45分写真指名料込み16000円の週末料金
毎月20日頃からは入客数は落ち込むものだったが、ボーナス時期となる6月は順調だった。
平均入客数33名超えという数字が続いていた。
月間予想入客数は1000名を超えているのが続いている。
今日の店番は村井と。
25日の金曜日。
給料日の週末だ。
遅番になると混むのは当然に予想できたので、早番の竹山と小泉はローションは多めに作ってある。
備品には切れもない。
週末用の割引チケットも作ってあって、各チケセンに持っていってある。
遅番出勤の5名は遅刻もない。
早番との入れ替えも完了している。
17時の5分前に村井が来て4人全員が揃った。
全員が揃ったところで、自分はチケセン全店を回った。
派手な壁看板は各店が連鎖反応したように取り外されて、店頭の看板も出さないようにして、街頭からは目に見えて減っていた。
風俗店の自粛が効いたのか。
ここ1週間ほどは、続いていた摘発が止まったかのようだった。
石原慎太郎も、歌舞伎町浄化作戦で治安回復のポイントを十分に稼いだのだ。
看板さえ出さずに自粛してます感をアピールすれば、以前みたいに暗黙の了解の状態のなるのでは、という気さえしてきていた。
考えることは各店とも同じようで、我慢しきれないようにして、遅番になると店頭の看板くらいは出すようにはなってきていた。
看板が取り外された跡の、ビルの壁面が剥き出しになっているのを目にすると、他店のことながら少し寂しい気もする。
とはいっても、あのまま摘発が続いていたらという心配はかなり減っていて、夕立が通りすぎたあとみたいな爽やかな気分があった。
チケセンに入り、割引チケットを週末料金バージョンに差し替えた。
料金は45分写真指名込み16000円で、平日よりも1000円増しの強気設定。
60分写真指名込み20000円と、こちらは平日よりも2000円増しとなっている。
45分コースで回転するのが狙いだ。
それでも客単価は、9500円を超える。
彼氏がいたほうがよく働く
割引チケットを差し替えしてから、パネルに貼り付けてあるスナップ写真に『本日出勤!』のPOPを貼り付ける。
遅番の出勤は、マユミ、サクラ、シホ、ユリ、ネネの5名。
マユミは本人の希望で、というよりも彼氏の指示で、先週から早番から遅番のシフトにも入っている。
顔の造りが派手なので遅番向きでもあったし、酔っ払い客にもめげなかったし、週末の遅番を上がってからの土日の早番もやるし、もちろん強攻なシフトにも客付けにも文句などいわないし、稼ぎは以前よりも増えている。
風俗の女の子は、彼氏持ちのほうがよく働くのだった。
ユリとネネは、週1日のアルバイトの前店からの復帰組。
ユリは19歳。
人見知りな性格で、丸顔の童顔でのはにかんだ笑顔の写真。
素人系風俗のこの店では、放っておいても写真指名となる。
話し方に特徴があって、舌足らずというのか、口元が緩いというのか、話すと涎が垂れてくるのではないのかというような口調。
こんな口調はアホっぽく見える女の子もいるが、ユリの場合は可愛らしくなっていて、少なからず本指名につながっていた。
方言を話す女の子は可愛い説
ネネは20歳。
地元は和歌山というのと、介護の学校に通っているということしか知らない。
「~なんよ」と、語尾には方言がある。
明るめの髪で顔立ちもヤンキーチックな写真は、客の食いつきは良くないが、受付でプロフィールを見せたときには「方言を話す女の子です」と一言添えると、写真指名がとれることが多かった。
素人系風俗を好む客というのは、容姿よりもキャラクターを重視する傾向があるのはわかってきていたが、これほど女の子の方言や訛りに反応する客がいるとは知らなかった。
また方言を話すときの声色が、ヤンキーチックな外見に不釣合いなのが新鮮に感じて、訛りが人懐こしさも優しさも強調するのか、確かに可愛さは増していた。
本人もそれをわかっているのか、いや、わかっていて方言と訛りを隠さない。
そしてシホである。
相変わらず従業員には愛想のかけらもない。
が、なによりも客の評判はいいし、言うことはきちっとやるし、かえって余計な気を遣うこともないのでやりやすい。
ここに予定ではフミエが出勤するはずだったのだが「生理がきちゃった」とのことで、急遽、サクラを出勤させたのだった。
