中野あき、17歳の高校生、援交で新宿にきたところをスカウト通りで声をかけて


年末のスカウト通り

新宿駅東口からは、次から次へと人が押し出されている。
暗くなりかけたときから、さらに人が多くなってきた。
何かの行進のように、また行列のように、押し寄せてどこかに向かって歩いていく。
自分は歩を進めてコンタクトするどころか、雑踏のなかでジャマ者のように立っていた。

新宿マイシティー
スクランブル交差点から見た新宿マイシティー

思うように動けないことから、気が乗らない。
時計を見ると、さっきから5分しか過ぎていない。
もう30分は、その雑踏の中にいたような感覚がある。
ただ年末という以外に意味もないような人の集団が、意味もなく時間まで進めているようだった。
こんなときの1人歩きの女のコは、なぜか目に留まる。
ゆっくりと人と人の隙間を縫うように2歩3歩と進みながら、軽く手を挙げた。
彼女は通りすぎながらも、顔だけこちらに向けた。

「どーも」
「・・・」
「これから歌舞伎町?」
「・・・」
「ちょっと聞いてくれる?」
「・・・」

彼女に合わせて歩を進めながだったた。
押し合うような人の流れに、一旦、彼女との距離が途絶えたが、それでも大股で3歩ほど進むと追い付いた。
彼女は歩を早めるわけでなく、チラッとこちらを見る。

「こんちわ」
「・・・」
「ちょとあやしいかな?」
「・・・」
「ヒマなところ悪いんだけど」
「・・・」

多少うつむき、それでも口元には微かな笑みが浮かんだ。
返事はなかったが、無視してる訳でなく聞いてはいた。
この場合、ナンパ待ちか、ひやかしか。
その時、前方から1人の男が「・・・いいですから」と割って入ってきた。
不機嫌そうにこちらをにらみ付けてから歩いていく。
なんだ、連れがいたのか・・・。
自分は軽く頭を下げ、元の場所に戻った。
今日、こんなことは2回目だったし、普段はまずないことだった。
あぁぁ。
ペースが狂うな。
もう、帰ろうかな。
いや、もう少しコンタクトするか。
というより、今年の仕事納めは何日にしようか。
そんなことを今日は何回考えただろうか。

援交女は風俗嬢にならない

立ちすくしていた。
全体が黒い色彩になっている人混みに、赤いコートでキンパのコが目に入った。
なんだか気が乗らないが、1歩踏み出すのが合図のようにして行列のような人の中を歩きはじめた。
赤いコートの彼女にも、ゆっくり歩いても追い付いた。
腕をポンポンとすると、以外なことに、こちらを振り向きざま立ち止まった。
丸顔で目がクリッとしている。

「どーも」
「・・・」
「あやしい者だけど」
「・・・」

少しだけニコッとしたが、視線はじっと自分を見ている。
警戒・・・、というわけではなく、クリッとした目がこちらを探っているようにも感じた。
すぐにアプローチに入ったほうがいい。

「AVだけど」
「・・・AV?」

すぐさま確めてきた。
警戒を飛び越えている。

「うん、AVなんだ」
「・・・そーゆーのはしない」
「あぁそう。なんでだろ?」
「・・・」
「どうしたの?」
「・・・てゆうか、もうすぐ死ぬから」
「そういうこというなよ」
「もうすぐ死ぬからいい」
「どうしたんだよ?」
「・・・友達が死ぬっていうから」
「・・・」

考えてみれば、初対面でいきなり「死ぬから」といわれるのも変な話だ。
が、こんなことは何回もあったので大して驚きもなかった。
友達と一緒に決めたから・・・と彼女は理由を言う。
よく分からなかったし、はっきり言ってこの手の理由など分かるつもりもない。
ただつまらなそうな彼女の表情を見ていて、なんていうのか、純粋とも危うさとも暴発ともとれる若さを感じた。
その種の純粋さを感じたことが、見た目はハタチ前後だが、もっと若年か・・・と連想させた。
そして危うさ暴発さという部分のキーワードが、すでに自分のなかで、うっすらと風俗というカテゴリーに繋がっていた。

「よく新宿は来るの?」
「ううん。きょうは用事があってきた」
「ふーん」
「・・・」
「遊ぶ約束?」
「ううん。 ・・・ちょっとね」
「・・・援交だろ?」
「・・・うん」
「だったら風俗しろよ」
「やらないよー」

