取調室ではカツ丼は食べれるのか?
取調べは、房内の18時の夕食に間に合うようには終わる。
夕食は10分もあればすんでしまう。
あとは、本など読んで気分転換を図る。
19時30分を過ぎると、房内にある私本や官本、ノートや便箋といった物品は回収となる。
それから房ごとに解錠。
場内に出て、倉庫から布団を運び入れてから洗面となる。
房内の床面は薄めのビニールシート敷きなので、日中に座るにしても、寝転ぶにしても、どことなく落ち着かないものだった。
鉄格子を施錠や解錠する金属音が頻繁にしているのも、落ち着かなくさせている。
この時間になると人の出入りがなくなる。
布団を敷いて上に座ると、皆がほっとするのがわかる。
殺風景な房内でも、見ず知らずの集まりでも、団欒の時間が発生するのだ。
その流れで、就寝までの1時間余りは座談会となる。
プライベートや趣味などではない。
犯罪についての座談会だ。
自然と205番が座長となって、誰かしらが疑問を投げかけて、各自が応じていく。
犯罪者のための法律学習だったり、悪事の暴露をしたり、面白い小話などが活発に行なわれた。
今日のテーマは341番の問いである『取り調べの最中にカツ丼は出るのか?』だった。
結果としては出ない。
逮捕されて被疑者となってからの食事は、全て官弁か差し弁となる。
取り調べ中に『出前したい』といってみたとしても却下されるだけ。
ただ例外がある。
遠方で逮捕されて移送されたり、突然の逮捕だったりで、官弁が用意できないときである。
そのときには官弁以外が出される。
同じテーマが今までの座談会でもあったらしく、官弁以外で出された食事の事例を205番がまとめていた。
それによると、コンビニのおにぎりかパンがすべてといってもいい。
おにぎりだと、具は梅やおかかという地味なもの。
それとペットボトルのお茶。
パンだったら、あんパンやジャムパンを一方的に出される。
それとオレンジジュース。
どうやら、金額の上限が400円までと規定があるようだ。
もし、警察署の近所に400円未満のカツ丼が売られていて、逮捕された直後から腹がへったとカツ丼を食べたいと懇願していれば、・・・大騒ぎしてはいけない、懇願だ、・・・ともかく懇願の末にカツ丼が出される可能性もあるのではと締めくくられた。
341番は「タイミングを逃した」と悔しがっていた。
身を拘束されると、どういうわけか食べ物に執着が沸く。
アホみたいに執着が沸くのだった。
詐欺師としては完璧だったかもしれない
21時が就寝時間となって消灯された。
消灯といっても、天井の蛍光灯は小さく点灯している。
留置所に限らず、拘置所でも刑務所でも、夜間は天井の蛍光灯は小さく点灯している。
逮捕されると、釈放となるまでは暗い中で寝ることができないのだった。
当初は目が疲れるのだけど、だいぶ慣れてはきた。
すぐに眠れた。
が、夜中に目が醒めて、今度はなかなか寝れない。
こんなときは、過去のことばかり考えてしまうのだった。
智子が発端だった。
前回の逮捕は。
知り合ったばかりの智子の婚約指輪を質屋に入れたのが、前回の逮捕の発端だった。
智子と知り合ってから、なにかと不運が重なりはじめた。
離婚してほどない智子と会ったのは、千香さんの紹介。
千香さんは、玲子の知り合い。[編者註42-1]
知り合った順に並べると、玲子が36歳で、千香さんは42歳、智子が44歳。
自分が28歳だった。
千香さんから智子を紹介されたというより、玲子から受けた相談を丸投げした先が智子だった。
玲子から騙し取ったお金は高額になっていた。
詳しいことはぬきで、お金を騙し取ったらしい悪い男とだけ智子には伝わっている状況。
最初にファミレスで智子に会ったときには、ツンケンしていて説教じみたことをいってきた。
いや、立派なお説教だった。
「女の人をいじめたらダメでしょ!」という随分と子供扱いしたお説教だった。
説教くらいは甘んじて受けた。
騙しの手仕舞いだけはしっかりしないといけないので、逃げていると思われたくない。
玲子からは正々堂々とお金を取っていて、さらに正々堂々と請求もしていて、弁護士にも相談もされたが罪に問われることはなかったので、そのくらいはしなければならない。
PTAの会長もやっていたこともある智子は、地域の女性コミュニティーでは頼られることもあり、面倒見の良さの評もあったらしい。
まったくの正義感から、そんな悪い男に一言いってやろうと、そしてもし相手が反省すれば、お金だって返すかもしれないと会ったのはわかった。