シフトを組む難しさ
在籍数は、15名を境にするかのように、1人入店すれば1人がやめるといった状態。
それでも、むやみに当欠をする女の子はいなくなったし、ボーナス月ということもあって入客数は増えている。
新人やアルバイトに押し出されるようにして、ベテランで風俗専業のアオイが週末のシフトが入れない事態もおきた。
先週、それをアオイに告げると、トビとなってしまった。
もちろん気を遣いながら告げたのだったが、シフトはどうにもならない。
アオイは再オープンの初日から出勤していたし、その度に顔を合わせていれば雑談もするし、見た目にしても性格だって悪くはない。
気持ちとしては、シフトを優先したい。
27歳という年齢にしても、シフトの優先順位に影響することもない。
しかし風俗歴7年のベテランの本業で、4ヶ月経って本指名が1名の本指名率が1%未満では、シフトの優先順位が下がるのは仕方がなかった。
風俗店では、在籍の女の子に、面と向かってクビだと告げることは滅多になかった。
シフトに入れなければ、連絡がとれなくなるだけだった。
トビとなったほうが、お互いに気まずさがないのはアオイもわかっているのだ。
客単価10000円超え
17時30分になると、早番の竹山と小泉が上がる。
街路を早歩きして店に戻ると、差し替えたばかりの週末の割引チケットの料金で、村井が2人組みを受付をしていた。
リストを見ると白丸が連なっている。
客足がいい。
村井がフロントのカーテンをめくり半身を入れて、4万円と長財布を手渡してきた。
「田中さん、ユリとネネで」
「了解」
「2人とも60分です」
「了解。ユリが10分、ネネが20分待ち」
「2人とも10分待っていってあるんで」
「了解」
会員証を手渡して、4万円は長財布に納めた。
改めてすごい。
週末料金バージョンの60分コースだと、客単価が11000円になる。
この分だと、今日の客単価は10000円を超える。
在籍とシフトと曜日と料金設定がかっちりと組み合わさっていているのが気持ちいい。
今日の店落ちは、開店以来の金額になるのではないか。
新記録を狙える営業日がきたのだ。
そうとなったら、ネネを急かそう。
ネネはいつも時間オーバーするので、時間15分前の内線を入れないとだ。
個室の内線をとって15分前を伝えた。
そのあとも、客足は途切れない。
いつもよりも高めの料金の影響を心配していたが、感覚としては、もう1000円高くて客はきた気がする。
2番手あたりの写真が目が留まりやすい
村井がペットボトルの水をがぶ飲みする。
受付を交代して、有線放送をユーロビートチャンネルから昭和ヒット曲チャンネルに変えたときに客がきた。
誰に似てるのかと訊かれれば、教科書で見た芥川龍之介に似ている。
ちょっと脂ぎった芥川というところか。
こういった感じの客はシホを好むだろうなと、重ねたプロフィールのカードケースの順番をちょっと変えて「写真どうぞ!」と手渡した。
1番上はダミーのギャルのアユミにして、2番目もダミーのマリコで、3番目には待ち時間がさほどないサクラで、4番手は待ち時間があるシホとネネ、次はダミーを挟んでから、最後は放っておいても写真指名されるユリとマユミの順番になっている。
芥川は、手にしたプロフィールのカードケースを上からスライドしていく。
目に留まりやすいのは、3番手、4番手あたり。
1番手と2番手は、どういうわけか不利。
たぶん、次を見たいという気が勝ってしまうのか、それほど見入らない。
なので、おすすめしたい女の子のプロフィールを1番手や2番手にすると、あっさりとスルーされる。
写真がよくても、食いつきが落ちてしまう。
後方もスルーされやすいし、3番手や4番手と後方とどちらにしようと迷ったときには、最初に目について食いついた3番手や4番手が選ばれやすい。
それと、客が迷いをみせなうちは、あれこれ言わないほうがいい。
黙っていると、やはり芥川はシホに目が止まって迷いを見せて、次からのプロフィールは簡単に見ただけで「この子で・・・」とシホを指名してきた。
これはもう、待ち時間伝えずに先に料金をとったほうがいい。
まずは、45分16000円を伝えた。
フロントのカーテンをめくり半身を入れて、リストの上に2万円を置いた。
「シホ、45分で。まだ、待ち伝えてないけど、何分でいこうか?」
