スカウトマンが話す内容


歌舞伎町浄化作戦でスカウト特需

3日連続でスカウト通りに向かった。
西向天神社の石段を下りる。
天気は薄曇り。
微風。

石段は30段ほどある。
西向天神社は段丘の上に位置していて、石段は南西を向いている。

江戸時代には、ここからずっと向こうの正面にある富士山が見えたと境内の案内板にはある。
空の向こうを眺めてから石段を下りた。

もう1日だけ、遠藤と谷口と一緒に動いてやってくれませんかと、島田にお願いされたのだった。

島田は、ホストから紹介された女の子を面接に連れていくので手一杯らしい。
歌舞伎町浄化作戦で、スカウトに特需が発生したのだ。

歌舞伎町の状況を目にして、都内全域で違法営業の店舗型風俗店の廃業が相次いでいた。
残存した許可店に女の子が集中していた。

どの店も個室に限りがある。
となると、在籍にも限りがあり、面接にもタイミングが生じる。

需要と供給というのはどの仕事にもあるようで、スカウトに問い合わせが寄せられて、忙しくなっていたのだった。

電話ではなくてメールでもいいのか?

昼過ぎのスカウト通りでは、遠藤は声をかけていた。
街路樹の傍らに谷口は立っていた。
さっそく谷口が確かめてきた。

「昨日の女、どうでした?」
「ダメだった」
「そうだったんですか・・・。あのあと、どうしたんですか?」
「ふつうに話したけど、やらないって」
「どこにいって話したんですか?」
「コマ劇前に腰掛けてかな」
「え、店とかでお茶じゃないんですか?」
「んん、お茶は見込みがある女だけ」

クラブもホテルも言わなかった。
言ったものなら、2人はそれが正解だと思ってしまう。

せっかく教えているのが、ややこしくなってしまう。
わかなの扱いの正解は、やらないと見切った時点でバイバイして、次を当てるところにあった。

正解ではないが、わかなは残念だった。
電話番号とメールを交換したのだけど、約束した昼の電話には出ることもなく、折り返しもない。

調子にのって「ドスケベわかな!」などと、さんざんと言葉責めしてしまったのがいけなかったのか。

でも、そんなに嫌がってはなかった。
『風俗ごっこ』もしたのも、よくなかったのかもしれない。

でも、わかなは従順に全身リップも玉舐めもしてくれてもいた。
アナルの処女を奪ったのがよくなかったのか。
未経験と聞くと、どうしてもしたくなってしまったのだ。

痛くならないように丁寧に指入れも施したし、わかなは「ウソ・・・」と呻きながら応じてくれた。

セックスで女の子の態度は変化するものなので、そこを期待もしたのに。

実際は、セックスで態度が変化したのは自分のほうで、<賢一だよ!元気?>などと浮かれてメールもしたのに返信もない。

自分が遊ばれただけだった。
素をさらけ出しすぎたのだろう。

たぶん自分は、スカウトとしてだと幾分かは丁寧に女性を扱うが、個人としては最悪の部類に入るのと彼女は見切ったのだろう。

久々にしょんぼりした。
3年ぶりの出来事だったので仕方ない・・・と、ここにくるまでに秋の空を見上げて自分を慰めもした。

失恋に似た少しだけ寂しい気持ちの自分のことなどおかまいなく、谷口は質問してくる。

「女とは番号交換でなくて、メール交換だとダメなんですか?」
「どうなんだろ」
「今は、メールしてる女がほとんどじゃないですか?」
「んん、いるね、メールがいいっていう女」
「僕も、メールだったら話せるんで、どうかとおもうんですけど」
「オレが電話を主に使うのは、結局、事務所(AVプロダクション)でも店でも、女とは電話でやり取りするから、電話がとれる女でないとってあたりかな」
「そうなんですか・・・」
「あとは、メールにこだわる女って動きが悪い気がするし、メールだと余計なことまで伝えやすいし、話してるときみたいに微調整ができないし、ラッキーがない」
「ラッキーですか?」
「んん、ラッキーパンチ。偶然に笑えたり、なんていうのか、突然、話が変わったり決まったりするっていうのか」
「う・・・ん」
「基本、電話でもメールでも内容を話さない。予定を入れたり、約束したり、確かめるだけだな」

番号交換ではなくてメアド交換だったらいいという女の子も多い。
連絡はメールでという女の子も多い。

それらは後回しにしてるうちに、手付かずとなるのがほとんどだった。

どうせ手付かずとなるのだからと、メールにこだわる女の子には『メールは苦手なんだ。ごめんね』とメアド交換もしないでバイバイするようになっていた。

それをしてもいいほど、スカウトするときは電話でのやりとりのほうがやりやすい。
メールは『やってみたら』としか、いいようがない。

声をかけた当日の面接か、連絡をとって後日の面接か

女の子の一人歩きが続いていた。
谷口の質問も続いていく。
こうなるとは思っていたが、すべて答えようと決めていた。

「その日のうちに面接に連れていくのと、番号交換して後日に話してから面接にいくのと、どっちがいいんですか?」
「後日のほうが、気持ちは固まっているな。その日のうちにってのはトビも多いし」
「そうですか」
「あとは、その日にどうこうってのは、女が嫌がるからな」
「やっぱそうですよね、ほどんどの女が、約束があるとか、時間がないとか、いいますからね」
「んん」