とはいっても1点でも反省すれば、完全に仕上がっていた玲子への嘘は瓦解してしまう恐れもあるので「小野寺さん、誤解なんです」と神妙にお説教を受けてはいた。
まだ智子ではなく、小野寺さんである。
弁明に対しての智子は「なんでちゃんと確かめないの!」とか「人のせいにしないの!」とか「人を頼るのはやめなさい!」とか良識が溢れるお説教ばかりとなっていた。
が、女性からお金をだまし取るような悪い男とやらをちょっと見てみたい、という興味があったのが見え隠れしていた。
「どんなにいい男かと思ったら普通以下じゃない!」とか「もっと大人の男かと思ったのにあなたはガキなのよ!」とも言っていたからだった。
「小野寺さん、決して騙したわけじゃないんです。僕の話も聞いて下さい」と平身低頭して次に会う約束もした。
突っぱねることもできたが、28歳の自分は、44歳の熟女に興味があったのだ。
はじめての熟女とのセックス
千香さんが、熟女に興味を抱かせていた。
玲子からの相談を受けた千香さんは、自分の弁明を少しだけは信じてくれた。
千香さんの常識からすれば、詐欺師というのは泥棒と同じで人目につかないものであり、堂々と目の前にいるとは考えられなかったのだろう。
それからの千香さんとセックスに至るまでは、一億総中流を体現してる家庭の奥さんを貶めたいという意地悪だけが先行していた。
玲子を騙した余韻も残っていた。
正邪は別にして、大金が動くと人は興奮する。
進学希望をしている高校生の息子もいるというから学費くらいは貯金してあるだろう。
あわよくば、千香さんからもお金を騙し取ってやろうという企みにも繋がっていた。
車とは密室だった。
礼儀正しく「送ります」と車に乗せてからは「年下って嫌いですか?」と急変して、驚いたように「えっ」と動揺しているばかりの千香さんにキスをした。
21歳で結婚して以来、夫以外の男性と関係を持ったことがないという千香さんは、半ば無理やりとはいえキスした相手に自宅を知られたくないばかりに、密室で丸め込まれて連れ込まれてしまったのだった。
自分は初めて40代の熟女とセックスした。
言ってみれば千香さんで熟女童貞を捨てたのだけど、千香さんも年下が初めて。
お互いに初めて同士だったが、こういったのは年齢は関係なく、攻撃力があるだけ男性のほうが有利のようだ。
すごい恥じらいで、すごい敏感なのにも驚いた。
すごく尽くしてくれもする。
3回目にセックスした後には「お腹が空いた」といえば近所のスーパーでそうめんを買ってきて茹でてくれて、缶詰のさくらんぼをちょんと乗っけて食べさせるという優しさは熟女にしかないものだった。
いつのまにか、玲子から受けた相談だけは、智子に丸投げされていた。
4回目に会ったあとには「車検代を落とした・・・」と肩を落とすと心配してくれて、翌日には貸してくれたりした。
たぶん、まだ若い自分には、爽やかなお願い力が残っていたと思われる。
ちなみに車検代は20万円。
もちろん落としてもなく、2日後にはきちんと一括返済して、次は物損事故で保険が使えないなどの名目で50万を振っている。
千香さんとは8回ほど会ってからは「主人にバレそう」と難航していたのが、44歳の智子に次への興味を向かわせた。
40代熟女の恥らいがすごすぎた
2回目に智子と会ったときには、お台場のグランパシフィックホテルの最上階のラウンジに連れて行く。[編者註42-2]
ワインを飲ませて「出資者がいる北海道まで一緒に行ってください」と弁明を続けた。
子ども扱いしてお説教をされた仕返しも含まれていた。
家庭の奥さんを長年やっていた智子は、夫以外の男と2人きりで夜に出歩いてワインを飲むことですら未経験だったのだ。
前回と違って楽しそうな様子の智子からは、もう弁明は必要なくお説教もなかった。
また次に会った時には、新橋の第一ホテルのダイニングにいき「小野寺さんにはなんでも話せます」とカクテルを飲ませて、智子も「離婚ってすっごいエネルギー使うのよ」などと話す。
いつのまにか、玲子からの相談はどこかにいっていたのだ。
バーから出てキスをしたときだった。
唇を合わせた途端に、智子は「ううっ・・」と膝から崩れ落ちたのだった。
《 北斗の拳 》の雑魚キャラでしか見たことがない崩れかただった。
崩れた智子にも「年下って嫌いですか?」と迫って車に乗せて部屋に連れ込んだ。
16歳も年上で、あれほど大人に見えた智子なのに、セックスになると関係なかった。
「恥ずかしい・・・」ばかり言って胸やお腹を隠したり、挿入されてからは必死に声を我慢してたり、腰を乱打すると驚いたように逃がれようとジタバタしてる。