彼女はおどけるように言う。
ズル賢い笑顔も見せた。
この女のコは風俗店には所属しないな・・・、という見極めはあった。
この手の援交オンナは風俗嬢にはならない。
バイバイするか・・・とも思った。
だけどそんな彼女と雑踏の中で立ち話をすると、以前からの知り合いに会ったかのような、これもまた妙な親密感が沸いたのも確かな気がする。
気分転換をしてからスカウトしようと、クレープを食べることになった。

「わたしと援交しようよ」

彼女の名前はアキ。
年は18歳だと言う。
歌舞伎町交差点にあるマリオンクレープを食べながら、彼女が聞いてきた。

「いつもこんなことしてるの?」
「そうだよ」
「それで、AVとか風俗に紹介するんだ」
「そんなようなものかな」
「ふーん」
「・・・やっぱりクレープは、カスタードクリームだよな」
「あー、誰かとセックスしたい!」
「・・・」
「セックスしたーい!」
「・・・声でかいよ」
「ねえ、わたしと援交しようよ」
「オレはしない」
「なんでー。いいじゃん、しようよ!」
「カネ払ってていうのはダメ」
「大サービスで5000円でいいよ」
「しない」
「じゃ、3000円」
「いや、いや。金額じゃない」
「ふーん」

最初は明るくはしゃぐように彼女は言ってたが、自分が返事をするとつまらなそうな顔をした。
会話が途切れた。

「正直いえば、アキとはセックスはしたいよ。オレ、スケベだから」
「・・・」
「だけど、したいって思ったオンナに、カネ払っていうのは、1回しかしたことない」
「ふーん」
「そんとき後悔したな。なんだか。だからイヤなんだよ」
「・・・しないほうがいいよ」
「なんだよ。さっきしようって言ったくせに」
「・・・汚いオヤジになりたいの?」
「えっ」

からかわれたのか。
しかしなにも言わなかった。
それからクレーンゲームをして、チョコと飴とラムネをいくつか獲得。
アルタ前広場まで歩いて、鉄柵に腰掛けてからそれらを分配した。
それだけのことではしゃぐ彼女を見て、自分も楽しい気分にもなった。
鉄柵は腰掛けている人で満席になっている。
チョコを食べていると、実は17歳の高校生だと彼女が突然に明かしてきた。
そんな感じはしていた。
両親のこと、学校のこと、友達のこと、なんてことはない普段の日常生活のことを、彼女はよく話した。
彼女がさっきまで「死ぬから」と、つまらなそうに言っていたことをふと思いだし、自分は行き交う人の足元を見ながら、相槌を打ちながら聞いていた。
人出の割には空気はなんとなく澄んでいた。
それほど寒くはない。
表面上は彼女も雑踏も、まったくの平穏さがあった。
去年の12月もこんな平穏な空気の日が続いていた。
そんな空気のとき、歌舞伎町の裏ビデオ屋に手製爆弾が投げ込まれた事件があった。
犯人は、地方から上京して歌舞伎町をうろついていた17歳の少年だった。
同じような空気を今年の12月に感じたとき、なぜか去年のその事件を思い出し、なんとなく今年の12月にも似たようなことが起きるんじゃないかと感じていた。
そしたらこの前。
東口を出た路上で、16歳の少年がナイフで通りかかりのサラリーマンを人質にして、警官隊と対峙する事件が起きた。
その日も天気がよい、空気が澄んだ日だった。
なぜ空気を感じただけで、今年も新宿で何かが起きるなんて思ったのだろうか?
ごく普通の彼女の話を聞いていて、新宿の空気のことなど、そんなクソガキが起こしたしょうもない事件のことなど思い出したのだろうか?
なんていうのか上手く説明できないが、共通のアンバランス感がこの新宿の12月の空気に、雑踏に事件に、彼女にも含まれてる気がした。

彼女は別れるときには、死ぬと言ったことも、援交をすることも、すっかり忘れたかのように帰っていった。
東口に向かう彼女に「じゃあね」と軽く手を挙げる。
彼女は明るく笑いながら、大きく手を振りがなら、雑踏の中で声を張り上げた。

「うん。よいおとしを!!」
「あ。・・・ん。・・・よいおとしを」

そのとき、これで今年は仕事納めにしようと決めた。
一団にまぎれて少し歩いてから、帰る前に佐々木とメシ食べて酒でも飲むか・・・、と携帯を取り出した。

– 2003.7.4 up –