胃が痛くて・・・。イロイロと考える事が多くて・・・」
「大丈夫か・・・」
「大丈夫、大丈夫」

彼は彼なりに大変なんだ。
若い女のコと、ヘラヘラしてるばかりの自分が情けなくなってもくる。

「こんな話、社員にはできなくて」
「うん・・・」
「田中さんとは、あのころ一緒に地を這いずりまわったから話せるけど」
「・・・」

そういわれて内心うれしかった。
彼と動いていたころがなつかしくなってきた。
自分は能力もないし経歴もよくはない。
しかし、小さくても実業をやりたいと思っていた。
いつのまにか、そんな気もなくなってきた。
それと同時にオヤジっぽくなってきた、と自分で感じてる。

「オレ、金作るから、また打って出ようぜ」
「エロ商売ですか?オレやだよ、そんなの」
「そうじゃなくてさ。ちゃんとした表看板だせるモノをさ」
「オレも今はじっとしてるしかないから、つらいんですよ」
「なにいってんだよ」

窓からは歌舞伎町が見渡せた。
今は自分なりに満足してるが、この仕事をいつまで続けるのだろう。
2人とも黙って見下ろしていた。
「今年も終りか・・・・」と木村がつぶやいた。
来年はどんな年になるのか。
しばらくしてから、ラウンジを出る。
エレベーターに乗り、彼は駐車場のある地階を押し、自分はロビー階を押す。

「一緒に行きましょうよ、送っていきますよ」
「いいよ、まだ、やることあるから」

ホントはこれで帰る。
が、独りで表を歩きたかった。

「また、スカウトやるんですか?」
「そんなものかな」
「いーな、自由で」
「なにが?」
「え、ハハハ」

ロビー階ににエレベーターが止まる。
「それじゃ」と別れて、正面玄関から表に出る。
表の空気を吸い、都庁が左手に見える横断歩道で信号待ちをしていた。
高層ビル街の通りは、人影がまったくない。
正面に新宿駅西口がみえる。
妙に盛り上がってる人ごみに揉まれるのを考えるとうんざりした。
引き返して、ホテルの正面玄関でタクシーに乗り自宅に帰った。

– 2002.12.29 up –