風俗店ではサービスチェックが必要だった


風俗店の伝票の扱い方

来客がない間も、村井は絶え間まく目を配りして、なにかしら手を動かしている。

リストの出時間をチェックし、ミエコの個室に時間10分前の内線を入れ、伝票を1枚1枚めくり見直す。

客が2人もはいれば、すぐに電卓を叩いて客単価を出して、長財布の現金合わせをする。

伝票は、A4のコピー用紙をプリントして3枚にカットしたもので、伝票用のバインダーに挟んで壁のフックにかけてある。

受付するときには、客の目の前で記入する。
後で、こうだったああだったを防止するためだ。

来店した時間、45分コースか60分コースか、本指名か写真指名かフリーか丸をつけて、金額と女の子の名前を記入する。

待合室が混んでるときに渡す札番号を記入する欄もある。
どれほど混んでいても、指名とは別の女の子を間違えて案内することだけは絶対にあってはならないのだった。

あとはメモ欄。
うっかり忘れたをなくすようにする。

客に伝えた待ち時間も書き込むし、2人組みのときにはそれぞれ幾らのお釣りかも書き込むし、女の子に伝えることなども走り書きする。

記入した伝票は、代金を領収してから内線の隣の壁にある状差しに差し込む。

この手順に沿っていれば、まず代金を取り忘れることはない。

女の子に準備の内線をするときには、伝票に目を通しながら伝える。

そして女の子の案内が完了したら、状差しから済み分のバインダーに挟む手順となっていた。

手順を守ることにより、うっかりとなくすようにしていた。

忙しいときでも、続いていた客が途切れれば、伝票の金額を電卓で叩いて長財布の現金と合っているかを確かめる。

女子バックを引いて、入客数で割って、暫定の客単価を出す。

伝票の余白には、その時点で現金合わせが済んだという丸印もつけて、暫定の客単価も記入した。

現金の管理方法

現金の扱いには決まりがあった。

売上の現金を収める長財布を開くと、1万円札、5千円札、千円札と分けて入れてある状態で、すべてのお札の人物の顔の向きは同じ。

頭は上にしている。
すぐ出ていかないようにと、お札の人物の頭を下にして入れるのが、世間一般かもしれない。

あえて頭を上にしているのは、お札がすぐに出て行けば回転がよくなって客が来る、という現金商売をする者のげん担ぎがあった。

お札を出し入れするのも順番に扱う。
客から受け取ったお札は右側から入れていき、お釣りのお札は左側から出す。

客が混んでいて現金を投げるように扱うときでも、お札の扱いと出し入れは守られていた。

無駄な手間といわれればそれだけだが、現金は大切に扱うという意識が皆についていたのは確かだった。

お札は絶対に折らない、どんなときでも折らない、という決まりもあった。

すべてのお札は、真っ直ぐの状態で扱う。
そのための長財布だった。

どうして折らないかというと、お札を折るのはバクチ打ちがすることだから。
バクチ打ちはヤクザの語源でもある。

オーナーをはじめ、全員がヤクザの類を嫌っていたのもあり、お札を折ることは禁忌となっていた。
なので、全員の普段づかいも長財布だった。

店長といえども外様の自分が、割合と早くに現金を扱ったひとつに、長財布を使っていたのもあるし、ギャンブルをしなかったというのもある。

現金商売の仕事場にギャンブル狂いがいると、現金の紛失が相次ぐものだった。

特に歌舞伎町にいる者は、ギャンブルで汲々しているのに、どうしてもやめられない者ばかり。

ギャンブルに入れ込む者は、たとえそれがどのような現金であろうが、手にすると突っこんでしまう。

自分もそれをわかっていたし、オーナーもギャンブルをする人間を好ましくは思ってなかった。

もちろん程度の問題だし、遊びで賭けることくらいはするので、ギャンブルは禁止という決まりまではなってない。

オーナーが好まないのは、1つのものが一瞬で100となる、それも紙一重の差でなってしまう、というギャンブルが持つ極端な発想だった。

1人の客がくる、代金を受け取る、ありがとうございましたと頭を下げる、払うものはきちんと払う、そして利益を得る、という商売をオーナーは好んでいた。

商いは『あきない』というように飽きずに繰り返すこと、だとも言っていた。

自分がいうのもなんだけど、以外に思うほど、歌舞伎町の風俗店のオーナーにしては誠実で堅実で地味な商売のやり方を好んでいた。

歌舞伎町の風俗店であっても、優良店だと自負できる点でもあった。

客のふりをしたサービスチェック

午後になる。
オーナーが店に姿を見せた。
オープンしたばかりなので摘発は心配してないのだが、万が一の場合はオーナーは客のふりをすることになっている。
客がいなければ待合室か、空いている個室で打ち合わせをした。
打ち合わせといっても、店の運営の数字はヤフーメールで送ってある。
売上の現金の受け渡しくらいしかない。
オーナーは現場に口を出すこともめったになく、全てを任せている態度だった。
客の待ちがなくなったところで、オーナーにはミエコを案内することになっていた。
サービスチェックという。
女の子には何も知らせることなく、客のふりをしたオーナーを付けてみて、あとでサービス内容がどうだったのか訊く。
ミエコは経験者だからと講習することなく客付けしてるし、3万の保証もつけてるので、サービスチェックは必要だった。
もし、サービス内容が悪かったら、お客さんのアンケートだとして指摘して直させて、保証を打ち切る話をしなければならない。
ミエコにはサービスチェックだと感ずかれないように、今までの客と同様に「60分で準備おねがいします」と内線をいれて、折り返し「準備できました」とあって「じゃ、案内のカーテンまでおねがいします」となった。
Tシャツの裾からパンティをチラつかせたミエコが、薄暗がりの通路をササッとやってきた。
待合室で爪を切り終えていたオーナーに声をかける。
「ミエコさんです、ごゆっくりどうぞ!」と案内のカーテンを空けた。
ミエコは透き通る声で「いらっしゃいませ」とお辞儀をする。
元デパートの店員だけある。
お手本のような礼儀正しさで「おまたせしました」とオーナーの手をとり個室に入っていった。

