供述調書の作成の流れ


刑事は縄師でもある

聞き取りだけで午前中は終わる。

留置場に戻るために若手が内線で呼ばれたのだが、そのときに彼が『井沢君』であることを知った。

笑顔が素顔というような井沢君が入室してきて、手錠をはめ直して腰縄を連行スタイルにして留置場に戻る。

官弁を食べて、また留置場から出場して、また取調室にいき、また井沢君がしゅっしゅと腰縄をほどいて取調べスタイルに結わえている。

一人前の刑事になるには、なによりも縄の扱いを習得しないとなのだなと感じさせる。

刑事とは縄師でもある。

いやいや、今はそんな井沢君の縄師っぷりよりも、まずは自分の身だろと雑念を振り払った。

聞き取りとメモは、午前で一段落ついたのか。

昨日の調書よりは内容が多いからか、係長は余計な話はしないで、バッグの中のものを取り出している。

「じゃ、訊いたことを調書にするけどいいな?」
「ええ」

供述調書の束とボールペンがバックから取り出された。
今日は考える表情を見せることなく、すぐにペンをとる。

本籍地、氏名、生年月日、現住所、被疑事件のあとに、最初の一文が書かれた。

「じゃ、聞いてくれるか?」
「はい」
「本日、平成16年8月9日、本職が新宿警察署において内心の意思に反して供述する必要がない旨を告げて取調べをしたところ、次のように任意で供述した」
「はい」
「昨日も言ったけど、内心の意思はわかるな?」
「はい」
「自分で違うと思ったことは違う、そうだと思ったことはそう」
「・・・」
「わからないことはわからない、知らないことは知らない」
「・・・」
「それでいいから、自分の思いを正直に話すということ」
「はい」
「さっき話した内容を書くからな」
「ええ」

書き始めたら係長は止まらない。
さらさらではなく、がしがしといったように、一文字づつ筆圧強めに書いていく。

供述調書の書式

供述調書は独特の文体だった

自分はなにをするわけでもなく、それを見ているだけだ。

ペン先は迷うことなく、書き損じもなく、2枚を一気に書き上げてから読み聞かせした。
昨日と同じタッチの文章だった。

一文は短かめ。
句読点は多め。
話し言葉の独白調。
主語を省くことがない。

『それ』とか『あれ』などの語句は極力使われない。
全体的にカタカナ語は少ない。

漢字は多用するが、辞書が必要なほどの難しい漢字も熟語も一切ない。
日常で使わないような難しい言い回しもない。
警察用語や法律用語もない。

おおよそは以下のようである。

私は、黙秘権があることを、刑事さんから説明を受けて十分に理解しました。
今日は、営業方法について話そうと思います。

店に来るお客さんは、割引チケットを持つ人がほとんどでした。
私は、割引チケットを、チケットセンターに置いていました。

歌舞伎町には、15件ほどのチケットセンターがあります。
私は、6件のチケットセンターと広告の契約をしていたのです。

チケットセンターには、いろいろな風俗店の割引チケットが置いてあります。
お客さんは、無料でチケットセンターを利用できます。
そして、好みの風俗店の割引チケットを入手できるのです。

