女性の管理についての供述


留置場の独居房

7時に起床。
順に解錠となって、倉庫に布団を片付け。
掃除に洗面。
房内に戻り施錠となって、点呼がはじまるので着座。

7時30分過ぎに朝食。
朝食が終わると運動。
「運動にいく者、出るように」と鉄格子の扉がガチャリと解錠された。

今日の日直は、広いおでこの暗い目をした留置係。
彼のあだ名はチャッキー。

チャッキー
映画『チャイルドプレイ』のチャッキー

ホラー映画の『チャイルド・プレイ』からきている。[編者註46-1]

彼は規則と自分のペースを大事にする。
ペースを不意に乱されると、顎を上げ気味にして目を剥く。
そのビジュアルは、広いおでこの丸さと相まって、確かにチャッキーだった。

チャッキーは刑事だったのに、自ら交番勤務に戻りたいと願い出て、そのうちに精神を病んで長いこと休職してから、留置係として職場復帰。
それからも事あるごとに情緒不安定になり、休職を繰り返している。

新宿駅西口のヨドバシカメラに出没する。
風景写真に凝っているという。

チャッキー情報を面白おかしく話したのは205番だが、あだ名や経歴や数々のエピソードは、入れ替わり立ち代わりの留置者たちが少しずつ集めて、少しずつ更新していきながら、延々と房内で口伝されてきたもの。

調べもなく、ずっと房内で過ごしている者にとっては、この空間がどれほど退屈なのか。
そこを少しでも面白くしてやろうという形跡でもある、チャッキー情報だった。

チャッキーの立会で、6名が運動場に向かうべく独居房の前を通った。
独居房は8つほど並んでいる。
そのうちのひとつの房からは、ぎらぎらした目で鉄格子を両手で掴んで、じっと見てくる者がいる。
隣の房では、座って下を向いて独り言を呟いている者がいる。

独居房に入る要件は、精神状態が不安定な者、体の不調をやたら訴える者、内服薬が多量の者、大事件の被疑者となっている者、暴力団員を名乗る者となっている。
同じ犯罪者といっても、話が通じる温和な人達と同じ房でよかったと、ほっとする思いだ。

通り過ぎるとき、鉄格子を両手で掴んでいたほうが、いきなり「グリーンピースゥー!!」と奇声を発した。

グリーンピースゥーとは、たぶん、歌舞伎町さくら通りにあるパチスロ専門店のことかもしれない。
決して、国際環境保護団体のほうではないだろう。

なぜ今に「グリーンピースゥー!!」かは不明だが、突然の奇声はチャッキーの勘気には大いに触れた。
チャッキーは、刺激をすると面倒なのだ。
顎を上げ気味に目を剥いたチャッキーは、鉄格子をがしゃんっと蹴った。

「なんだ、オマエ!おい!グリンピースってなんだ!グリンピースがどうした!なんなんだ!お!なにがグリンピースだ!お!座っとけ!座れよ!おい!座れ!座れ!座れ!いいか、じっとしてろ!勝手に大声をだすな!わかったか!大声だすな!そのまま、座っとけ!座っとけぇぇ!」

発狂したチャッキーの怒声と、鉄格子をがんがん蹴る音が場内に響く。
気が滅入ったまま運動場へ入った。
もちろんチャッキー立会の運動中は、各自は無言のままである。

いちばんの幸せとは?

8日目の調べとなる。
昨日、メモにまとめた、女性の管理についての調書の続きを書くことになっていた。

が、係長は疲れが溜まっている様子。
パイプ椅子の背もたれに仰け反って、お盆は休みなく仕事で、この件が終わるまでは休みがない、と大きく息をついている。

「田中君は・・・」
「はい」
「何をしてるときが、いちばん幸せだ?」
「え、幸せですか?」

柄にもないことを、いきなり訊いてきた。
今日の係長は、だいぶ弱っている。

「おう、なんだ?」
「やっぱ、ウマいメシ食べてるときですかね」
「そうだよな」
「ええ」

本当は、1番目の幸せはオナニー。
細かくいえば、最中よりも、これからするぞとDVDなどの現物のネタを調達したり、頭の中にいるオナペットをセレクトしてる一時のほうが幸せを感じる。

となると、2番目の幸せはシックスナインか。
その体勢でお尻を撫でたり揉んだり、太腿に頬ずりしたり吸いついたり、陰毛の匂いを嗅いだりしてるときか。

とすると、3番目の幸せはセックスか。
挿入感よりも、抱いて肉感や肌感を確めたり、髪の匂いを嗅いだりしてるほうが幸せを感じる。

話がとんだ。
つい、力説してしまったのは、留置場ではオナニーができないからだ。
とはいえ、1番の幸せはオナニーです、とは正面きって言えるものではない。
そのくらいのデリカシーは自分にだってある。
4番目の幸せを咄嗟に答えた。

