みほ、23歳、歌舞伎町のキャバクラのバイトにいく途中で足が止まって


金曜日の夜のスクランブル交差点

目の前から歩いてきたのは、ミリタリー風のジャケットを着た女の子だった。
目が合ってからは、そのまま歩いてくる。

「ちょっといい?」
「・・・」

全くの無視。
早歩きになって人混にまぎれていっただけだった。

反対方向に向かい歩く。
前方から1人歩いてくる。

目があう。
ホルターネックの腕がスラリとしている。

「ちょっといい?」
「・・・」
「おはなしだけ」
「・・・」

全くの無視に見える。
若干、耳を向けた気もした。

が、人波に押されて、お互いの歩調が合わない。
自分は立ち止まり、後姿を見送る。

ホルターネックの背中が、腰あたりまで露出してる。
剥きだしの背中を目にした途端、もうちょっと粘ればよかったとうな垂れた。
仕方ない。

目を背けるようにして新宿通りの向側を見ると、青いパーカーの女の子が目についた。
歩を進めて、後ろから肩口をつつく。

少しだけ振り向くいて、目の端でこちらを見た。
1歩大きく踏み込んで続けた。

「・・・」
「とつぜんごめんね」

人の間を早歩きで抜けていった。
人が邪魔だった。

そしたら、向うから歩いてくる女のコと目が合う。
長い茶髪と長袖のワンピースが、細い身体に合っている。

声をかけられると感じたらしく、すぐに目をそらした。
1歩踏み出して声をかける。

「ちょっといい?」
「・・・」
「おはなしだけ」
「・・・」

無視を決め込んでいる様子。
女のコの前で手のひらを上下に動かして『見えますか?』のゼスチャーをする。

「あやしい者ですけど」
「・・・」
「ちょっとまって」
「・・・」

口元で少しクスリとしてから、小走りで距離を空けた。
もうちょっとのタイミングだったか。

そう思いながら、ワンピースが張り付いたお尻の後ろ姿を見送ると、入れ違いで茶髪の女のコが。

サブリナパンツ、いや、最近はもう言わないのか、ともかく8分丈パンツに水色のパンプスで涼しそうな足元。

カットソーの胸が大きい。
立ち止まったまま、軽く手を挙げた。

こちらが声をかける気配には感づいた様子。
歩調は変わらずに下を向いた。

「ちょっといい?」
「・・・」

声をかけると下を向いたまま早歩きに。
横顔の表情は硬い。

突進するような止まらない早歩きで人にまみれた。
見送る。

金曜日の夜のスクランブル交差点付近だった。

夜の歌舞伎町交差点
夜の歌舞伎町交差点を西武新宿駅のほうから見て

さすがに人通りも多いしスカウトも多い。
女のコも慣れていれば、警戒している女のコもいる。

おごってという女の子はクセになっている

時計を見ると時間は19時。
80人以上は声をかけただろうか。

向こうから早歩きで赤のスリムパンツのコがくる。
足を向け近づいた。

そして、ポンポンと二の腕をたたく。
チラッとこちらを見た。

歩調は合っていて並ぶ形になった。
彼女の耳に向かって「あやしい者ですけど」と間抜けそうに言ってみる。

お互い2歩3歩進んだところで、こらえきれなかったかのように「アッハッハッハッ」と彼女は声を出して笑った。

自然2人とも足が止まる。

「ひょっとしてウケたの?」
「うん、ウケた、ウケた」
「やっぱあやしいかな?」
「あやしい、あやしい、アハハハッ」

20代半ばくらいか。
メイクなのか、地なのか、いや目力が強いのか、顔立ちからは性格がきつい感じがする。

スリムパンツの脚が細い。
いまは帰宅途中か。

これから歌舞伎町に行く途中だとしたら、どこかの店でバイトしてるのだろう。

「ま、根は正直なんだけど」
「おもしろいこというね」
「うん、カツオって良く言われる。知ってる?サザエさんのカツオ。もう調子だけは良くって」
「あっはは」

しばらく、面白くもなんともないサザエさんの小話をするが、えらく笑っている。

きつい印象の顔立ちは性格からだ。
サバサバしているというのだろうか。
男勝りな性格が良く分かる。

もうこのコはズバリ突っ込んでもいいだろう。