黙秘権の説明は全くなかったが、昨日あったからまあいい。
で、今日の供述調書には、供述調書っぽさがある。
文中に箇条書きが交じるのである。

抜粋してみると以下のようである。

割引チケットは私が作成しました。

作成方法は、店にあるノートパソコンのイラストレーターというソフトを使い、プリンターで印刷しました。

使用したノートパソコンとプリンターは押収されております。

印刷した用紙は、ビックカメラの新宿東口店で購入したもので、

・コクヨのA4光沢紙、厚手片面、染料専用
・価段は100枚入りで消費税込み1980円

だったと覚えてます。

どうして値段を覚えているのかというと、私は、いつも同じ商品を購入していたからです。

およそ1週間に、1回か2回、計50回から60回は購入したので、はっきりと覚えているのです。

私は、購入した光沢A4用紙に印刷してからは、3枚に切り分けて割引チケットを作成したのです。

重要なところだからかどうか知らないが、箇条書きされやすい項目は、名称と数字のようである。

初日の身上調書と昨日の供述調書は、時系列ごとに段落を分けて書き進めてあり、言ってみれば1人が独白する物語風に展開していった。

それが、箇条書きによって、レポート風ともいっていいのか。
ともかく供述調書っぽくなっていた。

供述者しか知り得ない秘密の暴露

あと供述調書っぽさは、もう1点ある。
自分の独白の途中で、係長の動作が割って入るのだ。
これにより、取調室でやり取りする様子がライブ感をもって描写される。

詳しく挙げてみると、適時に以下のような一文が1行空けて入る。

この時、本職は、当署生活安全課司法警察員、巡査部長小山田光輝が作成した[押収品目B-1]のコピーを示した。

聞き取りの際に見せられた、割引チケットのコピーのことである。
示されたコピーの隅には[押収品目B-1]との記載はあった気もする。

厳密にいえば、実際にコピーが示されたのは、この時もその時もない。
午前中の係長の聞き取りの流れの中であったが、独白してる最中に『この時・・・』といきなり突きつけられた風になっていても特に不都合はない。

あと気になる点を強いていえば、強いていわなくてもだが、巡査部長の小山田光輝って誰よ、というだけ。

小山田光輝が作成したと聞かされても、勾留されてるこちらとしては「で?」としかいいようがない。
ちなみに光輝は『こうき』でも『みつき』でもなく『みつてる』と読む。

人の名前のことをあれこれいってはいけないが、ひかりかかがくと書いて『みつてる』なんていう神々しい名前は初めて聞いた。

繰り返すが、人の名前のことをあれこれいってはいけない。
自分だって名前に『かしこい』の『賢』がつくばかりに、どれほど名前負けしてると悩んだことか。

なんにしても、多少の違和感がある『この時・・・』の一文の挿入のあとには改行されて独白が続く。

今、刑事さんがコピーを見せてくれました。

コピーされてる割引チケットは、私が作成した割引チケットで間違いありません。

そして、コピーされている割引チケットは、歌舞伎町にある「すぽっと」というチケットセンターに置いてあったもので間違いありません。

割引チケットの裏面にホチキスでとめた地図があるからです。
裏面の地図には、「すぽっと」から私の店までの道順が印刷されてます。
お客さんは、裏面の地図を見て来店するのです。

以上のことから間違いないとわかりました。

取調室で自発的に独白をはじめた自分に、突如として係長が証拠を突きつける。

自分はたちどころに「間違いありません」と認めていくという流れとなっている。

間違いないのは確か。
だけど、聞き取りのときは「間違いありません」などと一言も口にしてないが、きりがないのでまあいい。

神妙に恐れ入ったように認めていくのに抵抗がある。
が、気のせいといわれれば気のせいだろうし、そういうものだろうと自身で言い聞かせた。

供述調書のひとつの形式であるらしかった。
なによりも信用性を高めていくことを重視しているのだ。

押収品は、供述の証拠としてひとつひとつ認めさせてもいく。
供述者しか知り得ない “ 秘密の暴露 ” も交えていく。

もしかしたら、箇条書きにされたA4光沢用紙は、販売されているのかも買われていたのかもビックカメラで確めて、どうせ小山田光輝あたりが書類にするくらいはして、裏付けの資料として分厚いファイルに収められるのかもしれない。