はて。
谷口は『ほとんどの女が』というが、路上で話している姿どころか、声をかけている姿すら一度も見たことがないのだが。

恐ろしいことに、話を聞いているだけでスカウトが出来てる気分になっているのか。

可笑しかったのだが、質問にはすべて答えよう。

「なんがなんでもっていう焦りを見せたら、女は逃げるからな」
「そうですよね」
「最初だけは、強引さは見せないほうがいい」
「はい」
「いつでもいいよって、話だけだよって。また日を改めてってところから番号交換になったという流れかな」
「じゃあ、後日のほうがいいですね」
「そこは、どっちがいいってよりも、相手の都合を第一にするってだけだな」
「そうですね」

どうやら谷口は、いっぱしのスカウトになった気分のようだ。
懇切丁寧に質問に答えすぎたのか。

「ごはんくらいだったらいいよ」という女性は楽しんでいるだけ

教えるって、つくづく難しい。
スカウトってもっと単純なはずなのに、教えようとすると難しくなる。
谷口の質問は続く。

「女とメシは食べたほうがいいんですか?」
「最初からはしないほうがいい。話を聞かせる姿勢が崩れる」
「そうですか」
「あと、女のほうから言ってきた場合もしない」
「なんでですか?」
「これはもう、やってればすぐわかるけど、ゴハンくらいだったらいいよって言ってくる女の子は、おごってねっていう癖がついているだけから。けっこういるよ」
「いますか?それだったら、そういう女、狙うのもアリですか?」
「アリかどうかはわからんけど、相手にしてたらキリがない。もう、スカウトじゃなくて、お友達つくりとか、ナンパとかの方向になるんじゃないかな」
「なるほど・・・。それじゃ、スカウトとナンパのちがいって何ですかね?」
「目的のちがいでしょ。だから女にも最初からそれをわかってもらわないといけない。最初から。スカウトなんだよって関係を押し付けないといけない」
「はいはいはい」
「ゴハンっていってきたら、すぐに応じるんじゃなくて、スカウトの関係を押し付けていかないと。それからだったら、メシもいいとおもう」

谷口は1人でなにやら分析をしてつぶやいて、大きく頷いている。
それが少しばかり、いらっするのはなぜだろう。

下手に話せば勝手に良い人と思われる

歌舞伎町ならではの彼氏が元ホストという女の子

すでに遠藤は、1人と番号交換をしていた。
「これで、田中さんとイーブンですね」と、昨日は速攻で見せつけてやって打ちのめしたつもりだったのに、勝負をまだ続けている気でいる。

で、番号交換した女の子は、21歳。
彼氏が元ホスト。

今は歌舞伎町で風俗をしている
以前に1ヶ月ほど、おっパブをやったことのある経験者。

「そこまで話したのだったら、もう早い。あとは、やるかやらないかだけだな」
「う・・・ん」
「どうした?」
「田中さんは、ありのまま話せばいいっていうすけど、やっぱ途中で、なんて話していいのかわからなくなったす」
「どう話した?」
「今度は、時給4000円って話したんすけど、考えてみるでした」
「そうか。経験者でその返事だと、断りだな」
「そうですか・・・」
「食いついていたら、もっと質問が出てるけど、そんなのなかったんじゃない?」
「はい」

遠藤が残念そうな顔をしてうな垂れた。
話す内容は、ありのままでいい。

正解も不正解もない。
自分の感じたとおりに話して、相手が『うん、そうだね』と頷くのが正解となる。

説明がよくできなかったら『よくできない』と言えばいい。
わからないことは『わからない』と言えばいい。

スカウト初心者だったら『初心者で』と言えばいい。
どうしようと思ったら『どうしよう』と言えばいい。

流暢に話すよりは、少しぐらい下手に話すほうがいい。
下手に話せば、勝手に良い人と思われる。
『良い人』というのは、相当ポイントが高い。

時給で釣るのは安直すぎるスカウト方法

あとは『なにを話すか』よりも『どう話すか』のほうに留意する。
話すことなど限られている。

遠藤は話しすぎのようだ。
同じ話す内容でも、マシンガントークだったり、前屈みだったり、焦りをみせたり、そんな話し方では相手に通じない。

すべてが嘘っぽくなる。
それに、時給で釣るのは安直すぎる。

最初からは時給はこちらから言わないと、お金の話は後でいいと、昨日もアドバイスしたのに。

まずはその点を、きちんと改めさせたいが、なんといったらいいのだろう?