「正味、40分です。待ちそうですか?」
「待つよ、彼は。漢みせるよ。30分でいくか。で、シホ、休憩は入れる?ずっと続いているでしょ?」
「今日は、なしでいきましょう」
「シホだったら、だいじょうぶだな」
「今日だけは、がんばってもらいましょう」
「じゃ、芥川さんで、30分待ちで、これ、2万円から」
「4000バック」
普段は女の子の休憩を気にする村井も、今日ばかりは強気になってリストに白丸をつけている。
このペースだと今日は店落ちの新記録となる、とさっき話したばかりだった。
こうなると客を待たせるのも強気で「では、30分少々お待ちください」との一言で待合室に座らせた。
風俗がはじめての客
有線放送は昭和ヒット曲チャンネル。
矢沢栄吉の『共犯者』のサビから流れた。
ライブバージョンだ。
とたんに村井が思い出したように、普段はしたことがないユーセンダイヤルに電話をして「矢沢栄吉の東京ナイト、おねがいします」とリクエストしている。
どういうわけか、今日の村井はノリノリだった。
それにしても、味なところをリクエストするものだ。
飲んだ勢いで風俗にという2人組みのサラリーマンが来店して「おお!栄ちゃんだ!」と叫んだ。
プロフィールを2人で回し見して「このなかからだったらフリーでいいよな」と言い合っている。
写真指名料2000円をケチっているのではなく、踏ん切りがつかないのだ。
坊ちゃん刈りのほうが「あ、でも、このコがきたらなあ・・・」と不安そうにつぶやいている。
サクラだった。
時間の順番でいくと、フリーの1人は自動的にサクラになる。
念のため、ちょっと一言いっておかなければ。
「お客さん、当店、写真がスナップなんで、本人よりも写真のほうが落ちるんです」
「そうですか・・・」
「どのコも、写真よりもかわいいですよ」
「う・・・ん・・・」
プロフィールの絵づらが、サクラに不利になっているのは気がついていた。
すでに1度ダミーを差し替えたが、今度もダミーに食いつかれる。
すぐにダミーを差し替えると今度はサクラが弾かれる、という妙なバイアスが今日の絵ずらにはかかっていた。
「フリーだと女の子って誰になるんですか?」
「いや、お客さん、それをいったら指名になっちゃいます」
「お兄さん、フリーが誰になるのかわからないですか?」
「店長が決めるんで、わたしではちょっと・・・。じゃ、フリーでいきますか?」
「でも、もし、このコがきたら・・・」
「サクラさんはいいコですよ」
「でもなぁ・・・」
「もし、サクラさんだったら当たりですよ」
「でもなぁ・・・、このコ、以外だったらいいんだけど」
よっぽど、サクラが気になるのか。
フリーはサクラ、とでもいう前提の話になっているようでもある。
「お客さん、フリーってそういうもんですよ」
「サクラさんかぁ・・・」
「お客さん、お見合いするんじゃないんですから。楽しく遊んでください」
「あ、はい」
矢沢栄吉の『共犯者』もよくない。
風俗店で聴くと不吉に感じるのか、思い切りを悪くさせているようだ。
「じゃ、フリーでいいですね」
「でも、はじめての風俗なんで・・・」
「だいじょうぶです」
「失敗したくなくて・・・」
「だいじょうぶですって」
坊ちゃん刈りは、風俗がはじめてらしい。
どうりで思い切りがわるいし、フリーの意味も意気もわかってない。
フリーでいい女の子が付けば店の底力がわかるし「どんな女でもこい!」というちょっとした『漢』を見せる楽しみもあるのに。
「じゃ、ほかのコを指名しますか?」
「あ、でも・・・、どうしよう・・・」
「じゃ、フリーで。もし、サクラさんでもいいですね?」
「このコかぁ・・・」
「写真よりもカワイイんで」
「でもな・・・、はじめてなんで・・・」
「じゃ、ほかのコを指名しますか?」
「でもな・・・」
ああたのこうだのいっていると客が続いた。
村井が「いらっしゃいませ!」と声をかけて料金の説明をして間を持たせている。
早いとこプロフィールを回さないとだ。
手順としてはこの2名をフリーでとっとと決めて、後の客を指名でとってから、フリーをどの女の子に付けるのか決めれば一気に3名の客付けできる。
フリーで2名だと客単価は落ちるが、今日は2000円増しだから、客単価は9000円は割ることはないだろう。
付けれるときにぐいぐいと付けたいと強気になっている。