「係長はなんですか?」
「俺は、肉だな」
「肉?」
「肉食べてるときが、いちばん幸せだなぁ」
「肉、いいですね」
「だろ。脂ぎったカルビなんか、最高に幸せだな」

昨晩は署員同士で、捜査終了の打ち上げなどしたのだろうか。
よほど上等な肉を食べたのか、目を細めてしみじみしている。

こっちは官弁だから多少はイラッとはするが、係長は頑張って供述調書を書いているのだからよしとしようと、続くカルビの話を聞いていた。

女性警察官には変態が多い

昨日の8月13日からは、アテネオリンピックが開幕となっていた。
しかし、係長は全く話題にしないことから、オリンピックには興味がないのか。

「あ、そうだ!」
「どうしました?」
「あさって、検事調べが入ってたわ!」
「ええ、そういってました」
「今日中に書いて、間に合わせないといけんな」
「いそぎましょう!」

係長はバッグから供述調書の用紙の束を出して、いったんは書く用意をしたのだったが、気が乗らないのか。
バインダーのメモに目を通して「女性は強いか・・・」とつぶやいてから、奥さんが実家の墓参りに泊りがけで行っていると、話がどんどんと横すべりしていく。

娘が1人いて、子供の頃は警察官になりたいといっていたのに、今では警察官とだけは一生関わりたくないといって会社勤めしてると、さらに話は横すべりしていく。

ふと、係長は、昨晩は皆と楽しく焼肉屋に行ったのではないという気がした。
誰もいない家の食卓で、使い古した油ぎった家庭用ホットプレートで、独りで肉を焼いて食べている姿がぼやっと浮かんだ。

肉は帰りがけのスーパーで奮発して買ったのだろうか。
その肉を、閉店間際のスーパーで独りで買っている姿までもぼやっと浮かんだ。

「まあでも、娘はまともだったってことだな」
「どうしてですか?」
「女の警察官って変態が多いからな」
「ええ!」
「だって、そうだろ。女で警察官になりたいって時点で変わっているよ」
「いや、そうはおもわないですけど」
「若いのも、みんな、女の警察官は変態だっていってるぞ」
「そうですか?」

係長が言うのなら、女性警察官には変態が多いのだろう。
エロ小説のなかにだけ変態女性警察官がいると思っていたのに、現実にはいっぱいいるのかもしれない。

警察官との結婚

変態とはいっても、どこがどう変態なのか気になるところだ。
そこを詳しく訊く機を逃したのは、係長が自嘲気味な笑いをしたからだった。

「娘はな・・・」
「ええ」
「父親が警察官なんて、人にはいえないってよ」
「えええ!」
「警察官とだけは、ぜったいに結婚したくないんだと」
「ほおお」
「でもな、警察官と結婚するほうは大変だよな・・・」
「・・・」
「まあでも、娘がそうなったのは、やっぱり俺がいけないんだろうな・・・」
「・・・」
「警察なんてやってると、家庭のことなんてできないからな・・・」
「・・・」

係長はしみじみした口調で、腕を組んで無言となった。
お盆中の独り寂しい食卓を勝手に想像した自分は、そうさせた張本人である。

気まずいようであって俯いたが、ここは『ホントに悪いヤツ、たっくさんいますからねぇっ!』と明るくすっとぼけてやろうと顔を上げた。
すぐに顔は上げた。

だがもう、瞬間で係長は寝落ちしていた。
瞬間すぎた。
腕を組んだまま背もたれに寄りかかって、口が半開きになっている。
カハァーカハァーという寝息が気持ち良さそう。

そのうち、涎を垂らしそうでもある。
あまりの瞬間のことに驚いてしまって、だらしがない寝顔をまじまじと眺めた。

仮にも、今は取り調べ中ではないのか?
もし、もしも、自分が映画『ランボー』のような被疑者だったら、この人、どうなるのだろう?[編者註46-2]
確実に真っ先に死んでいる。

あっけにとられて係長を眺めていたのだが、疲れているのだろうなと、このままそっとしておくことにして、爪のささくれをいじってむしっていた。

たっぷりと10分は経ってから、係長はピクッと痙攣してからフゴッと鼻の音をさせて「おおおおお」と呻り声をあげてバチッと目を開けた。

「あれ?寝てたか?俺?」
「ええ、おつかれみたいで」
「いや、すまんすまん」
「いえ。起こすのも気が引けて、そのままにしときました」
「すまんすまん、どのくらい寝てた?」
「2、3分ほどです」
「そんなもんか。もう、1時間は寝たかんじがするなぁ」
「よく寝てましたよ。いびきかいて」
「はははっ、・・・で、何の話をしていたっけな?」
「あれです、女の警察官は変態が多いとか」
「そっか、変態か、はははっ」