そう思い「仕事しない?」と切り出す前に「ね、カプチーノおごって」と彼女。

うーん、黄信号だ。
自分は通常立ち話で済ませる。

最初のころは、お茶したりメシ食べたリしていたが、時間と金がかかってしょうがない。
仕事ではなく趣味になってしまう。

経験上、あっさりついて来る女の子はバックレも早い。
また自分からおごってと言う女の子は、クセになっている。
「ごちそうさま」で終わる。

押したり引いたりしながら、イヤイヤしているぐらいのほうがスカウトが成り立つパターンが多い

「まだ話終わってないよ、あと10秒で済むから」
「10秒ね」
「お店やろう」
「もう、やっているよ」
「だから、今日からウチの店で、じゃ、お店こっちだから、いこっか」
「もう、10秒経ったよ」
「まだ、これから話しあるんだから」
「カプチーノ飲んだら、ちゃんと聞く!」

普段だったら番号も交換せず、「そう、じゃあ、こんどね」とバイバイするが、彼女の目は挑戦的に感じた。
なんか面白いことでもありそうな目力。

スカウトは決まらないと感じていたが、彼女の目力に少しだけ興味が沸いた。

それに、もう疲れた。
しょうがない。

相手を泣かすぐらいの気迫で

彼女とは、新宿プリンスのティーラウンジまで行った。
普通のコだったら、せいぜいマクドナルドのコーヒーだが、自分が折れた以上は雰囲気の良い場所にしたい。

オーダーが終わる。

「で、説明してよ」
「何を?」
「おに-さんの店のことを」
「おにーさんじゃなくて、オレ、田中ね」
「ウン、田中さん。話あるんじゃないの?」
「明日から、出勤ね」
「だから考えてるよ」
「うそつけ、どーせやらないだろーが」

何の仕事かは言う必要は無い。
仕事には興味持ってないことぐらい、話の流れでわかっっている。

そのうちに、彼女の目がまた挑戦的になった気がした。

「わたし、キャバやっていてね、バイトで。でもね、今日、店に行こうかどうか迷っているの」
「やめちゃえば」
「ねー、一緒に行こうよ」
「でた」
「いこ」
「ムリ。仕事中だし」
「6000円でいいから」
「なんだよ。オレがキャッチされちゃったの?」
「いこ」
「ムリ。ちなみにどこの店」
「○○○」
「ふーん」

自分は客とは違う、金は客が持ってくるんだ、という話ができなかったらスカウトは失敗する。

実際にスカウトした女のコには、客として店に行ったことは無い。

しかし、たまに女のコから店に来てと電話が有ったりもする。
その場合は必ず待ち合わせをし、その言葉を強くぶつける。

相手を泣かすぐらいの気迫で言ったほうが効果的。
それで、「それほど稼ぎたかったら、AVやれよ」とぶつける。

「オレが行くとでも言うと思った?」
「え・・・」
「いかないよ、オレは」
「・・・」
「これでメシ食ってんだからさ」
「・・・」
「そんな話で茶のみにきたんじゃないぞ」
「それはわかってる」

彼女は、おとこまさりの性格なので、わざと挫けさす言葉もぶつけたほうがいい。

だから、こういう話は断るだけでなく、否定的に言ったほうがいい。

一瞬沈黙になる。

「オレは普段はお茶とかしないよ。趣味でやってるわけじゃないから。でもね、ミホに個人的な興味を持ったからここに来たんだよ。休憩したいってのもあったけど」
「田中さん、めずらしいね。わたしね、よく友達とキャッチ狩りやるの」
「キャッチ狩り?」
「そう、スカウトマンやホストにわざと声かけられておごってもらったり、店に来てもらったりするの」
「どう、あがる?」
「即だよ、即」

なるほど。
そういうやり方もあるんだ。

「わたし、スカウトマンやりたい」

ホストクラブは、初回は5000円程度で飲める。
追加注文や2回目からは料金がぐっと上がる。
女のコが払えなければ、ホストの売掛(店に対して借金)になる。

それにしてもだ。
びっくりするくらい歌舞伎町の路上にはホストが増えてきた。

「ハマッて、カケつくるなよ」
「ハマるわけないじゃん」
「どーせ、初回だけで、その後はいかないんだろ」
「うん、ホストに金使わせるの得意だから」
「その辺うまそう」
「バカしか相手しないから、楽勝だよ」