地道に供述調書の信用性を高めていく。

ただこのときは、えらく細かいなと、割引チケットなどどうでもいいのにと、いつまでかかるのだろうとしか考えれなかった。

供述は割引チケットからプロフィールへ、そしてリストへと移っていく。

独白して、箇条書きがあり、小山田光輝作成の証拠品を突きつけられて、神妙に「間違いありません」と認めていく。

ひとつの段落を書き上げた係長は、ボールペンを置いた。

供述調書の加除修正

新たに書いた分の読み聞かせだ。
リストの部分の供述は、おおよそ以下のような記述となる。

女性の写真を見たお客さんは、好みの女性を指名します。

指名がない場合もあります。
45分か60分かのサービス時間も決めます。
本番行為がないことも説明します。

そうしてから、店の男性従業員は、お客さんに料金を伝えて支払いを求めるのです。

お客さんから料金をいただいたとき、

・リスト

と呼んでいた用紙に丸印を記入しました。

リストはフロントのカラーボックスの上に置いていました。
リストは、A4コピー用紙で、ノートパソコンのエクセルに保存してある書式を印刷して使用していました。

先ほどもお話しましたが、ノートパソコンとプリンターは押収されております。
リストの書式は、部屋番号ごとに線が引かれて枠となっております。

枠内には出勤してきた女性の名前を記入します。

そして、お客さんから料金をいだだいた時点で、該当の女性の枠内の欄に小さな丸印を記入するのです。

お客さんのサービス時間が終わる時刻も記入します。
お客さんが退室したときには、丸印を黒く塗りつぶします。
目印として黒く塗りつぶしたのです。

この時、本職は、当署生活安全課司法警察員、巡査部長小山田光輝が作成した[押収品目B-3]のコピーを示した。

今、刑事さんがコピーを見せてくれました。

コピーされている用紙は、逮捕の当日に使用していたリストに間違いありません。

どうしてわかるのかというと、店が捜査された日に出勤していた、トモミこと佐野景子さんの名前があるからです。

名前の欄に記入された時刻を見ると、刑事さんたちが突入してきた時刻に、佐野景子さんは、5号室で接客していたことがわかります。

以上のことから間違いないとわかりました。

大泣きしていた彼女を思い出したのがそうさせたかもしれないが、店が壊されたときの苛立ちも同時に沸いた。

とたんに文章のくどさが気に入らなくなってくる。
小山田光輝もしつこく現れている。

なにが巡査部長だ。
勝手に押収して勝手に作成するな。
こそこそしやがって。
なんなんだ光輝って。
ぜったいに光り輝いてないし。

だいたいが小山田にしても、小山なのか、山田なのか、小田なのか。
煮え切らない。

内心で小山田光輝に八つ当たりしてると、読み聞かせした係長は確かめてきた。

「これでいいか?」
「・・・」
「なにか、違うか?」
「ホント、どうでもいいんですけど」
「ん、なんだ?」
「突入してきたってなんですか?」
「突入してきた・・・?ああ、これか?」
「まあ、いいですけど」
「刑事さんたちが突入してきた・・・、じゃないのか?」
「なんで、凶悪犯の扱いなんですか?」
「そうか?」
「突入って、こっちが立て篭もって抵抗していたみたいじゃないですか。普通に営業してたのだけなのに」
「それは、田中君の考えすぎだな」
「いやいや、突入ってそういうもんですよ」
「そうじゃないだろ」
「だったら、オレ、その辺で100人に聞いて回ってみますよ。突入ってそういうもんなんで」
「悪く書いてるつもりはないぞ」
「じゃ、いいですよ」
「いや、書き直そう」
「いいです、そのままで」
「ううん、田中君が内心で違うって思ったことは違うって言えばいい」
「・・・」
「う~ん」
「・・・」
「捜査にきたときか」
「・・・」
「刑事さんたちが捜査にきた時刻に、だな」
「・・・」

迂闊にも熱くなってしまった。
本当にどうでもいいことで。

《 突入して 》には縦2本線が引かれて、横の余白に《 捜査に 》と記入された。

そして、用紙の上部の余白に《 加除修正、4文字削除、3文字追加 》とも記入されて、変更は完了した。

係長が嫌な顔をひとつもせずに修正に応じたのが、これも手口だったんだと思わせた。

どうでもいい小さな修正に応じることで、大筋を納得させる手口。
そんな手口もないとはいえない。

読み聞かせに署名に指印して供述調書は作成される

リストのあとには、伝票、会員証、入客表、シフト表と同じように供述調書が書かれた。

昨日よりは枚数が多い。
誤字脱字も出てきたのは集中力が落ちてきたからか。

間違えた箇所には縦2本線を引いて、用紙の上部の余白に《 加除修正、1字削除 》と記入していく。

自分は読み聞かせ以外は、ただ座って書いているのを見ているだけ。
癖のある字は綺麗とはいえないが、一気に書くのには技を感じた。

背後の窓から夕方を過ぎる気配がするころになって、最終の読み聞かせが済んだ。

供述調書の束は180度回転して目の前に差し出された。
終わりの1行の次に署名して指印を押した。

「それとな、まだ、指印を押すところがある」
「ええ」
「ここな・・・。あと、ここもな・・・」
「・・・」
「ここもだな・・・。ここもな・・・」
「・・・」
「あれ、まだ、あるな、ここも押してくれ」
「・・・」