急に元気になった係長は、すぐにボールペンを手にした。
結局は、女性警察官がどこがどう変態なのか、詳しく訊く機を逃したままだった。

女性を管理しようなどという考えは思い上がった目線

あれだけぐずぐずしていたのに、目覚めてからの係長は一転して、供述調書にボールペンを押し付けて、がしがしと筆圧高い音を立てている。
すぐさま最初の一文を書いた。

「いいか、読むぞ」
「はい」
「本日、平成16年8月14日、本職が新宿警察署において内心の意思に反して供述する必要がない旨を告げて取調べをしたところ、次のように任意で供述した」
「はい」
「私は、黙秘権があることを、刑事さんから説明を受けて十分に理解しました」
「はい」
「今日は、女性の管理について、昨日の続きをお話しようと思います」
「はい」

係長は次を書きはじめる。
自分は黙ったまま見てるだけとなる。
ペン先は迷うことなく、書き損じもなく、ひとつの段落を一気に書き上げた。

「いいか、ここまで読むぞ」
「はい」
「昨日は、女性の管理方法についてお話しました。店舗での女性の面接の方法をお話しました。今日は、面接してからになります」
「はい」
「刑事さんからは、女性を管理するのに『暴力や強制はあったのか?』『金銭の貸し付けはあったのか?』『違法薬物の使用はあったのか?』なども聞かれました。もちろん、そのようなことは一切ありません」
「はい」
「それに私は女性の管理の意味がわかりませんでした。どうしてかというと、私は女性を管理できるとは考えてないからです」
「はい」
「私は、女性を管理しているつもりがなかったので、意味がわからなかったのです。すると刑事さんは『どのようにして女性を出勤させて、お客さんに対してサービスをさせたのか?』と管理の説明をしてくれました」
「はい」
「私は、女性の出勤日を決めるなどの最低限の管理はしました。しかし細かくは管理しませんでした。」
「はい」

背面の窓からは、真夏の気配が伝わってくる。
途中でエアコンが効きすぎて消したのだけど、じわじわと暑くなってきている。

「もう、1回、確認するけどな」
「はい」
「私は、女性は強いと思ってますと」
「思ってますではなくて、信じてます」
「そうか。私は女性は強いと信じてます」
「男性よりも強いと信じてます」
「そうか」
「女性は管理などできません」
「そうだな。そこを書こう」
「はい」

読み聞かせをした係長は、暑いも寒いも感じないかのように書くのに没頭している。

係長は眉間にしわを寄せて調書を凝視して、がしがしとボールペンの音を立てて、口を結んで鼻息荒く書いていく。

顔面で書いているといえばいいのか。
肉を食べたのもあるのか。

「いいか、読むぞ」
「はい」
「私は女性は強いと信じてます。女性のほうが男性よりも強いと信じてます。女性を管理しようなどという考えは、男性本位の思い上がった目線だからできると思うのです。それと同じことで、女性がかわいそうというのも、心のどこかで女性は弱いものと見下しているからできると思うのです」
「はい」
「私からいえば、女性は弱くなどありません。特に風俗の女性は、一度、覚悟を決めたら思いがけない強さを見せつけます。見た目は弱そうに見える女性も強さを見せつけます」
「はい」
「以上の経験から、私は、女性は芯が強くて生まれながらにして強いと感じてます。頼もしい存在です。ですので私は女性を対等には思ってません。女性を上位に見てます。とても管理しようなどと思いません」
「はい」
「それに風俗の女性は、がんばり屋でもあります。働き者でもあります。真面目でもあります。言ったことはしっかりやりますし、決められたことは守ります。ですので私は女性を管理などしなくても、指図しなくても、任せとけばいいと思っていました」
「はい」
「なんか、脈絡がないか」
「いや、そのまんまです」
「そうか、じゃ、このままでいいな」
「はい」

今日の調書は、箇条書きがない。
小山田光輝作成の証拠も示されない。
自分が堰をきったように話しているのを、係長が書き取っている様相となっている。

お金で割り切らなくてもいい

ひとつの段落が書かかれた。
文体はいつもと同じである。
話し言葉の、一文は短めの、句読点多め。
普段の日常で使わない言い回しはない。
カタカナは少なく、漢字は多め。
辞書が必要なほどの難しい漢字はない。
警察や法律の専門用語もない。
黙読してから、加除修正を入れている。