「お客さん、じゃ、フリーでいいですね?」
「あ、はい、フリーで・・・」
「では、14000円です」
「はい」
混んでいると客は入りたがる。
後の客は、すぐに指名で決まっているようだ。
料金ちょうど受け取り、フロントのカーテンをめくる。
顔を入れると、リストを見ながら村井が訊いてきた。
「こっち指名でユリです。フリー2名は誰にしましょうか?今、サクラが客を帰したんで順番でいうとサクラ、マユミ、ネネ、シホですね」
「1人はサクラか」
「なんか、サクラがとかいってなかったですか?」
「うん。けど、フリーってそういうもんだって釘差してある。サクラの写真が弱いな、指名にはならないな」
「仕方ないです。じゃ、マユミは写真でとれるし、休憩いれてもいいですし、もう1名はネネでいきますか?」
「ああ、ネネか。それだったら、もう1人はネネなんていっていたから指名でとれるな」
「じゃ、指名料、とりましょう」
「ちょっといってくる」
2000円の差は客単価が変わる。
今日は客単価を少しでも落としたくない。
混んでいるときは『2000円くらいいいか』という気にもなるが、混んでいるときこそ2000円でも取らなければだった。
待合室で『あごなしゲン』など読んでいた撫で肩のほうに声をかけた。
「お客さん、さっき、このコ、気になるっていってたじゃないですか?」
「あ、はい」
「そしたら店長が、それだったら指名したほうがいいんじゃないかって」
「ああ、じゃ、指名しようかな・・・」
「せっかくですし。じゃ、このコで」
「あ、はい」
「じゃ、指名料2000円、おねがいします」
「あ、はい」
これで客単価は、そうも落ちない。
村井はさっそく電卓を叩いて確めている。
キャンセルとはなんだ!
内線を鳴らしてサクラに準備を伝えて、しばらくしてカーテンの向こうから「おねがいしまーす」と声が小さく聞えた。
カーテンをめくると、サクラがちょこんと立っていて愛嬌よく笑んだ。
なんで写真だと、あんなにブスになるのだろうと不思議だ。
「あのさ」
「ウン」
「風俗がはじめてのお客さんだから、リードしてあげて」
「ウン、わかった」
「それと、オレが店長だってのは内緒で」
「ウン、わかった」
素直で優しい声で返事をするサクラだった。
待合室にいき、坊ちゃん刈りに声をかけた。
「じゃ、先に、こちらのお客さん、案内しますんで」
「いやぁ、ドキドキする」
そう言って坊ちゃん刈りはソファーから立ち上がった。
心臓を押さえながら。
連れが「がんばれよ」と声をかけている。
「もう、女の子に身をまかせちゃってください」
「はははっ、女の子って誰だろう?」
「店長が、サービスがいいコだっていってましたよ」
「いやぁ、はははっ」
サクラがつくのを不安がっていたが、この様子だと大丈夫だろう。
くどいようだが、サクラは写真ではブスだが、実物はそこまでブスではない。
待合室から、案内のカーテンの前まで彼を招いた。
「じゃ、こちらに」
「・・・」
「では、案内します。サクラさんです!」
「え!」
勢いよく案内のカーテンを開けた自分は、張り切っていたのかもしれない。
サクラはアニメ声で「こんにちわぁっ」と挨拶をした。
とびきりだ。
甘い声にも聞えるし、甲高い声にも聞えるアニメ声をサクラはしているのだ。
ただ若干、こんなときに限って声が裏返っていた。
「どうぞ!サクラさんです!」
「あ、いや、キャ、キャンセルで!」
「え、なんすか?キャンセルって!」
「あ、いや、す、すみません!」
サクラのアニメ声は頭の上から出たようで、それが彼の目にどう映ったのかは知らない。
彼は目を見開いて固まって動かなくなっていた。
カーテンを閉めた。
無言のまま彼を押して店頭まで連れていった。
天井のスピーカーで掻き消されて、ここでの声は待合室には聞えない。
「お客さん!」
「いや・・・」
「キャンセルなんて、やってないんですよ!なにをしょっぺえこといってんですか!」
「いや、すみません!」
目を見開いて謝る彼には、悪意がないのはわかる。
はじめての風俗で戸惑ったのはわかる。
サクラという名前にとりつかれて過剰になってしまったのも。
「だから、指名したほうがいいですよっていったじゃないですか!」
「いや!すみません。なんか、びっくりしちゃって・・・」
「え、なんすか!びっくりしたって!」