アンケートが悪いということは、どうしようもなく悪いということ

60分後には「お客さま、おかえりです」とミエコから内線があった。

やはり透き通る声で「ありがとうございました」とお辞儀するミエコから送り出されたオーナーだった。

美人だし、性格もスタイルもいいし、サービスもよかった、と遠くを見る目でつぶやきながら、オーナーはアンケート用紙に記入した。

アンケート用紙は○×で記入するもの。

「顔は好みでしたか?」とか「スタイルはどうでしたか?」とか「態度はどうでしたか?」といった10項目ほどの質問が設定されている。

例えば「顔は好みでしたか?」の質問には[ すごくいい ][ よかった ][ ふつう ][ イマイチ ][ ひどい ]といったような5つの返答が用意されている。

最後には、1から5までのトータルでの評価に丸をつける項目がある。

これは店長として次第にわかっていくのだが、アンケートは実施することは重要ではなく、内容についてもさほど重要ではない。

存在すること自体が重要。

「アンケートとるよ」との一言を適時に女の子へ発することにより、サービス向上のプレッシャーをかけることができる。

面接では「アンケートはあるのですか?」と質問する経験者もいたりするので、アンケートの存在は重要だった。

オーナーは、アンケート用紙に記入を終えた。

ほとんどの項目に[ すごくいい ]や[ よかった ]に丸がついている。

最後にあるトータルの評価には〔5〕の隣に〔6〕と追加して手書きして、そこを丸で囲んである。

コメント欄には「よかったです!」とだけ記入してある。
ふざけているのではない。

オーナーのサービスチェックの基準は、経営者の立場でというのは全くなくて、ただの風俗を楽しんでいる客目線だった。

アンケート結果の難しさがあった。
客はどこかで満足を感じれば、多少はブサイクだろうが太ってようが、大概のことは「よかった」となるだけのこと。

サービスさえよければ、かなりのブサイクでも、それが写真とかなり違っていたとしても[ すごくいい ]に丸がつく。

そういうことでいうと、アンケートが悪いという事態は、どうしようもなく悪いということにもなる。
美人でも[ ひどい ]に丸が付く。

村井はアンケートを目にして参考にならないと思ったらしく、根堀り葉堀り詳しく質問して、強いて良くなかった点を訊いていたが、オーナーも首をかしげるばかりだった。

風俗のサービスの良さとは、取り立ててものすごいことをするのではない。

どちらかというと、当たり前の範囲に近いところにあるものなので、いちいち思い出せないのだった。

それでも「気になる点を挙げるとすれば」と村井は粘る。

オーナーも考えこんからで「わるくはないのだけど・・・」と十分に前置きをした上で「すこし事務的なところがあったかな・・・」とまた首をかしげただけだった。

オーナーはしばらく個室で寝て休んでから「今日はこれで」と帰っていった。

接客ではなくイチャイチャ感を

村井は考えこんでいた。

ミエコのプロフィールを手に取って見ながら、ツーポイントの眼鏡のフレームを指で正した。

「田中さん」
「うん」
「あの、ミエコですけど、ちょっと軽く注意をしてきてほしいんです」
「えっ、注意ってどこが?」
「いや、注意ってわけじゃないです、間違えました、注意じゃないです、間違えました。店長として話してほしいんです。優しくですよ」
「なんていって?」
「ミエコって、最初に “ いらっしゃいませ ” で、最後は “ ありがとうございました ” って客に接してるじゃないですか」
「んん」
「オーナーにも “ お客さん ” って呼んでるじゃないですか。たぶん、全部の客にも “ お客さん ” って呼んでいるとおもうんですよ」
「うん、そうだろうね」
「前の店では、それでよかったのかもしれませんけど、この店では、それ禁句にしてほしいんです」