44歳にして男性経験が、夫を含めて自分で3人目。
存分に勃起に触れたことがないのだった。
セックスした途端に聞き分けも良くなってる。
上から目線の好意の言葉にも照れているし、ほどなくして「小野寺さん」から「智子」と呼び捨てにもなったが従うように返事もする。
これほどまでに態度が変わるとは。
そもそもの玲子の件も「悪いのは玲子さんよ」とまで言い出してもいる。
不思議だった。
一回り以上も年上で、PTAの会長もやったりして、分別も常識も信頼もある社会生活を送ってきた智子が、最初は敵意すら見せていたのに、どうしてこんなにもあっさりと好意を持ってくれたのだろう。
こんなにも一気に逆転することがあるのか・・・と驚きもした。
44歳の智子といい、42歳の千香さんといい、36歳の玲子もそうだったし、28歳の自分は勃起の威力としか考えられなかった。
婚約指輪を質屋に入れたのが発端となり別件逮捕
千香さんからは、泣きながらの電話が来たのが最後だった。
これ以上あの人に近づいたら浮気してることを旦那にばらすわよ、と智子から攻撃されたのだった。
「わたし、家庭は壊したくないの・・・」と関係があっさりと終わってしまった。
50万を取っただけで。
『余計なことしやがって』とも『これはいける』とも智子にいきり立った。
『いける』というのは金を取るということあった。
離婚した元旦那が、勤めていた上場企業を辞めることになって、退職金のかなりの部分が智子に慰謝料として入るというのをちらと耳にしていたからだった。
上場企業の勤続20年の退職金だから、そこそこの金額だろう。
どうやったら、慰謝料を優しく取り上げられるのだろう。
そんな策を練っていたときのベッドの中の会話だった。
「結婚指輪は給料3ヶ月分だった」との話となって、そんなのは昭和の宝石業界の売り文句だと斜に構えるのが常の自分は、未だに信じてうっとりしている智子が気に障った。
結婚指輪は離婚してドブ川に投げたのだったが、婚約指輪は取ってあるという。
まだ結婚してないときに受け取った指輪だから、それは別物だと言う。
自分が大人だったら、女の幸せとやらが込められている指輪の思い出と、元旦那への悪感情は別物なのだろうかとの気づきも、健気な可愛らしさも感じていたのかもしれない。
しかし28歳の自分は、押し倒して挿入して打ちつけだけだった。
オレも好き、やっぱり元旦那も好き、この淫乱ドスケベ雌豚がぁ・・・と怒りの勃起が湧いてきていた。
「オレと付き合うのなら婚約指環もドブ川に捨てれるよね」と迫ったのは、慰謝料召し上げ計画の前振りのつもりだった。
決断とは、断って決めると書く。
何かを断たせなければ決まらない。
「うん、捨てれる」から「やっぱり捨てれない」のウダウダがあり「どうせタンスの肥やしになっているだけだし、それだったら自分が質屋に持っていく」となったのだった。
婚約指環のケースは手渡された。
プラチナの立て爪の台座にダイヤが輝く上質なものだった。
質屋で8万になった。
現金を財布に納めたときは気持ちよかった。
質札は鼻息荒く破り捨てて、側溝に捨ててやった。
この婚約指環を取り上げたのが失敗だった。
慰謝料召し上げ計画には、余計な指輪収奪だった。
ご機嫌取りで、のちに強盗被害に合う宝石店にたまたま連れて行って、お互いに苛立っていたから、くだらないことで店内で痴話喧嘩の類になったのだった。
28歳と44歳の痴話喧嘩が、店員には違和感もあり不審に見えて印象に残ったらしい。
これだけだったらなんてことはない。
だけど、運が悪かったというか偶然が重なった。
自分は知らなかったが、まず宮沢さんの周辺が強盗事件で逮捕されていた。[編者註42-3]
そのうち1人からの携帯から、自分の携帯に複数回の発信があった。
発信の内容は、事件にはまったく関係ない。
共通の知り合いの宮沢さんの居所について聞かれただけだったが、なぜか警察は発信履歴は重視する。
ここで自分は、強盗事件の関与の疑いが警察には持たれていた。
さらに田中と名乗る人物の指示があったという複数人の供述から、携帯の発信履歴にある田中が怪しいとなったのだった。
2人以上の供述があれば、重要参考人から容疑者となるようだった。
それにしたって、全国に田中など何万人もいる。
そんな田中など偽名に決まってるじゃないか。
ともかく、そんな状況に宝石強盗の発生が加わり、店員の証言も重なり、とりあえず別件逮捕とでもなったようだった。
日頃の行いが悪いとこうなると思い知った前回の逮捕だった。
– 2020.10.16 up –