「その女が断りだっていうのはさ」
「はい」
「経験者で彼氏が元ホストっていう状況だったら、時給4000円どころか、時給6000円だ、7000円だ、くらいの話は今までに聞いている」
「はい」
「テキトーなスカウトがほとんどだから。そんな中で、正直に3000円です、4000円ですといったところで、鼻でふっと笑われて終了だよ」
「・・・」
「そんなのに対抗して、こっちは時給8000円だといえば、面接には連れていけるよ。それもひとつの手だけど、そんなテキトーなスカウトだと、テキトーな女しかスカウトできない」
「・・・」

どうしてもお金が必要な女の子は、スカウトする前にとっくに自身で動いている。

もちろん、お金が必要と切羽詰っている女の子をスカウトできるときもある。

しかし、スカウトバックが多大となる女の子は、お金に追われてない女の子が多い。

スカウトの狙い目は、その女の子になる。
それらの女の子をお金をかざしてスカウトすると、以外と打たれ弱くて続かない。

『お金のため』という言い方は、万能でもあり速攻でもあるが、原動力としては脆い。

「いい?女だってバカじゃない。テキトーなスカウトは、すぐに消える」
「・・・」
「そういう、テキトーな土俵には上がらない。それも、ひとつの手」
「でも、田中さん」
「んん」
「時給8000円の店なんてあるすか?」
「あるよ、キャバクラだと、時給9000円だ、時給10000円だって店もある」
「あるすか?」

こういうと多分、遠藤も谷口も、時給8000円だ10000円だをふりかざしてスカウトしてしまう。

スカウトのときは、お金は後押しに使うべき。
お金は目的にしない。

「座って話すか」
「はい」
「そこで、大判焼でも買うか」
「はい」

なんといったらいいのだろう?

スカウトバックが多大になる女の子というのは、突然であって、曖昧さがあって、十分に考えて迷っていて、そういうバランスの中でスカウトができる。

目的と言い訳と後押しもバランスをとりながら話す。
『お金のため』を目的にして話すと、バランスが崩れてしまう。
打たれ弱さにつながる。

スカウトは現実を話す

靖国通り沿いには、地下街のサブナードへ降りる階段が数箇所ある。
人はまったくといっていいほど通らない。

スカウト通りの隣だし、この季節にはちょうどいい階段だった。

大判焼のカスタードとチョコと、あとは缶コーヒーを買って、3人で階段に座った。

あまり下のほうに座ると、巡回しているガードマンに「座らないでください」と注意されてしまう。

「いい?時給8000円とか10000円とかの店は、21時から24時までの3時間しか出ない」
「じゃあ、時給8000円ってことは、日給24000円ってことっすか?」
「そこから調整する。丸々は現金で出さない。源泉だの、福利厚生だの、衣装代、ヘアメイク代って引かれて、ノルマもある。そのノルマをこなすためにプライベートな付き合いにも金がかかるし」
「はい」
「ノルマこなさなかったら罰金もある。ヘタすると、時給3000円のほうがよっぽど稼げる」
「そうすか」
「キャバ嬢のこんなに稼いでます、こんな生活してます、というのは募集のための宣伝だから。ほとんどが実際とはかけ離れてる」
「そうすか?」
「ああ、もう、嘘だとおもっていい。募集するための誇大広告だよ。楽して稼げん。時給8000円だ10000円だなんていう言い方は、その誇大広告と同じ」
「はい」
「だから、時給8000円だなんていうスカウトはテキトーだって、同じ土俵に上がるなっていってる」
「はい」
「もっとスカウトは現実を話さないと。残酷でさ、きつくてさ、つらくてさ、じゃあ、どうしようかって話ができないといけない。時給は重要じゃない」
「はい」

遠藤は混乱してきてるようだ。
いろいろとアドバイスしすぎて、自分も上手に伝えきれてない。

割合と早く『どう声をかけるのか?』の1段目は上がれた遠藤だが、続く『どう話すか?』の2段目にはそう簡単には上がれない。

数をこなせばいいのだが、なんとか早く2段目までは上がらせたい。

「その女にも、どこかで座って話そうっていったんすけど・・・」
「んん」
「また、今度ってなって・・・」
「それでいい。経験者は後回しでいい」
「そうすか?」
「その時間を、次の見込みのために使ったほうがいい」

10人も20人も声をかけて無視され続けた末に、足を止めて話を聞いてくれた女の子はなんとかしたいのはわかる。

すぐさまバイバイして次にいくのは惜しい気持ちがあるのもわかる。
が、ここは時間の選択の問題だ。

目の前の女の子をなんとかする時間を、次に歩いてくる女の子に声をかける時間に振り代えるかどうかの選択となる。

今の早い時間で、そこまで女の子と話せた日は、このあとにも話せる女の子が連続して現れる。

スカウトって、そういうリズムというか、波みたいなのがある。
そう話すと、谷口はたちまちスカウト評論家になって納得したようにうなづいている。

遠藤は理解ができないのだろうか。
混乱しているように俯いて大判焼を食べていた。

– 2022.4.1 up –