「禁句?」

村井いわく、「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」と「お待たせしました」と口にするのもお辞儀するのも、相手を「お客さん」とか「お客さま」と呼ぶのも、すべて男子従業員がすること。

それらの態度を女の子が見せたり口にすると、接客してます感が出てしまう。

素人系の風俗店としては、女の子には接客という感覚ではなく、少しでも客側に寄るようにフレンドリーにイチャイチャ感をだしてほしいとのこと。

「一律でマニュアル的な接客でなくて、客にはヨミをしてほしいんです」
「ヨミ?」
「読むのヨミです」
「ヨミか」
「この客は、どんなふうに接すればいいのか、ひとりひとりに全力でヨミをしてほしいんです」
「そうだ、そうだね」

なるほど。
いわれてみればその通り。

他にも、女の子が言ってはいけない禁句を村井は挙げる。
「今日のニュースみました?」という時事の類の言葉。

「仕事はなにをしてるんですか?」という言葉。
「結婚はしてるんですか?」と家族をおもわせる類の言葉も。

時事の話題はとりとめもない話になるし、風俗には仕事がうまくいってない人も沢山くるし、家庭の話題は男のやる気を削いでしまう。

風俗はそれらの日常から外れたところにある。
イチャイチャ感の邪魔にもなる。

名刺を持たせない理由

またこの店は、女の子に素人っぽさを意識させるための細部へのこだわりがあった。

女の子用の名刺を持たせないというのもある。
理由は「またきてね」と名刺を渡すのが営業っぽくなるから。

客のほうから「名刺が欲しい」と言われたら、会員証にある店の電話で予約をさせるようにしていた。

素人っぽさか。
そう思いながら、ミエコの個室のドアをノックした。

お互いにベッドに腰掛けると、薄着のミエコからは湿度が高めの柔らかい匂いがしてきた。

「すごく、ミエコ、がんばっているね」
「いえ、ふつうです」
「ミエコが入店してくれて本当によかった」
「ありがとうございます」
「それでね、ちょっとだけ気になったことがあって」
「なんですか?」
「今、オレ、すごく気を遣って話してるんだけど、誤解しないでほしいの」
「はい・・・」
「すごく、ミエコいいの」
「あ、はい」
「そこで、さらにね、いらっしゃいませ、とか、ありがとうございました、というあたりを言わないようにしてもらえたらなって」
「え・・・、どういうことですか?」
「なんていったらいいんだろ。もちろん礼儀正しいのはすごくいいことだよ」
「はい・・・」

気を遣いながら趣旨を話すと、根が真面目なミエコは「なんていったらいいかわからない・・・」と色っぽい困り顔をした。

風俗の女の子
一言一句まで気をつかって伝えた

しかし、そこは自身で考えさせた。

素人っぽさができるできないは、センスを持ってる持ってないとしかいいようがなく、口頭で教えてどうこうなるものではないようにも思える。

が、ミエコに限らず、大概の女の子には、順応する力がすごくある。
風俗をやる前から、ヨミの力だって備えている。

次の客からは、コハルの真似をしたのか「こんにちわぁ」からはじまったのだが「いらっしゃいませ」のお辞儀からと比べると声色が違う。

客を帰すときには「バイバイ」で手を振って終わるのだが、直前まで「もうっ」などと笑いながらじゃれあっている。

やはり「ありがとうございました」のお辞儀よりはイチャイチャ感が違う。
接客風、営業風ではない。

翌日になると、ミエコはキャッキャッと笑い声を振り撒きながら客を個室へ連れて行く。

客を帰すときには、下の名前て呼んで「たのしかったぁ」とイチャイチャしてる。
微かにスキップして帰る客もいる。

やはり、女の子が順応する力はすごい。

自分は受付をはじめたが、連続でこぼしていた。

– 2018.5.12 up –