加除修正の箇所だ。
すべてに指印を押し終えると係長は説明した。

「こうして、修正した部分に本人の指印を押すようにしておけばな」
「ええ」
「あとになって警察が勝手に書き換えられないだろ」
「警察は書き換えしてたんですか?」

つい悪意の質問をした。
係長は苦笑いしながら、供述調書の最後の1枚にカーボン紙を挟んで署名をする。

直後の係長のため息は、集中が途切れたものだった。

「人をひとり拘束するってのは、そんな簡単なことじゃない」

供述調書というのは、その日に書きはじめたら、その日に締めくくらなければならないようだった。

出来上がった供述調書を机の脇に置いた係長は、さきほどの悪意の質問に答えた。

「昔はな、調書の書き換えもあったらしいな」
「じゃ、調書なんていらないじゃないですか」
「だから今は、こうして指印を押してから俺も署名している
「しかし、いつまで調べが続くんですか?」
「まだ明日もある。明後日もあるし、しばらくはかかるな」
「気が遠くなりますね」
「そうか?」
「もっと簡単にならないんですか?」
「ならんな」
「こういってはなんですけど、それほど重大な事件じゃないですよね?」
「そんなことはない。殺人でも、こうやって同じように調書とるから」
「殺人と風俗は違うじゃないですか」
「あのな、田中君」
「はい」
「人をひとり拘束するってのは、そんな簡単なことじゃない」
「・・・」
「どんな小さな事件であっても、相手がどんな人であっても、その人の人生がかかっているんだぞ」
「・・・」
「だから俺だって必死で書くよ。どう書けばいいんだろって、メシも食べれないときだってある」
「そうですか」
「そうだよ。今日の昼だってうどんだよ。素うどん」
「すみませんでした」

本当に必死に書いているんだ、とは伝わってきた。

供述調書と比べてはいけないが、自分だって日記を書くときには大きくエネルギーが燃やされるのがわかるので、必死に書くというのがどのようなことなのかは一応はわかる。

書類の作成をしてるのではないのだ。
悪気もなくとんでもないことを軽く口にして、思ってもなく相手を傷つけたときの後にくる小さな反省の念が沸いたようだった。

そのようなことがちょいちょいとある自分だったので、そこは素直に謝った。

係長は笑いながら腕時計を見てから「ええ!」と目を開いた。
すぐにでも雑談を終わらさなければ、留置場の夕食の時間になるのだった。

急いで内線で井沢君が呼ばれた。

縄師となった井沢君は、手錠と腰縄を取調べスタイルから連行スタイルにしゅっしゅと結わえ直す。

2階の留置場へ戻ると、すぐに夕食だった。
房内で、官弁を突っつきながらはっとした。

係長の素うどんは手口だ。
本当は天玉うどんくらいは食べている。
素うどんをちらつかせて、良心に訴える直球できたんだ。

いきなり緩い球を投げられると空振りしてしまうのと同じで、つい素直に謝ってしまった。

直後の係長の笑いは、勝負に勝った満足の笑いだ。
やられた。

しかし難しい気がするのは、怒声や威圧でくる手口よりも、やんわりと静かに情感で寄せてくる手口のほうだ。

係長は後者の手口を試したのかもしれない。
明日からは気をつけなければだ。
雑談になど応じてはだめだ。

係長の昼メシが素うどんだろうが、たとえ鴨南蛮であろうが、自分が謝ってどうこうなるものでもない。

こっちは官弁を食べてんだ。
そんな人が良いことでどうすると、もっと悪人になれ、ふてぶてしくなれと自分を叱咤した。

– 2020.8.18 up –