「いいか、ここまで読むぞ」
「はい」
「刑事さんからは、『お金で割り切るように言って出勤させたのか?』と聞かれました。私は『違います』と答えました。私は女性に対して『お金で割り切る』と言ったことが今までに一度もないのです」
「はい」
「実際にお金を振りかざしても、人の内部にある気持ちは割れっこありません。お金と人の関係については『お金で割り切らなくてもいい』と割れない部分を示すのが本来だと思ってます」
「はい」
「私は『お金で割り切る』とは、ごまかしの言葉だと思ってます。風俗が嫌なら、やらなければいいのです。やる以上はお金を稼ぐのは当たり前のことです。どのような仕事でも報酬はあるのです」
「はい」
「風俗の女性は馬鹿ではありません。しっかりと考えているのです。それに心根は優しくて繊細な女性が多いです。私からあえて風俗を特別扱いしたり、むやみにお金を振りかざしたり、無理に割り切りさせようとしなくてもいいのです」
「はい」
「どこか、変か?」
「そんなことないです、そのまんまです」
「そうか」
「はい」

書く係長は、口を結んで鼻息は荒い。
供述調書にボールペンを押し付けて、がしがしと筆圧高い音を立てている。
大き目の字は癖のある角ばった字だが、リズムがある音を続けながら書かれていく。

もうちょっと全体的に上品で知的であったなら、文芸作品を手がけている作家にも見えるのかもしれない。

「いいか、ちょっと読むぞ」
「はい」
「刑事さんからは『女性が泣くときもある、そういう時はどのように対処したのか?』と聞かれました。私は『対処もなにもありません』と答えました。どうしてかといえば、できることなどないからです。『がんばれ』と強く励ましたりはしました」
「はい」
「刑事さんからは、『女性に対しての感覚が麻痺している』と言われました。しかし私はそうは思いません」
「はい」
「女性は気合も根性も大きく持ってます。泣くことはありますが、一方では気合も根性も見せるのです。泣くこともありますが、度胸も勇気も見せるのです」
「はい」
「気合も根性も、度胸も勇気も、どの女性でも、私よりも持っている気がします。だから私は女性は恐ろしいと思っています。ですので女性が泣いていても励ますくらいしかできないのです。以上のことから感覚が麻痺してるというのとは違うと思います」
「はい」
「これで、いいか?」
「はい」
「じゃ、次、書くな」
「はい」

書くのと読み聞かせるのが繰り返された。
善悪の視線があるのではなく、かといって中立でもない。

ただただ、相手の内心の意思を書こうとしているのは伝わってくる。
多少のアレンジもあるが、自分が話したことに基づいていて、全く違和感がない。

後日の雑談で係長は苦笑いして言っていたが、刑事は犯人に似てくるという。
事件の捜査が終わると、犯人の考え方や口調や仕草や表情が似てきていることに気がつくときもあるという。

警察は風俗をやるなっていってるわけじゃない

情けなかった。
今まで情けないことばっかりで、とっくに情けないなどという感情にとり付かれることはないと思っていたのに。
自分の内心を他人の手で書かれるのが、これほど情けなく感じるものなのか。

自分の内心は、自分の手で書きたい。
それだけを考えて、係長の書く姿を見ていた。

やがて、係長によって締めくくりの一文が書かれた。

「いいか、読むぞ、これで終了だな」
「はい」
「今回、私は法令を違反したので、どのような処罰も受けようと思います」
「はい」
「しかしながら、女性を扱うのは私の仕事です。今後やめるつもりはありません」
「・・・」
「これからは法令を守って仕事を続けようと思います」
「・・・」
「以上だ」
「・・・」

これからの話は、全くしてなかった。
考えてもなかった。
係長の独断の末文だけど、わるくはない。
というよりも、本心といってもいい。

「いいんですか?」
「なにがだ?」
「こんな、これからも続けます、なんて書いても」
「ちがうのか?」
「いや、続けたいです」
「警察は風俗をやるなっていってるわけじゃない、やるなら法令を守れっていってるだけだぞ」
「はい」
「風俗でもな、ちゃんと大きくしている社長だっているんだぞ」
「はい」

雨漏りがする雑居ビルの1室から風俗をはじめて、何店舗も展開している社長の例を係長は話す。
もう1度、警察は風俗をやるなといってるわけじゃない、と強調もした。

「田中君も、やってできないことはない」
「ホントですか?」
「おう」
「いや、そういわれると、なんていっていいのか・・・」
「もっと、自信を持ってやってもいい」
「そうすると、調子にのりそうです」
「おう、そのくらいでいい」
「でもな、そんなこといってもな、調子のったらまた逮捕するからなぁ」
「ばかやろ!なにもなければ逮捕なんかするか!」
「じゃ、真面目にやります」

係長は笑い、伸びをして、肩のツボをボールペンで押した。
あとは署名と指印だけだった。

いくつかある加除修正の箇所に指印を押す。
締めくくりの末文の次に、1行を空けて署名して指印を押した。

8枚となった今日の供述調書の最後の1枚に、係長はカーボン紙を挟んで署名をした。
これで、すべての供述調書が完成したのだ。

背面の窓からの陽の光の加減は、夕方になっていた。

– 2021.2.5 up –