「あ、いや!すみません!」
しかし、びっくりしたとしてもだ。
女の子を案内した途端に、「キャンセルで!」などと面と向かって言われると、軽い衝撃を伴った怒りを覚える。
「お客さん!バカにしてんですか!」
「いえ!」
「そんなこというの、お客さんだけですよ!」
「すみません!テンパッちゃって」
「え、なんすか、テンパッちゃったって、こっちがテンパッちゃいますわ!」
「すみません!」
「まあ、いいですよ。じゃ、指名してください。今、写真持ってくるんで」
「あ、はい」
また、プロフィールを見せて、指名料2000円を取ってマユミで案内することになった。
というか、マユミしか振り替えができなかったので強引に推した。
さっきは声を荒げてしまいすみませんでした、と頭も下げた。
客商売なのだ。
そこまでは粗暴な自分ではなかった。
もし今度、さっきみたいなことがあったら嫌がらせとみなして返金なしですぐに帰ってもらいます、と念も押した。
そして「キャンセルで!」と言われて1人で取り残されたサクラである。
村井がとりなすと「だいじょうぶだよ」とうつむいて個室に戻ったとのこと。
「精神的に強いサクラ・・・」と村井はつぶやきながら、リストの白丸にバツ印を入れて、マユミに白丸をつけた。
程なくして、次に来店した客もフリーとなった。
これは後々に気が付くのだが、料金が総額15000円を超えると、客は写真指名に慎重になる傾向があるのだった。
フリーにもなりやすいのだった。
あと、サクラの指名がとれないのは、今日の写真の絵ズラだと、ダミーと同じ引き立て役になっているのかも。
ともかく。
次のフリー客を、サクラで案内すると「こんにちわぁ」とアニメ声で客の手をとり個室へ向かった。
「立ち直りの早いサクラ・・・」と村井はつぶやいて、リストに出時間を記入した。
写真指名の片寄り
今日は、ユリとシホに指名が集中している。
リストには2人を中心にして白丸が続いていく。
女の子達は客をどんどんと帰していき、入れ替わりに客が入る。
待合室には、常に客が5人座っている状態だ。
番号札を村井が取り出した。
カラーボックスの隅に置きっぱなしになっていたものだ。
さすがに誰が誰なのかわからなくなりそうなので、料金を受け取った客には番号札を渡すようにした。
そんなときに客を帰したサクラが「もう、上がっていい?」と言ってきた。
時間は、23時を過ぎようとしている。
24時の受付終了まで、あと1本か2本は入るし、入れるつもりだった。
店落ち新記録がかかっているのだ。
「どうしたの?いきなり?上がるって?」
「え?今日、終電上がりって・・・」
「え?終電上がり?」
「ウン・・・、竹山さんにいったんだけど」
竹山が聞いたまま忘れていたのだ。
女の子がどうしても上がり時間を気にしているときは、3回に1回くらいは聞き入れて、リストの欄の下部には上がり時間を記入することになっている。
なにも記入がないので、ラストまでだと思っていた。
「今、ひとり受け付けているからな。ちょっとまって」
「え、今からだと、終電が間に合わないよ」
「じゃ、上がりにしようか?」
「ウン」
「次から気をつける。ごめんね」
「ウン」
そんなときに限って、サクラが写真指名でしっかりと決まったようだ。
村井がカーテンをめくって「サクラで、60分で」と2万円をリストの上に置いた。
本当に間がわるいサクラだった。
もっとも、サクラにはなんの落ち度もないし、店に非があるのだけど、こんなときは言い方がきつくなるものだった。
可哀相なサクラだった。
「あのさ、サクラさ」
「ウン・・・」
「今日はラストまでいいかな?」
「エエッ、あした、仕事・・・」
「指名なんだよ」
「ウン・・・、わかった・・・」
うつむいて小さな声でOKしたサクラだった。
すぐに案内となり、サクラは明るく「こんにちわぁ」と客の手をとり個室へ向かう。
「聞き分けのいいサクラ・・・」と、村井がカーテンの隙間から様子を見ながらつぶやいていた。
フォローで土下座
村井がリクエストした『東京ナイト』が流れたのは、電話してから1時間後だった。
今日はリクエストが多く、矢沢栄吉を聴きたい一派も多いらしい。
つられてリクエストされたのか、それからは『サンバディーズナイト 』や『ファンキー・モンキー・ベイビー』も流れた。