こういう柔軟な人になりたい。
ますます彼女に興味がわいた。

「今日は、店いこうか、どうか悩んだの。わたし、キャバは合わない。へんなおやじばかりのところで笑わないといけないから」
「うん。なんかそんな感じする」
「いくのやだな」
「なんで、店続けてるの」
「友達が一緒だから、いいかなとおもって」
「ふーん」
「ねえ、わたし、スカウトマンやりたい」
「やらないほうがいいよ。いいことないから」
「できると思う」
「誰かいたら紹介して。ちゃんとバック出すから」
「わしね、高校のときに援交がはやってね」
「うん」
「やるコのアルバムつくって、オヤジに売ってけっこう稼いでいたんだよ」
「自分はしていた?」
「やるわけないじゃん、人にやらせるのが一番いいよ」

めずらしいコだと思った。
援交やるコは多くみてきた。
大概のコは、私30人、私は50人と自慢気に話す。

「めずらしいね、なんでだろう。自分でどうしてだろうと思う?」
「実家、名古屋なんだけど、大門ってしっている?」
「知ってる。ソープ街でしょ」
「そのど真ん中なの、だからじゃない」

10代のころ家出して、名古屋市中村区に少しだけ住んでいたことがある。

大門はそこから歩いて20分くらいのところにある、独特の雰囲気がある街だった。

ヒマなときブラブラ歩いたりしたが、昔赤線地帯だと聞いた。
それで分かった。

生まれながらの肉食人種だったんだ。

「私は店合わない。ねー、スカウトって大変?1人金にしたい女がいるの」
「金にしたい女?」

彼女の目はまた挑戦的な目になってきた。
しかしこの目は自分に対してではなく彼女の習性なのだろう。
だんだんと彼女がつかめてきた。

「1人だらしがない女がいて・・・(略)。それで・・・(略)」
「うん・・・、うん・・」

学校に友人関係に借金ばかりしてるコがいる。
借りてる金額は結構な額になる。

悪い男がくっついていて、いうがままにキャバクラで仕事している。

周囲はあきれてるが、本人は全然気にもしてない・・・とのことだった。

「どうしたらいいと思う?」
「その場合、裏引きがいい」
「裏引き?」
「そう、彼女の客つぶして、金引っ張るの」
「どうやって?」
「段取りさえできれば、ミッチリとできる。やり方はね・・・(略)」
「ウン・・・」

この手の “ 他人を食う ” 話で、彼女の目はますます輝いてきた。

彼女は頭の回転が速い。
だから、話を飲み込みものも早かった。

こんな女と組みたい。
あと、こういう女とセックスがしたい。

この女と一緒にいれば常に頭回して、隙を見せられない。
適度に緊張感がでる。

緊張感が興奮につながり、性欲にもつながる。
セックスも燃えるだろうな、なんて考えた。

彼女はカレシと一緒に住んでいると言う。
カレシはどんな男なのだろうか。

彼女だったら、それなりの男と付き合っているのではないのだろうか。

そして、だいぶ時間が経った。
夜も遅くなる。

また会うのを約束して別れる。
彼女は西武線の新宿駅に向かった。

今日の仕事は終わりだな、と自分はJRの東口に向かった。
雑踏の中を歩きながら、彼女のカレシはきっと切れ者でいい男だろうな、と考えた。

どんな男だろうな、と思いながらウチに帰る。
で、今日は、智子がウチに泊まりにくる予定。

着いたときはもうメシができていた。
食べて寝る。

自分はウチにいるときは智子にべったりとしている。
ベットの中で智子に抱きつきながら、ハッと思った。

ミホのカレシは、ひょっとしたらドンくさい男ではないのだろうか。

ドンくさいぐらいに人間的に誠実で、正直な感じの男ではないのだろうか。

多分そうだと思う。
いや、おそらくそうだろう。

– 2002.5.28 up –