24時前後には、3件のチケセンから「今からいきますので!」との電話が入った。
チケセンも混んでいるのだ。
閉まるとなると客は入りたがる。
すべり込みの来店者で、最後のラッシュがおきた。
24時過ぎに、待合室がいっぱいになったのだった。
最後の客をサクラが帰したときは、26時に近かった。
すでに、他の4人の女の子は上がっていた。
15時過ぎに竹山が「今日、遅番で店に出てほしい」と、まだ会社で仕事している彼女に電話して、終電上がりだったらという条件で出勤させたのだった。
それなのに、問答無用で、ラストのラストまで客を付けたのだった。
これから彼女は世田谷まで帰って、明日9時には新橋まで出社しなければならない。
おそらく、3時間ほどの睡眠となるだろう。
締めの集計の電卓を打っていた村井が、つぶやくように言った。
「田中さん、いまさらですけど・・・」
「うん」
「今日、サクラの扱いが酷かったですね」
「酷い。ほんと酷い。やりすぎた」
「ですよね」
「あやまろう。オレさ、土下座してみるかな、竹山式で」
「サクラだったら、それもアリですね。ここは仕方ありません。なんとかおねがいします」
「みてろよみてろよ、オレの土下座」
帰り支度をしたサクラが、本当に疲れた様子でフロントに姿を見せた。
疲れきって弱々しい彼女は、可愛らしくてうっとりする。
村井と2人して感謝を述べて、自分は土下座をしようと床に膝をつくと、サクラは飛び上がるような悲鳴を上げて「やめて!」と止めた。
こんな反応だと、土下座のし甲斐がある。
土下座は強行された。
「申し訳ありませんでした!」
「やめて!やめて!」
「ゆるしてください!」
「いやぁ!わかったから!やめて!」
「ゆるしてあげるっていうまでやめません」
「ゆるしてあげるから!ゆるしてあげる!」
心地いい悲鳴交じりの声だった。
膝をついて、こちらの身を起こさせようとしているサクラの優しい心持ちに目が細まる思いだ。
最高売上
土下座は終えた。
靖国通りのタクシー乗り場まで送ると、サクラと店を出てエレベーターに乗った。
ビル全体に、いくつかの飲食店のから漏れている音楽が反響し合っている。
エントランスに降りた途端に、一気に雑音に包まれた。
さくら通りには、無風で蒸した空気が溜まっている。
ここは歌舞伎町だったんだ、と改めて感じる瞬間だった。
終電を諦めた酔っ払いの集団が、歓声をあげて広がって歩いている。
立ち看板が路上に並び、その間に立つおっぱいパブの呼び込みが手拍子をパンパンと打ちながら「さあ!そうぞ!」と声を張り上げている。
チケセンには、まだ遊興客が出入りしている。
しかし営業終了した今は、もう他人事で、人混みは楽しく感じた。
ケンカだろうか?
向こうのほうで誰かの鋭い叫びも上がってるが、それすらも面白そうに聞こえる。
とことこ歩くサクラを連れてコンビニに寄り、ユンケル、チョコラBB、プリン、クッキー、ビールとサラミまで買い物かごいっぱいに買ってあげて、精一杯のご機嫌取りをした。
靖国通りに出たが、空車のタクシーが全く走ってない。
ボーナス時期の給料日後の週末を思い知った。
横断歩道を渡ったところにサクラを待たせて、路肩を走り伊勢丹メンズの前までいったところで空車ランプを見つけて、路上に飛び出して手を振ってやっとタクシーがつかまった。
よかった。
送るといって。
サクラ1人だったらつかまらなかった。
無事にサクラをタクシーに乗せて帰して、店まで戻った。
村井は、現金合わせと締めを終えていて、客単価は10500円という。
入客数は51名。
とすると店落ちは52万を超える。
2月にオープンして以来の最高店落ちを記録した。
予想月間店落ちも1000万を越えていると、村井はノートパソコンのエクセルを指差した。
「月間店落ちも、大台こえましたよ」
「ついに、やったな」
「では、帰りましょう」
「ああ、遅くなった」
急かすようにして、村井は帰り支度をはじめた。
遅番の定時はだいぶ過ぎていた。
記録更新にビールで乾杯したい気分だったが、さくら通りに出てからは、村井はせわしく叙々苑の横に止めてあるスクーターで走っていった。
しょうがない。
酒でも買って帰って、あの土下座で悲鳴を上げたときのサクラをオナペットにしてぶっこいてやろうと歩いた。
– 2019.9.21 up –